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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


■子鬼や子鬼■

 その鬼の女はたいそう醜くありました
 そうして身篭ったのを隠して夫である人間の身を案じ、わざわいをさけるために2月3日の日にその村を出てひとりで湖のほとりでひとりの子を産みました
 その子もまた 母の願いを二つも裏切った子でありました

 ひとつ 鬼の様相であったこと
 ふたつ 母鬼に似てとても醜くあったこと

 そうしてやがて母鬼は人の手にかかって亡くなり
 遺された子鬼の娘は───行く方知れずとなったのでした



「ふうん、面白い節分に関する物語って、このことか」
 瀬名雫は、ぽりぽりとおやつを食べながらモニターを見つめる。そこには、節分のあらゆる昔話や逸話が載っているサイトが表示されてあった。
 今読んでいたのは、「子鬼や子鬼」という話である。最近になって出てきた逸話で、節分にも近いのでネットでちょっとした話題になっていた。
「節分は『鬼は外、福は内』だよね。だから人間の手にかかって死んだのか……うーん、あたしは人間だけど、ちょっと同情しちゃうなあ」
 そんな雫の耳に、ひゅうと冷気が吸い込まれたのはその時である。
「……? 窓、開いてるのかな」
 どこか開いているのだろうかと立って見渡してみたが、特別窓が開いているわけでもない。
 ふと、かわりに───すぐそばのゴーストネットオフの店のすみっこに───着物を着た、小さな女の子が背中を向けて座り込んでいるのを見つけた。
(うわ、本物の幽霊!? って、角あるし……子鬼の幽霊!?)
 身体が半分透けているので、雫は内心ドキドキしながらも話しかけてみる。
「ねえ、どうしたの?」
 それが雫の運のつき。
 幽霊の女の子が振り向きざまに雫の手をとった───とたん、
 雫の身体はそのまま消えてしまったのだ。



 さて魂だけとなった雫は慌てふためき、草間興信所からレンから、あちこちに飛び回って、これしかできることがないのでポルターガイストを起こした。
 何か書こうと思っても、なかなかに魂だけの状態でものを書くのは難しいらしく、

「子鬼の幽霊」
「身体消えた 早くたすけろー! By.雫」

 程度のことしか書けない。
 だが、ようやく助けを乞うた各人がどよめき始める頃、練習の成果が出たのか、

「ゴーストネットオフ、『子鬼や子鬼』、節分の逸話!」

 と、手がかりになりそうなことを書くことができた。
 しかし、一体雫の身体はどこに行ったのだろう?
 そして何故、たくさん人間のいる中で、雫だけに子鬼の幽霊が見え、何故雫だけが「身体を消された(?)」のか。
 未だ、子鬼の哀しそうな瞳をした幽霊は、
 その場所を───動かない。



