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■悪戯チョコ☆2006■
「それで何故武彦がこんな風に石化ならぬ『チョコ化』しているかと言いますとね、ひとえにこの私が悪いんです……うぅぅ」
そう言って泣き崩れたのは、ここ、草間興信所の主である草間武彦の生涯の宿敵であるはずの、生野英治郎であるのだが。
零が必死で、買い物帰りの袋もそのままに慰めている。その袋の中には、今日のバレンタインのために手作りしようと買ってきたチョコの材料だって入っているというのに。
目の前には、「チョコ化」して怒りの表情とポーズで固まったままの武彦の姿がまだ、そのままである。
「元気を出してください、大丈夫です。今までだって、なんとか兄さんを元に戻してきてくれたじゃないですか、わたしの兄さんの仲間達が今回もきっと兄さんを治してくれます」
そうなんの脈絡もないことを言って励ます、零である。
「でも私が発明した今年のバレンタイン用のチョコ、触れただけで触れたその人を覆い被ってしまうほど巨大化してそのままチョコ化してしまうなんて……危なくてヒーターもいれられません」
問題はそこか。
そう言いたくなるところだが、零は純粋だからそんなことは言わない。
「問題は、まだそのチョコが分裂してこの興信所の中のどこかにいるってことですよね……砂の一粒くらいの大きさなんですっけ、今回の生野さんチョコ」
「ええ、それはもう画期的なチョコで、ふたを開けて触れればハート型の立体チョコに変身してオルゴールのように曲を奏で始めるはずなんですが……やはり妹からもらった材料を使ったのが悪かったんでしょうか」
「妹さん……ユッケさんですか……いえ、そんなことはきっとないでしょう……」
と言いつつも、去年のホワイトデーのクッキー作りのことを思い出してしまう零。
そして未だよよよと泣いている英治郎のかわりに、今回は零が。
「チョコ化した武彦をどうにかして人間に戻してくれるように」と仲間達に依頼をしたのだった。
■チョコの逆襲■
何故こんなことに……!!
などと悲嘆にくれはしなかったが、
「武彦さんが美味しそうなチョコレートになるなんて……あとで、用意してたチョコあげても喜んでもらえないかも」
と、しょんぼりちょこっと項垂れつつ窓を開け、シュライン・エマは、「武彦チョコ」を溶かさないようにひとまず氷水で手を冷やしてから温度の低い窓辺へ移動した。わりと軽いのがひたすら恐い。
「こりゃまた凄いもの作ったよなぁ……」
興信所の扉を開きっぱなしにして、見事にチョコ化している武彦を見つめている梧北斗(あおぎり ほくと)。内心、「ちょっと笑えるとか言ったら怒られるだろうなぁ」と必死のシュラインの姿を見つつ、心の中だけにその感想をとどめている。
「しかし、ポーズがいけません」
その扉をぱたりとかわりに閉めて、なにやらきらきらとした瞳で鹿沼デルフェス(かぬま・─)。
「バレンタインチョコは愛の告白、『俺を食べて(=愛して)くれ!』と想いを伝えられるポーズでなければ。ご自分をチョコ化する画期的なチョコでしたらお店に置きたいですわ。バレンタインに殿方に食べてもらいたい女性に需要があると思うのですわ。ああ、なんて素敵なのでしょう」
どうやら、いつも通り興信所の雑務を手伝いに来てそのまま、どうやら天然系妄想爆発してしまったらしい彼女である。
「でもこの寒い中、氷水まで使ってなんて、やっぱ愛の力だよな」
と言う羽角悠宇(はすみ ゆう)は、パシャリと写真を一枚撮りつつ、今回は凹み気味の英治郎の前でこれまたいつも通り素直な感想を述べる。
「また今年の生野さんのチョコは強烈だねぇ……触ったらこんなになったって?」
だがその内心、落書きもしたいが後が恐いのでぐっと我慢しているのは彼だけの秘密である。
