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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


なんにしましょう

 カウンターの上に、カウンター。1/12サイズのドールハウスは、アンティークショップ・レンの内装をそのままにかたどっていた。ただし壁はショーウィンドウと入口のある一面だけしかない。その壁がないことを除けば、棚にある商品の一つ一つまでもがそっくり同じだった。カウンターの裏にあるものも、指でつまめば取り上げられる。
 これは売り物なのか、それとも置物かとあちこちの角度から眺めていたら、煙管を吹かした碧摩蓮が
「あんた、店番をしてておくれ」
と言うなり奥へ引っ込んでしまった。
「店番、と言われても・・・」
とりあえずカウンターへ入ってはみたが、そこらをうろうろ見回すだけでなにをすればいいのかわからない。なのに、こんなときに限って店の扉が開くのだ。
「・・・え?」
確かに客がやってきた。しかし開いたのはなんとカウンターの上に置かれたドールハウスの扉。そして入ってきたのは・・・。
「エクスチェンジ、プリーズ」

 声が聞こえた、その数分前のこと。いきなりの指令を受けて櫻紫桜は少なからず困惑していた。表情は普段と変わらないのだけれど、胸の内は動揺していたのである。
「俺なんかで本当にいいんですか?俺、商品の値段とかわかりませんし、それに品物の場所も検討がつきませんし・・・」
紫桜は蓮が消えた扉を追いかけて開き、中へ向かって呼びかけた。だが細い階段の下ってゆく暗闇の奥はなにも見えずなにも知れない。当然、答えも返ってこない。まるで電源の切れている携帯電話、受信することを拒否している。
「参ったな」
戸の縁を爪で叩き、首をかしげながらもう一度蓮さん、と呼んでみる。返事がないのはわかっていたが、それでも諦めをつけるために呼ばずにいられなかった。
 二度目の反応なしを確かめて、紫桜は店のカウンターへと戻った。そこへ、客が待っていたのである。
「なにやってんだ、客を待たせやがって」
「・・・・・・ああ、そこか」
勘の鋭いはずの紫桜が、鈍い反応を見せたのは客が目の前にいなかったからだ。客は確かにカウンターの前に立っていたのだけれど、それはドールハウスの中のカウンターだった。店内を忠実に縮小させた、つまり中の客も同様に小さい生き物である証拠だった。背中を折り曲げ覗き込んでみると肌の浅黒い、背中に羽の生えた角のある人間が緑色の目でこちらを睨み上げていた。
「なんだ、蓮さんじゃないのか」
その客、尻尾を揺らしながら子悪魔は本来の店主を探していた。ほんの少し前からとはいえ代理店長を任された紫桜はぺこりと頭を下げる。
「すまない。彼女は今席を外している。だから俺が応対するよう頼まれた」
「なんだよ、仕方ないなあ・・・ま、いいか。それじゃこれ」
性格の悪い子悪魔は大げさにため息をつくと、自分の体と同じくらいの大きな荷物を、といっても紫桜には手の平サイズの白い包みをカウンターに引っ張り上げる。ぐるぐるに巻かれた隙間からちらりとのぞく尻尾は真っ黒焦げであった。
「今日も頼むぜ。なにと交換してくれるんだ?」
しかし訊ねたいのは紫桜のほうである。
「俺はこれをなにかと交換しなければいけないのか?」
「あんた、本当に代理か?」
「すまない、蓮さんはなにも言わずに出て行ったんだ」
機械のように真面目に相手をする紫桜、すっかり怒る気の失せた子悪魔から出るのはため息か皮肉くらい。
「・・・あのなあ、俺がここに持ってきたのはイモリの黒焼き。いわゆる惚れ薬ってやつだ。迷信なんかじゃない、本当に効くんだぜ。で、こういう貴重なものに値段をつけるってのは無粋だ。だから俺と蓮さんはいつも物々交換してたってわけだよ」
「なるほど」
子悪魔の説明に深く頷きながら聞き入る紫桜、恐らく嘘を一つ二つ混ぜていても疑わなかっただろう。だがこの真っ直ぐな態度にかえって相手のほうが気兼ねして、冗談などうかつに出せないという心境にさせるのだった。

