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<東京怪談・PCゲームノベル>


ALICE〜失くしものを探しに〜

「ねえ、あの生意気な三月ウサギ・・・略して馬鹿を黙らせる良い発明とかないの?」
「そうですねえ・・・これなんてどうです?一瞬で天国へ旅立てるっていう・・・」
「息の根止めてどーすんのっ!まったく・・・ほんとに冗談が通じないよね、帽子屋って」
 ぼんやりとした意識の中。聞こえる二つの声。一つは少女、もう一つは青年のもののようだった。
 ――帽子屋・・・?帽子屋って何だろ・・・
 そういえば。
 つい先程まで「不思議の国のアリス」を読んでいたはずだ。
 ――アリスの帽子屋・・・?
 あの頭がおかしいって有名な?そうなると相手は誰だろう?
 ――っていうか何で帽子屋の声がするの?私、まさかまた・・・っ
 慌てて目を覚まそうとした瞬間、頬に衝撃がはしった。


【大切の在り処〜崎咲・里美〜】


 ひりひりと痛む頬を擦りつつ栞の顔を見上げる。彼女は悪気の欠片もない笑顔を浮かべた。
「やっと目を覚ましましたか。何度叩いても反応がないので心配しましたよ」
「・・・」
 心配していた割には最後の一撃にかなり力が篭っていたようだったが。
「ええっと・・・栞さん。ここって一体・・・・・・」
「ご想像の通りですけど」
 つまりは本の中。「不思議の国のアリス」の物語の中ということか。
 ――またあ?
 どうしてこう何度も何度も厄介事に巻き込まれてしまうのだろう。
「まあ、安心してください。戻ろうと思えばすぐに戻れますから」
「本当?」
「ええ。ただ、里美さん。何か失くしているものとかありません?」
「失くしもの?」
 言われてみてはっとする。
 そういえば・・・・・・ない。
「・・・カメラが・・・」
「やられましたね・・・」
 ふうと息をつく栞。
「ど・・・どういうこと・・・?」
「不思議の国の住人は悪戯好きなんですよ。こうやって人間が迷い込んでくると必ず誰かが何かを奪っていくんです」
「そんな・・・」
 よりによってあのカメラだなんて。
 あのカメラは思い出のカメラなのだ。里美が持つ全ての物の中で最も価値のあるものである。
「私の・・・思い出のカメラ・・・・・・!」
 気づいた時には里美は栞の両肩を強く掴んでいた。
「取り返さなくちゃ・・・!あれだけは・・・あれだけは何があっても失っちゃいけないものなのよ・・・!悪戯だなんて冗談じゃないわ・・・っ」
 何があっても、何をされようと取り返さなくては。
「里美さん、少し落ち着いてください。とりあえず犯人を探さないと、でしょう?」
「そ・・・そうね。ちゃんと捕まえて大切な物の意味を教えてやらないと!」
「と、いうわけで」
 里美の手から解放されると、栞は後ろを振り返った。
「そこのウサギと変態発明家。協力してください」
「へ?」
「は?」
 ショートカットの少女とつばのある胡散臭い帽子を被った眼鏡の青年が同時に振り返る。
 人の姿をしているが、多分白うさぎと帽子屋なのだろう。
「協力って・・・」
「何故僕達が?」
 怪訝そうな顔をする二人に栞は笑いかける。その笑顔に里美は何故か背筋に冷たいものがはしるのを感じた。
「本を管理してあげてるのは誰だと思ってるんですか?本当なら曰く付きの本は即処分の対象なんですよ?」
 ――訳:断れると思ってんのか、こら・・・ってとこ・・・?
「き・・・協力する・・・!協力します・・・!」
 必死に頷く二人を何だか哀れに思ってしまう里美だった。

「僕達以外にここを通った人・・・ですか?ええっと・・・待ってください。今、スペシャル発明品・過去がみえ〜るを・・・」
「あんたの発明品は宛てになんない!」
 荷物から何かを取り出そうとする帽子屋を、白うさぎがぴしゃりと切り捨てた。
「あたしの記憶では・・・うーん・・・・・・」
「何か思い出しそう?」
 里美が顔を覗きこむと彼女は「あ!」と手を打つ。
「そうだ、チェシャ猫!」
「チェシャ猫?」
「あいつを見かけたんだ。神出鬼没で気まぐれな奴だから大して気にしなかったんだけど」
「決まりですね」
 栞の言う通り間違いなさそうだ。だが神出鬼没というのなら、どうやって探せばいいのだろう?思案する里美の肩を帽子屋が叩いた。
「ご安心ください、里美さん。チェシャ猫なら簡単におびき出せますよ」
「・・・どうやって?」
「まさか、また発明とか言うんじゃないよね?」
 嫌そうな顔をする白うさぎに帽子屋は首を振る。
「お茶会を開くんですよ」

 一体どこから取り出したのか。帽子屋が用意したテーブルセットを囲み、四人は「お茶会」を始めた。
 チェシャ猫は楽しそうなことが大好きなので、こうしていれば絶対そのうち現れるという。
 ――とはいってもそう簡単に来るものなのかなあ・・・
「お!面白そうなことやってるね!」
 本当に来た。
 見るからに陽気そうというか軽そうな少年だ。にこにこ笑いながらこちらに近づいてくる。彼の首にはカメラがかけられていた。
「私のカメラ・・・!!」
「ああ、これ?面白そうだったからつい手が出ちゃってね」
「お・・・面白そう・・・・・・?」
 思い出のカメラに対し何という評価だ。カチンときた里美はチェシャ猫に飛びかかろうとした。だが、栞に止められる。
「里美さん、抑えて」
「でも・・・っ」
「別に返さないとは言ってないよ。俺が出す課題をクリアできれば返してやってもいい」
「課題?」
 白うさぎと帽子屋が同時に溜息をついた。
「また始まったね、チェシャ猫の道楽」
「やれやれですね」
 どうやら今に始まったことではないらしい。
「課題って何よ?受けて立とうじゃない」
「そうだな・・・」
 チェシャ猫がパチンと指を鳴らした。すると何もない空中から里美のものとまったく同じ形をしたカメラが出現する。
「君のを真似て造ってみたレプリカだよ。これで今の君が撮れる最高の写真を撮ってみせてよ。俺が納得したら君の勝ちだ」
「・・・・・・わかったわ」
 里美は頷き、カメラを受け取った。