デルフェスが閉めた扉がまた、ばたりと開いた。大きな犬がぬっと入ってくる。覚えのある者は見覚えがあるだろう、初瀬日和(はつせ ひより)の愛犬、バドである。はたしてその後から、引っ張られるようにして日和が入ってきた。
「散歩中だったんですけど、ごめんなさい、この子草間さんにすごく懐いちゃって、この辺に来ると遊んでもらわないと帰らなくなっちゃって……」
しかし当の本人には嫌がられていると気がついていない天然さんである。そしてその天然さんは、ようやく窓辺の武彦チョコの姿に目が行った。
「……って、あら? 草間さん……の形をしたチョコレート……ですか?」
その武彦チョコの前には、唐島灰師(からしま はいじ)が鼻唄を唄いながら実に楽しそうに観察していた。
「へぇ、これは面白いな。――─つうか、良くね? 暖めて溶かしちまうってのも面白いけどさ、せっかくチョコがあんだから喰うしかねーだろ」
普段から武彦をからかうのが大好きな彼である。
その脇から口を出したのは、ステッキを片手に、そしてもう片方の手には金槌を持ったセレスティ・カーニンガムであった。
「いえいえ、寧ろ。覆い被さってしまうほど巨大化しているのですから、それはもしかしてチョコで息ができないのではないかと思うのです。そのままですと体温で溶けるまで待っている前に酸欠で駄目になりそうですし、溶ける前にチョコがまだ固まっているうちに割ってしまうのがいいのでしょうね」
なんでも彼の話では「厚さのあるチョコなどは金槌で割って食べたりするようですから、思い切って試してみるのがよいのでしょうか」と言う。
「まあ、対策を練る前にとりあえずこれね。ハッピーバレンタイン」
紙袋を抱えていた由良皐月(ゆら さつき)、零から依頼を受けて皆の大体の人数を予想し、買ってきていたチョコクッキーを、しかし大量に手土産に持ってきていた。それを全員に───英治郎には怒りの笑顔で───配り終えてから、寒い、と身震いした。ヒーターがつけられないのだから、もちろん彼女だけでなく、集まった8人全員と英治郎も寒い。
「早く対策を考えましょう」
英治郎が言ったが、じろりと冷たい視線がやってきて、彼の笑顔は珍しく凍りつくしかなくなった。それもそうだろう、意図したわけではないとはいえ、武彦をチョコ化したのは事実なのだ。
「まさか割れたら元に戻った時その部分が欠損してるとかないよなぁ? ま、草間さんが化けたチョコレートなんて恐ろしくて口にできるわけないけどさ」
セレスティに問いかけてみる、悠宇の内心が実は「災難と貧乏を引き寄せる体質がうつりでもしたら困る」というものであることを予測できる者は……英治郎くらいかもしれない。だが彼は今回はさすがにというか、黙っている。にこにこ顔は、そのままではあったが。
「草間さんチョコも触ったら同じになるかとも思ったけど、シュラインさんが触って平気だったんならその線はないわね」
推理し始める皐月。
「わたくしの換石の術ではチョコ化は戻せませんが、触れた人に覆い被さりチョコ化するという事は、表面をチョココーティングされているのではないでしょうか? 表面を食べれば元に戻るかもしれませんわね」
「湯煎にかけるとエライ事になりそうだからさ……思い切って誰かが『キス』したら元に戻るとかはどっかな?」
「ねえ。いっそこれ割ってみれないのかしら。削るとか。危ないかな?」
「あ。いい音がします」
灰師と同じく食べる案は、デルフェス。キス案は北斗。割る削る案は皐月。小さめにコン、と金槌で武彦チョコを叩いてみたりしたのはセレスティである。
「ちょ、ちょっと待って」
その時、武彦のそばで哀しげにしていたシュラインが、皆に待ったをかけた。
「なんだか……心音が聴こえないの」
ぎょっとする一同。シュラインの耳の良さは並みのものではない。それが分かっているから、恐かった。
心音が聴こえない=死?
