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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


『恵美のお見合い破談大作戦!』
◆プロローグ◆
 六畳一間の畳敷きの部屋。通称『ペンペン草の間』。それがあやかし荘の住人、三下忠雄の部屋だ。
 そこで三下は、目の前の嬉璃に所在なさ気な視線をちらちらと送っていた。
 なんでも三下に相談があるらしい。嫌な予感が胸中一杯に広がった。
「――で、ぢゃ」  
 三下の用意した煎茶を優雅な振る舞いで飲み干した後、嬉璃は話を切りだした。
「恵美に見合いの話が来ているのはお主も知っておるぢゃろう」
「はぁ……」
 一週間ほど前のことだった。共用電話で恵美がそんな内容の話をしているのを、三下は部屋の中で聞いていた。何も聞こうと思っていたわけではない。扉が薄いために聞こえてしまったのだ。
「ブチ壊すぞ」
「へ?」
 あまりにも断片的な言葉に三下はすぐに理解できず、間の抜けた声を返す。
「ど、どうしてですか?」
「考えてもみろ。恵美が結婚したら、このあやかし荘の管理は誰がするのぢゃ」
 このボロい木造の建物で結婚生活を送りたいという人はそう居はないだろう。しかも駅まで徒歩四十五分。周りにはコンビニすらない。それだけに家賃は破格なのだが。
「それは……また別の人が……」
「駄目ぢゃ!」
 三下の言葉を遮って、嬉璃が声を荒げた。
「恵美が管理人でなくなると、わしの楽しみが半減してしまう。それだけは駄目ぢゃ!」
 楽しみって何だろう、と三下は思ったが、口には出さなかった。
「したがって今回の見合いは破談にさせて貰う。お主にも手伝って貰うぞ」
「ど、どうして僕が……!」
 慌てて抗議の声を上げる三下に、嬉璃は目を細めて冷たい視線を送る。
「別の管理人が来たら家賃、引き上げられるかものぅ」
 その言葉は三下の心に火を付けるには十分すぎた。安月給の上に、仕事で失敗する度にお金で責任をとらされる三下の財布は、常に閑古鳥が啼いている状態だった。
「……やります」
 確かな決意を込めて、低い声で言う。
 かくして、『恵美のお見合い破談大作戦!』の幕が開けた。

◆三下の想い◆
「――で、相談って何ですか?」
 駅前の喫茶店。三下忠雄から呼び出しを受けた加藤忍(かとう・しのぶ)は、モーニングセットのコーヒーに口を付けながら、静かに口を開いた。
「……実は、その……。協力して頂きたいことがありまして……その……」
「ええ、分かってます。そのために休日のこんな朝早くから私を呼びつけたのでしょう?」
 少し不機嫌な気配を滲ませ、忍はコーヒーカップをソーサーに置いた。
(まったく。この私がどうして貴重な休日をこんな男と過ごさないといけないんだ。嬉璃さんの頼みじゃなかったら、すぐに断っているものを……)
 今日は以前に盗んだ物を金に換えるため、ブラック・ディーラーと合う予定だったのだ。しかし一昨日、突然嬉璃から電話があり、『忍か? わしぢゃ。嬉璃ぢゃ。明後日の九時、駅前の喫茶店で三下の相談にのってやってくれて。いいな、分かったな、頼んだぞ』と一方的な話を持ち掛けられてしまった。
「まぁ、嬉璃さんの頼みですから。大それた話じゃない限り断ったりしませんよ」
 スローテンポな喋りで溜息混じりに言う。
 忍は紳士だ。基本的に女性からの頼みを無下に断るような事はしない。しかも相手は”あの”座敷わらし。拒絶すれば後でどんな仕返しをされるか分かったものではない。
「は、はぃ。ありがとうございます……」
 三下は俯いたまま、忍に今回の件を自信なさげに話し始めた。
「――なるほど」
 一通り話を聞き終えた後、忍はストレートの黒髪を優雅にかき上げて半眼を三下の方に向ける。そして呆れたように嘆息した。
「つまりはこういうことですか。貴方は自分自身の幸せのために、恵美さんの幸せを壊そうと」
「そっ……! それは! その……。あの……えっと……」
 一瞬、否定の意思が見えたが、それも尻窄みに小さくなっていく声と共に霧散した。
