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<東京怪談・PCゲームノベル>


犬も喰わぬは…… 

 爽やかな風に運ばれ今日が始まった。
 一日の始まりは軽い運動から始まる。
 いつものように土供は愛犬ジャンクを連れ朝の散歩へと出かけたのだ。
 それはいつもと同じ光景だった…はずなのだが…

「あれは?」
 それはある散歩コースの中にある神社であった。その境内に入りいつものお茶仲間である友人と会話を楽しむのが恒例だったのだが、何しろ雰囲気が違った。
 境内に置かれるは二つの像。狛犬を象った石像がおかれている。異質な空気は像の中心から起こっているものであった。
 そこにいるのは小さな犬が二匹…
「あ、土供。ちょうどいいところに来た…」
 像の傍らから声が掛かった。すらりとした男が立っていた。
「あの二匹を鎮めてくれないか…」
 そういうと、声をかけた人物は土供のほうへと倒れ込んできた。

 倒れ込んできた男の名は犬塚優。この神社の神主であり、土供の茶飲み友達であった。今目の前にいる二匹…犬塚の飼い犬なのだが、その二匹が喧嘩してる。
 しかし土供がそばに寄ろうにも像より先には進めなかった。
「ここには結界を張っている。結界の外にいればただの犬の喧嘩にしか見えないから…」
 意識が回復した犬塚はそう土供に告げた。話によるとどうやら二匹の犬は普通の犬ではないとの事。犬同士だからといって仲介役を買ってでようとしたジャンクでさえも近寄れない。
「とにかく早く鎮めなければいけないんだ…この結界はもって3日。それが今のぼくの限界なんだ」
 3日過ぎると何が起きるかわからない…とにかくこの二匹の喧嘩をとめることができる人物の心当たりを土供は探すことになった…
 
 果たして3日以内に喧嘩をやめさせることができるのか…
 結界が切れたとき…どんなことが起きるのか…
 土供とジャンクは思いついた人物に連絡をとることにした。 


******************


 小さいながらもどこか懐かしいにおいがした。
 久々に地上に降り立ってきたものの、どこに行くかという目的は持っていなかった。ただ気の向くままこの場所に足を下ろしていたのだ。
 そこは都会の中心部に近い場所であった。騒音が立ち込める一角にひっそりとたたずむここは都会のオアシスかと思うほど木々が立ちこめていた。上空から見たら本の小さな木の集まりにしか見えなかったものの、降り立ってみればそこは静かな佇まいを持つ神社の中だったのだ。境内は思ったよりも広い。まぁ降り立った場所が場所だったのか、見ゆる範囲には本殿はなかった。
 焔樹は思いっきり息を吸ってみた。草木の匂いが胸いっぱいに広がる。都会の中でこれだけの新鮮な空気が吸えるとは思ってもいなかった。
 早朝ということもあり周りは鳥たちの歌声が響き渡る。
「たまにはいいのかも知れぬな……」
 ほんの少し喧騒の中から一歩外れてみる、そんなのもいいのかもしれないと気の向くまま足を進めていた。

「おや」
 ゆっくりと周りを見ながら歩いていくと方々に小さなものが置いてあった。それは小さな石の置物。普通に歩いていればきっと見つからなかったであろうその置物の前にふと立ち止まった。
「ほう、狛犬とは……」
 道を挟み一対の置物、それは口を大きく開いたものとしっかり閉じた一対の狛犬であった。
「これまた一興。さゆれば私はお稲荷か……ふふっ」
 空弧である私は人によればお稲荷にあたる。されど同じく神に仕えるものを奉っている所に来るのは一興、軽く笑みを浮かべながらその横に掲げて歩いたが目に入った。
「ほう、休憩所とな……」
 ――― 本殿にて休憩所開いてます ―――
「さて、茶の一杯でも所望してみようか」
 束の間の休憩、たまには悪くないのかも知れぬ。
 焔樹の足は本殿へと向けられた。



********************



「くっそ……誰もつかまらないのか!!」
 土供はあせっていた。犬塚の話では結界は3日間は大丈夫だといっている。しかし、それほど体力のない犬塚だけではやはり心許ない。見た目同様かなりの優男であると土供は感じていた。確かに土供に比べてみれば普通の男すらも頼りなく見えるであろう。この男、自分を基準として考えるという問題も持っていた。
「くぅん」
 ジャンクはそんな土供を見てはがゆんでいた。手助けしたいけれども勝手に人型を取ることは外ではまずい。まぁ自分が人型をとった所で助けになるのか、そう聞かれたところ返答には困ってしまうが。
――― 誰か何とか出来ないかなぁ ―――
 普通の犬であればジャンクほどの大型犬の前に言うことは聞くだろう。仮にも超がつくほどの体格のいい犬である。ましてこの近辺はジャンクの縄張りであった。しかし……
――― 阿雲も吽雲もいい加減にしてくれよ ―――
 自分では解決できないことが今回わかっているだけにまさに土供同様歯がゆく感じていた。結界で静けさを装う本殿と携帯電話と必死ににらめっこしている土供とを見つつ、大きくため息をついた。


