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<東京怪談ノベル(シングル)>


お前より。


 ――「ここは怪奇事件の依頼がよく来るらしいから、もし良ければ幾つか手伝わせて欲しい」。

 来訪するなりそう頼んで来たのはまだ若い一人の女性。何処と無く高圧的で強気な印象の話振りとその表情に目。話の内容からしてここに来るのは初めてらしいが、実際自分の方にもこの彼女に見覚えはない。この草間興信所、人の出入りは多々あるが、それでも一度見た顔は仕事柄そうそう忘れない。となれば初対面になる。
 だからと言って――興信所への依頼人では無い。
 調査員希望。
 …いつものこと。
 珍しくもない。
 …だからと言って。

 ――「いきなり信用できないなら身許でも何でも調べて構わない」。

 いきなりそう出られるのは少々、珍しい。
 なので、むしろ。

 信用できるできないではなく、単純にこの人物に興味が湧いた。
 …建前ならば無くもない。雇い主――所長である以上、調査員の身許はきちんと把握していて然るべき。

 実際のところこの草間興信所、その原則が通っている事の方が余程少ないのだが。





 …佐倉美春。調査の結果はすぐに出た。大した事は無い。調べて構わないと言った理由もすぐ知れた。至って普通。年齢は二十二。住居、家族構成、通っていた学校も小中高とすぐに辿れた。
 学校では明るく人付き合いの良い生徒で、ジャンル問わず大のテレビゲーム好き。…そのせいかは知らないが、成績は赤点ぎりぎりで何とか切り抜けて来たと言ったところ。
 充分過ぎるくらい、普通の範疇。

 …但し、それは四年前、高校三年のある日まで。

 境となるのはとある廃墟で起きた火災。位置は現在、佐倉美春が住んでいる街の外れ。今はもう跡形も無いそうだが、元から人が住んでいるかもわからないような古ぼけた建物で、不気味がって誰も寄り付かないような場所だったらしい。
 四年経っている今に至っても原因不明のままであるその火災現場の近くで、佐倉美春は重傷を負い、倒れていたとの事。救助されたその時は――むしろ、生きているのが不思議なくらいの有様だったそうだ。
 そしてその日から、佐倉美春の性格はまるで他人のように変化。それ以前までは進路も確り考えていた――当時の担当教諭に裏が取れている――のに、高校卒業後、それらの事を忘れてしまったように進学も就職もしていない。入院中、火災に巻き込まれ余程のショックを受けた為かと周囲は判断していたが、佐倉美春当人の様子からはそんな心細げな頼りなさは微塵も感じられず。傷も治り退院できる頃になると、発つ鳥後を濁さずとばかりに独力ですべての片付け後始末を淡々とこなし、ただ病院を後にした。
 そしてそれ以降――この四年間の行動は、不明。
 何処にも記録は残っていない。

 ただ――噂では、退魔師紛いな事をしているらしい、とだけ聞こえて来た。





 …そうなれば、押さえるべきポイントは当の火災現場。自分の足を使い、直に出向いて調べる事を考える。事前情報では当時の建物はもう残っていないと言うが。黒く焼け焦げ、僅かに残る朽ちた残骸がそのまま放置されているだけだと。
 だが。
 佐倉美春と言う高三の少女の身に、重傷を負ったと言う以上に『何か特別な事』が起きていたのならば――ここしか可能性が見当たらない。…普通の範疇で考えるならば、事故のショックで性格が変わった――確かにそれで良いだろう。だがこの佐倉美春は――その後、退魔師紛いの事を続け、更には他ならないうちの興信所にまで怪奇事件を求めて来た。
 この佐倉美春のそれまでの生活を見る限り、怪奇事件を求めたり、退魔師紛いの行動がこなせるような節は一切無い。
 …だったらこれは、予想通りの結果になるだろう。
 ややうんざりと思いながらも心を決め、向かう。
 と。
 案の定と言うべきか否か。彼女が――事故当時から四年の年を経た佐倉美春当人が、佇んでいた。
 興信所に来たそのままの姿。

 ――「よくここを探り当てたわね」。

 さすがは探偵さんと言ったところかしら。静かに笑い、佐倉美春はそんな風に褒めてくる。
 薄々そんな気はしていたが――やはり、自分を調べさせる事で、こちらの腕をこそ調べる気だったか。

 でも、と佐倉美春は続ける。

 ――「ここで何があったのかは知らない方がいい」。

 だろうなとこちらもすぐ返す。
 …そうでも無ければ待ち構えるようにこちらの先回りをしている訳も無い。

 ――「…やっぱり信用できない?」

 所長さん? と佐倉美春は問うてくる。
 …どう答えるかなど、初めから決まっている。
 この程度が、どうした。

 ――「お前より怪しい奴なんてたくさん知ってる」。

 …うちに来るような奴の中には、幾らでも居るんでな。
 それだけ残し、踵を返した。
 佐倉美春に背を向け、歩き出す。
 …少し歩いてから、思いついたように、立ち止まる。

 ――「ああ、適当な奴が居たら頼もうと思ってた依頼がある。…俺には如何ともし難い怪奇事件でな」。

 佐倉美春から返る言葉は、無かった。
 ただ静かに、含み笑うような空気だけがその場に残る。
 それを背に受け、今度こそ本当にその場を後にした。

 …ここにはもう用は無い。


【了】