「三下さん。正直に言いましょうよ」
 妙に明るい忍の声で言われた三下は、「え?」と意外そうな表情を浮かべて顔を上げる。
「貴方、恵美さんに惚れてるんでしょ?」
「え……えええええぇぇぇぇぇぇ!?」
 三下の悲鳴混じりの絶叫が店内に響き渡った。まだ時間が早いため他に客はそれほどいなかったが、その数少ない視線は忍達の方に釘付けになる。そんな視線を気にもせず、忍は冷静に三下の表情を観察した。
(ほぉら、やっぱり)
 三下は体をガチガチに固めて下を向き、まるで熱病に浮かされたように顔を真っ赤にしている。小刻みに震えながら、ずり落ちる眼鏡の位置を懸命に直し続けていた。こんな分かり易い反応、読心術に通じて無くても三下の胸中は明らかだ。
「ま、そう言うことなら話は別ですよ。好きな女性を他の男に渡したくない。極めて自然な感情です。同じ男として、この加藤忍。貴方に力を貸しましょう」
 ニコニコと満面の笑みを浮かべ、忍は三下に優しく言った。

◆計画始動◆
「……なるほど。アレが恵美さんの見合い相手ですね」
 古風な武家屋敷。平屋建ての建物の塀によじ登り、忍は双眼鏡片手にターゲットの確認を行っていた。
「ど、どうですか……加藤さん……」
 下から三下の苦しそうな呻き声が聞こえる。
「ええ、よく見えますよ。ああ、ちょっと動かないで」
「そ、そんなこと言ったって……」
 四つん這いになり、忍の足場代わりになっている三下が絞り出したような声を上げた。
(ふーん。どっかの社長のおぼっちゃまってところか。苦労知らずそうな顔してる)
 踵で三下の背中を踏みつけて気合いを入れさせ、忍は更に観察を続けた。
 短く切り揃えた黒髪。無駄な肉など一切無い鋭角的な顔立ち。意志の強そうな二重の瞳は僅かに茶色がかっている。口元に相手を安心させる柔和な笑みを浮かべ、彼は恵美と彼女の祖母相手に楽しく談笑していた。
(ほぅ、ルックスはなかなかイケ好かない……じゃなくてなかなかイケてるな。服装のセンスもいい。ま、こっちだって負けてないけどな)
 足下にいる三下にチラリと視線を落とす。生まれたての仔馬のように手足をガクガクと震わせて、意味不明な奇声を喉の奥から発していた。下を向いているため顔は見えないが、いつもは耳の裏に出ているはずの眼鏡のパーツが無い。
 ――つまり、三下は今眼鏡を掛けていないのだ。
 ソレを満足そうに見た後、忍は今度は恵美の方に視線を向けた。
(おや……。恵美さんの顔色、すぐれないな)
 恵美は話をふられるたびに作り笑いを浮かべてはいるが、決して楽しそうにはしていない。時々見せる疲れたような表情は憂いを帯び、むしろこの状況を拒絶しているように見える。
(これはこれは。どうやら、お祖母さんが無理矢理連れて来たようだな。これなら、ちょっと横ヤリ入れればすぐに破談になるか)
「っと」
 観察を終え、忍は三下の背中を蹴って華麗に地面に着地した。同時に三下がその場に崩れ落ちる。ゼヒーゼヒーと息を荒げ、呼吸困難に陥りかけている三下を気遣うことも無く、忍は小さく鼻を鳴らした。
「三下さん、安心して良いですよ。どうやら恵美さんにその気はない様子。ここに私の作戦が加われば、破談はまず間違いありません」
 が、三下から答えは返ってこない。呼吸を整えることに精一杯で、忍の話に耳を傾けるところでは無いらしい。
「もうすぐ『後は若い二人に任せるとして』タイムが始まるでしょう。その時がチャンスです。恵美さんの前に飛び出してまずはこう言うのです。『恵美さん。僕との約束、お忘れですか?』とね。勿論、貴方と恵美さんは何の約束もしていませんから当然恵美さんは戸惑います。しかし、見合い相手からすればその戸惑いは貴方と恵美さんの仲を想像するのに十分すぎるほどの材料でもあるのです」
 相変わらず三下からの返事はない。気にせずに忍は続けて熱弁をふるう。
「恵美さんが何か言う前に貴方は『約束通り、僕は強くなって帰ってきました。今からソレを証明して見せます』と言い、見合い相手の方を思い切り睨み付けます。そして有無を言わさず彼を殴りつける。ああ、心配しなくても大丈夫。貴方が虚弱体質だと言うことは十分に知っています。ですからここで、さっき貴方にレンタルしたパワードスーツが役に立つわけですよ」
