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<東京怪談・PCゲームノベル>


惚れ薬 再び


 からりと扉を開けると同時に視線を感じた。それは友好的な視線で、なんとなく落ち着く。
「お久しぶりー」
「冬夜さん、こんにちは」
 にこりと笑顔で玖珂・冬夜を迎えたのはこの雑貨屋の店主、奈津ノ介だ。ここに来るのは二度目。冬夜は紙袋を差し出して柔らかく笑う。
「来がけに北海道の特産観光展やっててね、美味しそうだったから、お土産。口に合うと良いんだけど」
「どうもありがとうございます。お茶淹れて皆で食べましょう」
 うん、と冬夜は手土産を渡してそして奥の和室へとついて行く。そこにはこの前出会った要と小判が先に茶を飲んで寛いでいた。
「こんにちは」
「あ、おにーさんこの前はありがとう」
「こんにちは。うん、結構楽しかったよ」
 冬夜も小判も、視線が会うと緩い笑みを交し合った。そしてふと、人が足りないような気がして思い当たる。
「……千両さんはいないの、かな?」
「千パパは用事があって出て行ったんだ」
 靴を脱いで和室に上がり差し出された湯のみを持つ。その温度が暖かくて心地よい。冬夜の持ってきたちょこまんはしっかりと小判によって開封されもうちゃぶ台の上だ。
「奈津さん、おにーさんにも協力してもらったら?」
「え、ああ……そうですね、よろしければ」
「ええと……協力って、何の?」
「薬のモニターらしいですよ。私もやりました……」
 要がことりと湯飲みを置きながら、溜息をつきながら言う。その表情は少し照れくさそうだった。
「惚れ薬のデータがほしくて色々な人に飲んでもらってるんですけど」
「惚れ薬……んー……俺、反応薄いと思うんだけど……サンプルになれるかなぁ?」
「なれるよなれるよ、ね!」
 無理に、とは言いませんと奈津ノ介は苦笑気味に言う。でも彼が真剣なのはわかる。冬夜は少し悩んだがいいよ、とそれを受け入れることにした。
「ちゃんと解毒薬はありますから安心してください。あと効き始めるまでにちょっと時間かかりますから」
「うん」
 差し出された小さめの赤いカプセル。それを受け取り少し眺めた後で冬夜は口にする。お茶で流し込みこくりと喉が鳴った。
 なんとなく瞳を閉じる。次に瞳を開けて最初に見る人は誰かな、と思いながら。
 と、なんだか身体の芯が熱い、そんな感じがする。
 もやもやと、暖かい穏やかな気持ちと言えばいいのか、そんな感情がわく。
 甘い想い。
 そして瞳をあける。と同時に首がごきっと誰かにつかまれ視線の向きを変えられる。
 瞳に映るのは要だ。
「えへ」
「こ、小判君……冬夜さん、首大丈夫ですか?」
 小判がぐいっと冬夜の視線を要へと向かわせた。首は別に大した事ない。
 冬夜は奈津ノ介の言葉を聞いているのかいないのか、しばらく要をじっと見る。
 要も、少しその視線に戸惑っているようだった。
 冬夜は要に笑いかけて視線を元に戻した。
「あ、うん。大丈夫だよ」
 平静を装う。けれども心境は戸惑って、ドキドキしてたまらなく抑えられない。
 身体の奥が熱くなる。じわじわとドキドキする感覚に支配されていく。
「おにーさん、薬効いてないの?」
「ん、そんなことは、ないと思うよ」
 だってこんなにも心が暖かく心地良い。気恥ずかしいけれども、このドキドキは不快ではない。先ほどまではなかった感情が確かに今はある。
 小判の言葉に笑って答え、そして冬夜は茶を飲む。いつもとあまり変わらない雰囲気だ。
「んー、おにーさんあんまり変わらないですね。積極的になったりとか……」
「みたいだね。でも薬、ちゃんと効いてるよー? なんだか……うん、要さんが傍にいると思うと結構、ドキドキして体が熱くなる」
「だそうですよ、要さん」
「えっ、あ、ってなんで私にふるんですか奈津さん!」
「一応当事者ですから」
 奈津ノ介も面白がっているのかくすくすと笑う。要はちら、と冬夜をみて、視線があってにこりと穏やかに微笑まれると、ちょっとだけ頬を染めて視線をはずす。
 なんだか、要の方が惚れてしまっているようだ。
「あ、お茶、ポットのお湯そろそろ足さないと、私ちょっと行ってきますね!」
「それなら僕が……」
「いえ私が行きます!」
 その場に居辛くなったのか、要はぱっと思いついたように言う。奈津ノ介がやると言ってもそれを押し切って行こうとする。そう、慌てて落ち着かない様子で。
 と、立ち上がって歩を進めた瞬間、小判の尻尾を避けようとして彼女はバランスを崩す。それに驚く短い声。
「え、きゃっ」
「!」
 こける、と思って目を閉じるけれども、誰かが受け止めてくれている感じがする。恐る恐る目を開けるとそこには冬夜の顔だ。
「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます、大丈夫です大丈夫です!」
