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<東京怪談・PCゲームノベル>


Imperfect angel―不完全天使―
 〜Siren〜


◆オープニング◆

広がる、広がる、広がる。
漆黒の翼が、赤い髪が、戦慄の宴が。
嘆きの声が、怨嗟の声が、助けを求める声が。

ああ、増えていく。
被害者が。
「ともだち」が。
消えて、増えて、薄れていく。


与えられた情報は、ホンモノ?
信じる? 信じない?
信じたら、信じなかったら、なにがおこる? 何が変わる?
進む? 留まる? それとも諦める?


今ここにいる自分は、ホンモノ?
水に、鏡に、その姿が映らない。
目には映るのに、間に別のものを置くと、それだけで姿が消える。
現実には自分の体。異世界にも自分の体。
ふたつのからだ。ひとつのこころ。




どれがホンモノで、どれがニセモノなのか。
なにもわからない。なにを信じればいいのかわからない。






ただ、わかっていることは、ひとつ。










――――――――――――もう、もどれない。










◆現状の確認と考察


「ん〜…一応、ココは緑薄緑の円内なのよね」


城を背にした草むらの中に座り込んだエマは、頬に指を添えながらぽつりと呟いた。
とりあえず城を出たものの、今すぐ円であろう場所の外に出てしまうのは少々惜しい。
「……まぁ、今の状況なら、逃げ出そうと思えばいつでもできるし」
なんとか尖った木の枝で糸も切れたことだし、暫しここを探索するのが妥当な行動であろう。

素早く行動方針を決めて、エマは続いて現状を確認する思考パターンへ移行した。

自分はセイレーンの歌に囚われ、ここへ連れてこられてしまった。
『獏の森』という名前や、現実世界における被害者の状況をかんがみると、自分も同じ状態になってしまっている可能性が非常に高い。というかほぼ確実にそうなっているだろう。

――そこで問題になるのが、自分がここにいるのに、現実世界に肉体があることだ。

「セイレーンの歌にプログラムを弄る力があるとすれば、『肉体のみをログアウトさせられる』という現象を起こすことも可能なのよね…。
とすると、ここはもしかして、精神状態になった場合のみ入ることが可能、ってことなのかしら?」

ぶつぶつ呟くエマの指先が地を滑り、ぴちゃりと小さな水溜りに触れた。
少し湿りを帯びた指先に、一応感覚はあるのね、とぼんやりと思いながら、エマはなんとなくその水溜りを覗き込んでみた。…しかし、そこに映ったものに目を見開く羽目になる。


「……映って、ない?」


そこには、確かに覗き込んでいる筈の自分の姿が存在しなかった。本来自分の背にある筈の木々やうす曇りの空が、ぼんやりと広がるだけだ。
でも、触ると緩やかに波紋を描き、そして緩やかに静まっていく。
触れることは出来るのに、映ることはできない。
なんとも奇妙な現状に、エマは思わず眉をしかめた。

「…まあ、肉体がログアウトさせられている以上、こういうことになっても可笑しくないわよね」

そんな戸惑いもほんの一瞬。あっさり思考を切り替えると、エマは肩を竦めて水溜りから体を離した。
座り直して、どこからどう見ても実体があるようにしか見えない自分の手を空に透かしてみたりしながら、エマは考察を続ける。
まぁ、とにもかくにも、エマの肉体と精神が分離されているのだろうということはこれでほぼ確定だ。

……それならば、王子はいったいどうなっているのだろう?

元々イベントに組み込まれたプログラムではあるが、もしかしたら、エマたちとは逆の状態として扱われている可能性はないだろうか?
……いや。そもそも、王子は『眠って』いるのではなく『死んで』いるのでは? 天使はそれを把握できず、『友達』が沢山できれば王子が起きると信じてさまよっている。
…ありえないと断言できない可能性に、エマは眉間にシワを寄せた。


「…もしそうである場合、通常のゲームなら霊になってて話せるのがセオリーよね。
……とりあえず、ここでじっとしてても仕方ないわ。まずは少しでも手がかりを見つけないと」


エマはそう呟きながら立ち上がると、辺りを注意深く見渡しながら、ゆっくりと城へ向かって歩き出した。手には、自分も持ち物を一部抱えて。




……まずは、城の周囲から探すのが常識だろう。




◆終焉へ向かう鍵〜L〜

コン、と壁を叩きながらゆっくりと城壁伝いに歩いていたエマは、思わず溜息を吐いた。
自分の時間感覚が正しいなら、かれこれ二時間ほどは経っているはずだ。
なのに、最初に見た門はおろか裏側ににたどり着く様子は微塵もない。

