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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


2人の編集長?!

 今日もまた、三下は情けない声をあげながらデスクに縋り付いていた。
 白王社・月刊アトラス編集部の編集長である碇麗香に自分の提出した原稿をあっさりとボツにされ、シュレッダーにかけられる日々を送っている三下忠雄…。
 今日こそは原稿を仕上げなければ…と呪文のようにぶつぶつと言っているその姿は、気味悪いを通り越して哀れですらある。
「ああっ駄目だ…!!」
 三下は本日何度目とも知れぬため息をついた。肩にまるで漬け物石が…いやいや、相撲力士がのっているかのように重い。
 しかしまた碇編集長に怒られる前に原稿を上げなければ…そう思い三下が顔をあげたその時だ。
「……へ?」
 三下は目をぱちくりとした。
 いつもの編集長のデスクの前に、ペンを走らせている編集長が1人。
 そして、三下の後ろにある書類棚で何かを探している編集長が1人。
 三下はおもむろに眼鏡を拭いた。
 視力がさらに落ちたんだ、そうじゃなければきっと自分は疲れすぎているに違いない。
そう思ってもう一度確認するが…やはり、そこにまったく同じ碇麗香が2人いた。
「ええぇぇっ?!!」
 大声で叫び慌てて立ち上がると、碇編集長が声を揃えて怒鳴り付ける。
「さんしたくん、うるさい!! さっさと原稿を仕上げなさい!」
 一体どうして、なんで、碇編集長が2人…?!
「だっだだ、誰か助けてー!!」
 三下の声が編集部内に響き渡った。


「おぉっ?!」
 編集部のドアを開けた途端に、耳を劈くような悲鳴が聞こえ、門屋将太郎は数歩後退りした。
「な、なんだ、何事だ?」
 編集部内を探すと、案の定悲鳴の発生源は三下だ。大層なお出迎えだな…などとごちながら悲鳴をあげた本人のところへ行ってみれば、三下はガクガクと震えつつ目を白黒させている。
「おいおい大丈夫か三下? ん?」
 三下の肩を叩いてやると、彼は口をパクパクさせながら自分の視線の先を指差した。
 将太郎がその指の先を見てみると…そこには編集長の碇麗香の姿が、2つ。
「なんだよ、碇編集長じゃないか。それがどうしたん…っておあっ?! 2人?!」
 さすがに予想外の出来事に、思わず将太郎も素頓狂な声をあげてしまった。これでは将太郎より数段憶病者である三下が悲鳴をあげるのも無理はないだろう。
「あ、あわ、あわわわ、門屋さん…!」
「ま、まあまあ落ち着こうぜ三下。あれか? 実は碇編集長は美人一卵生双生児とか! うーんいいねえ目の保養だなあ! 美人の双子だなんて」
「違いますっ! 編集長が双子だなんて話きいたことありませんっ!!」
 三下が将太郎の背後に隠れるようにして首を横にブンブンと振る。
「って違うか…やっぱり違うよな。となると…」
 どちらかが偽者。答えはそれしかなくなる。
 ドッペルゲンガーと呼ばれる幻覚の一種や、オカルト現象を一瞬疑いはしたが、目の前にいる碇麗香にはどちらにもはっきりとした存在感が感じられ、またそれぞれ意志を持って行動していることが明確に伝わってくるのだ。よって、霊などの類いのものではない。将太郎はそう確信した。
「三下、ちょっと編集長に声かけてみろよ」
「ええっ、い、嫌ですよ…!」
「いいから! ほら!」
 将太郎に肘で小突かれ、三下はおずおずと小さな声で麗香に呼びかけた。
「あ、あの…編集長…」
「なに、さんしたくん! 原稿が出来上がったの?!」
「今忙しいのよ、後にして頂戴、さんしたくん!」
「はっはひぃ!」
 ただでさえサクッと胸に突き刺さるような麗香の声がダブルで飛んできて、三下は竦み上がりピャッと将太郎の背に再び隠れた。
「やっぱり2人とも『さんしたくん』呼びか…」
 将太郎は首を捻る。いくらなんでもこんなに簡単なミスは、偽者もやらかさないらしい。
 仕方がない、将太郎は自分の能力を使うことにした。すなわち読心術である。相手の目を見ることで、その本心を読み取る力だ。
「ちょっといいかい、編集長」
「何よ、忙しいって言ってるのに!」
 なだめつつ、将太郎は迷惑そうにする2人の編集長の心の中を読んでみたが…
(まったく、さんしたくんは使えないわね…! いつになったら原稿があがるの?!)
(〆切りが迫ってるっていうのに…! 読者はこんなもの求めてないのよ!)
 すべて仕事のことばかりである。まあ元より麗香はいつでも、頭の中が仕事でいっぱいではありそうなので、当たり前といえば当たり前だろうか。
「まいったな…こりゃ手強いぜ。外見も物の考え方も同じだなんて…」
「か、門屋さん、このままだとどうなるんですか? まさか僕はこれからずっと、2人の編集長の下で働かなくちゃならないんですかあああっ」
「いやあ、美人が増えて喜ばしいことじゃないか」
「やめて下さいっ! そんなの困りますよおおっ」
「はっはっは、冗談だって! うーん、こうなればやっぱり考えられるのはただ1つ。そっくり美人さん、しかねぇな」
 将太郎はそう結論付けた。あれだけの存在感があり、そして2人ともわざとらしいまでに仕事のことのみを考えようとしている。おそらくどちらかが、本物の動向思考を巧みに真似ているのだ。
 だとすればこれはゲームのようなものだろうか? つまりドッキリ…ならば自分が読心術を使うよりも、三下に当てさせるのが編集長の狙い、と言ったところか。
「そうだな、じゃあ、どうだ三下? なんとか本物の編集長が見分けられるような方法はねぇか?」
「ぼ、僕ですか? 方法とは言っても…」
 化粧の感じ、きびきびとした動き、スッキリとした声。本当に2人はそっくりだ。
「思い付かないなら手始めに、おまえの原稿を見せてみるっていうのはどうだ?」
「それが…今朝、没にされたばかりなんです…」
「そ、そうか…」
 となると、他の手段は…
「編集長しか知らない情報を聞き出す、これでどうだ!」
「例えば何ですか?」
「そうだなあ、いくらなんでもスリーサイズってわけにはいかないよな」
「きっ、きけませんよぉそんなこと!!」
 三下は聞いてもいないのに赤くなる。
「うーむ…じゃあ、実印と通帳の置き場所とか」
「それじゃまるで泥棒じゃないですかぁっ」
「学生時代の恥ずかしい思い出を訊ねるってのは?」
「それもきけませんっ! …そもそも、どっちも裏がとれないじゃないですか…」
「はは、うーん…それもそうだな」
 将太郎は頭を掻く。
 三下はといえば、もじもじあたふたするばかりだ。将太郎がいろいろ助言してやったり、(半分は冗談混じりではあったが)アイディアを出したりしても、全く本物の編集長が見分けられそうにもない。
 そんなこんなを繰り返し、まいったなあ…と将太郎が小さくため息をついた時だ。