 まずは撮る対象物を決めなければと、里美は不思議の国内を歩き回ってみることにした。
「最高の写真って言ったって・・・」
 抽象的過ぎる。それに判断はチェシャ猫がするのだから、彼の匙加減でどうにでもなるのではないか?
 ――って、駄目よ弱気に考えちゃ。小細工なんて忘れるくらいいい写真を撮ればいいのよね
 風景にしようか、それとも誰かをモデルにして?
「・・・栞さん、そこでちょっと白うさぎさんと並んでみてもらえる?」
「・・・こうですか?」
 カメラを構えてみるがいまいちピンとこない。栞だけ、栞と帽子屋、帽子屋と白うさぎ・・・色々と試してみたがどれもこれだ!という感触はなかった。
「やっぱ風景とか物とかの方がいいかな・・・?」
「それなら僕の発明品になかなか素晴らしいデザインのが・・・」
「却下」
 里美の代わりに白うさぎがばっさり切り捨てた。
「うーん・・・ちょっと一人でうろうろしてみるわ」
 里美は3人をその場に残し、適当な方向に歩いていく。
 最高の写真・・・最高の写真・・・・・・
 考えながらしばらく歩くと人の気配がした。気付くと湖のようなものが見えてきていて、そのほとりに誰かがしゃがみこんでいる。
「あれ?チェシャ猫さん・・・・・・?」
 先程まで里美達の近くにいたというのに、いつの間に移動したのか。神出鬼没というのは本当らしい。
 気付かれないように近寄ってみると、彼の目の前の地面に十字を模った石が突き刺さっていた。誰かの墓だろうか?彼はその墓石をじっと見つめている。
 そして何か呟いたかと思うと、ふっと微笑んだ。
 ――今だ
 直感的にそう思う。
 里美は無意識にシャッターを切っていた。
「え?」
 音に気付いたのかチェシャ猫が顔を上げる。
「・・・撮れたわよ。最高の写真」
 ゆっくりと立ち上がり、チェシャ猫は微笑んだ。
「そう。・・・それじゃあ、現像してみようか」

 皆が見守る中、浮かび上がった像はチェシャ猫のアップ。柔らかく、幸せそうに笑うチェシャ猫の写真だ。
「ちょっと里美。何でよりによってこいつの写真なの?」
「だって、凄くいい顔で笑うから・・・・・・」
 思わず手が動いていたのだ。
「何か大切なものをいとおしんでるような・・・そんな感じがしたんだけど。私の気のせい?」
 後半の台詞はチェシャ猫に向けたものだ。彼は目を瞬かせクスクスと笑う。
「凄いね、君。合格だよ。カメラは返してあげよう」
 里美はチェシャ猫が差し出してきたカメラをしっかりと受け取り、ぎゅっと抱き締めた。
 ――もう、絶対に離さないからね
「あれね。俺のじーさんの墓なんだ」
「おじいさん?」
 不思議の国のアリスのチェシャ猫に祖父などいただろうか。まあ、根本的にそのアリスの世界とは違うようなので関係無いのかもしれないが。
「大好きで誰よりも大切な人だった。祖父は俺に何も残してくれなかったから、君のそのカメラ見てたら羨ましくなっちゃってね」
「羨ましく・・・?」
「うん。凄く想いが篭っているのがわかったから。大切なものを持っている君が羨ましくなったんだ」
「・・・」
 チェシャ猫がこのカメラを奪ったのはそんな理由から・・・?
 里美の胸の中に温かい感情が広がっていく。
「大切なものなら、貴方にもあると思うけど」
「え?」
「思い出は、貴方だって持ってるでしょ?」
「・・・」
 チェシャ猫は目を見開き、里美に向けて柔らかく微笑んだ。
「うん、そうだった。そうだったね」




「こんにちはー」
 数日後。
 再び里美はめるへん堂を訪れていた。つい先程現像したばかりの沢山の写真を持って。
 不思議の国の住人達を撮った写真だ。
「ねえ、今からアリスの物語の中に入れないかな?」
「別に構いませんが、何故ですか?」
 栞の問いに里美は笑顔で答える。
「チェシャ猫さん達にも思い出を届けに行かなくちゃ」



 一番大切なものはずっとこの胸の中に
 そう
 きっと、誰だって


fin


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC

【2836/崎咲・里美 (さきざき・さとみ)/女性/19/敏腕新聞記者】

NPC

【本間・栞(ほんま・しおり)/女性/18/めるへん堂店長】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは。いつもありがとうございます、ひろちです。
納品遅くなってしまい申し訳ありません・・・っ

里美さんには何度もめるへん堂に足を運んでもらっているので、すっかり店の雰囲気に馴染んできたな・・・と感じていたりします。
今回は「思い出」をテーマにチェシャ猫を中心としたお話にしてみたのですが、いかがでしたでしょうか?
楽しんで頂ければ幸いです。

では、また機会がありましたらよろしくお願いしますね。
ありがとうございました!