「では、交換する品はなんでもいいのか」
「いいんだよ」
「しかしこの店の物はどれも、大きすぎはしないか」
「あんたがそっちで選んでくれりゃ俺はこっちで持っていく」
そっちを見てろと子悪魔が指さしたのは右の商品だな。中世に作られた錠前が並べられている。子悪魔はドールハウスの中の、手近な一つを取り上げた。すると紫桜の目の前で同じ形の錠前が煙のように消えてしまった。
「なるほど」
目には二つに見えていたものが実際は片方が幻とは、どういう仕組みかわからないが面白かった。これなら背丈の違う者同士でも交換ができる。
「わかったか?さ、あんたはなにをくれるんだ」
「ちょっと待っていてくれ」
なにも準備していなかった紫桜はまず、店の全体へと目をやり商品をざっと眺める。さっき見た錠前の側には金属製の食器と燭台があった。その向こうには古書とアンティークドールたちがちょこんと腰掛けている。貴重品の類はどうやら、カウンターの中のようだ。
 イモリの黒焼きというのがどれくらいの価値かは知らないが、それに見合う物を見つけたかった。そう心に念じながら棚を目で追っていくと、チョコレート色をした平たい小箱が琴線に触れた。縁には銀色の鋲が穿たれている。
「これは」
手にとり、蓋を開く。すると箱の中身は空なのに、皮を張ったその奥から琴を奏でるような調べが聞こえてきた。聞いた覚えのない曲だったが、不思議に紫桜の心を和ませる音色だった。
 紫桜は蓋を閉じ、箱をひっくり返したり天井の明かりに透かそうとしてみたり、四方八方から観察する。だがゼンマイは見当たらずまた電源らしきものもない。これもドールハウスと同様、どんな仕組みで動いているのかは知れなかった。
「だが、良い」
蓋をもう一度開いて曲に耳を傾けると、ますます心は決まった。潔い紫桜にはもったいないという言葉が似合わない。このオルゴールをイモリの黒焼きと交換することに、惜しいという心はまるで働かなかった。
「決まったぞ」
オルゴールを棚に戻して、棚の場所はしっかり覚えておいた、紫桜はカウンターの上にあるドールハウスに声をかけた。すると、その中にいた子悪魔は待ちくたびれたのか籠一杯に盛られていたはずのビスケットをあらかた平らげていた。
「・・・それと、交換するのか?」
さすがの紫桜も、黙って店の商品を食べられては一言棘をささずにはいられなかった。

 話し合いの結果、ビスケットは子悪魔が自分の財布から金を払うことに決まった。どんなお人よしでもイモリの黒焼きにオルゴールとおまけにビスケットをつける気にはなれない。また子悪魔のほうも、たかがビスケットとイモリの黒焼きを交換することは同意できかねた。
「これでいいんだろ、これで」
「ありがとうございます」
子悪魔が財布から取り出した銅貨を受け取り、カウンターの上にあるレジへ放り込むと一応の商談成立として頭を下げる。そして顔を上げると、あらためて商談の再開となった。
「俺が選んだ商品はあの棚の上にある。茶色い箱だ、手に取ってみろ」
言われた通り子悪魔がオルゴールを取り上げると、現実の店からは箱が消える。自分がドールハウスの中にある商品を手に取ったら一体どうなるのかと紫桜は少しだけ考えた。だが、実際に手に取ろうとしてみても箱は紫桜の爪より小さくて、取り上げる前に潰れてしまいそうだった。
「なんだ、この箱」
「オルゴールだ。蓋を開けると曲が流れる」
「曲ねえ・・・俺の趣味じゃないんだけど・・・・・・」
ぼやきながらも興味だけはあるらしく、子悪魔は紫桜の言うとおりに蓋を開いた。紫桜はあの琴の音が流れてくるのを待った。だが聞こえてきたのはなぜか、けたたましく吠える犬の鳴き声であった。
「な、なんだ!?」
思わず箱を放り投げ、両手で耳を塞ぐ子悪魔。こんなものをおしつけやがってという表情がその小さな顔いっぱいに浮かんでいる。
「ん?おかしいな」
ドールハウスの床に転がったオルゴールを、カウンターの上にあったピンセットでつまみあげる紫桜。壊れていないかどうか、左手に持った簪で蓋を開けてみる。と、今度はさっき紫桜の聞いた琴の曲が流れてくる。
「壊れているようには見えないが・・・」
「嘘だ、貸してみろ」
オルゴールが子悪魔の手に移る、また音が犬の吠え声に変わる。
「どうやらこのオルゴール、持つ者によって曲が変わるらしいな」
「だったらなんで、お前が琴の曲で俺が犬の鳴き声なんだ!」
「それはオルゴールに聞いてくれ」
ひょっとすると曲には人間性が出るのかもな、と紫桜。冗談ではなく本気で言ったのだが、それが子悪魔の胸に鋭く突き刺さる。犬の吠える声のような性質、とはどう頑張ってもいいようには聞こえないからだ。
「俺は客だぞ!もう少し言いかたに気をつけろ!」
「だが他に言いようがない」
「・・・・・・」
あくまで真面目な紫桜に子悪魔は打ちのめされる。いつでも馬鹿なことを言っている人の冗談や皮肉は軽く受け流せるが、紫桜のような人間から平然と出る言葉には意外と傷つけられるのだった。
 オルゴールの箱を抱え、項垂れて店を出て行く子悪魔。恐らく今蓋を開けば、尻尾を丸めた犬の鼻を鳴らす音でも聞こえたことだろう。
「ありがとうございました」
その切ない後姿にも、やはり律儀に紫桜は頭を下げたものである。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

5453/ 櫻紫桜/男性/15歳/高校生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
アンティークショップ・レンの店にある不思議なものはきっと、
不思議な世界の住人にはそこらにあるものではないかと思います。
お互いに交換、で都合よく回っている気がします。
真面目な人の皮肉な言葉にぐさりと傷つけられる、というのは
日常生活でもよくあることで、傷つけた人は案外
気づかないものだと思います。
こうして書いているとなんだか、紫桜さまは意外と
天然かもという気がしてしまいました。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。