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<東京怪談・PCゲームノベル>


日常茶飯時 〜今日の一杯〜

●鈴は鳴る.1
 いつかの昼下がり‥‥ぶらぶらと、特に目的もなく散歩をしていた平 代真子(たいら よまこ)の視界に突然、一つの喫茶店が飛び込んで来る。
「あれ? こんな店あったっけ?」
 この界隈にも比較的足を運んでいるのだろう彼女、この場所に喫茶店があったかと首を傾げるも
「折角新たなスポットを見付けた事だし、少し入ってみようかな」
 暫くすれば好奇心の方が勝り、大振りな佇まいの喫茶店が扉を開いては大仰に一歩、喫茶店へ足を踏み入れた。

 カランコロン。
 扉が開かれると同時、少しだけ古ぼけた鈴の音が店内に鳴り響く。
「いらっしゃ‥‥」
「っぅあ!」
 ウェイトレスであるセリ・D・ラインフォートが堅苦しい声音で久方振りの客を出迎えようと声を掛けるより早く、代真子は踏み入れた最初の一歩で入口と喫茶店内の段差に足を取られ短く叫び、前のめりに転倒すると後は勢いに任せて店内を転げ‥‥カウンターへ突っ込んだ。
「‥‥恵理、水と冷やしたタオル」
「大輔が準備してよ、私忙しいから」
 その光景を呑気に、煙草を吸いながらカウンターより見下ろす『Blitz Kong』のマスターである硲 大輔が妻である恵理へ言うも、彼女はその隣で猫の喉を左手で撫でつつ右手で器用に何事か書き認めては夫へ返す。
「さっきから何をしているんだ、余り忙しそうには見えないんだけど」
「バレンタインデーが近いじゃない、それの企画を立てているの」
「‥‥それ、やめない?」
「えー、年に一回のイベントじゃない!」
「う‥‥喧嘩は良くない、よ‥‥?」
 すると二人、倒れている代真子の事を忘れ激論を開始‥‥その中で床に伏せる彼女は自身よりまず二人へ諭し掛けるも、そこまでが精一杯で遂に堪え切れなくなり代真子は力尽きるのだった‥‥ガク。
「水と、冷やしたタオル‥‥」
 そんな義父母の相変わらずな様子に慣れているセリが一人、静かに呟くと倒れ込む彼女を介抱すべくカウンターの奥へ静かに駆け出した。
 小気味いい、包丁を研ぐ音が喧騒の中でも静かに響く中で。

●オーダーは?
 そんなドタバタから暫く、セリの適切な介抱のお陰で早々に目を覚ました代真子は今、窓際の席に付いて冷水を飲みつつセリへオーダーを告げていた。
「うどん定食大盛り三丁!」
「当店にうどん定食はない」
 が喫茶店である事を忘れているのか代真子の注文はその数もそうだが無茶なもので、それに対しセリ、速攻でカウンター‥‥その対応も接客業として疑問符が付くのだが、まぁ言う事はご尤も。
「あ、喫茶店だったね」
「はい」
「作って作れない事はないが‥‥どうする」
 彼女の言葉に代真子もやっと肝心の事を思い出して呟くとセリは頷くが、厨房から代真子へ助け舟が出されるとその場の二人、驚く。
「刃、また勝手に‥‥」
「ランチが捌けていない、メインを差し替えれば済む話だ」
 その声の主にセリは僅かに声を荒げるも、刃と呼ばれた厨房の主はその声音を聞く限りは動じる事無く返すが、うどん定食を出す喫茶店は聞いた事がない。
「じゃあうどんで‥‥」
「ただ、これから麺を打つので小一時間は待って貰う事になるが」
 然し躊躇わず代真子は厨房へ、うどんがいいと申し出るのだったが彼女がそれを言い終わるよりも早く、厨房より絶望的な答えが返って来る。
 それも当然と言えば当然か。
「じゃあ、日替わりランチを三つ」
「‥‥三つ、か?」
 流石に喫茶店でランチを食べるまで一時間を要するのは悩ましく、早々とオーダーを切り替えるとその時になってセリは彼女が頼んだ注文数の多さに気付き、尋ね返すも
「そ、三つ」
「‥‥承った」
 数が変わる事はなく代真子、改めて頷けば一瞬の沈黙の後にセリは踵を返してオーダーを厨房へ伝えると直後、刃と呼ばれていた厨房にいる男性の呻き声が彼女の近くまで響くがそれはグラスの中で崩れた氷が立てる音に掻き消される程小さなもので、代真子の耳にまでは響かず、彼女は楽しみに三人分のランチを待つのだった。

