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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


救いの言葉はありますか?



◇ ◇


 件名:(指定なし)
 名前:(匿名)
 内容:・・・さようなら・・・

           22:18:56


 「なにかしら・・・コレ・・・。」
 ネットの掲示板をチェックしていた瀬名 雫は、1つの書き込みの上でポインターを止めた。
 件名、名前共に指定はされておらず、内容も『さようなら』だけ。
 「あんまり良い書き込みじゃないみたいだけど・・・」
 そう言うと、口元に手を当てた。
 何かを考え込むように視線を宙に彷徨わせ―――ふっと、息を吐いた。
 「悪戯の可能性が無きにしも非ず・・・か。でも、どうしようもないからなぁ・・・。」
 それ以前に、これは“何に対して”のさようならなのだろうか?
 この掲示板?書き込みを見ているであろう誰か?それとも・・・
 「全てに対して?」
 雫の言葉は闇に吸い込まれた。
 助けを求めるでもない。どうする事も出来ない。
 もしも出来る事があるとすれば、祈る事のみ。この書き込みが、ただの悪戯だったならそれで良い。本気だった場合は、気が変わっている事を願う。
 「だって、掲示板に書き込みするくらいだもん。本当は・・・助けて欲しいのよね?」
 その問いに答えが返って来ない事は重々承知だったのだが・・・・・。

☆★☆

 雫がその書き込みを見ていたのと丁度同じ時、楷 巽もネットカフェでその書き込みに目を通していた。
 「・・・“さようならの一言”・・・か。」
 誤った書き込みや、嫌がらせではなさそうだ。
 切羽詰ったような、縋るような言葉―――この書き込みからはそんな感情を見えるものの、悪意は見られない。
 だとしたならば、これは本気の言葉。
 けれど、この人は本心で“さようなら”なんかを言いたいのではなくて、心の底から誰かに助けを求めているのではないだろうか?
 とは言え、その人と会う方法は書いていない。
 ・・・でも・・・どこかで会えるような気がする。
 それは確信めいた予感だった。
 そして・・・もしもこの書き込みをした人に会えたならば・・・。


