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<東京怪談・PCゲームノベル>


Sudden Encounter

 不意に感じた禍々しい気配に、火宮翔子(ひのみや・しょうこ)はふと足を止め、その気配のする方に目をやった。

 時刻はすでに真夜中。
 決して人通りが多いとは言えない裏通りから、さらに奥へ入ったところ。
 何らかの怪異が――特に、人に仇なすような妖魔の類が人目を避けて忍び寄るには、まさにもってこいの時間と場所である。

 だとしたら、そういった魔の者を狩るハンターとして、放ってはおけない。
 幸い、今はちょうど仕事を終えての帰り道で、装備は十分に整っているし、今回の相手が小物だったこともあって、今のところダメージも特にない。

 気配から察する限り、今度の相手は少なくとも昼間彼女が戦った相手よりはだいぶ格上らしいが、これほどの邪悪な気配の主を野放しにしておくわけにはいかないだろう。

 そう考えて、翔子はその気配のもとへと急いだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 人っ子一人いない細い通りを抜け、現場へと向かう翔子。
 その耳に、微かではあるが、何かがぶつかり合うような音が聞こえてくる。

 ひょっとしたら、誰か先客がいるのかもしれない。
 翔子がそう思ったのと、何かが飛んできて、彼女のすぐ横の壁にぶつかったのは、ほとんど同時だった。

 飛んできたのは、人――それも、翔子とほとんど年の変わらない若い女だった。
 身に纏っている制服は、恐らくIO2のものだろう。
 けれども、その制服もすでにボロボロになり、ところどころには血のようなものが滲んでいた。

「大丈夫!? しっかりして!」
 とっさに彼女を助け起こそうとする翔子。
 そんな翔子に気づくと、彼女は必死な様子で一言こう言った。
「……に……逃げて……っ!」
 翔子をハンターと気づいているのか、いないのか。
 いずれにせよ、翔子の答えは一つだった。
「そんなことできるわけないじゃない!」
 邪悪なる者を目の前にして、まして傷ついた人間を見捨てて逃げることなどできるはずがない。
 そんな翔子に、傷ついた女性はさらに何か言おうとしたが、それより早く、今度は別の声が聞こえてきた。

「そう、そんなことは不可能です……一度首を突っ込んでしまった以上は、ね」

 声の主は、若い金髪の男だった。
 その瞳の凶暴な光と、その顔に浮かんだ冷酷な笑みが、彼こそがあの気配の主であると告げている。
「見た目通りの存在じゃなさそうね。一体何者?」
 尋ねる翔子に、彼は一言こう答えた。
「私は『アドヴァンスド』の『コーン』……と言えば、わかっていただけますか?」

「アドヴァンスド」の噂は、翔子も職業柄たびたび耳にしている。
 個体差が激しく、全体に共通した特徴のようなものは特に認められないようだが――ほとんど全ての噂に共通しているのが、「彼らはとてつもなく強い」ということであった。

 これは、想像していた以上に厄介なことになったかもしれない。
 翔子は気を引き締めなおすと、腰の銃と懐の符に手をやった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 コーンのナイフのような爪による一撃を、ギリギリのところでかろうじて回避する。
 彼の攻撃は確かに速く、また鋭かったが、全く対処できないというほどではなかった。
 現に、ここまでの無数の攻撃を、翔子は数発かすらせただけで全て避けきっている。

 一方、こちらの攻撃も、銃撃は動きを先読みされて外され、格闘戦を挑んでも全て受け流されてしまってはいたが、翔子の切り札はそのいずれでもない。

 ――勝てる。

 そう確信して、翔子は最後の詰めに入った。

 コーンの攻撃をかわしながら、うまく目標の地点へと誘導する。

 そして、コーンが目標の地点に足を踏み入れた時。
 四方八方に置かれた呪符が、一斉に炎と化して彼に襲いかかった。
 あっという間に炎に包まれるコーン。
 その身体が、ゆっくりとその場に崩れ落ち……あとには、焼け焦げた屍だけが残った。

 確かに簡単な相手ではなかったが、噂ほどでもない。

 動かなくなった相手を見下ろして、翔子は一度大きく息をついた。





 と、その時。
 ゆっくりと、目の前の「屍」が起きあがった。
 その焼け焦げた表面が少しずつはがれ落ち、中から無傷のままの「コーン」が姿を現す。
「いいですね……その表情」
 愕然とする翔子に、コーンは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「多少のダメージはありましたが……その顔が見られるならば、安いものです」

 全て、見破られていたというのか?
 翔子の戦い方も、思惑も、そして力量も――全て見抜いていたというのか?
 全てわかった上で、あえて翔子の技を受けたというのか?