 本来ならば今日ブラック・ディーラーに売りさばく予定だった品物だ。一週間ほど前に、脱税で私腹を肥やす金持ちから拝借した。
「一瞬で半殺しにした後、貴方は恵美さんに軽くウィンクを送る。それですべてを察した恵美さんは嫌なお見合いを破談にしてくれた貴方に感謝し、さらに意外すぎる強さに惹かれる。極めつけは、普段決して見せない眼鏡の下のルックス」
 そこまで一気に言って、忍は無理矢理三下の顔を上げさせた。
 現れたのは絵に描いたような美男子。
 澄んだ瞳。艶やかな黒髪。通った鼻筋。どこか女性的な顔は上気し、ほんのり朱に染まっている。額に浮かぶ珠のような汗は、何とも言えない色気を醸し出していた。
(うーん。いつもこうしていればショタ好みのお姉様が入れ食いだろうに)
 まじまじと三下の顔を見つめながら、忍は目を細めた。はぁはぁと苦しそうに喘ぐ顔でさえ目を和ませる。
「さて、作戦の確認は以上です。そろそろですよ。準備は良いですね?」
 忍の言葉に三下は無言で、しかし力強く頷いた。どうやら恵美に寄せる想いは本物らしい。咳払いを一つして何とか息を整えると、三下はいつになく堂々とした足取りで正門の方に向かった。
「さて、と。私は、私の仕事をさせてもらいますか」
 ジャケットの内ポケットからリモコンの様な物を取り出し、忍は意地の悪い笑みを浮かべると、裏門へまわった。

 獅子脅しの風流な音色をバックに、恵美と彼女の見合い相手は広大な庭を散策していた。
 忍は池のわきにある茂みの中に身を隠しながら、読唇術で会話の内容を把握する。
 実に取り留めのないやり取りだった。趣味、得意料理、休日の過ごし方等、型にはまった質問のやり取りが繰り返されている。
 恵美は笑いを浮かべているものの、やはりどこか浮かない顔をしていた。
(さぁ、さんした。いつでも良いぞ。颯爽と現れろ)
 三下の登場を今か今かと待ちかまえ、忍は双眼鏡で周囲を見回す。しかし三下の姿はどこにも見あたらない。
(あのヤロー。まさかこの土壇場になって怖じ気づいたんじゃないだろーな……)
 嫌な予感が胸中に広がる。しかし、そんな忍の思いに割って入るように三下の声が高々と響いた。
「ま、待てー! そこのヤツ!」
 ハッとして声のした方に視線を向ける。
 そこには胸を張り、恵美達の方を指さしながら大声を張り上げる三下の姿が会った。
 ――塀の上で。
(あっ……! あんの馬鹿! そんな目立つ場所で大声上げたらすぐに見つかるだろーが!)
 恵美達も何事かと目を丸くしている。
 危うくズッコケそうになるのを辛うじてこらえ、忍はハラハラしながら状況を見守った。
「と、とぅ!」
 叫び声と同時に三下は、正義の味方ヨロシク恵美の前に降り立つ。パワードスーツのおかげで身体能力が向上しているため、着地に失敗するということはさすがになかった。
(ま、まぁいい。よーし、行け!)
 少々台本とは違う物の、とりあえず三下は恵美達の前に現れた。後は忍が教えた通りに事を運べばすべてが丸く収まるはずだった。
「……えと、その……あの……」
 しかし恵美を前にして急に緊張したのか、三下は俯き、指をモジモジと交差させながら、上目遣いに恵美の方を見ている。
(あーもー何やってんだ! さんした! 『恵美さん。僕との約束、お忘れですか?』だろーが!)
 イライラを募らせる忍の目の前で、三下は一向に台詞を言おうとはしない。
「おい、誰だ貴様。俺達に何のようだ」
 そうこうしている間に見合い相手の男が我に返ったのか、三下の肩を掴む。
「う、うわー!」
 ソレが引き金となったのか、混乱の渦中にあった三下は男の顎を右拳で跳ね上げた。いかに三下の筋力が脆弱であっても、今はパワードスーツ着用中だ。プロボクサー並の破壊力は出せる。
 案の定カウンターでアッパーをくらった男は白目をむき、あっけなく気絶した。
(っだーーーー! 順番が違ーーーーーう!)
