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<東京怪談・PCゲームノベル>


特攻姫〜お手伝い致しましょう〜

 葛織紫鶴(くずおり・しづる)。剣舞退魔の家に生まれた、類稀な能力の高さを誇る、まだ十三歳の娘である。
 ただし、紫鶴は能力が高すぎた。
 彼女がへたに舞えば、必要以上の『魔』が寄ってくる。
 そのために――
 彼女は生まれてすぐに、別荘に閉じ込められるようにして過ごすことを強いられたのだ。

 如月竜矢(きさらぎ・りゅうし)。紫鶴が生まれた頃から、紫鶴の世話役としてずっと傍についている青年。
 ある日紫鶴は竜矢に向かって、ぽつりとこぼした。
「……人の役に立ちたい」
 それを聞いた竜矢は、「ならば舞えばいい」と答えた。
 魔を寄せるための舞。それを使えば、退魔を生業をする人々の実践訓練となる――と。
 それを聞いて、紫鶴は瞳を輝かせた。

「誰か、必要としてくれるだろうか!?」

     **********

 ――如月竜矢から連絡をもらい、大急ぎで紫鶴の住む葛織家別荘にやってきた女性がいた。
 天薙撫子(あまなぎ・なでしこ)。ほんの数えるほどしかいない紫鶴の、友人である。
「お話はうかがいました、紫鶴様――」
 撫子は相変わらずのふわりとした微笑みを紫鶴に向けた。
「我々退魔の業を持つ者たちの役に立ちたいとおっしゃってくださったと……お心遣いに感謝しますわ」
 紫鶴は照れ隠しにそっぽを向く。
 ――人の役に立ちたい。そんなことを思えるなんて、純粋で良い方だ、と撫子は口元の笑みが消えない。
「なっ、撫子殿も、退魔の家の方だった、なっ」
 ぎこちなさすぎるしゃべりをする紫鶴は、がちがちに緊張しているらしい。
「――人にしてもらうのじゃなく、自分がしてあげる立場になったことがないから、緊張してるんですよ」
 世話役の如月竜矢にそっと耳打ちされて、撫子は和服の袖で口元を隠しながらくすっと笑った。
 そして、紫鶴の言葉にうなずいた。
「ええ。ですからぜひ、訓練させてくださいませ」
「昼と夜、どちらにされますか」
 竜矢に問われ、撫子は「では夜に」と即答した。
 紫鶴の剣舞の能力は知っている。月に左右されるため、月のよく見える夜のほうが――その効果が高いのだ。
「わたくしは、真剣に訓練するつもりで参りましたの。よろしくお願い致します、紫鶴様」
「う、うん」
 ぎくしゃくと紫鶴がうなずく。
「ではなるべく深夜のほうがいいですね。今のうちにお二人とも寝ておきますか」
 竜矢が時間を確かめながら言った。
 異論は出なかった。


 夜――
 いい月の深夜だった。
 撫子はいつも通りの和装に、鉢巻とたすきがけの姿でいた。
 髪や懐には、『妖斬鋼糸』と御神刀『神斬』、それから数枚の霊符。
 準備は、万端だった。

 紫鶴は特別に結界を張った『場』の中で、両手に精神力による剣を生み出し。
 手首には鈴をつけて、しゃらん……と鳴らした。

 なぜだろう、月明かりとはそれほど明るいものではないはずなのに、
 月明かりの下で舞う紫鶴はひどく明るく、輝いて見える。

 しゃん
 しゃん

 鈴の音に惹かれるように、

 しゃん
 しゃん

 周囲の空気がざわりとうごめき、

 しゃん
 しゃら……ん

 さん

 紫鶴の二本の剣がこすれあった、その瞬間。

 ――っ――

 突風が起き、砂煙が上がった。
 撫子は腕で顔をかばいながら、目を細めて場をよく見ようとした。
 大量の気配がした。
 その中央に、ことさら大きく邪悪な気配が――

 背には翼、大蛇の尻尾を持つ狼。
「――マルコキアス――」
 それは、悪魔の名。
 撫子殿、と紫鶴の声がする。
 砂煙がようやく落ち着いて、撫子は紫鶴に向かってにこりと微笑んだ。
 それも一瞬のこと――

 悪魔マルコキアスは三十匹もの妖魔を引き連れて現れた。
 マルコキアスより先に、三十の妖魔が一斉に撫子に襲いかかった。
 撫子はするりと髪の中から妖斬鋼糸を取り出し、しゅるりと辺りに円を描くようにまいた。
 結界が生まれる。弱小の妖魔は鋼糸に触れただけで、ことごとく溶けて消えていく。
 それを二度、三度と繰り返し、撫子は妖魔三十匹をすべて片付けた。
 そして、マルコキアスと向き合った。