■鬼と人の絆■

 ひゅるりとかぜがなけば
 ひとつ まめがとんでくる



「唄いましたか?」
 シュライン・エマと共に、彼女の隣の席でモニターを覗き込んだまま、セレスティ・カーニンガムは尋ねた。
 隅のほうで子鬼の幽霊のほうを向いたまま無言でかぶりを振る守崎啓斗(もりさき けいと)と、櫻紫桜(さくら しおう)。
「相変わらず二節以上は唄おうとしないねぇ」
 鬼無里紅葉(きなさ もみじ)だけが、表情を幾分和らげて子鬼の背中を見下ろしている。彼女はネットで雫の書き込みを発見したのだが、生憎始めたばかりのネットで調査をするには向かず、直接こうして子鬼のところへやってきている。
「そこからホントに動かないの? 俺には見えないんだけどさ」
 その更に後ろから、腕組みをしながらただの隅っこの柱を見つめつつ、羽角悠宇(はすみ ゆう)。紫桜達に見える子鬼の幽霊は、そっちの類は全然見えない彼やシュライン、セレスティにはただの柱としか瞳に映らない。
 実際彼ら6人がそれぞれ雫からのシグナルを受けて現場であるゴーストネットオフに駆けつけたのはばらばらだったのだが、一通り推理し合ってひとまず「湖のあり伝承も残っている村を探す」「サイトに逸話が出た頃、工事等変わった事があった場所」をネットで探すことにした。
 「それ以前」のことは来る途中にシュラインが図書館で調べてきたらしく、何枚かコピーしたものをホッチキスで止め、資料にして持ってきていた。それには全員が既に目を通している。
 6人がここに来たとき、子鬼の幽霊は唄を唄っていたのだ。
 ただ、それは子鬼の姿が見える者にしか聞こえず、それも「ひゅるりとかぜがなけば ひとつまめがとんでくる」の二節を繰り返すだけ。
 抑揚のない声らしく、それはどこか哀しげなものを感じる、と、何かぽつぽつと呟いていた啓斗が言ったものだ。
(似てる部分がある、なんて口が裂けても言えないわ)
 ネットで調べ物をする間、シュラインはちらりと時折啓斗のほうを見る。
 どこが、と言われれば言葉にするに詰まるが、雰囲気が、と答えるのが一番近い気がした。
 啓斗と───子鬼。
 そして別の意味で、紅葉と、子鬼。
 どこか似ている、と、自分には見えないけれども気配は感じるシュラインが、そう思った。
 ただ、口に出すに至らないのは、この事件を解決し終えてからと思っている。事件次第ではずっと胸に秘めておこうとも思っている。なぜなら、人の一言で、人は傷ついてしまうから。一生の傷を負わせてしまうことを、彼女は恐れていた。
 けれど。
 ちらりと隣のセレスティ、向こう側にいる紫桜と悠宇を順繰りに見る。
 彼らもそのことに気づいているかもしれない。
 彼らなりの理由で、言わないだけで。
 彼らもまた、そういうことにとても敏感であったから。
「ここ、怪しそうですね」
 スクロールする手を止めたセレスティの言葉に、シュラインは、いつの間にか物思いに耽っていた意識の中から、泡が弾けたように我に返った。
「どこ?」
 隣のモニターを覗き込むと、「ここです」と男にしては細い指が画面を指差す。
 鬼鳴村、と書かれてある。読みは、「おになきむら」。昔には、鬼が泣く、という謂れからいつの間にか村長の一存で鬼が鳴く、と変えたらしい。
 プリントアウトして全員分コピーし、渡しながら読んでいく。
 更には、その村では善い鬼が集まる美しい湖があったが、ある夜鬼達が本性を出して人間達を襲うようになり、人間達がこれを退治した。今でも村を脅かすために鬼の霊が鳴き声を上げるのだ、と書いてある。
「村長、胡散臭い」
 ぽつりと呟いた啓斗の言葉は、全員の心の内を代弁していた。
 村長の写真ものっていたが───人相は悪くないのに、どこか嫌な感じがする。そう、目つきだ、と紅葉は思った。こんな目つきをした人間を、はるかはるか昔に紅葉は何人も見てきた。
「差別する目、欲しか考えてない目───齢55か。人間、この歳になると心根が顔に表れるね」
 だが、ただ紅葉は虚ろな笑みを返しただけだ。そんな人間達を敵としてきたのは転生する前の話。今はただ、そんな人間を見ても虚しいとしか感じない。
「よくいる種類の人間ですよ」
 こちらも苦笑まじりの、セレスティ。その瞳は「またこの手の人間か」と言っている。彼も家柄が家柄のぶん、この手の人間を相手にすることも多い。もういい加減慣れてはいるが、いい気分とは言えない。正直、色々な意味で「面倒で疲れる相手」という認識だった。
「でも、シュラインさんが持ってきた資料とぴったりですね」
 紫桜が、子鬼を時々気にしながら、コピーされたそれらを見比べる。
 シュラインの持ってきたデータは、村の名前こそなかったものの、大体の住所は書いてあった。その場所に「鬼鳴村」はあったし、鬼をかばって人間の男が一人死んだ、というデータとも繋がる気がする。
「逸話の出所は村の人間って書いてあるし、ここに行ってみれば何か分かるんじゃないかな」
 悠宇が、あえて村長には突っ込まずに仲間の顔を見やる。彼にとって、この村長の類の人間は専ら軽蔑すべき存在で、そんな人間のために気力を費やすのは馬鹿馬鹿しかった。それほどまでに、写真だけであってもその村長、国松威(くにまつ たけし)の人柄は滲み出ていた。
「雫さんの魂も、村にいるのかもしれませんね」
 紫桜が呟く。
 そう。
 何故か6人が来たとき、雫の魂の姿はなかったのだ。あったのはただ、子鬼の霊だけ。雫の声も聞こえないし、ポルターガイストも何も起こらないのだ。
「……この子は?」
 啓斗が子鬼を見る。
 この子は、どうする?
 その問いかけに、ちょっと考えた紅葉が「説得してから、一緒に連れてくのが一番いいだろうね」と言う。それしかないように思えた。
 紅葉はさっきよりも子鬼に近い位置に寄り、しゃがみこんだ。背中に向けて、語りかける。
「名前はなんていうんだい? ああ、名前とかはいいよ。そうだね……唄の続きを聞かせてくれないかい?」
 ぴくりと子鬼の肩が動いたが、無駄だろう、と啓斗は半ば冷めたように思っていた。
 その啓斗に向けて、まっすぐに。
 子鬼が、顔を振り向けた。
「───」
 一瞬、息を呑んだ。
 啓斗だけではない、子鬼が見えている紫桜や紅葉すらも、ほんの一瞬唾を呑みこんだ。
 それほどに、子鬼の娘は醜い顔をしていた。
 顔全体はこぶだらけで所々はケロイドのように赤紫。眉はあってないように薄く、唇は虫に刺されたようにぶつぶつが出来ている。腫れぼったいまぶたにおされ気味の細い瞳は、ただただ虚ろだった。
 年のころはまだ、人間で言えば3歳ほどだろうに。
「……何故、俺を見る」
 こたえは、問いを発した啓斗にこそ分かっていた。
 この子鬼は、啓斗の呟きを聞いていたのだ。ちゃんと。
 その虚ろな瞳に、先程自分が独り言を言った全てが書いてある、それが分かった。
「……っ」
 啓斗が睨みつけても、子鬼の表情は変わらない。負けたのは、啓斗のほうだった。目をそらし、背を向ける。
 紅葉も紫桜もそんな二人を見ていたが、紫桜は啓斗と子鬼の視線を遮断するかのようにしゃがみこんだ。彼には、どこまで分かっているのだろう。
「唄以外でも、何か話したいことはありますか?」
 すると、まさかと思っていた子鬼の唇が、開いた。