 心の中で絶叫を上げる忍。
 その時、家の中が急に騒がしくなった。どうやら三下が上げた登場の声に気づき、人が集まってきたようだ。チラリと屋敷の方に目を向ける。
 出てきたのは恵美の祖母と、見合い相手の母親。そしてダークスーツに身を包んだ屈強な男達が十数名。ガードマンのようだ。
(やばいな。いくらパワードスーツを着てても、あの数じゃぁ……)
 舌打ちをして悪態を付く忍。
「こっちです!」
 潮時か、と思ったその時、恵美の凛とした声が響いた。見ると三下の手を引いて屋敷の裏門の方に走ってくる。
(やばい! コッチに来る!)
 慌てて体をかがめ、茂みの最深へと身を隠す。目の前を恵美と三下の足が通り過ぎたのを確認して、忍は頭だけを茂みから出した。
(おやおや……思いも掛けない展開に……)
 面白そうに口元を歪め、舌で唇を軽く舐めとると、忍は二人の後を追った。

◆恵美の想い◆
 二人が落ち付いた場所は武家屋敷から遠く離れた公園。すでに日は傾き始め、山際へと消えて行く太陽からは、橙の終曲が奏でられ始めていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ひ、ひー、ひー、ひー……」
 所々ペンキの剥げたベンチに座り、恵美と三下は肩で息をしている。
「こ、ここまで、来れば、もう、大丈夫。多分、追っては、来られないと、思います」
 途切れ途切れに言いながら、恵美は三下の方に視線を向けた。
 そして、その視線に笑顔で返そうとしたのか、三下も顔を上げ、
「ところで、あなた誰ですか?」
 という恵美の言葉に固まった。
(しまった! 眼鏡を取ると別人過ぎて分からなかったか!)
 意外な盲点。忍は自分の計画に不備が生じたことを、隠れている木の上で心から悔やんだ。
「とにかく助けてくださって有り難うございました。あたし、嫌だったんですよね、あのお見合い」
 ニッコリと笑ってお礼を言い、恵美は両手両足を投げ出して力一杯伸びをした。
「着物なんて着たもんだら、肩がこっちゃって。やっぱり走るのはジーンズが一番ですよね」
 未だ固まり続けている三下を余所に、恵美は溜まっていた不平不満を吐露し続ける。
「まったく、おばあちゃんも酷いんだから。あたしの知らないところで勝手にお見合い話何て進めて。孫の人生をなんだと思ってるのよ」
 可愛らしくほっぺたを膨らませ、恵美は中空を睨み付けた。
「あたしはまだ、あやかし荘に居たいの。あそこ、すっごく気に入ってるんですから。それにあたしがいないと困る人とかきっと居ると思うんです」
 聞いていなくても別に良いのか、赤の他人だと思っているはずの三下に恵美は話し続ける。
「あそこってあたしの第二の故郷みたいなとこなんですよねー。個性的な人がいーっぱいて。殆ど女の人なんですけど、一人だけ男の人がいるんですよ」
 その言葉に三下の体がピクン、と反応した。
「その人ね。すごくドジで要領悪くて、何やっても巧くいかない人なんですよ」
 三下の目尻に何かキラリと光る物が浮かぶ。夕日の光で反射したソレは、三下に強烈な哀愁を漂わせた。
「でも、ね……」
 恵美は照れたようにほっぺたを掻き、小さく笑って続ける。
「凄く一生懸命な人なんですよ。失敗しても失敗しても、何度も何度もやり直してやり遂げちゃうんです。そういう所は、あたしも好きですし見習わなきゃなーって思いますけどね」
(チャンスだ!)