「本殿はこちらの方か?」
 土供たちの前に一人の女が立っていた。青く長い髪が印象的で、角度によっては銀色に光輝いて見えた。すっと通った目鼻立ちに細く鋭い目は金色である。
――― 外人? ―――
 どこか不自然さを感じつつも、このようないでたちの者を目にするのは初めてだった。早朝の神社には間違いなくいないであろうその姿に……目が離せなかった。
 大きくスリットの入ったスカートからは長く細い足が覗いている。
「ここの奥に見入るのは本殿であるのか、と聞いているのだが……話は通じぬのだろうか」
「……あ、ああ。この奥だが」
 ついつい目が離せなかったことに頬が熱くなるのを感じた。土供にしては珍しいことだった。
「ウウー」
「おい、ジャンク!!」
 ジャンクのうなり声に我を取り戻す。何故か警戒が強くなる一方のジャンクは土供の静止を聞こうとはしない。
「ほう、そなた……私がわかるのか」
 口元を優雅に上げ、上から見下ろす姿は神々しく感じた。だけど同時に感じるものに……
「……あんた、只者ではなさそうだな」
 土供はにやりと笑った。


「本殿には何の用事で?」
「休憩所で茶を所望しようかと思ってな」
 目の前に見える本殿へといこうにもジャンクが通そうとはしなかった。焔樹の力を使えば難なく通ることも可能であろうがどうも普通のものとは違う気配に足が留まっていた。まぁ犬は感のいいものだし、人間とは違う物が見える。たったそれだけのことかもしれないが、先ほどの声が違った。人間には聞き取れぬ声、それでは確かに言っていたのだ。
 あんた何者だ、と。

「悪いが神主が立て込み中で休憩所、まだ準備できてねぇんだ」
「そうか、運の悪いことよの」
「あんたが助けてくれっつうんならすぐに終わるがな」
「なんと……この私にできることか?」
「ああ、あんたなら間違いなくできるだろう」
 正体を明かしてもいないのに、この男……そう思いつつも、助けと聞いて聞き逃すのは忍びない。 特に用事があるというわけでもない、それが決め手となった。

「まぁ朝の運動も悪くないか……」
「なんなら菓子折りもつけるぜ、茶だけじゃ足りないだろう」
「それも悪くないか……、それで頼みとはなんなのだ」
「ああ……」
 焔樹は話を聞いてみることに決めた。



*****************



「まったく……地上に降りてきてすぐ騒動があるとは……」
 こんな静かな境内でまさかこんな現象が起きていようとは、まったく持って優れた結界だった。それにしても地上は面白い、どんなところにも騒動が起きている。そんなことを考えると顔が緩んだ。ま、それだから頻繁に降りてくるのだと、焔樹は苦笑した。それにしても、またっく……

 本殿の前に立つ2対の狛犬。その間に焔樹はいた。目の前に広がるのは……なんとも驚くほどの光景。雷雲が立ち込め、光があちこちへと走り回っている。とどろく風は鋭い刃となり木々をなぎ倒していた。
「やれやれ、これが犬の喧嘩とは……」
 土供の頼みは簡単といえば簡単であった。犬の喧嘩を止めてくれ。普通ならそれは飼い主のすることであろうと笑って返せるものである。でも話は違った。
 狛犬の喧嘩を止めてくれ……
 そう目の前にいるのは2匹の犬……狛犬の化身なのだと……
「ふぅ、どっちにしても話はまず無理そうだな」
 普通の犬であれば水でもかければびっくりして止めるだろうが、すでに目の前に展開しているのはそれ以上のことである。ちょっとやそっとのことでは静まりそうになかった。
「はてさて、どうしたものかのう……」
 風に巻き上げられた石像が焔樹の目の前へと落ちる。寸での所で避けたものの、頬にうっすらと血がにじんだ。
「いたしかたない……仮にも狛犬……これぐらいは平気であろう」
 焔樹はやや不機嫌顔で手を目の前へと掲げそっと力をこめた。
 たちまち蒼い炎が立ち込める。掌の中でそれはゆっくりゆっくりと大きく輪になり、そして……
「少しは頭を冷やさねばのう……」
 金色に光る目は鋭く冷たい空気を生み出していた。

