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<東京怪談ノベル(シングル)>


a questionnaire survey


  【BAR・アムドゥシアス】ここは彼女、ラッテ・リ・ソッチラが経営するBAR。
 いつもと相変わらずの、至極退屈な永遠ともいえる時の流れの中で、ラッテはいつもと変わらず、一見さんに一杯の酒を振舞う。
 だが今日はいつもと少し違った。
 珍しく地獄の使者より、一枚の羊皮紙が届けられたのだ。
「あら、とうとうアーマゲドンでも始める気なのかしら?」
 これがウィットにとんだジョークかどうか、それはさて置き、と言わんばかりにラッテは羊皮紙を丸めていたワインレッドの紐を解く。
「えーと…【悪魔の自己主張アンケート】?」
 一体何処の誰がこんなものを送ってきたのだろうか。
 サバシウスの研究の一環か、はたまたベルフェゴールの発見と創意発明の一環か。
「まぁいいでしょう。お答えしましょう?」
 今の所客という客も居ない。
 アンケートに答える暇ぐらいある。
「さて」
 万年筆を取り出し、カウンターに羊皮紙を広げるとラッテは質問内容を確かめる。


 【ラッテ・リ・ソッチラとは】:イタリアのある社が製造しているリキュール名

 【本当に悪魔のなのか】:大昔の西方キリスト教会から見れば悪魔。現代ではどう認識すればいいのかは人それぞれだと思う。その時代の社会正義や道徳に挑戦する存在?

 【ソロモン72柱との関わりは】:ほとんどなし。中立系の悪魔や芸術家悪魔との交流は多少ある

 【酒は好きか】:大好き。酒に使われているといっても過言ではない

 【悪魔としてのラッテ・リ・ソッチラの起源】:アモンの模倣として生まれた

 【何歳?】:わからない

 【隠蔽とは】:おそらく自分の内面

 【嫌いなもの】:血生臭いこと全て。喧嘩〜戦争

 【結局自分って】:複雑怪奇摩訶不思議?

 【自分と趣味、どっちが大事】:酒。つまり趣味

 【パートナーを選ぶとしたら】:酒が好きな人なら誰でも


 【ご協力ありがとうございました】


「こんなところかしらね?」
 書き終わったアンケートを、届けられた時のようにくるくると丸め、かけてあった紐を結んで地獄の使者に渡した。
 一体何に使われるのか、まぁそんなこと気にしても仕方がないし、何に使われようが自分にとって然して不利益に働くものでもあるまい。
 むしろアンケートに答えたことで改めて「自分」という存在のレーゾンデートルを再認識することができただろう。
 存在しない「73柱目の悪魔」
 ならば今ここにあるこの身は何なのだろうか?
「本当に悪魔か…それも「人」の認識いかんの問題。キリスト教に駆逐されるまで神の地位にいた悪魔だっている。カナン人の前では神とされた72柱も当然いる。宗派によっても、その存在が善に転ずるか、魔に転ずるか…場合によっても様々ね」
 他にも血に飢えた月の「女神」もいれば、「神を見る者」という意味を持ち、セフィロトの木のゲブラーを司り、神の御前に立つ七人の天使の一人にあげられることもあるが、その階級の天使から最も多くの堕天使が出たことで、善にも悪にもとられる能天使の司令官だっているのだ。
 彼は地獄の公爵の姿で現れ、隠秘学で邪悪な星とされる火星を支配する破壊の天使として、一万二千の破壊の天使を率いる神の助力者となる。
 この役目が神からのものなのか、悪魔の性質からのものなのか。
 こうなれば神という存在すらあやふやになってくる。
 たとえそれがフォールダウン<堕天>と言われるものであろうとも。
 善か悪か、神か魔かなど所詮認識の仕方の問題だ。
 誰ぞが如何認識するかによって我らは神にも悪魔にも変幻するであろう。
 勿論、それ以外の「存在」にも。


 自分は何?
 改めて問われたとして、その問いに明確な答えを持って答えられるか否かは定かではない。
 だが、何であれ自分はここに「存在」している。
 ここに在るのだ。
 我は汝。
 汝は我。
 我は数多。
 継母の乳房というこの名が象徴する欲望は「変幻」、「真実を隠す」、「酒造」
 他者の認識一つで数多の顔を持つ存在だとしても、「私」は「私」
 私以外の何者でもない。

「それだけは、きっと…確かな事ですね」
 くすくす笑いながらラッテはそう呟く。
 さぁ、存在意義を問う時間は一先ず終わり。
 そろそろ客が来る時間だろう。
 常連であればいつもどおりお望みの酒を。
 一見であればいつもどおりお望みの酒を、まずはただで一杯。
 カウンター越しに今宵はどんな会話が出来るのだろうか。
 そつのない話?
 面白い話?
 艶やかな話?
 それとも、血湧き肉躍る話?
 訪れる客の話は似通ったものもあるけれど、けして「同じ」話はない。
 どれもそれぞれ「個性」がある。
 さぁ、今宵はどんな客が来るだろう?
 話はなくとも只静かに酒に興じるのもいい。
 さぁ、まずは誰?

 今宵の最初の客は誰だろう、いつになく足取り軽やかにラッテは今宵の「店」をオープンする。
 そしてふと、いつもの独り言をリズミカルな調子で呟いた。
 それはまるで何かの唄のように。



「おそろいの太陽♪愛らしい腐った果実♪世界はたまに美しい世界はたまに美しい♪」


― 了 ―