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連想式無軌道コタツ
●冒頭の文末
一瞬の轟音があった。
「ボクらは振り返らなければならない」
コタツの天板の上。そこに置かれた重箱でペンギンが言った。
「ああ。人を愛するものとして」
一升瓶片手の小柄な女‐井上‐が湯のみをあおり言った。
「うん。世界を愛するものとして」
その言葉にコタツを囲む者たちが無言で頷く。
「故に振り返らねばならない。多角多機能コタツのお披露目から」
転がる無数の一升瓶。転がる土鍋。転がる石くれ。転がる机。
「なぜこのような惨劇へと発展したのかを」
「全力でお前らのせいだ!!」
瓦礫の中、立ち上がる編集者たちの叫び声は。
薄紅色に染まる空へと響いて。
編集部からたなびく煙とともに、消えた。
●覚醒
「ん〜‥‥ん?」
風に揺り起こされるように、意識が戻る。
「くあふ」
まだふらつく頭を軽く振りつつ、門屋将太郎(かどや・しょうたろう)は、
コタツの天板から上体を起こした。
「おはよう♪」 「ああ。おはよう」
嬉しそうなペンギンに挨拶を返し、ずれていたメガネを直す。
「井上〜、確保!」
鳥がそう言うなり、コタツ布団に拘束された。
「‥‥説明を求める」
「気にするな」
「気にするわっ! と言うよりも‥‥」
周囲を見回す。青空編集部。不穏な編集員。
「何があった?」 「覚えていないのか」
どん。井上が叩くと天板の将太郎側半分が起き上がる。表面の木目からは遠い真紅の板。
「あ〜‥‥飲んだ?」 「飲ませた。周囲に鬼のように」
布団の下からうねうねと動く管を引き出す。
「飲ませたか‥‥じゃあ、そうだなあ」 「覚えてないな? では、丁度よい」
にんまり。まさしく獲物を見つけた獣のような。
井上の笑みがそこにあった。
「に、ひょうえああああ‥‥」
●遡行
『な、なんだこりゃ!?』
「‥‥今、言いたい」
真紅の板はディスプレイのようなものだったらしい。編集者とともに眺める画像
では、編集者たちの大半が入り込むコタツを見た将太郎がそう叫んでいる。
『コタツだ。だが麗香が違うというのであればこれはコタツではない』
『どっち?』 『聞かないで』
碇麗香が慌てて出ようともがいている。将太郎の目は胸元に向いているが。
「やはり見ていたか」
「う、うるさい! これは健全な男子の反射的な‥‥」
踊っているコードを手で避けつつ、さげすんだ目の井上に怒鳴り返す。
ただ女性編集たちの目に少しトーンダウン。
画像の展開は事実よりも若干早いようだ。
将太郎が開いている井上の隣へと入り、そのまた隣の編集者たちの将棋の行方を眺める。
「あれ? みんな仕事してたんじゃ」
ぼそっと若い編集者が呟く。パンする画像。
ババ抜き、仕事、仕事、世界王者がいるボードゲーム‥‥。なお、編集長は何事かの指示を叫んでいる。
「コタツだからな」
満足げに頷く井上。と同時に画像の井上も呟く。
『だが、まだ何かが足りん。過不足なく寸分違わずコタツというには』
『そりゃ、アレだろ?』
素人棋士の手に頷いていた将太郎がそちらを見ずに手振り。
『ふむ。アレか』
『というわけで、コンビニに買い出しに行ってくる。つまみは?』
『実はこういうものがある』
布団の中をごそごそと、そして。
『さて。具材はどうしたものか?』
即答した将太郎が、投了した棋士と鳥所長を従えて出て行くところで、画像が暗転した。
「犯人が決まったようだ」
「って、なんでそうなる! 止めなかったお前も同罪だろうが!」
「ふっ、この後を見てもそう言えるかね?」
●降臨
暗転が解けると既に宴が始まっていた。
嬉しそうにミカンを配る将太郎。鳥所長や編集者たちは蟹との格闘を始めている。
「ほれ、蟹鍋を用意したお前が元凶だろうが」
「ふふ、さて?」
蟹と戦う被害者(?)が増加。