 だとしたら、この相手は。
 想像を、遙かに超えて――強い。

「さて、今度は私と少しダンスを踊ってもらいましょう」
 その言葉とともに、先ほどとは比べものにならない速さで拳が繰り出される。
 速さだけでなく、強さも明らかに先ほどまでの攻撃とは段違いだ。
 かろうじて受け流した翔子だったが、流れるような動きですぐに次の攻撃が来た。
 どうにかやり過ごしているつもりでも、腕に、脚に、じわりじわりとダメージが蓄積してくる。
 かといって、もし一発でも防ぎ損ねれば、間違いなく終わりだ。

 自分の四肢が悲鳴を上げているのがわかる。
 自分の顔が苦痛に歪んでいるのもわかる。
 そして、それを目の前の男が楽しんでいるのも。

 このままでは、いずれ限界が来る。
 最初に折れるのが腕か、脚か、それとも心かはわからないが、そのどれであっても、恐らく待っている結末は一つだ。

 どうにかしなければ。
 だが、反撃に転じる隙はもちろん、打開策も、それを考える暇すらもない。

 苦悩する翔子の視界の片隅に、光の刃を構えた先ほどのIO2の女性の姿が映った。
 どうやら、後ろからコーンに斬りつけるつもりらしい。
 それが成功するとはとても思えないが、それによって、一瞬でも隙ができてくれれば、あるいは。

 翔子が微かに希望を見いだした、その時だった。

 不意に、腹部に強い衝撃が来た。
 たまらず、その場に前のめりに倒れる。
 さらに次の瞬間、今度は背中に一撃が来る。
 なにか、巨大な金属の塊でも叩きつけられたかのような衝撃に、翔子は一瞬呼吸ができなくなった。

「おっと失礼。私の方がリズムを崩してしまいましたね」
 コーンのその一言と、上から聞こえてきたうめき声で、翔子は初めて何が起こったのかを理解した。

 後ろからの攻撃を察知したコーンは、目にも止まらぬ速さで翔子の腹部に一撃を叩き込むと、斬撃をかわしついでに、彼女にも肘打ちか何かを見舞って、翔子の上に叩き落としたのだろう。
 それにしては、背中に感じる重みが明らかに異様な気もするが、服の下に鎧のようなものを着込んでいるのだと考えれば、どうにか説明がつかないこともない。

「だ、大丈夫ですか!?」
 背中の重みが消え、かわって心配そうな声が降ってくる。
「なんとか、ね」
 とっさにそう答えて、どうにかこうにか立ち上がりはしたものの、実際にはとても「大丈夫」などと言えるような状態ではなかった。

 そして何より、仮に今「大丈夫」であったとしても、この先も「大丈夫」でいられる確率は非常に低いと言わざるを得ない。

「やれやれ、まだ戦う気ですか?
 ……最高ですよ。そんな相手だからこそ、その心の折れる瞬間が見たくなる」
 コーンの顔に浮かんだ凶悪な笑みに、さすがの翔子も恐怖を感じずにはいられなかった。





 どれくらい、そうしていただろうか。
 どうやら、コーンの側から仕掛けてくるつもりはないらしい。
 あえて相手が動くまで待ち、「無駄な抵抗」をさせて楽しもうと言うことなのだろう。
 そのやり口には強い怒りを感じるが、下手にその怒りをぶつけようとすれば、ますます相手の思うつぼだ。
 それよりも、今はどうにかして生き延びることを考えなければ。

 と、不意に隣の女性がぽつりとそう呟いた。
「助かる方法が、一つあります」
「……何?」
「騒ぎを大きくした上で、速やかに人のいそうな通りまで出ることです。
 あいつは……それが目的である場合を除いて、騒ぎが大きくなると手を引く傾向にあります」

 騒ぎを大きくするということは、一歩間違えば、巻き込まれる人間を増やすだけに終わる可能性もある。
 危険な賭けだ。

「他に方法は?」
「ありません。強いて言うなら、奇跡が起きるのを待つくらいですね」

 危険な賭けではあるが、それ以外に選択肢はないらしい。

「一瞬だけでも、あいつの動きを止められませんか?」

 一瞬。
 一瞬でいいなら、あるいは何とかなるかもしれない。

 翔子は小さく頷くと、まだ残っている符を手に取った。

 これを使っても、手傷を負わせることは難しいだろう。
 だが、一瞬動きを止めるだけなら、あるいは。

 符から、炎がほとばしる。
 コーンはそれを避けようともしない。
 それから一瞬遅れて、彼女が動く。

 コーンはその動きを阻止すべく、炎を突っ切って飛びかかろうとして――。

「っ!?」

 翔子の力で実体を持った炎が、壁となってその行く手を塞ぐ。
 もちろん、一度気づかれてしまえば、容易に壊され、もしくは飛び越えられてしまう程度の壁だが――それでも、一瞬の時間稼ぎには十分だった。