 まま ぱぱ なく

 子鬼の言葉は、それだけ。再び唇を閉ざし、瞳を伏せる。見ていられなくて、紅葉は子鬼を抱き上げようとした。本当に抱き上げられるとは思わなかった───思い通りに自分の腕の中に、かなり軽くはあったものの子鬼がやってきたのを見て、紅葉は驚いた。
 紫桜が子鬼の言葉をシュラインとセレスティ、悠宇に伝えている間に、紅葉は優しく子鬼に語りかける。
「ほら、お前の仲間だ。うつむいていないで、こっちを向いておくれ? お前は一人で淋しいから、同情してくれた彼女と一緒に居たくて攫ってしまったのかもしれない。けれど、そんなことしたら人を愛したお前の母が哀しむよ。たとえ鬼であろうとも、心まで鬼である必要はない。背を向けずに堂々とすればいい。母の期待を裏切ったとてお前が気に病むことじゃない。納得いかぬならお前が気の済むまでアタシが一緒にいよう。望むなら本成のこの身を晒そう」
(すごいな)
 思ったのは、悠宇だ。
 何故啓斗が突然背中を向けているのかも気になったが、紫桜の説明で、今子鬼は紅葉に抱き上げられている、と知らされて素直にそう思ったのだ。
 もちろん、紅葉の「本性」など知らない。けれどその言葉の意味は分かる。自らを露呈してまで救おうとする、その心意気をすごいと思った。
 子鬼は紅葉の発したいくつかの単語を心に拾ったらしい。
 ゆるゆると顔をあげ、「むら」とひとこと言い、こくんと頷いた。
 村に行く、という意味なのだろう。
 紅葉がそのまま子鬼を抱っこしていくことにし、6人はセレスティの車で「鬼鳴村」へ向かった。