 バシン!! と、デスクを派手に叩く音が、した。
 ギョッとして将太郎と三下が振り返ると、編集長の片方が、何やらオーラのようなものを背負わんばかりの形相で、こちらを睨んでいる。
「さ〜ん〜し〜た〜くん〜…!!!」
「は、は、はひぃぃ…」
「な・ん・で!! どうしてこれだけ時間がかかっても、自分の上司を見分けることすら出来ないのかしら!? そもそもこういう事態に陥ったらまず、これは原稿のネタになるかもしれないと飛びつくのが編集者根性ってものでしょう!!!」
 この声の張り、独自のジャーナリストとしての誇り、間違いない、こちらが本物の碇麗香だ…と、気付くには、どうやら遅過ぎた。
「だいたい何なの、はなっから腰がひけていて!! 最近貴方が原稿に詰まっているようだから、たまには面白い記事になるような出来事でもあればと思って、このドッキリ企画を組んだのに…!!」
「ふ、へ、えええドッキリ企画?!」
 やはりか、と将太郎は納得する。横を見れば、さっきまで見事にもう1人の編集長を演じていた美人さんが、困った顔で笑っていた。
 将太郎が訊ねてみたところ、どうやら彼女は他の編集部との合同企画でここへ連れてこられたそっくりさんらしい。お互いネタに困っていたため、麗香のジャーナリスト根性を見込んでこの企画を始動させたらしいが。
「まったくこれじゃ、ページの隙間を埋めるネタにもならないわ!! いい?! 編集者たるもの、ネタになりそうな面白い事があったならすぐ飛び込む、でなきゃ新鮮な原稿なんて出来るはずがないのよ! さんしたくんときたら、いつもいつも…」
「ま、まあまあ、編集長…。ほら、今回は三下もかなり吃驚して悲鳴あげたりしてたし、ドッキリ企画としては大成功ということで…」
「貴方は黙っていて頂戴!」
 将太郎のフォローもバッサリと切り捨てられる。
「さんしたくん、そこに座りなさい! 今日という今日はジャーナリストの心得をみっちりと教えてあげるわよ!」
 ビシッと床を指差されて、三下は縮み上がり門屋の腕にしがみつく。
「そ、そんなぁ! …門屋さぁん、助けて下しゃいいぃぃ!!!」
「た、助けてやりたいのは山々なんだが、相手が碇編集長じゃ…」
「ちょっとさんした!! 聴いてるの?!」
「うわあぁぁん!!!」
 こうして碇麗香のドッペル事件はオチがついた、というわけだが、これから彼女のジャーナリストの心得たる説教が何時間続くのかは…定かではない。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1522 / 門屋将太郎 / 男性 / 28歳 / 臨床心理士】


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■         ライター通信          ■
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この度は、この依頼に参加して下さり、本当にありがとうございます。ライターのあざなです。
アトラス編集部依頼の執筆は初めてだったのですが、頑張って書かせていただきました。
いつものアトラス編集部での事件とは、雰囲気の違ったものになっているかもしれませんが…楽しんでいただければ幸いです。