「確認しましょう」
ひとり冷静なセレスティが、ぽきっといい音をさせて、金槌と手を使い髪の毛一束分だけ「武彦チョコ」を折り取った。シュラインが鍋に火をつけ、溶かしてみる。やがてそれはチョコレートの液体となった。
「表面だけじゃないようですわね」
デルフェスがぽつりとつぶやく。
「い、一体どういうことでしょう」
ガラにもなくおろおろする英治郎。
「落ち着きなさいよ。いっそ生野さんもチョコ化したら楽しそうねぇ。草間さんとお揃いよ? おろおろすることもなくなるわよ?」
日頃の恨み(?)の目つきで英治郎を見やる、皐月。英治郎は「あ、それはいいですねぇ。でもその前に指のサイズを測らせてくださいね♪」などと機嫌が良くなっている。
「あのぅ……指のサイズって、もしかして……エンゲージリングですか?」
またも、こんなことには敏感な天然娘の日和が耳ざとく聞きつける。
「そのお二人さんて、そんな仲なのか?」
あまり興味なさそうな感じで、灰師。
「この前から怪しいと思ってたけど、まさかな」
言いつつ、パシャッと写真を撮る悠宇。
何故だかこの皐月と英治郎、申し合わせたように薬指のサイズを測っているのである。やがて、英治郎は元気を取り戻したらしい。
「ありがとうございます皐月さん! しっかりサイズは覚えました! 今に貴女にぴったりな指輪をこしらえてさしあげます!」
「薬指だけはごめんだからね」
釘を刺すことも忘れない、皐月である。
そんなやり取りを見るとは無しに見つつ頭の中で色々と組み立てていたシュラインが、ぽつりと言った。
「ふと、思ったのだけど……生野さんが作ったっていうチョコ、分裂したのよね? 元々は立体チョコに変身するものを作ろうとなさったなら、武彦さんが触れたことでその形にチョコが変化しただけっていう可能性はないかしら」
「さすがシュラインさんですわ」
考えてもみなかった、というふうに尊敬の念をこめて彼女を見る、デルフェス。
「でも、そうだとしたらさ。武彦はドコ行っちゃったのかな?」
もっともな意見を、北斗が口にする。きょろきょろとあちこち見て周るが、いる気配はない。北斗が、一緒に探していた零、デルフェスと共に戻ってくると、悠宇と灰師が情報を披露し合っていた。
「ユッケさんから材料もらったって言ってたからさ、前に行ったユッケさんの家まで行って聞いてきたんだよ、何を材料にしたのかとか」
「俺も、これで恩も着せられるしな、零ちゃんに聞いてユッケさんの居場所を聞いて行ってきた。結果はそこの羽角サンとやらと一緒だぜ」
その情報によると、ユッケが英治郎に渡した材料は、飼っているペット、一角鳥の羽毛ひとかけらである。しかしそれは音を奏でるオルゴールの素となるものとして渡しただけで、本当に偶然出来たもの、という以外ユッケ・英実にも分からないようだったという。
「お手上げというわけですか」
日和が、さすが武彦ではないと分かったからかあちこちかぎまわっているバドには気づかず、考え込む。
「もしかして、分裂したほうのチョコが逆に、チョコの形に変化してしまった武彦さん……とかは有り得ないかしら」
シュラインが、言うのも恐ろしいといった風に口にする。
一瞬、しん、と場が静まり返った。
「となると、草間さんは今、この興信所のどこかで砂粒大の大きさで助けを求めているわけですね」
やがてセレスティがたおやかな微笑みを浮かべながら言うと、誰かがたまらずに噴き出した。
いや、笑い事ではないのだが実際笑えてしまうのだから無理もないことと言えよう。
「ともかく皆様はお寒いでしょうし……その砂粒大の、チョコになってしまわれた武彦様をお探ししましょう」
デルフェスが言い、隣の零も力強く同意し、全員は興信所の隅から隅まで探すこととなった。
◇
皐月の案で、どうせならついでに掃除機で問答無用の片付けをしよう、ということになり、確かに効率的でもあると考えられたので、興信所だけ大晦日のような雰囲気になった。
シュラインは、変化した時の状況を零と英治郎に聞いてみたが、一瞬のことだったので特に分かったことはない、との返事だった。
「武彦さーん」
「草間さーん」
「草間ー」
「武彦ー」
様々な呼び声が呼んでも無駄とは分かっても、シュラインや日和、灰師、北斗の口から発せられる。皐月はせっせと掃除機で吸引していき、その前を悠宇が、あちこち写真を撮りながら、目を懸命にこらして掃除機に吸引される真ん前に武彦がいないかどうか確認してから皐月にちょこちょこ親指と人差し指とでオーケーマークを出していた。