 最初は横柄だったが、セレスティが自分の名前を言うと、すぐに村長は電話ごしに態度を変えた。セレスティの家柄は小さな村にも轟いているらしい。それとも、村長の胸にだけに、かもしれない。
 今向かっていてもうすぐ着くところだが泊まる場所はあるかどうか尋ねてみると、すぐに用意させるとのこと。
 子鬼のことは無論話さず、セレスティは車内での電話を切った。
「しっかし東京のすみっこにでも、こんな村があったなんて知らなかった」
 悠宇が、段々と暗くなる時刻と共に景色も自然が多くなってくることに驚きながら車窓の外を見る。
「なんといっても、魔都・東京です。どこにどんなものがあっても、おかしくありませんよ」
 セレスティの言うとおりかもしれなかった。どこのどんな田舎より、東京のほうが大きな隠れ蓑となり得ることも多々ある。
「ゴーストネットオフを出る前に、少し調べてみた結果だけれど」
 シュラインが、手元の資料を読み上げる。
「国松威、55歳。元は政治家で、今も裏で色々といろんな取引をしているそうよ。誰も証拠が掴めないから今のところ『あげられて』いないけれど。今も何か企んでいそうなんだけれど」
 それは、シュラインの勘だった。
「明らかに企んでそうなおっさんだよな」
 悠宇が、途中コンビニで買った弁当を皆に配りながら同意する。
「時間があればそれなりの場所でご馳走して差し上げられたのですが」
 もしかしたら時間の問題かもしれないし、雫の姿も見当たらない今、そんなことも言っていられない。だがセレスティの言葉には皆深く感謝した。
 そうこうしているうちに、運転手が山道を通り抜け、車を停めた。
 どうやら、着いたらしい。
 空には星が瞬き始めている。車の音を聞きつけたのか、村長自ら、何人か使用人を従えてやってきた。たいして走ってもいないのに汗を拭いているのは、太った体躯のせいだろう。欲の贅肉だ、と啓斗が小さく毒づくのをシュラインは聞いてしまったが、言いたい気持ちもよく分かったので苦笑するだけにとどめた。
「これはこれは遠いところをどうも。湖を見てみたいとか。嬉しいことです。さ、なんにもありませんが私の家にご案内致します」
 明らかにセレスティ以外の人間は無視している。だが、そんな人間だと村長のことを見極めついている彼らは気にしなかった。
 家に案内されると、そこは古くはあったものの村一番の豪邸、立派につくられた家だった。代々の村長の家に間違いない。
 運転手は遠慮して離れの更に離れに一人泊まることにし、他6人と子鬼の幽霊は立派な部屋にそれぞれ通された。女部屋と男部屋とに分けられたのだが、男4人でも大して狭いと感じない。大広間はもっと広いのだ、と年季の入った女中に教えられた。
 晩御飯もご馳走になり、コンビニの弁当を食べてから少し経っていたしと、せっかくだから村の郷土料理で腹いっぱいにした一同が「調査は明日の朝に」とさすがに危険と思われる夜はさけて部屋で眠りについた頃。

 あぁぁぁぁ………
 あぁぁ………ぁぁ………

 明け方近く、遠くどこからか聞こえるその声に、神経が研ぎ澄まされていた6人は目を覚ました。寒くて眠りが浅いせいもあったかもしれない。すぐに飛び起き、夜着のかわりにと女中に渡されていた浴衣から自分達の服へと着替える。
「声はどこから?」
 啓斗の問いに、耳が常人よりも良いシュラインが「あっちよ」と皆を先導する。
 離れの部屋から渡り廊下をすぎ、運転手が眠っている離れとは逆の、さびれたような蔵に向かう。鍵はかかっていたが、啓斗が難なく開けた。
「勝手にいいんでしょうか」
 紫桜が声を潜めて言った、その時。
「いけませんねぇ、いくら財閥のお方でも、そんなことをなさっちゃ」
 息を切らせて走ってきた、慌てた様子に白々しい笑みを浮かべた国松が夜着にコートを羽織って立っていた。
「誰かの泣き声が聞こえたものですから。もしかしたら、かくれんぼでもした子供が知らないで閉じ込められてしまっているのかもしれないと思ったのですけれど」
 シュラインの言葉を遮るように、国松は鍵を元に戻そうとする。
「空耳でしょう。さ、まだもうひと寝入りしましょう、セレスティさん」
 その間にも泣き声は聞こえているというのに。
「ええ、そうしたいところなのですが、私の友人の命がかかわっているものですからそうもいかないんです」
 にっこりと絶対零度の笑みを浮かべたセレスティの言葉とほぼ同時に、悠宇が国松の手を掴む。
「な、なにをする」
「お前だけ眠ってな」
 それでも手加減した。
 悠宇の拳が見事鳩尾に決まり、国松が倒れ掛かるところを悠宇と紫桜とで部屋に運ぶ。再び戻ってきた時には、啓斗が扉を開き、シュラインが静かに耳をすませていた。
「私じゃなくても、もう聞こえるわよね」
 シュラインは仲間の顔を順繰りに見つめる。蔵の薄暗がりの中、ほぼ同時に5人は頷く。
 泣き声は───蔵の床下から。
 ほどなくして見つけられた隠し扉を開いた6人は、そこに、狭い狭い落とし穴のような穴の下に、小さな、小学生くらいの女の子を発見した。
 閉じ込められて何日が経つのだろう。食事も与えられていなかったに違いない。異臭が漂う中、立派な忍者である啓斗が穴を伝って降りてゆくと、ごろごろと子供のものと思われる骨や頭蓋骨が見えてきた。
「ちゃんと生きてるかい?」
 紅葉が尋ねたが、返答はない。
 それでも、蔵の中にあったロープがやがてくんくんと引っ張られ、身体の弱いセレスティと、子鬼を抱いている紅葉とを除いた3人で引っ張り上げると。
 啓斗が片手にしっかりと、やせこけた女の子を抱いて上がってきた。



