コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


惚れ薬 再び


「困りましたね……また道に迷ってしまいました……」
 一つ溜息をつき久住・沖那は呟いた。外に出れば道に迷う、この癖というか性質というか、本当にどうにかならないものかと思う。
 と、ふと見上げると雑貨屋の看板が目に入る。
「ここで尋ねてみますか」
 沖那はその店の引き戸をからから、と開けて一歩踏み入った。
 と同時に自分にぶつかるものがいる。それはふぎゃ、と自分の腰の辺りから潰れた声を発した。
「あ、すみません。大丈夫ですか?」
「お、俺の方こそごめんなさい!」
 まだ声変わりしない声。ぱっと少年が顔をあげる。らんらんと光る金色の瞳が印象的だ。そして他にも目に留まるのはその猫の耳と手足と揺れる二本の尻尾。
「小判君危ないですよ、すいません」
 奥からにこにこと笑みを称えた銀色の髪の青年が出てくる。その柔らかい雰囲気に沖那はなんとなく好感を覚えた。
「ごめんね、人の気配がしたから千パパかと思って飛びついちゃった」
「かまいませんよ。ところであの、ちょっとお尋ね……」
「あ、そうだ! ぶつかったお詫びにお茶飲んで行って、ね、おにーさん!」
 ぎゅっと腕を握られて沖那は店の奥へと連れ込まれる。別段急ぐ用事ではないので、まぁいいかと、ふわりと笑みを浮かべた。
「重ね重ね申し訳ないです。でもお時間大丈夫なら是非」
「ええ、ではお言葉に甘えて」
 ずるずると少年に引っ張られるようにして沖那は置くにある和室へと通された。そこは少し段差になった場所でこじんまりとしている。
「あ、そうだ、おにーちゃんも奈津さんのデータとりに協力してあげてよ!」
「データとり?」
 和室にあがって座布団をさしだされ、そこへ腰を下ろすと少年が笑いながら言った。
「うん、開発中のお薬のデータとり。解毒薬もあるんだよ」
 少年は小さめの赤と青のカプセルをごそごそと取り出した。掌になぜか二錠ずつ持っている。
「身体に害の無い物でしたら……それはそうと君の名前を教えてくれるかな?」
「あ、うん。俺は小判で、奈津さんが奈津ノ介さん」
「小判さんと、奈津ノ介さん、ですか。私は久住沖那と申します」
 奈津ノ介、と小判に紹介を受けた青年は茶を差し出しつつ笑う。
「ご協力いただけるならそれは嬉しいです」
「はい、この赤いのを飲むんだよ!」
 沖那は小判からそれを渡されて少し眺めた後に口へ運びそして茶を飲みこくん、と喉へとそれを落とした。
「……飲んでしまってから聞くのもおかしいのですが、何の薬、なんですか?」
「惚れ薬だよ」
 そう小判がにっこりと笑って言ったとき、店の引き戸ががらりと開いて一人の男が入ってくる。沖那の隣にいた小判はその人物を見たとたんに目を輝かせて飛びつきに走った。
「千パパおかえり!」
 たかたか、と走りよった小判を抱きかかえてその人物は嬉しそうに表情を緩めた。
 目を細めて優しい表情。灰色の髪を後ろに少し流してゆったりとした着物を身に着けている。
 沖那の心の中にとろりと暖かくて甘い感情が流れ込んでくる。
 ああ、色恋沙汰とは無縁だったがこれも悪くない、穏やかな気分になれる。
「千パパ、口あけて?」
「ん、こうか?」
「うん」
 そこにぽい、と小判はカプセルを、青いカプセルを放り込んだ。そしてそれを反射的に彼は飲み込んだ。
「今のはなんだ?」
「内緒! あ、千パパ、あのおにーさんは久住沖那さんって言うんだよ」
 小判は沖那の方を向いてそう言った。彼も、それにつられて顔を向ける。
 二人の視線があった瞬間、その場の空気、雰囲気が変わる。
「あ……初めまして……せ、千両です」
「初めまして、久住沖那です」
 ふわりと、穏やかで優しい笑みを沖那は浮かべた。
 それを受けて千両は顔を赤くした。何か様子がおかしい。その様子を奈津ノ介はじーっと観察し、そして一つの結論に至る。
 赤と青、それを飲んだ者同士は惹かれあう。
 小判君のおかげで新しい発見が出来ました、と奈津ノ介は小さく呟いた。
 そして沖那と千両はと言うとどちらもその場を動けないままだ。
 沖那は悠然と笑み、千両はそれに照れて困っている。
「千両さん、お茶いれますから上がってください」
「あ、ああ……」
 奈津ノ介に声をかけられるとそれに素直に従う。でも視線が沖那からはずせないようでなんとなく緊張している面持ちだ。けれどもちゃっかりと沖那の横へと腰を下ろす。
「沖那さん……」
「なんですか?」
「あ、いや……その……」
 小判を膝にのせ、視線は沖那と小判の間を行ったり来たり。挙動不審だ。
 沖那は少し、からかいたいような、そんな衝動に駆られる。けれどもそれは自分の照れを隠そうとしているような、そんな気もする。
「普段は何をしてらっしゃるのかな、と……その……」
「私は能面師です。それで生計を立てています。千両さんはどうなのですか?」
「あ……う……」
「無職だね! でもパパは妖怪だからいいんだよねー」
 どう答えようかと言葉を詰まらせた千両を小判は助ける。しどろもどろする様子などほとんど見ないからそれを面白がっているようでもある。
「千パパ」
「ん、なんだ、小判たん?」
「俺、千パパが誰を好きになってもいいからね」