 頭上から、何かが爆発したような音が聞こえてくる。
「今です! 走って!!」
 その声を合図に、二人は懸命に表通りへ向かって走った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 それから、どれくらい走っただろうか。

 うまく野次馬の目をごまかし、どうにか人通りのあるところまで辿り着いた二人は、後ろからコーンが追ってこないのを確認して、たまたま近くにあったバス停のベンチに腰を下ろした。

「どうにか……逃げ切れたみたいね」
「そうみたいですね。追ってくるなら、もうとっくに追いつかれているはずです」

 確かに、コーンのスピードを考えれば、表通りに出る前に追いつくことも不可能ではなかっただろう。
 ということは、はなから彼は追ってきていなかった、という可能性が高い。
 逃げる獲物を追わずに、あそこで新たな獲物を待ち受けていた――ということも考えられなくもないが、恐らく、騒ぎが大きくなったことでおとなしく手を引いたのだろう。
 そう確信するに足る証拠はないが、今はそうであることを信じたかった。

「本当なら、こんなに騒ぎを大きくしちゃいけなかったんですが……多分上に言えばもみ消してもらえると思いますけど、また始末書ものですよ」
 やっと安心したのか、ようやく女性の顔に笑みが戻る。
 つられるように、翔子も一度は表情を緩めたが、改めて彼女の様子を見て、はっと息をのんだ、。
 うまく隠されていたのでわからなかったが、いつのまにか彼女の左腕がなくなっていたのである。
「あなた、腕は!?」
 驚く翔子に、彼女は一瞬きょとんとした顔をして、それからこう説明した。
「心配いりません。
 腕は両方とも完全に機械ですから、いざとなればパージしても大丈夫なんです」
「ひょっとして、ロボットなの?」
「正確にはサイボーグですね。ほんの少しですけど、まだ生身の部分も残ってます」
 なるほど、これで先ほどの爆発の正体も、あの時の異様な重量も全て説明がつく。
「あなたは、一体……?」
 翔子が尋ねてみると、彼女は人なつこい笑みを浮かべてこう答えた。
「あ、自己紹介がまだでしたね。
 あたしはIO2日本支部・『A』対策班所属のMINAといいます」
 いろいろ詳しいと思ったら、どうやら専門家だったようだ。
「私は火宮翔子、よろしく」
 自己紹介を返してから、翔子はこう続けた。
「それにしても、『A』対策班ということは、やっぱりいろいろ詳しかったりするの?
 私も今後仕事の途中でまた遭遇しないとも限らないし、話せる範囲でいいからいろいろ教えてくれないかしら」
 まあ、この手の情報は機密事項に属することだろうし、そうそう教えてもらえるものでもあるまい。
 翔子は内心そう考えていたのだが、MINAはあっさりと頷いた。
「ええ、いいですよ。
 コーンはともかく、それ以外の相手はある程度対処方法を知っていれば危険は少ないですから」





 その後、MINAから提供された情報は、非常に有益なものだった。

 現在の所、「アドヴァンスド」は八人ほどいると思われていること。
 総じてこちらの都合や常識が通用しないため厄介な相手ではあるが、コーン以外は必ずしも人間に対して敵対的ではなく、逆にきわめて友好的なものも存在するということ。
 
 そして……コーンはわりと気に入った「獲物」を執拗に狙う習性がある、ということ。





「いろいろありがとう。参考になったわ」
 MINAが一通り話し終えたのを確認して、翔子は彼女に礼を言って席を立った。
 傷の手当ても――といっても、ほとんどが打撲傷のため、あまり根本的な治療はできなかったが――とりあえず、一通りは済んでいる。
「また、会えるといいわね」
 その言葉に、MINAも苦笑しながら頷く。
「次は、もっと穏やかな場面で出会いたいですね」
「確かに、私も今回みたいなのはもうごめんだわ」
 翔子はそう答えると、最後に一度固い握手を交わしてから、痛む身体を引きずるようにして家路についた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 3974 / 火宮・翔子 / 女性 / 23 / ハンター

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

 翔子さんの描写や話の展開等、こんな感じでよろしかったでしょうか?

 もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。