 国松が起きないうちに。
 やがて早起きの女中に「お腹がすいたから朝ごはんはなんでもいいから早めに」とお願いし、持って来てもらった朝食の中から胃によさそうなものを選び、女の子に与えた。
 あたたかい部屋の中で、女の子はやっと食べ物を食べ終えて人心地がついたようだった。
「あのまま、しんじゃうかと思った」
 名前は、香奈(かな)というらしい。
 この村の子供達は、湖の近くの森の広場で遊ぶのが常。そこでは時折、鬼の子達も現れた。子供達は仲良く遊んでいる間、鬼の子達に、事情を聞いた。昔々、この村には善い鬼ばかりいたのに今の村長が30年前に現れてから全ての鬼が罠にはまり、村長・国松が連れてきた怪しげな術師によっておかしくなった人間の大人達に湖に追い詰められ、次々に命を落とした。
 鬼達の中にはどうにか子供達だけでもと逃がした者もいて、逃げた鬼の子達は森の中にひっそり隠れて棲むようになった。そして更に鬼の家族が出来、自分達はその、国松の犠牲になった鬼達の孫にあたるのだと。
「あの湖は鬼と人との交流の場でもあったから、『春流湖(しゅんりゅうこ)』ってよばれてたの。人と鬼は春の風が流れるようにあたたかく心をかよわせて、湖で笑いあってなかよくしていたから」
 でも、国松はその湖をなくそうとしているらしい。埋め立てるのではなく、壊して鬼の塚を建てるのだという。ひとりの老人を先頭に、主に老人や子供達が反対運動を起こしても国松はどこ吹く風である。湖の土地の権利を持っている、そのひとりの老人をも監禁し続けているという。
「あたしたち、鬼の子達と遊んでるところをみられて、蔵の下にとじこめられて、術をかける変な人に殺されていったの。さいごに生き残ったのが、あたしだけ」
 瞳を潤ませる香奈から、啓斗へと5人の視線が集まる。
「確かに、角のある頭蓋骨もあった」
 ひっそり眉根をひそめて、啓斗が言う。
「まだ、あたしのおねえちゃんがどこかに閉じ込められてるはずよ。あたしのおねえちゃん、トトセおじいちゃんと仲良かったから昔の話もしってて、だからホームページも作って、それが村長さんにしられてとじこめられたの」
「トトセ?」
「それ、誰ですか?」
 悠宇と紫桜が身を乗り出す。監禁されている老人のことだ、と香奈は泣きながら言った。
「この子、震えているよ」
 紅葉が、抱っこしている子鬼の娘を見下ろす。相変わらず虚ろな瞳で、それでも香奈が話している間に震えてきたのだ、と紅葉は説明した。
「2月3日の日に、拷問してでもトトセおじいちゃんから権利奪うって村長さん言ってたから、おねえちゃんがだれか助けてって、あんな昔話をのせたの。ね、おにいちゃんやおねえちゃんたちも、それできてくれたんでしょう? だって、この村のひとじゃないもの。悪い感じしないもの」
 香奈の言葉に、全員が顔を見合わせた。
 2月3日まで、もう少しだ。
「───推測ですが、その『春流湖』に、昔話……私達が見た逸話にまつわる『何か』があるのではないでしょうか」
 セレスティが口火を切ると、
「国松はそれが露見するとまずいんだ」
「だから強引にでもこんなことをして……」
「節分の日にするのも、鬼退治とかなんとかこじつけをつけて、でしょうね」
「だからこの子鬼の子が……現れた……?」
 次々に、悠宇、紫桜、シュライン、啓斗が推測を同じくするところを言った。
「だったら、こっちがその前に露見してやろうじゃないか」
 紅葉が、立ち上がる。
 この子鬼の娘もまた、香奈の姉と同じく、「助けを求めた」に違いない。
 その先にもまた、求めるものがあるに違いなかった。