 忍は恵美の言葉に目を輝かせた。
 今、恵美の話しに出てきている男が三下であるのは言うまでもない。そして恵美は今、三下に対して好意的な印象を語っている。
 さらに目の前にいる男はたった今恵美を助けた人物であり、こちらも好印象。
 この両者が実は同一だと告げれば、相乗効果で好感度が一気に上昇することは間違いない。
(三下、よかったな。お前に春をプレゼントしてやろう)
 自己陶酔じみた笑みを浮かべ、忍はジャケットの内ポケットからリモコンを取り出す。
 三下の着込んでいるパワードスーツを遠隔操作するための物だ。激しい動きをさせることは出来ないが、恵美の手を握らせる事くらいは出来る。
(あそーれ、ポチッとな)
 赤いボタンを押し込み、続けて十字キーを操作した。
「え、ええ?」
 体に起きた突然の異変に三下は硬直から解けると共に、困惑の声を上げる。今パワードスーツは微弱な電流を三下の体に送り、自分の意志とは無関係に筋肉を収縮させているはずだ。
(よーし……)
 三下の体が恵美の方を向き、両手が僅かに開き――
「どうしたんですか?」
 それに気付いた恵美も三下の方に体を向け――
「ちょ、わ、わあああああぁぁぁぁぁ!」
 叫びながら三下は、思い切り恵美の体に抱きついた。
(あ)
 どうやら操作を間違ったらしい。しかし何とかフォローしようにもすでに後の祭り。
「キャアアアアアアァァァァァァ!」
 助けてもらったとはいえ、見知らぬ赤の他人にいきなり抱きつかれては拒絶反応が出て当然。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 無数の往復ビンタの上に、みぞおちに掌呈。後頭部に肘を叩きつけられ、三下の意識はあっけなく眠りについた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。あ、ああ! ご、こめんなさい!」
 反射的に体が動いてしまっていたのか、自分で作った三下への致命傷を癒しにかかる。
 着物の帯からハンカチを取り出して近くの水道でぬらすと、気絶してベンチで横になった三下の額に当てる。そして――
(お……)
 赤い顔でキョロキョロと辺りを見回した後、恵美は三下の頭を自分の太腿に乗せた。
(膝枕……気を失っているとはいえ、羨ましいヤツ)
 最後の最後で救いに出会えた三下を一瞥し、忍は音も立てずに隠れていた木から飛び降りた。
 とりあえず恵美の見合いが破談になったのは間違いないだろう。三下の告白は成就させてやれなかったが、最後でこれだけおいしい思いができれば文句はないはず。
 そして帰り際。なんとなく恵美の方を見た忍の目に、彼女の唇の動きが映った。

 ――アリガトウ ミノシタサン――

◆エピローグ◆
『で、どうだったんぢゃ?』
 携帯の向こうから聞こえる嬉璃の声に、忍は笑いながら返す。
「いやだなー。私がしくじるはず無いじゃないですかー」
『そうか。恵美の機嫌がやけにいいのでな、もしやと思っていたのぢゃが……杞憂だったようぢゃな』
「へぇ……そんなに機嫌いいんですか」
 携帯を肩と顔で挟んで固定し、忍は自室でノートパソコンを操作していた。次のターゲットの選定だ。結局、パワードスーツはあの一件で壊れてしまった。
『ああ、今も鼻歌を歌いながら庭掃除しておる』
(三下め……)
 苦虫を噛み潰したような渋い顔になり、忍はキーボードを叩く手を休めた。
 ――あの時、確かに恵美は三下の事を見抜いていた。
 よく考えればおかしかった。いくら見合いをブチ壊しにしてくれたとはいえ、全く知らない赤の他人を連れて逃げるだろうか? 見合い相手の男を気絶させられたのだ。悲鳴を上げて助けを呼ぶのが自然なはず。
(私としたことが……。三下の毒気にでも当てられたか?)
 恵美が三下のことを知っていたとなると、公園での独白は殆ど告白に近い物がある。
(実は両想い? 面白くもなんともねーな……)
 しかし、それでもハッキリと言わないのは、今の関係を壊したくないからなのだろう。
(結局、恋愛に臆病なのは三下だけじゃなかったって事か……)
『――ぢゃ。おい、聞いておるか』
「あーはいはい。勿論聞いてますよ」
 嬉璃に適当に受け答えしながら、忍は再びキーボードを叩き始めた。そして気に入ったターゲットが見つかったのか、指が止まる。
(まぁ、いいか)
「私は、私の仕事をさせてもらいうだけですから」
 携帯の向こうで嬉璃が眉間に皺を寄せる気配が伝わってきた。
 次のターゲットを見つけ、義賊・加藤忍は不敵な笑みを浮かべたのだった。
 
【終】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:5745 / PC名:加藤・忍 (かとう・しのぶ) / 性別:男性 / 年齢:25歳 / 職業:泥棒】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、加藤忍さま。貴方様は私がライター登録をして最初のお客様です。
 正直、受注したときにはビックリしました。まさかこんなに早くお仕事をいただけるとは思ってもみなかったものですから。
 『恵美のお見合い破談大作戦!』いかがでしたでしょうか。少々長くなってしまいましたが、加藤様のご期待にお応えすることは出来ましたでしょうか。
 もし、気に入っていただけましたら、またお会いできると幸甚です。では。