「デルフェスさん、これを使うといいです」
零が差し出してきたのは、大型レンズ。確かにこれなら砂粒大チョコ化武彦も見えるに違いない。
「まあ、ありがとうございます。頑張って零様のために武彦様をお探ししますわ」
何か主旨を間違えている気がしないでもないのだが、ともかくやる気が出ることはいいことだ。一方原因の英治郎は、台所を借りて妖しい実験なんぞを始めているらしい。「バレンタインにゆびわづっくり♪」などと唄っているところがますます妖しいのだが、とりあえず放っておく。
ところがそんな英治郎を除いた全員が、この後チョコの災難に見舞われるとは誰も思っていなかったのだ。
◇
それは、チョコ化した砂粒大武彦を探し始めて数時間が経った頃。
元の興信所とは思えないほど興信所は綺麗ぴかぴかになり、家事手伝いを生業としている皐月は特にすっきりしたものだが。
一点に、北斗がしみを見つけた。
「ん? なんだろ、この茶色いしみ。なんだかどんどん広がってく気が───わあっ!」
壁に見つけたしみに近寄っていった北斗に向けて、しみが大きく覆いかぶさろうとした。慌てて後ろにバク転する北斗。
「このにおい……チョコだな」
灰師が「面白くなってきやがった」と思いつつ、にやりと言う。
「でも、何かの生物みたいに大きくなって、うようよ動いてますけれど……」
怯える日和の前に立ちはだかるバドと、悠宇。
「大丈夫だ、俺が護る。でもなんでこんなことになってるんだ? チョコは砂粒大のはずだろ?」
「多分、分裂した時に増殖もしたのでしょうね。襲い掛かってくるわけが分からないけれど」
シュラインが、ちらりとセレスティを見上げるが、彼は微笑したまま小さくかぶりを振った。
───触れて自分もチョコ化するのは嫌です。
その顔は、そう言っていた。
触れれば謎もとけるのだが、彼がこういう風に微笑んだら諦めるしかない。誰だってチョコ化は嫌だろうし、と思いなおすシュライン。
「この雰囲気、怒ってるわね。チョコの霊と同調してるのよ」
思わぬ真実が、幽霊系統に強い皐月の口から語られた。
「どういうことでしょう?」
デルフェスが尋ねれば、「バレンタインにイベント化されて本来『楽しんで食べる』ことを忘れられたチョコの霊がここに集まって武彦を人質に取っているらしい」と、幽霊と会話が出来る皐月が説明する。
「確かに……チョコの気持ちも分からないでもないけどさ、」
なんでここに集まったんだ?と誰とはなしに問おうとした北斗は、愚問だと悟った。
何故ここに集まったか。
それはここが草間興信所(不思議怪奇興信所)だからである。
「私達をみんなチョコ化する気みたいだわ、冗談じゃない」
皐月の言葉に、大きく頷くセレスティと悠宇、日和、灰師、デルフェス。
「でも、これだけ普通の人の目にも映る幽霊さんなんて、よっぽど怨念が強いんでしょうね」
零の言うとおりである。言葉を引き継いで、セレスティ。
「怨念が強ければ強いほど、力も強大となります。ここは速やかに退治しましょう」
「でも、どうやって?」
わん、わんとチョコに向けて吼える日和の愛犬バドを宥めつつ、悠宇が呟く。
「食べるしかないでしょう」
たおやかに、デルフェスが言い切った。
「ヒーターつけたら草間も溶けちまうし、食うために動けば身体も暖まるか」
ぺろりと獲物を見つけたかのように舌なめずりをする、灰師。
「シュラインさんの耳が頼りですから、草間さんの鼓動など聞き逃さないよう、探してくださいね」
セレスティがステッキをこつん、と鳴らす。
「もとより、そのつもりよ」
だが、この幽霊がそれすらも邪魔していたのだろう、今まで鼓動のこの字も聞こえてこなかった。シュラインはチョコの幽霊を見据える。可哀相にも思えたが、チョコレートの逆襲に黙ってやられてやるつもりはなかった。
「じゃ、行こっか!」
俄然張り切りだした北斗が号をかけると、一斉にチョコレートとの喧嘩が始まったのだった。
◇
しかしチョコレートは思ったよりも手ごわかった。
チョコを掴んだ悠宇を覆おうとしたり。
うなぎのように灰師の手からするりと抜けたり。
けりを入れる北斗にもびくともしなかったり。
洗面所の水を操って、それで捕獲しようと試みたセレスティの罠も潜り抜け、その水すらチョコの仲間と変えてしまったり。