 マルコキアスが炎の渦をその口から吐き出してくる。
 撫子は霊符でそれを受け流す。そして妖斬鋼糸を再び繰りだした。
 マルコキアスは翼で飛び上がり、それをかわす。
 上空からも炎を吐かれ、霊符で受け流しながらも、妖斬鋼糸の攻撃はやめずに。
 もっと近くへ。もっと――近くへ。
 まるで優雅な舞を舞うように、撫子は糸を操った。

 糸が、マルコキアスの翼を切り落とす。
 バランスを崩したマルコキアスはそのまま地面に落ちてこようとした。
 すかさず撫子は、すらりと御神刀『神斬』を取り出し横なぎに振るう。
 マルコキアスは蛇の尾でもって、御神刀に食いついた。
「っ!」
 思いのほか蛇の食いつきが強い。撫子は鋼糸を再び繰り出し、蛇の形をした尾を狙った。
 尾は蛇の首から鋼糸に断ち切られた。刀が解放された。
 撫子は優雅に刀をふるい、残っていたマルコキアスのもう一枚の翼を根元から断ち切る。
 マルコキアスは四本の狼の足で駆け込んできた。牙がのぞいた。撫子は刀でそれを受け止めた。
 敵は悪魔だ――
 御神刀に触れただけで、焼けただれる。
 狼の姿をした悪魔は、オオーンと鳴いて刀から口を離した。
 ――今だ!
 刀を振り下ろす。首を狙った。狙いは正確だった――しかし、
 敵はやはり、どこまでも悪魔だ。

 ぶばっ!

「っ!」
 突然マルコキアスの背から復活した二枚の翼に、撫子は奥歯を噛みしめる。
 翼は復活が可能。ということは――
 視線を少しずらせば、思ったとおりだった。蛇の尾も復活している。
 撫子は霊符をマルコキアスの背に貼りつけ、いったん退いた。
 霊符が燃える。マルコキアスの皮膚を巻き込んで。
 妖斬鋼糸をもう一度繰り出し、撫子は今度は切断ではなく尾と翼の無効化を狙った。
 すなわち、巻き取ろうとしたのだ。
 尾は比較的簡単に鋼糸に巻き取られ、動きを止める。
 翼が――

 大きくはためかされ、砂埃が巻き起こった。

 また視界を砂煙に隠され、目をかばいながら撫子は神経を研ぎ澄ます。
 ――敵はどこから来る? 右か左か、それとも上か、
 後ろか!

 ふわりと振り向きざま刀を振るう。優雅に敵の両目をつぶしていく。
 目をつぶされて、さすがに隙が生まれた。撫子は鋼糸で胴体ごと巻き取った。
 そして糸を引き寄せるようにして――敵が近づいたのか、自分が近づいたのか、それはどうでもいい。
 気がつくと目の前にあった悪魔の首に、
 御神刀を突き立てた。

「紫鶴様! どうぞもう一体を!」
 撫子は結界の中からハラハラと見ていた少女に声をかける。
「だ、大丈夫か撫子殿――」
「これくらいわけはございません。さあ、もう一体を――」

 ためらいながら紫鶴は舞を始める。
 力強く――魔寄せの舞を。

 しゃん しゃら しゃらん

 撫子は恐ろしい数の気配を感じた。
 ――いくつ? その数五十……以上!

 数えきる間もなかった。その気配は一斉に撫子に向かって襲いかかってきた。
 撫子は片手に御神刀を、片手に妖斬鋼糸をもって応戦する。
 雑魚の数が多すぎて、視界が埋まっている。

 ――さっきの敵よりも――部下が強い!

 ざしゅ ざしゅ ざしゅ
 妖斬鋼糸でとどめをさしきれなかったものを、刀で斬り払い。
 そしてようやく視界が開けた。

 上空に漂っていたのは、牡牛と牡羊と人間の三つの首を持ち、ドラゴンの背に乗った悪魔。
「アスモデウス……!」
 なぜこうも海外の悪魔ばかり出てくるのでしょう、と撫子は少し笑い、そしてきっと表情を切り替える。
 ドラゴンに乗っている以上、降りてはくるまい。あのドラゴンは炎くらいは吐いてくるだろうか。
(炎を受け流すくらいは……できるけれど)
 撫子の頬を汗が伝う。
(どれくらいもつかしら……)
 刀が届くほどの位置まで妖斬鋼糸で引きずり落とせるか?
 まずはドラゴンから叩くか……?
 撫子殿、と紫鶴が叫ぶのがやけに遠く聞こえる。
(ごめんなさいね。今は……)
 今は、外界のことを気にしている場合ではない。
 目の前にいる敵と、自分だけ、その世界を作らなくては……