 香奈に案内してもらって森の中の「春流湖」に行くと、そこは本当に美しく、澄んだ水をたたえていた。
 セレスティが水に触れると彼には全てが分かったが今は語らず、ただ、「水をすべて移動させます」とだけ言った。
 水を操る能力を持つセレスティが、どんどん湖を干上がらせてゆく。底には何もなかったが、セレスティに促され、紫桜が能力を使って底を切ると───。
 たくさんの、角を持った頭蓋骨と骨とが現れた。
 そして明らかな人間の骨も。
「ひどい」
 悠宇が歯軋りする。
「国松がやったのでしょうね、香奈さんのお姉さんが聞いたという昔話の通りに」
 気の刀をゆっくりおさめつつ、紫桜。
「セレスさん、分かったことを教えてちょうだい」
 密かな怒りをおしこめながら、シュラインが促す。
 セレスティは頷いた。
「おおよその物語どおり、国松は水の美しい、水源豊かなこの村を利用し、全体を壊して新しい工場を建てようとしていたんです。そこでしつこく反対した人と鬼とを全て罠におとし、ここで死なせるに至りました。簡単に言えば、こんなところです」
「……何が鬼の塚だ……」
 啓斗が拳を握り締める。彼がはじめに言っていた独り言。あれがそのまま当てはまるような気がした。
(……人を恨むな……人を憎めば角が延び我が身を呪えばその口を裂く。世を恨めば恨むほどその姿はより人から外れ、忌みの対象と成り果てる。心根がどうであろうと人の世はは自分と違うものを恐れ、遠ざける。それが尚慟哭を生み、歪みを広げることに気が付かない。己の所業がどれほど醜いか気づけぬまま……)
「本当の醜い鬼は、国松そのものだ」
 苦々しく言った彼の言葉に、誰も異を唱える者はいなかった。
「あの中にお前の親はいないのかい?」
 ふと、ずっと黙っていた紅葉がたくさんの骨を指さして、腕の中の子鬼に尋ねた。しかし、子鬼の娘はぽろぽろと涙をこぼしている。
「虚ろな瞳のまま……涙を流しています」
 紫桜の言葉に、子鬼の姿が見えないシュライン、セレスティ、悠宇もつい紅葉の腕の中を見る。
「セレスティさん、あんたの力でなんとかならない? これだけの証拠があるんだぜ」
 悠宇が悔しそうにセレスティの腕を掴むと、財閥総帥は微笑んでみせた。
「なんとかできますよ。これだけの悪玉菌があるんです、すぐに掃滅に至るでしょう」
 村のほうを見てから携帯を取り出し、幾つかに電話をかけると、彼の仕事は終わった。