 焔樹の作った蒼い炎の輪は2対の狛犬へと進んでいった。
 最初は掌の上に収まるほどの小さなものだったのが、今では2匹とも飲み込むほどの大きさまで成長していた。蒼い炎が頭上を掠める。
 阿雲も吽雲もそれの存在には未だ気付いていなかった。
 通常の炎であればそれは熱気だの、殺気だので危機を察知することができる。しかし、これはその両方とも備わってはいなかった。そう、これは熱気ではない……それは……

 双方とも互いに術の酷使に夢中になっている。互い、己を対峙する者にしか注意が払われてなかった。それしか見えていなかった。
 次の瞬間、炎に覆われる瞬間まで気付いてはいなかった。

「わわわわわわわわわわ!!」
「ヒギャーーーーーー!!」

 蒼い炎が2匹を包み込んだ。
 体に衝撃が走る。
 蒼い炎は次第に小さくなり、2匹を締め上げていく。
 対峙していた2匹が蒼の鎖に捕らわれたかのように次第に近づいていった。
 全身に響いてくる衝撃にあまりもの痛みを覚え、身をよじり逃れようとするものの,それは無駄な足掻きであった。まるで生きているかのようにもがけばもがくほど炎は縮まり、拘束力を強めていった。

「なぁに……これくらいで済むと思えばたやすいではないか……」
 先程から一歩も変わらぬ位置で焔樹は微笑んでいた。



*******************



「本当にありがとうございました」
 犬塚は深々と頭を下げていた。
「お礼を言われるほどのことはしていないが……」
 本殿の軒先に設けた茶席に焔樹はいた。目の前にはささやかながらも茶と茶菓子が置いてあった。
「いえいえ、私にとっては本当にありがたかったのです。お恥ずかしながら当方ここをついでそんなに経っていなく、まだまだ若輩者。まだ化身とも化していないあの子たちには振り回されっぱなしで……」
「あの結界は見事なものだと思うがの……私とて本殿に来るまで気配も感じることができなかったものだ。そうそ悲観視するほどのことではないかと思うのだが……」
 軽く微笑むと、今度は少し意地悪そうに目を走らせた。
「それにしても良かったのう、たいした理由ではなくって」
 犬塚の足元には先程まで暴れまわっていた狛犬の阿雲・吽雲が丸まって寝ている。焔樹の放った炎が二匹を衝撃で気絶させ、捕獲することができたのだ。ま、その炎も本物ではなかったため2匹とも傷一つついていない。
 捕まえたあと犬塚が聞き出した理由はなんとも至極単純なものであったのだが。誰が聞いても納得いくようなものではあったのであるが。

 夫婦喧嘩……
 犬をも食わぬはといったのはなんとも……
 所詮男女の中はいつの時代も、どんな立場も変わらぬものとはうまくいったものである。
 なんとも人騒がせな騒動だった……笑うしかないだろう。
 皆それを聞いたとき、やはりという言葉ではなくため息が溢れたのも至極単純なものである。
 ようは想像通り……なんともまぁ人騒がせな……

 すっと茶を口に含む。まだ青い、独特の苦味が口の中へと広がっていった。喉を通すとそれは甘みへと変わっていく。
「それにしても、中々の御点前だのう…」
 器をすっと一撫でする。最近このような動作をしたのはいったい何時だった事だろうか……
「私にはこぐらいしかできなくって……」
 顔を真っ赤に染めながら犬塚は頭をかいていた。

「おお、焔樹さんよ。これでいいか?」
 本殿の置くから土供が顔を覗かせてた。手に持つ皿の上には何やら黄金色に輝く物がのっていた。
「お、お主……それは……」
 焔樹はそれを見ると思わず喉をうならせた。金色の目がいっそう輝きを増す。
「なぁに、狐って聞いたらこれかと思ってよ。何の御礼もできないからな」
 黄金色の輝き……
 俵状に積まれたそれはお稲荷さんであった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

3484 / 空弧・焔樹(くうこ・えんじゅ)/ 女 / 999歳 / 空弧

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■         ライター通信          ■
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はじめまして。この度は「犬をも喰わぬ」に参加、ありがとうございました。
また、お恥ずかしながら雨龍の初作品となりましたこと、感謝申し上げます。
空弧焔樹様のように素敵なキャラクターを描く事ができました事、本当に嬉しく思います。

今回初めということもあり気合を入れさせていただいたのですが、
満足いくものに出来上がったかどうかはなんとも言えません。
なるべくプレー描写を再現できるよう試みてみました。
至らぬところが多いかと思いますが楽しんでいただけたなら幸いです。

それではまたお会いできますことを祈って……

written by 雨龍 一
2006.2.1