新たなる人質として日和とバドとを一瞬の隙をついてロープのように巻きつけ掴まえてしまったり。
掃除機で吸引しようとする皐月を威嚇してみたり。
食べようとするデルフェスを逆に包み込もうとしてみたり。
そんなデルフェスをかばった零をまた人質にしてみたり。
無論、そんなこんなだからシュラインも鼓動を聞くことも出来なかったり。
要するに、にっちもさっちもいかなくなってしまった。
せっかく綺麗になった興信所もあちこちチョコレートだらけである。
せめてもの救いは、棚とケースにきっちりしまわれた書類達が無事だ、ということだろう。パソコンや電化製品は大丈夫だろうかと一部の者は心配したが、恐らく全滅であろう。
「チョコ! 日和とバドを離せ!」
「悠宇さん、草間さんはいいんですか?」
「ついでに草間さんも離せ!」
セレスティの余裕ある突っ込みに見事に引っかかった悠宇、痛い視線を感じて振り向くと、そこにはじろりとひと睨みしたシュラインがいた。
「チョコ! 日和とバドと草間さんを離せ!」
「悠宇、声が震えてるわよ」
人質となってもどこかのんびりとした天然娘、日和にまで突っ込まれる始末である。しかしそんな中でもカメラは離さない根性は見上げたものだろう。
その時、英治郎が立ち上がった。ついに「指輪」が完成したらしい。
「出来ましたっ! 幽霊の類に開けた皐月さんにぴったりの、『霊舞銀指輪(れいまいぎんゆびわ)』です! この指輪の凄いところは、はめると霊と好きなダンスを好きな時に踊ることが出来、また、悪い霊にお仕置きのダンスを躍らせるというものでして……」
「その指輪貸して、頭にきたわもうっ!」
「あ、皐月さん!?」
ばっと指輪をひったくった皐月、指輪を左手の中指にはめた。
その瞬間、世界はまっ茶色になった。
チョコが更に増大し、興信所そのものを包み込み始めたのである。
「ちょ、ちょっと生野さん、これってどういうこと!? ちっとも言うこときかないじゃないの! また失敗作!?」
「違います皐月さん、説明はまだ途中でして……指、はめる指によって効果が変わるんです!」
皐月の説明によると「酔って千鳥足へべれけ状態になったチョコの霊」にまるまるとくるまれた興信所は、中にいる人物のことなどどこふく風でどんどんチョコ化していく。
「電化製品だけじゃなく、興信所全体もチョコ化するなんて……」
修理費というかそんなものを考えるのも頭が痛くなるシュラインである。
「任せろ!」
その時、もう一人の霊関係の背景を持つ北斗が叫んだ。高校生と同時に退魔師もやっている以上、チョコとはいえ霊をこれ以上のさばらせていては男が廃る。
「下手すると人質と引き換えになりませんからね、今まで使わなかったのはそのせいですか」
「ん、まあ、な」
こんな時でも優雅にステッキでバランスを取っているセレスティに、集中して気の矢を作り上げながら北斗。
「チョコさんよ、こっちだこっちだ!」
察した灰師が自ら囮になってくれた。わざとチョコ寸前まで近寄り、自分に注意をひきつけておいてチョコ化してゆく興信所内をあちこち走り回る。そうして人質と北斗から気をそらしておいて、矢は持ち主の手から放たれた。
が。
ごっくん。
大きく飲み込む音がして、チョコの霊はそれすらも飲み込んでしまった。
チョコの鎌首が北斗へとゆらあり動く。
「あ、あはは……失敗しちまった、みたい……だなっと」
逃げに入る北斗へ、先端で器用に女の子を象ったチョコがまさにその唇に自分の唇を重ねた。
「───!!!」
声にならない北斗の悲鳴が上がる。
かくして、全身総毛だった北斗のチョコ像が一体出来上がった。
「……彼のことは今後、チョコの霊とキスした少年と敬意をこめて呼びましょう」
「セレスさん、それどこまで本気?」
「勿論、全部本気です」
頭を抑えながらのシュラインに、完全に傍観者になりつつあるセレスティが右手を挙げる。その間に悠宇は必死で日和に呼びかけ、英治郎は長ったらしく皐月に指輪の説明をしている。
「うーん、駄目ですね。やっぱり、チョコの霊ですと完全な液体とは認識されないようです。もっとも、特殊なチョコが混ざっている状態ですからこのチョコの霊に限って、でしょうけれど」
一気に片をつけようとしたセレスティ、いつもならここでうまくいくところがそうは問屋がおろさず、再び右手をおろした。
「あー、あったけぇ」
ふと見ると、ストーブをつけている灰師の姿がある。