■ ■


 帰路を急ぐ道すがら、1つの橋の上に白く浮かび上がる人影があった。
 刹那、幽霊か?と疑った。
 闇の中で、白は鮮やかな色を発していたから―――。
 大きな川に架かる橋の、丁度真ん中辺りで、女性は思いつめた表情で川を見詰めていた。
 長い漆黒の髪は腰まであり、真っ白なワンピースは袖がない。
 この寒い中、ノースリーブのワンピース一枚なんて、とても正気の沙汰ではない。
 ・・・こんな夜中に川を見詰めていること自体、おかしいのだが・・・・・。
 「どうしましたか?」
 そう声をかけてみると、女性の肩がビクリと上下、大粒の涙を流しながらこちらを振り向いた。
 なかなかの美人だった。大きな二重の目、鼻は高いし、唇は形が良い。20代前半くらいだろうか。綺麗に化粧をしているらしく、唇は鮮やかなピンク色だった。
 「何をしているんですか?寒い季節にそのような格好で、入水自殺でもするつもりですか?」
 巽の言葉に、女性の瞳が儚く揺れ動いた。
 驚いたように瞳を大きく見開き・・・直感で、彼女が書き込みをした本人だと察知する。
 確信めいた予感は当たった。それならば、後・・・やる事は1つ・・・。
 「お名前をお聞きしても宜しいでしょうか?」
 「私・・・。私は・・・依田 汐(よりた・しお)。貴方は?」
 「依田 汐さんですか。良いお名前ですね。俺は楷 巽といいます。」
 そう言って頭を下げる巽を、汐がどこか虚ろな瞳でじっと見詰め、足元へと視線を移す。
 むき出しの腕がなんとも寒そうで・・・風に揺れる髪の毛が、彼女の身体を包み込むように大きく広がる。
 「・・・その格好は寒いでしょう?」
 巽は静かにそう言うと、コートを脱いで汐に羽織らせた。
 ふわりとかけられたコートに戸惑うように、汐が視線を左右に揺らす。
 キュっと唇を噛み締めて紡がれた言葉は・・・あまりにも辛い感情が含まれ過ぎた響きを持っていた。
 「私・・・死にたいんです。」
 「どうしてですか?」
 「ずっと好きだった彼に裏切られて・・・もう、私には何も残ってないんです。何も・・・」
 汐はそう呟くと、その場に泣き崩れた。
 よくよく話を聞いてみると、どうやら騙されていたらしい。結婚の約束をしていたにも拘らず、お金だけ持って逃げられてしまったと・・・。
 「私・・・。」
 何かに耐えるようにギュっと目を閉じた後で、汐は川を覗き込み―――
 ふっと、自嘲するかのように溜息をついた。
 座り込んでしまった彼女と視線を合わせるように巽が隣に座り、ぽっかりと空に浮かぶ三日月を眺める。
 「・・・彼に裏切られたから死にたい・・・ですか。」
 それは独り言のような響きで、巽の言葉に汐は何も言わなかった。
 「思い詰めるほどに、彼の事が好きだったんですね。」
 「・・・えぇ。好きだった・・・愛してた・・・。」
 ポロっと、涙が零れ落ちる。
 昔を懐かしむような瞳は痛々しく、それでも微かに微笑む口元は悲しいほどに幸せそうだった。
 「今でも、彼が忘れられませんか?」
 「忘れてるんなら、川に飛び込もうとなんてしてないわ。」
 確かに・・・そうかも知れない。
 想いはまだあの時のまま。愛は完全な形で心の底で今も静かに沈んでおり、忘れられるなんて出来ないほどに強い存在感を発している。
 いっそ忘れてしまえれば楽なのに、それを繋ぎとめているものは・・・
 「酷い事をされても、彼の事を思うのはどうしてですか?」
 真っ直ぐ彼女の瞳を見つめる。
 どうしてそんな事を訊くのかと言うように、汐が首を傾げる。
 肩から漆黒の髪がサラサラと流れ落ち、突然の突風になす術もなく踊り狂う。
 「俺も、他人事とは思えないんですよ。貴女と同じような事があったので・・・。」
 昔を思い出すかのような瞳に、汐はかけようとした言葉を飲み込んだ。
 あまり不注意な言葉をかけてしまっては・・・いけない。それは、自分だって同じ事。
 どんな言葉が相手を傷つけるかはわからない。こちらは意図していなかった言葉でも、人は傷つく時には傷ついてしまうものだ。
 それは・・・過去を共有していないから・・・。
 「好きな人・・・だったの・・・?」
 「そうですね。好きな人・・・でしたね。でも、貴女とは違う“好き”の部類ですが。」
 「恋人ってワケじゃないのね?」
 「えぇ、違います。」
 その答えで満足したのか、汐はもうそれ以上巽の事についてはなにも訊かなかった。
 しんと静まる夜の気配がどこか寂しくて、言いようのない孤独感が胸を支配する。
 「・・・一目惚れだったの。・・・可笑しいわよね。ソレまで散々男は見た目じゃないって言い続けてたのに・・・。」
 ふっと小さく微笑んで、汐は困ったように首を傾げた。
 長くしなやかな腕を組み、背伸びをするかのように前へと伸ばす。
 「理想って言うのかな?話してて面白くて、優しくて・・・。頼り甲斐があって・・・全部、嘘だったのよね。」
 ポツリと呟いた言葉は、闇の中に溶け消えた。
 足を折りたたんで腕の中に入れ、丁度体育座りの格好になると汐は顔を腕の中に隠した。
 微かに震える肩が、声を押し殺して泣いているのだと言う事を教えてくれる。
 ・・・なんて悲しい泣き方なのだろうと、巽は思った。
 誰にも聞き届けられることのない嗚咽は、誰に理解してほしいと言うわけでもない。
 ただ・・・自分が思うままに泣いて、悲しみは全て心の中に沈殿して―――何年も、ずっとそこにあり続けるのだろう。
 決して消える事のないこの鈍い痛みは、この先の将来も自分を傷つける。チリチリと、徐々にではあるけれど・・・。
 「・・・全てが嘘だったわけではないと思います。」
 汐の肩がビクリと震える。
 けれど、顔を上げられないのは、声を出せないのは・・・頬が涙に濡れているから、声が、震えているから・・・。
 「真実を言い続けるのと同じくらい、嘘を言い続けると言う事は難しい事ではないでしょうか。」
 真実と嘘は、表裏一体の関係で・・・勿論、真実の方が好まれるのは確かだ。
 けれど、どちらも性質は同じなのではないだろうか?根本的なものは同じなのではないだろうか・・・?
 真実も嘘も、言葉であり続ける限りどちらも人を傷つける恐れのあるものだった。