●それから‥‥
 ずるずる。
「これでいいか?」
「はい、どうもー!」
 ごとん、と音を立てて三つ目のテーブルが代真子の目の前に並ぶと
「然しテーブルを三つ、並べる羽目になるとは思わなかった‥‥」
 次いでそのテーブルそれぞれへ日替わりランチが乗ったお盆が一つずつ置かれる中、セリが漏らした言葉へ
「もう少し、大きめの卓も準備しておいた方がいいかもね。あたしの様な人がいつ来るかも知れないし!」
「‥‥検討しよう」
 彼女は遠慮せずに意見を言うと代真子へ頷いてからセリ、やがて持ち場である扉の直線状、カウンターの前に立つと代真子は三つの机に並ぶ、三つの日替わりランチに向かおうとして視界をセリから目の前の卓へ引き戻す。
「なんだろ、あれ?」
 もその途中、目に映る店内の様々な飾り物には別段変わった物こそなかったのだが、出来たばかりだとセリが言っていた喫茶店の割には似つかわしくない古ぼけた扉を一枚見付ける。
「あぁ、あそこの扉はまだ開けた事がないか」
「ないねぇ」
「そう言えば‥‥」
「なー」
 思わず漏らす代真子の疑問へ対し、それを見据えてから大輔は呟くと彼に続いて二人と一匹、研がれる包丁の音を背に肯定して頷く。
「‥‥どう言う事?」
「ここは元あった建物を改修して建てたからね、結構そう言う場所が多いんだよ」
「普通、最初にそれを調べない‥‥?」
「いやぁ、君の言う通りなんだけど色々と事情があってそこまで割く時間もなくてね」
「???」
 様々な表情を浮かべながらも、一様なその答えに対して好奇心からマスターを見つめ再度代真子は問うが、苦笑を湛えつつ何処か煮え切らない答えを返す大輔に彼女は疑問符だけ頭上に浮かべるが、外観の割に手狭な店内に何となくそう言う場所がこの喫茶店には幾つかあるのだろうと言う事だけとりあえず察する。
「ま、時間がある時を見付けて調べないと」
「その時は手伝おっか?」
「そうねぇ、喫茶店はなるたけ営業したままでやりたいからもし‥‥その時が来たらお願い出来るかな」
 大輔の隣で相変わらず書き物を続ける恵理は視線こそ上げなかったものの、それだけ言えば客人は僅かに興味を覚え、そう申し出るとやはり顔は上げなかったが明るい声音で彼女の申し出に感謝し、微笑んだ。

●鈴は鳴る.2
 やがて時間は経ち、しっかり日替わりランチを三人分平らげた代真子はカウンターでその会計を済ませる。
「丁度お預かりします、ありがとうございました。もし次にこちらへ来る機会があれば、その時は転ばずにご入店下さい」
「‥‥ま、気を付けます」
 少し皮肉めいた言葉を投げ掛けるマスターに対し、彼女は苦笑を浮かべて答えると
「それじゃ、ご馳走様でしたー!」
「ありがとう‥‥」
 最後にそれだけ言えばセリの一礼を背に、踵を返しては扉に手を掛けようとして‥‥再び入口の段差に足を取られ、転倒すれば今度は閉まったままの扉へ激しく頭を打ち据える。
「‥‥恵理、水と冷やしたタオル」
「大輔が準備してよ、私忙しいから」
 すると再び、何処かで見た光景が繰り広げられる事となりセリは密かに嘆息を漏らせば黒猫は転倒し、呻く代真子とカウンター奥に駆け出したセリへ同情してか、一声だけ鳴くのだった。
「なー」

 ‥‥それから暫くして、やっと扉は彼女を店から吐き出せばその身を定位置へ戻し、衝撃で鈴がその身を震わせると、店内へ乾いた音を鳴り響かせるのだった。

 カランコロン。

 〜Fin〜

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 4241 / 平・代真子(たいら・よまこ) / 女性 / 十七歳 / 高校生 】

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■         ライター通信          ■
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平様へ
 当店初、第一号のお客様として店員一同に自身、感謝しております。
 初めてのゲームノベル、と言う事で自身も勝手が分からず至らない所があったかと思います。
 代真子さんの雰囲気を出したつもりではありますが、どうだったでしょうか?
 もし喜んで頂けたなら幸いな限りです、そして良ければまたのご参加を‥‥いずれ公開予定の探索系ゲームノベルにご参加頂けるならこれからの話的にも幅が広がるかと思いますので、次のご来店をお待ちしています。