 それから数時間もすると、警察やらマスコミやらが押しかけてきて村はてんやわんや。
 しかし一番のてんやわんやは国松だったに違いない。
 手錠をかけられ、国松と怪しげな術師とがパトカーに乗せられていくと、今まで閉じ込められていた「トトセおじいちゃん」と香奈の姉が発見された。
「すみません、ひとつお聞きしたいのですが。何故お爺さんは『トトセ』という名前で呼ばれているのですか?」
 紫桜が丁寧に、憔悴しきった、けれどしっかりした瞳の老人に尋ねると、老人は柔らかに微笑んで教えてくれた。
「わしは昔っから誰かの頂点に立つ立場でなあ。みんなのととさま、と呼ばれとった。そこから流れて『トトセ』になった。けどなあ、その名付け親はわしの子じゃと香奈は言うんじゃよ」
「どういうことですか?」
 悠宇も敬意をこめて丁寧語で尋ねる。
「香奈はもっと小さな頃は幽霊も見えるし幽霊と話もできた。そこでわしの子と会ってたくさん遊んだ。その幽霊はとても素直で心の可愛い綺麗な、あの『春流湖』の申し子のような子じゃとわしにきかせてくれた。その子にわしの話を香奈はよくしたそうじゃが、そのうちにその子はわしを知っていると言い、自分は『トトセ』と呼んでいる、と教えてくれたそうじゃ」
 もしかして、と6人は視線を合わせる。
 恐る恐るといった感じで、紅葉が尋ねた。
「もしかして、トトセ爺さんの奥さんは……鬼だったかい?」
 トトセの顔がすう、と真顔になり、うなだれ、小さくうなずいた。
「守ってやれなんだ……身篭っていたこともしらなんだ……わしは幽霊も見えんしの……どこにわしの子がおったか、いつも遠くから見ていたとか、そんなこともしらなんだ……」
「ここに!」
 悠宇が紅葉の腕の中を指さす。
「ここにいるんです、その子! 名前を……!」
 名前。
 そうだ、この子鬼は生まれてすぐに他の子鬼達と森の中へは行かなかった、だから生まれたこの姿のまま死んだのだ。名前が、あるはずがない。
「生まれてすぐにこんなに大きくなるものなのか……? 他の子鬼達と一旦逃げたとかじゃ?」
 啓斗がシュラインを見るが、彼女も考えあぐねているようだ。なにしろ、当の子鬼が決定的なことを何も話してくれない。
 しかしその辺りは紅葉が教えてくれた。
「鬼っていうのも色々さね。生まれてすぐにでっかくなる子もいる。この子もそうだったんじゃないかい」
 そして、まさかという表情で自分を見上げているトトセに気がつく。
「そこに……わしの子が……?」
 そのトトセの言葉を聴いた途端、紅葉の腕の中から子鬼がするりと抜け出した。
「あ、お待ち!」
 紅葉が追いかける。見える紫桜と啓斗、そして悠宇とシュライン、遅れてトトセとセレスティが続いた。
「誰も恐いことなんかしません!」
「ここまできたのに、どこにいく!」
「勇気出せよ、お父さんって、トトセって、どっちでもいいから呼んでやれよ! 大切に思ってるなら、絶対に言葉は届くはずだから!」
 紫桜と啓斗、悠宇が叫ぶ中、シュラインは、遅れてやってくる後ろのセレスティが右手を動かしたことに気がついた。思わず、森の入り口で立ち止まる。
 警察達がまだ骨の周りにいる中、湖の水を戻したのだ。悲鳴をあげ、慌てて逃げる警察達。
「すみません」
 聞こえていないと知りつつも、小さくセレスティは微笑みながら謝罪する。
 ぱしゃ、と湖の水が、そこまで来ていた子鬼の身体にかかった。
 ───そこから見る間に幽霊がかたちをとってゆく。
 色づいてゆく。
 これが、人と鬼との長い交流の中、自然とできた「春流湖」のただ一つの奇跡の能力。

 かたちなきものを あるものに
 すべてのこころのままに かたちなすみず

「見えた……」
 呆然とシュラインがつぶやく後ろで。
 かつん、とセレスティのものでないステッキの音がした。否、ステッキとそれは似て非なるもの───杖の音。
 驚きに杖を落としたトトセは、森の入り口で、子鬼の姿を見つめていた。
「……夢を見ているのか……」
 湖の上では、ようやく解放された鬼や人間の魂、そしてそこに封じ込められていた雫の魂も賑やかに舞っている。笑いあっている。雫の魂はすぐに、シュラインのもとへやってきて疲れたようにため息をついたけれど、ことの顛末を知っていたようで、微笑んでいた。やがて雫の魂も、同じく封じ込められていた身体と伴って形をとってゆく。
 騒いでいるのは警察達。そんな彼らを放っておき、ようやくまみえた親子は長い刻を経て向き合う。
「わしは決めていた……もしもわしと春華(はるか)に子供ができたら……娘なら、あの湖と春華の文字をとって、はるこ、と───」
 春の流れる子。
「なまりのまめ とんできた」
 子鬼の娘が、唄う。
 泣きながら、唄う。

 ひゅるりとかぜがなけば
 ひとつ まめがとんでくる
 なまりのまめ とんできた
 みんなひといき しんでった

 子鬼もそうして、銃で殺されたのだろう。鉛の豆、と鬼が呼んでいた銃弾で。
 節分になぞらえて、仲良くしていた人間と共に。かばってくれた人間と共に、殺されたのだろう。
 けれど。
 もう、そんな哀しい唄は必要ない。
「おいで」
 6人と雫が見守る中、トトセが手招きする。泣きながら、微笑む。
「おいで。春流子。わしの愛しい、いっとう心の綺麗な妻の娘」
 子鬼の、我慢していた線が、ぷつりと切れた。

 ───ととさま!!