 だから人は時に真実を隠し嘘を言うのだ。
 ・・・真実は無情なまでに冷たくて、1つしか存在していなくて・・・どんなに残酷なものでも、真実と言う響きだけで全てを正当化してしまいそうになる。
 嘘の方が甘く優しい時があるにも拘らず―――
 「全てが嘘だったわけでは・・・ないと思います。きっと、彼の言った言葉の中には・・・真実だってあったはずです。」
 その言葉に、汐がゆっくりと顔を上げた。
 強い瞳の輝きは、凛とした冬の夜に良く似合う。しっかりと前を見詰める視線は、微塵も迷いがなくて・・・。
 「前にね、こんな話を聞いた事があるの。」
 「どんな話ですか?」
 「・・・悪魔の話よ。」
 そう言ってから、汐はゆっくりと・・・まるで昔を懐かしむかのように、1つの物語を話し始めた。
 「・・・あるところにね、悪魔が居たの。黒い羽を生やして、人の魂を奪う悪魔よ。・・・でも、その悪魔は心の中は綺麗だったの。優しさとか、思いやりとか、そう言うのをいっぱい持っていたの。ある時悪魔が通ろうとした道にね、枯れかけた花が1輪ひっそりと咲いていたの。赤い赤い花で・・・下のほうの葉っぱはもう茶色くなってしまっていて。可哀想だと思った悪魔は、持っていた水をそっと花にかけたの。・・・ねぇ、この後、どうなったと思う?」
 そう訊かれて、巽は思わず目を伏せた。
 悪魔が道端に咲いていた1輪の枯れかけた花に水を与えた後に起こる事・・・いったい何なのだろうか・・・?
 真剣に悩む巽の横顔を見詰めながら、汐がふっと小さく声を上げて笑った。
 「ごめんなさい。あまりにも真剣に考えていたものだから・・・。」
 クスクスと小さく笑いながら「真面目な人なのね」とそっと囁く。
 「悪魔はね、次の日に天使になっていたの。」
 瞳を伏せながらそう言うと、口元だけの笑みを浮かべた。
 「ねぇ、こんな馬鹿らしい話がある?たった1度、花を助けただけで悪魔が天使になるなんて・・・でも、このお話を聞いた当時ね、あ・・・私、その時4つだったんだけど・・・酷く綺麗なお話だと思ったの。」
 「そうなんですか・・・?」
 「母がしてくれたんだけど、その時はね、綺麗な心を持った悪魔が天使になれて良かったねって、純粋に思えたの。でも、今はそうは思わない。」
 「今はどう思うんです?」
 「ただの1つの正義が、全ての悪を帳消しにするなんて、私は思わない・・・。」
 汐はそう言うと、そっとポケットから小さく折りたたまれた紙を差し出した。
 新聞の切抜きだろうか・・・日付はつい先日のもので、見出しは・・・
 「車道に飛び出した子供を庇って、車に・・・。」
 小さな白黒の写真の男性は確かに整った顔立ちをしており、ふわりと微笑んだ顔は不敵で、一筋縄ではいかないタイプなのだろうと何故だか思った。
 「ねぇ・・・私にとって彼は、本当に酷い人だったのよ?結婚の約束までしたのに、お金だけ持って逃げて・・・ねぇ、私がどんな気持ちだったか解る?あの、裏切られた時の気持ちが・・・解る・・・??」
 痛いほどに解るその気持ちに、巽は頷こうかと思った。
 その気持ちは痛いほど解りますと・・・でも、そんな言葉になんの力も持たない事は、重々承知だった。
 言葉だけでは冷たく響いてしまう。どんなに温かな言葉を選ぼうとも、無機質な言葉は刃にしかならない。
 巽は何も言わずにじっと汐を見詰めた。
 肯定も否定もしない巽から何かを感じ取ったのか、汐はそっと視線を落とすと辛そうに瞳を閉じた。
 「それが・・・こんな結末なんて・・・。」
 「貴女は、彼にどうして欲しかったんですか?」
 「酷くて構わなかった。そのまま、お金を持ったまま私の知らないところに逃げて・・・愛する人と一緒になって、子供を生んで・・・俺が騙した女からの金だって言って、生活費の足しにでもして・・・私は、ずっと彼の事を酷い男だと言ったまま日々を過ごすの。そうして何とかその壁を乗り越えた先で、新しい恋を見つけて・・・彼は、一生私に恨まれたまま。私も、彼を一生恨んだまま。思いは薄れても、消えないの・・・。」
 遠くで、車のクラクションが鳴った。
 まるで急かすかのようなその音は、周囲に反響して不思議に響いた。
 「恨ませてはくれないのね。あの人は・・・。」
 「汐さんは、まだ彼の事を好きなんですか?」
 「・・・嫌いよ。・・・大嫌いよ・・・。」
 愛しさを含んだ言葉は冷たい言葉。
 それなのに温かく聞こえるのは、言い方の問題なのだろう。
 押し殺すように囁いた言葉はあの日のまま・・・幸せだった日を懐かしむように、響いた音はセピア色・・・。
 「まだ・・・死にたいとお思いですか・・・?」
 巽は静かにそう言うと、汐を見詰めた。
 ―――カチリと全てのピースが綺麗に揃う。
 汐が死にたいと言ったのは、彼へのあてつけなんかではない。
 死んでしまった彼と、同じ場所に・・・・・・・・?
 「・・・ねぇ、私に・・・明日があると思う?」
 「明日は、生きている全ての人に平等に来ます。」
 断言する、巽の顔を穴が開くほど見詰めた後で汐はゆっくりと微笑んだ。
 「この先・・・明るい未来が私に来ると思う?」
 来ますよ。
 そう言おうとした言葉を飲み込んだ。
 彼女が欲しいのはそんな言葉じゃなく、もっと・・・違う言葉・・・。
 「未来は、貴女が作って行くものですから。」
 「・・・ありがとう。貴方ならそう言ってくれると思ったわ。」
 立ち上がり、バサリとコートを脱ぐ。
 艶かしいほどに真っ白な長く細い腕を空へと突き出し・・・指先を見詰めると、汐は大きく息を吸い込んだ。
 「あのね、誰も来なかったなら・・・飛び込もうと思ったの。でも・・・」
 「死にたくなかった・・・?」
 「あの人のところに行きたいと思うくらいに・・・大嫌いだから・・・でも、あの人にはもう2度と会いたくないと思うくらいに・・・愛してるから・・・。」
 大嫌いには甘い響きを、愛してるには冷たい響きを。
 相反する2つの感情が混じった汐の心は、それでも生きたいと願ったのだ。
 「貴方に会えて良かった。」
 その言葉は、笑顔は、不思議な雰囲気を帯びていた―――。