「うん、よかった」
 バランスを崩す、その一瞬前で冬夜は立ち上がって要を支えていた。それも腕一本で肩を抱くように。
 冬夜は無事に助けれたことと、そのおかげでこんなに近くにいられる。その両方で嬉しい。嬉しいと同時に心臓が止まりそうなぐらい恥ずかしく、そしてたまらなく好きだという甘い感情を感じる。
「気をつけてね」
 冬夜は柔らかく笑んで、そして要から離れる。その瞬間が名残惜しくてたまらない。
「はい、じゃ、じゃあ行ってきます!」
 冬夜よりも、要の方が赤面。恥ずかしがりつつ台所の方へと小走りで行く姿。そんな姿をまたこけなければいいけど、と冬夜は見守る。
「ねぇ奈津さん」
「はい?」
 と、冬夜はふと思ったように奈津ノ介の方を向いて言葉をかける。奈津ノ介の表情はいつもと変わらない笑みだ。
「俺より奈津さんの方が近かったのに、なんで助けなかったの?」
「え、だってそれは」
「おにーさんがちゃんとフォローしてくれるって信じてたからだよね!」
 奈津ノ介の言葉を小判が奪って、笑う。それに同意するように奈津ノ介も笑う。
「その通りでしたし」
「なるほど。信じてもらえてるって嬉しいなぁ」
 のほほん、と二人に冬夜は笑いかける。
「さて、要さんが戻ってくる前に解毒薬飲んでしまいますか? 僕はもう十分データがとれてますから」
「そうなの? じゃあ……」
 青いカプセルを受け取る。この暖かで穏やかな気持ちとさよならをするのは少し寂しいが薬の力で得た物だ。
 冬夜はカプセルを飲み込む。こくんと先ほどと同じように喉へ。
「効き始めるのは少し時間がかかりますから」
「うん」
 薬を飲んで何も変わりはない。それはいつもの平静な状態と同じだからかもしれない。でもまだ身体の奥が熱いような、そんな感覚はまだ残っている。
「あ、おかえりなさい、要さん」
「あ、う! ただいま、です……」
 にこりと冬夜は要に笑いかける。先ほどまでとは違って何も感じない。ドキドキしない。本当にあれは薬の力だったのだと再確認する。
 要はまだ冬夜が解毒薬を飲んだことを知らないものだから照れて、その場から動けないようだった。
「ドキドキはしなくなったけど、友好的ってゆう感情は無くならないみたいだね。きっと反応薄いのはー……、惚れた相手が倖せになってくれればそれで良いって思ってるから、そういう所が影響してたのかも」
「なるほど。惚れるといっても、やっぱり性格が影響するんですね。確かに今までもそんな感じでしたけど……冬夜さんのおかげで良くわかりました」
「うん、それならよかったかな」
 のほほん、と会話をする冬夜と奈津ノ介。その様子を見て要は状況を飲み込む。
 すでに元通り、になっているのだ。それに気がついて、なんだか自分だけ照れたりしていて少し恥ずかしくなる。
「あー、もう。戻ってきたときに薬飲んだって教えてくれればいいのに……」
「ああ、すみませんね」
「私だけドキドキしてるなんて馬鹿みたいじゃないですか……」
 すとん、と元の位置に座りながら要は苦笑する。困っているのか照れているのか、まだ少し顔が赤い。
 冬夜はそんな要に笑いかける。
「ドキドキさせてごめんね。でも俺もドキドキしてたよ」
 好きな人が幸せであればそれでいい。
 それは一つ、自分の揺るがない想いであることに変わりはない。
 いつか本当に好きな人が出来ればいいな、とそう思う。
 でも今は、今はまだその巡りあわせが来ていないのだ。
「あ、冬夜さん、口の端にちょこまん、ついてますよ」
「え、本当?」
「おにーさん、もっと右の方、右の方!」
 それにこの穏やかで楽しんでのんびりしていられる時間の方が今は心地良いかもしれない。



<END>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【4680/玖珂・冬夜/男性/17歳/学生・武道家・偶に頼まれ何でも屋】

【NPC/奈津ノ介/男性/332歳/雑貨屋店主】
【NPC/音原要/女性/15歳/学生アルバイト】
【NPC/小判/男性/10歳/猫】

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■         ライター通信          ■
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 玖珂・冬夜さま

 ライターの志摩です。いつもありがとうございます!
 運命の阿弥陀の結果、要君との出会いを果たしました。あれ、なんだか冬夜さまよりも要君の方が恋する乙女だよ!?とツッコミつつ書かせていただきました。さっと助けてその男っぷりに要君もどきどきのたじたじでした!このノベルでちょっとでも楽しんでいただければ幸いです!
 ではまたご縁があってお会いできれば嬉しいです!