 わあと泣きじゃくりながら、ようやく父親に抱きしめられることが出来た子鬼の娘、春流子は。
 その日からトトセが死ぬまで、鬼鳴村でトトセと幸せに過ごしたという。
 トトセが死んだある冬の小春日和の朝、その床の中で、
 春流子もまた、成長した姿で微笑みながら、息絶えていたという。


 そのことを6人と雫が聞いたのは、それから数年後のことである。



 ととさま。はるこは、かかさまのこともととさまのこともだいすき。
 だから、ひとりのおとこのこを、うんだの。
 そのこはね、いまもげんきにこのむらであそんでいるのよ。
 そのこのなまえはね、ととさまのなまえもとって、
 春流希(はるき)、っていうの───


《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5453/櫻・紫桜 (さくら・しおう)/男性/15歳/高校生
1883/セレスティ・カーニンガム (せれすてぃ・かーにんがむ)/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
4824/鬼無里・紅葉 (きなさ・もみじ)/女性/999歳/アパートの管理人
0554/守崎・啓斗 (もりさき・けいと)/男性/17歳/高校生(忍)
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)

さて今回ですが、今までのノベルよりもわざと淡々と進めてみました。そのほうがこのノベル向きかな、と思いましたもので。結果はいかがなものでしたか、それは読まれる方の感じ方にかかっているのですが、東圭自身はとても満足のいくものとなりました。
このままだと悲劇になってしまうかな、と思いましたが皆さんのプレイングを統合した結果、なんとかハッピーエンドに持っていくことができ、大変感謝しております。その結果、逆に、プレイングを生かしきれなかった部分もあるかと思いますが、その分ノベルを読んで頂いてご満足頂ければ幸いです。
節分には間に合いませんでしたが、この場を借りてお礼申し上げます。
また、今回は皆様文章を統一させて頂きました。

■櫻・紫桜様:お久しぶりのご参加、有り難うございますv 能力も少し使っては頂きましたが、根本的なところで動いて頂きました。こうしてみると、紫桜さんて歳の割りにとても落ち着いた方なんだな、と今まで見えているようで見えていなかった面も見えた気がします。
■セレスティ・カーニンガム様:いつもご参加、有り難うございますv 今回も(?)財閥の力をお借りしまして、かなり楽をしてしまった東圭です。実際財閥総帥という方がおられなかったらもっと手間暇かかったやり方になっていたでしょうし、村にすら入れたかどうか分かりませんでした。重ねて御礼申し上げます。
■羽角・悠宇様:いつもご参加、有り難うございますv 悠宇さんの性格からいって、ここはこう言うだろうな、ここはこう流すだろうな、と色々と考えて書かせて頂きました。ラスト、春流子にかけた言葉が春流子の背を押したのだと思います。
■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv 事前に図書館で調べて頂いた結果、スムーズに情報を得ることが出来ました。いつもながらの洞察力と聴力にとても感謝しております。色々と書きたい部分もあったのですが削らざるを得ず、けれどその部分がそれだけノベルに反映されていると思ってくださると幸いです。
■鬼無里・紅葉様:ノベルでは初のご参加、有り難うございますv 同じ鬼、ということでもとてもスムーズにノベルが進んだと思います。特に説得しなければ村にいけない辺り、紅葉さんの言葉が功を奏したので嬉しかったです。同じ鬼としてラスト辺り、紅葉さんにも伝わっていればいいなと思う部分もありますので、是非読み込んでみてくださいませ。
■守崎・啓斗様:初のご参加、有り難うございますv 内心の声の部分をちょっとくどいかなと東圭が思うほどしつこく使ってみました。実際、心をかたくなに閉ざした子鬼の娘・春流子とどこか似通う部分もあるのでは、と感じたゆえの冒頭から半分までの流れだったりします。あと、実は幽霊の姿は見えない、という設定でしたらすみません。能力の部分を見る限りでは、多分見えるんだろうな、と判断しましたが……。全体を通してみてお気に召して頂ければと思います。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回はその全てを入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。今回は、「本当に鬼と呼ばれるべきもの・醜いものは本当はなんなのか」「本物の絆」を書きたかったのだと思います。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2006/02/13 Makito Touko