確かに溶かしてしまえばいいの、だが……それでは武彦までも消えてしまうというのに。
どうやらここにきて、飽きがきたようである。
「唐島さん、飽きたならこの指輪使ってあなただけを人質にしてもらうわよ?」
はや、目の据わった皐月に睨まれ、「だってよー」と文句を言いつつストーブを渋々消す灰師。そもそもチョコとはいえ霊なのだから温暖系は効き目がないことは分かっているのだが、気分的な問題だった。
「ゆ、悠宇……私、もう駄目……」
「ど、どうした日和!?」
悠宇が、チョコの霊寸前まで駆け寄って、天井高く持ち上げられた日和を見上げる。見ると、心なしか彼女の愛犬バドまでぐったりしてきているようだ。
「私……もう……酔ってきたわ……」
がっくりきそうな台詞だが、それほどまでに興信所内は揺れているのだった。
「ああもう、勘でいいわ勘で! 次はこの指! これに賭ける!」
皐月が言い、左手の小指にシルバーになにやら模様の入った『霊舞銀指輪』をはめ直した、その時。
ぐうんとひときわ大きく興信所が揺れ動いた。
チョコが海のように襲ってくる。
ある者は悲鳴を上げて、ある者は支えられて、それでも逃れたセレスティと皐月、悠宇、日和(とバド)、デルフェス、零、灰師、英治郎が見たものは。
直後、嘘のように元に戻った(微妙に歪んではいたが)興信所内に佇む、逃げようとした寸前で鼓動が聴こえたため思わず足を止めてしまい、餌食となったシュラインの、チョコ化した姿だった。
◇
これはね、チョコの霊と分離させたりするには左手の薬指が正解だったんです。
そんな英治郎の言葉を怒りのあまりぼんやりしてしまった頭でキャッチしながら皐月がその通りにすると。
見る間にチョコの色は消え去り、興信所もチョコ化から元の形態に戻った。
ただそこに佇むのは、「後遺症のようなものだから元に戻るのに一晩はかかります」と英治郎が診断した結果の武彦、北斗、シュラインのチョコ化した姿。
彼らにもものが見えていて、聴こえているのだろう。
だから彼らが元に戻るのを早めるため、表面のチョコを溶かすためにチョコ化北斗をライターで炙る灰師。シュラインの腕を丹念になめるデルフェス。武彦の足をかじる日和の愛犬バド。
「涙ぐましい光景ですねえ」
うんうん、と頷く英治郎に、再び冷たい視線が集まったのは言うまでもない。
彼らが元に戻るまで、セレスティと皐月の案で、ホットココアを頂くことになった。ここで緑茶や紅茶でなくホットココアというあたり、この二人、性質が似ているのかもしれない。
◇
後日、チョコ化から抜け出せた武彦は興信所の修繕費を英治郎からもらったはいいが。
チョコの霊からの後遺症として、チョコ化した者───武彦、シュライン、北斗───はその後一ヶ月間、時折思い出したように「一瞬チョコ化」するようになったという。
それはもう、スーパーやコンビニのレジにいる時にでも容赦なく、唐突にチョコになるのだと。
そしてあんな中でももはや身体の一部となっているのだろう、心臓が鼓動するのと同じくシャッターを切ってしまうある意味哀しい性を持ったカメラ少年悠宇が撮った様々な写真が写真集と銘打たれて興信所内の事件簿の棚に一冊と、
今回かかわった全員の手に渡された、ということである。
なお、増刷したそれで彼が久々に小遣い稼ぎをしたことは言うまでもなく、けれどそれは今回被った被害に比べれば気持ちも分かるというものだ。
そして皐月に渡された『霊舞銀指輪』だが、あれ以来どうしても。
どうしても、皐月の薬指の中に吸い込まれてしまって、今現在英治郎は、目下、彼女の指輪を身体の中から見つけ出し取り出す解毒指輪を製作中、とのことである。
《完》
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
5696/由良・皐月 (ゆら・さつき)/女性/24歳/家事手伝
1883/セレスティ・カーニンガム (せれすてぃ・かーにんがむ)/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
4697/唐島・灰師 (からしま・はいじ)/男性/29歳/暇人
5698/梧・北斗 (あおぎり・ほくと)/男性/17歳/退魔師兼高校生
2181/鹿沼・デルフェス (かぬま・でるふぇす)/女性/463歳/アンティークショップ・レンの店員
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生