さらに布団の中からすき焼き鍋が出、コンビニ袋の酒が振舞われ始めれば。コタツでまともに仕事をしている者は、ほぼ全滅した。調子外れの歌が響く。
「音量を絞ろう」
騒ぎは広がっていく。アトラスの編集ではない他部署の社員が混ざり始めた。中には警備員までもがいる。
そんな彼らに酒を振舞うのは勿論。
「どうかね?」
「いや、まだだ。なぜなら、まだ編集部には壁と屋根がある!」
「それじゃ、駄々こねてるみたいですよ」
呆れて呟いた編集者は即座にふらふらと倒れた。記憶抹消。
「これを見てもか?」
と、画像の将太郎がふいに立ち上がる。コタツの上のコンビニ袋を手に麗香へと歩み寄り。
「「「なるほど」」」
指示を出しているのを良い事に気づかない麗香の湯呑にどぼどぼと二本のカクテルを注いだ。
「元凶確定」 「こりゃ決定的でしょう」 「やれやれですなあ」
口々に呟くのは画像の中で仕事をしている派の編集者たち。
「いや、あれぐらいなら」
麗香が湯呑をあけるたびにどぼどぼと。
「ぐらい‥‥なら。と言うよりも、どれだけ買ったんだよ、俺は!」
「ん? コンビニ袋二つ分だったよ?」
うにょコードを威嚇しつつ鳥所長がこともなげに。
「越えて、ますよ、ね?」
「越えてるけど」 「けど、なあ?」 「ですよねえ?」
将太郎は丁寧語で尋ねた。だが編集者たちの目は『同類』とでも言いたげだ。
「いや、待て。俺はただ飲ませただけだ」
画像の将太郎は数十回ほどそうした後、満足げに頷き肉をひとしきり堪能して‥‥あっさりと眠りに落ちた。
「確かにあまり行儀はよくないかもしれないが宴会を楽しんだ。まだ壁や屋根はある」
「そのようだな。だが、あれが引き金を引いたのだ」
画像の宴会は続く。鳥は重箱を新たな獲物とし、編集者の中には脱ぐ者も出る始末。
そんな中で。
湯呑を眺めた胡乱な目の麗香が、井上へと何かを言った。首を振る井上。麗香が天板を叩いた。
途端。閃光と噴煙と。
「ストップ! ほら、どう見ても俺関係ない。無罪冤罪。寝言が聞こえたにしても違う違う」
「ふっ、そんな事はない。あの時、麗香はこう言ったのだ」
ピシリ。井上が将太郎の鼻先に指を突きつける。
「『何故、誰もメガネを首から下げないのか』と!」
「それがどうしたあああっ!」
こうして。
アトラス編集部爆破事件は幕を閉じた。
もっとも将太郎にしてみれば、記憶にはないが腹いっぱいになるまで飲み食いし宴会を楽しんだけのこと。
ただし。
「編集部にお酒を持ち込んだのは、あなただって、ねえ?」
後日、麗香に宴会首謀者としての説教さえされなければの。そんな話。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 年齢 / 性別 / 職業】
1522 門屋・将太郎 (かどや・しょうたろう) 28歳 男性 臨床心理士
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■ ライター通信 ■
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どうも平林です。この度は参加いただきありがとうございました。そして遅くなった事をお詫びします。
さて‥‥と言っても、まあ、こんな話ですとしか言いようがないので、恐縮ですが。
個人的に、コタツというと秘密基地だったりします。あるいは地下世界。
まあ、空想と現実が近かった遠い日の事ではありますが、ね。
では、ここいらで。いずれいずこかの空の下。再びお会いできれば幸いです。
(コタツ潜り/平林康助)
追記:今回の反省。天板の面積を考えてませんでした。
いや、でも物によっては土鍋二枚ぐらい‥‥無理ですかねえ。
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