◇ ◇


 また今度時間がある時にでもお話しましょうと言って、汐は巽に連絡先の書かれた小さなカードを差し出した。
 土手に止めてあった車の中から真っ白なコートを取り出し、ふわりと羽織る。
 クリーニングに出しましょうか?との汐の申し出をやんわりと断り、巽はコートを受け取った。
 汐がつけていたのだろう。甘い香水が仄かにコートから香る・・・。
 運転席のシートの上にあった真っ白な封筒を取り上げ、ライターで火をつけると宙へ放った。
 刹那の光り・・・そして消える、炎・・・。
 それが何であったかは、訊かなかった。
 送っていきましょうかと言う汐の言葉に首を振ると、気をつけて帰るように注意をする。
 そして―――
 汐が扉を閉める瞬間、1つだけ巽に言葉を残した。

  「貴方も、笑えるようになると良いわね・・・」

 小さく微笑んで、扉を閉めるとシートベルトを締めてアクセルを踏みしめた。
 排気ガスが視界を曇らせ、あの独特の臭いに思わず眉を顰める。

 ―――笑顔・・・

 口の端を上げ、そっと空を仰ぐ。
 笑顔と言うには程遠い、顔の筋肉だけの動き・・・思い出す、恩人の顔に向かって巽は微笑みかけた。

  その瞳の奥で光るのは、悲しみの色だったけれども―――



          ≪END≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  2793/楷 巽/男性/27歳/精神科研修医

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『救いの言葉はありますか?』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、この度はご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 プレイングを拝見いたしまして、ゆったりとした静かな物語になりそうだなぁと思いながら執筆いたしました。
 会話中心で、動きのないノベルになってしまいましたが・・・。
 少しでもお気に召されれば嬉しく思います。

  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。