3524/初瀬・日和 (はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)
さて今回ですが、生野氏による草間武彦受難シリーズ、第21弾です。
今回は、慣れてきたのか単に今回のスタイルが違っただけなのか、この人数にしてこれだけの文字数ですみました。東圭にしては&生野氏ネタとしてはむしろシリーズ初期の頃に戻った感じが致します。
───内容は確実に色々な意味で濃いものではありましたが。
『霊舞銀指輪』にリンクする、何か別の依頼、もしくは指輪依頼を今回のノベルをヒントに打ち出せるかも、とも思っています。
また今回は、皆様文章を統一させて頂きました。
■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv ずばり真相をついてきてくださいましたが、まさかチョコ化ご希望とは東圭も吃驚でして、楽しませて書かせて頂きました(笑) それゆえ、少しばかり(?)いつもより被害が増大してしまいましたがご容赦くださいませ。
■由良・皐月様:いつもご参加、有り難うございますv 本当は生野氏もチョコ化……したかったのですけど、ものすごく(笑)たまには、と。ですが指輪の説明を最後にしないと、ということでチョコ化しませんでした。今回は指輪の一件がこんな感じのものとなってしまいましたが、夢を壊してしまいましたらすみません。
■セレスティ・カーニンガム様:いつもご参加、有り難うございますv 金槌でチョコをコン、と叩いている姿を想像するだに、可愛らしいと感じてしまったのは東圭だけではないと思います(笑) ラスト、ホットココアをチョイスさせて頂きましたが、これは「立体チョコは暫くいやでも、この雰囲気ならばセレスティさんならこう言うかな」と推測した結果です。が、もしもお門違いでしたら本当にすみません;
■唐島・灰師様:初のご参加、有り難うございますv 元気のいいPCさんで、とても動かしやすかったです。落書きは是非書きたいところだったのですが、流れ的に書くことができず、すみません;言動など、あんな風で大丈夫でしたでしょうか。
■梧・北斗様:いつもご参加、有り難うございますv キスしたら……という案を北斗さんに跳ね返してしまい、すみません;なんというか、ノリと言いますか……「チョコの霊とキスした少年」の呼び名が定着しないことを祈っています;チョコの霊でなければ、きっとかっこよく退治してくださっていたと思います。
■鹿沼・デルフェス様:お久しぶりのご参加、有り難うございますv 最初のほう、個人的にはもう少し妄想を広げたかったのですが、流れとしてそこで停滞してしまうのもなんですので、あれだけにとどめました。零ちゃんにはしっかりかばってもらいましたね。如何でしたでしょうか。
■羽角・悠宇様:いつもご参加、有り難うございますv こちらも既に「カメラ少年」と呼び名がついていそうなのですが、今回は(も?)ほぼ弄られキャラとして活躍して頂きました(笑)いえ、本当に書いていて楽しいもので……特に日和さんとのやり取りが。今回は久々にお小遣い稼ぎが出来たと思いますが、如何でしたでしょうか。
■初瀬・日和様:いつもご参加、有り難うございますv 愛犬バドと共に登場してくださり、物語の幅も広がったように思えます(笑) 人質となったあとは、やはり身体があまり強くない設定を考えまして、車にも多分酔いやすいのでは……と思いまして、こんな感じになりました。
「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回は主に「夢」というか、ひとときの「和み」を草間武彦氏、そして皆様にも提供して頂きまして、皆様にも彼にもとても感謝しております(笑)。
次回受難シリーズ第22弾ですが、ホワイトデーノベルになります。内容的には、いつものはっちゃけた感じはあまりないかもしれませんが、宜しければ是非目に留めてやってくださいませ(*^-^*)
なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>
それでは☆
2006/02/20 Makito Touko
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