 精神を集中、集中、集中……

(……見えますわ)
 アスモデウスは体が人間と同じ。
(見える……核が、心臓と同じ位置に)
 炎が襲ってくる。
 霊符で受け流した。
 その次にどろりと流れてきたのは――毒液だろうか?
 ふわりと避けた。避けると共に――鋼糸を繰り出した。
 ドラゴンの首に巻きつける。
 びりびりと、力同士が衝突して、それが糸を伝わって撫子の体をさいなむ。
(……負けません……!)
 ぎり、と鋼糸を引っ張った。
 ドラゴンの首はなかなか落ちなかった。その口から流れ出た毒液が鋼糸を伝ってくるが、鋼糸の神気が浄化してくれる。
 撫子は意を決して、鋼糸を引く手を緩めた。
 そして次の瞬間に、全体重をかけて下へと引いた。
 ぐいっ! と今までになくはっきりとドラゴンの首が下へ引かれる。
 本体の心臓が――見えた。
(いちかばちか!)
 そのほんの数瞬の間に、
 撫子は、
 御刀を投げた。

 御刀は狙った位置を少しずれて、人間で言う胃の位置に突き刺さった。
(しまった――)
 撫子は一撃でとどめをさせなかったことを悔やんだ。
 しかし、神気の宿った『神斬』をその身に受けて、無傷と言えるはずがない。ドラゴンの、鋼糸を引く力がだんだん弱くなっていく。
 妖斬鋼糸をいったんしゅるりと放して――
 それから優雅に指先を踊らせ、敵の体全体に糸を巻きつけた。

 胴体の真ん中に刺さった御神刀の神気と鋼糸の神気に包まれて、徐々にアスモデウスが溶け出すのが分かる。
 ドラゴンの口が思い切り開いて、今までで最大の炎を吐いた。
「っ!」
 撫子は再び霊符でそれを受け流した。――霊符が尽きた。
 これ以上の炎は防げない――

 一瞬、最後の手段を思い浮かべた。しかし、
 ふと、青と緑の色違いの目をした少女の顔が目に浮かぶ。
(……そうですわね)
 撫子は口元に微笑を浮かべた。
(わたくしは天位継承者――)
 その力は神にも等しく。
 その力は滅多に使ってよいものではなく――!

「このまま決着をつけますわ!」
 声に出して宣言した。
 アスモデウスのドラゴンが再び炎を吐く。
 撫子はするりとしゃがみこみ、炎の下をすり抜けることでそれを避けた。
 背中が焼けるように熱い。けれど、それが何だと言うんだろう。

 ――人の役に立ちたい。

 そう言ってくれた少女の純粋な優しさには、己自身の力を高めることでしか応えられまい――
 撫子は妖斬鋼糸を再びアスモデウスから放し、そして手元に引き寄せると見せかけて――
 アスモデウスの胴体に突き刺さったままだった御神刀の柄をからめとった。
 ずるりと刀を引き抜く。アスモデウスの本体の手がそれをつかみとろうとする。
 しかし、撫子の宿す神気は全開になっている。
 びりっ――
 感電するようなショックをアスモデウスの手に与えて、撫子はそのまま刀を鋼糸で操った。
 優雅に。どこまでも優雅に腕を、手首を、指先をすべらせて。
 鋼糸で操る空中の御刀を、

 アスモデウスの核へとまっすぐに。

 断末魔の叫びが聞こえた。
 とろりとろりと、何かが溶けては妖斬鋼糸に、『神斬』に、そして撫子自身にみなぎった神気に昇華されていく。

「――撫子殿!」
 勝った! と無邪気な少女が結界の中で喜んでいるのが聞こえた。
 鋼糸と刀をするりと手元に引き寄せ、しまいこみながら、撫子はにっこりと紫鶴に笑いかけた。
「勝ちましたわ紫鶴様。……ありがとうございます」

     **********

 月が大分傾いてくる。
 夜明けが近い。
 そんな中、撫子は紫鶴と竜矢を誘って、庭園でお茶会を開いていた。
「今日は宇治の玉露をお持ちいたしましたわ」
「!」
 撫子と出会ってからというもの、お茶に興味を示し始めた紫鶴が大きく目を見開いた。
「高級茶ではないか……!」
 撫子はくすくすと笑う。これが日本有数のお金持ちの令嬢の反応なのだからおかしい。
「紫鶴様へのお礼も兼ねて……ですわ」
 撫子はそっとお茶を淹れていく。
 薫り高く、甘くまろやかなお茶――
「撫子殿……」
「はい?」
「その……お礼を言われる理由が分からないのだが……」
 決まり悪そうに身を縮めてそんなことを言う紫鶴に、撫子は片目をつむっていたずらっぽく返事をした。
「――秘密です」


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0328/天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)/女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者】

【NPC/葛織紫鶴/女性/13歳/剣舞士】
【NPC/如月竜矢/男性/25歳/紫鶴の世話役】

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■         ライター通信          ■
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天薙撫子様
いつもお世話になっております、笠城夢斗です。今回もゲームノベルにご参加いただき、ありがとうございました!
召喚するのは『悪魔』ということになっておりましたので、日本の悪魔か海外の悪魔か迷ったのですが……海外を取らせて頂きました。
紫鶴は撫子さんが大好きですので、またいらして下さりますと嬉しいですw
またお会いできる日を願って……