 その言葉に、沖那と千両は顔を見合わせ、そして二人ともすぐ違う方向を向いた。
 沖那はうっすらとその頬が朱色、千両はしっかりと頬が朱色だ。
「千両さん、私はあなたが何をしていようとも気にしません、好きですよ」
「えっ……な、あ、う……」
 柔らかな笑みを浮かべられて、少し小首を傾げて沖那は言う。銀の髪と金の瞳が、きらきら輝いている。自分でわかってやっているのかどうかそのあたりは沖那自身にしかわからないが、でも千両にとってそれは誘惑以外の何でもない。
 ごくり、と千両は唾を飲み込んで、そして意を決したように沖那へと詰め寄る。
「お、沖那さんっ」
「はい?」
「俺は、俺は猫で妖怪で無職だけれども沖那さんをずっと愛していこうと思う。ついでに小判たんという子持ちでもあるのだがそれでいいのなら俺と結婚してほしい!」
 がーっと息継ぎ無しで千両は言い切り、そして何を言っているんだ、と困ったような少しバツの悪そうな表情を浮かべた。
「私でいいんですか?」
「沖那さんが、いいんです」
 いきなり飛躍しているが、誰も止めはしない。小判もただそれを見上げて面白がっている。
 と、そこへ水を注すようで悪いようですがと奈津ノ介が割ってはいる。
「肝心なことを忘れているようですが、千両さん、沖那さんは男性ですよ」
「! しっかり忘れていた……いや、この場合問題があるのは俺の方だ。違う、好都合なのか……沖那さん、俺には性別がない」
「性別が、ないんですか? そんなこと、気にしません」
 沖那は微笑み千両はよかったと微笑む。
「じゃあ沖那さんは俺のママになるんだね!」
 千両の膝の上で小判は言う。その言葉に二人、同時に小判へと笑いかけた。
 好きですよ、と沖那は優しく言い千両だけに柔らかく暖かな笑みを向ける。
 言葉で言い表すのが難しい感情をふつふつと胸に感じる。
「……でも、薬の力ですからね……小判君」
「ん?」
「そろそろイタズラは終わりですよ。飲ませたのと対のカプセル飲ませてあげてください」
 今までずっと静観していた奈津ノ介は苦笑まじりに小判に促す。これは仮の気持ちで、作られた感情であって本来自然に持つべき感情とは少し違う。
「えー……」
「小判君」
 やんわり窘められて、そして小判は渋々といった様子で身を起こし立ち上がった。
「小判さん?」
「沖那ママ、口あけて。千パパも」
 沖那がどうして、と問おうとして開けた口に青いカプセルを、先ほどと同様に正直にあけた口に赤いカプセルを投げ入れた。それを二人は同時に飲み込む。
 沖那はそういえば惚れ薬を飲まされていたのだったか、と思い出す。もしかしたら千両に対する気持ちも、千両が自分に持っている気持ちもまやかしでは、とそんな不安が心をよぎる。そしてふつふつと心にあった甘い感情が段々とおさまっていく。
 だけれども自分にもちゃんとこんな感情があったのだと安心し、そして少し気恥ずかしい。そして思いがけない自分の一面を知り驚いている。
「……俺は……何を言っていたんだ……! す、すみません、ちょっとわけがわからないんですがなんか結婚とか……」
「あ、いえ構いませんよ、薬の所為ですし」
「え、薬……?」
 ええ、とにっこり沖那は笑う。
「沖那さん、興味深いデータがとれました、ご協力ありがとうございます。千両さんも」
「え、奈津?」
「千パパにはあとで教えてあげるからね」
 小判が笑いながらそう言い、そうかと千両も一応の納得を見せる。
 と、ふと思い出したように奈津ノ介は沖那を見た。
「そういえば、うちにはどういった御用ですか?」
「ああ、そうだ。道に迷ってしまって……道を教えていただこうと立ち寄ったのです。それが切欠でこんな体験が出来るなんて思ってませんでしたが楽しかったですよ」
 くすり、と笑いを称えて沖那は言う。
 そしてふと、視線を感じ小判と目があった。彼が笑いかけてくる。
「俺は本当にママになってもらってもよかったんだけど、まぁしょうがないかな」
「ふふ、いつか本当の母親ができるといいですね」
 うん、と小判は頷く。
 恋という感情は今はもうない。だけれども、好意という感情はまだ残っている。
 それはしっかりと心に根付いている。
 暖かな暖かな、その感情は心地が良い。



<END>



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【6081/久住・沖那/男性/21歳/能面師】

【NPC/奈津ノ介/男性/332歳/雑貨屋店主】
【NPC/千両/無性別/789歳/流れ猫】
【NPC/小判/男性/10歳/猫】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 久住・沖那さま

 初めまして、ライターの志摩です。このたびはありがとうございました!
 運命の阿弥陀の結果、千両との出会いを果たしました。いきなり結婚などとぶっ飛んだことを言い出す千両はきっとこれから沖那さまに頭が上がらなくなっていると思います(ぇ)そしてこれから小判に慕われることとなるでしょう…!ママですから、ママ!性別?そんなもの気にしちゃいけません!(…)少しでもこのノベルで楽しんでいただけると幸いです。
 ではまたご縁があってお会いできれば嬉しいです!