「……思ってたより大きいのね、この城」

ぺたりと壁に手を置くと、ひんやりとした石特有の感触が伝わってくる。
少し疲れてきたが、正面からの外観を考えればそろそろ裏側に辿り着くはずだ。とにかくそこまで歩いてみようと、エマは一歩一歩着実に進めていった。
城の周りに城主の印や名、碑などがないかと見て回ったのだが、どうやら今回っている側にはそれらしきものの姿も見えない。まったくもって収穫なし。
隠し扉の線も考えて城壁を叩き続けてみたのだが、音が変わる様子もない。

「……早くも行き詰まり、かしら……?」

ふぅ、と小さく溜息を吐いた瞬間。
がくりと体が横に倒れて、エマは二、三歩たたらを踏んだ。
落ち着いてから横を見ると、そこは大きく奥に向かって凹む形になっていた。
その奥に木で出来た部分を見つけて、エマははっとしてそこから距離をとる。凹みの部分から大きく離れたところで、エマは思わず感嘆の溜息を吐いた。


「…なるほど。まさしく、表と裏、ね」


エマの目の前に広がるのは、もう一つの門。
エマが出てきた門は、カビが生えてツタが絡まって薄汚れていたものの、白く翼を模した模様が描かれた荘厳なものであった。
しかし今目の前にあるのは、『表』の門よりも一回り以上小さく、漆黒に塗られたものの模様もなく薄汚れた木の門。どちらにしても普通の人間が一人で開くのは無理そうだったが、こちらならガタイのいい男が一人いればなんとか開けれそうな造りであった。
実に対照的な造りの門を見上げていると、不意に背中に刺すような視線を感じて、エマは勢いよく振り返る。だが背後に広がる森の中には人は愚か生き物の気配すらせず、視線の主がいるようにはとてもじゃないが感じられなかった。
気のせいか。そう結論付けて振り返ったエマは、驚いて目を見開いた。




――――物音一つなく、まるで突然現れたかのように、門の前に人が立っていたからだ。




「お初にお目にかかります。わたくし、L(エル)と申しますの」


目を見開いたままどう動くべきか迷って固まるエマを気に留めず、門の前に立つ人――メイド服に身を包んだ女性はスカートの裾をつまみ、斜め下に視線を向けて頭を下げた。メイド服の割には、お嬢様のような立ち居振る舞いを行うようだ。
Lは三秒ほどその体勢を保った後、静かに体を起こした。
どう返すべきか困っているエマを見てふっと目を細めると、安心させるように柔らかく微笑んだ。

「ここまで来られたのは貴方様が初めてです。
わたくしは、イベントクリアのために用意された隠しNPCの片割れなのですわ」

その言葉を聴いて、エマは肩に入れていた力を抜いた。
なるほど。これが挿入された『イベント』ならば、確かに攻略の鍵になるNPCがいてもおかしくはない。そう、先日話を聞いた、伝承を伝えるNPCのように突然現れることだってありえるのだ。

「……片割れ、ってことは…もう一人、この中のいるの?」
「いえ。片割れはこの空間内にはおりません」
「…それ、どういうこと?」
思わず問い返すが、Lはにこやかに微笑むだけだ。

「わたくしはRに関してそれ以上の情報を与えることは許されていませんの。ご容赦くださいまし」
「R? ……ああ、そういうことね」
左と右、か。なるほど、確かに片割れだ。よく見れば、前髪は左分けだし、懐中時計が左側の胸ポケットからぶらさがっている。きっと、Rの方は逆になっているのだろう。
Lは笑みの表情を崩すことなく一礼すると、頭を上げてエマの目をに視線を合わせる。



「――それでは。ここまで来ることができた貴方様の素晴らしき能力に敬意を表して、わたくしが答えられる範囲で質問にお答えいたしますわ」



そう言って目を細めるLに、エマは少し考え込んでからゆっくりと口を開いた。


**


「そうですわね。被害に合われた方は、魂と体を分離されたもの。肉体は現実に強制ログアウトされ、本物の魂の代わりに固定プログラムを魂として入れられますの。本物の魂はこの円の中で仮の肉体を作り上げ、城で捕らえられるのです。
イベントをクリアしない限り、この円の外に出ることすらままなりませんわ」

これで幾つめだろうか。今まで調べた情報のすべてが合っていたことを確認したところで、エマは思わず溜息を吐いた。肩から力が抜けて、緩く腕を組む。
「……そう。また随分物騒なのね」
「そういうプログラムが組まれていますから。
イベントをクリアしさえすれば、組み込まれている解放プログラムが発生して、固定プログラムは消え、本物の魂は肉体に戻る仕組みになっておりますわ」
緩やかに微笑むLを見て、エマは思わず眉を顰めた。
「…さっきからイベントをクリアしたらって言うけど…その割には、まず城を抜け出すだけでもかなり難易度高くない?」
エマの問いかけに、Lは小馬鹿にしたようにくすりと笑う。

「まさか。このイベントは、万人向けに用意された簡単なクエストですわ」

「……シビアね」
この程度簡単にクリアできなければ、勇者と名乗るにふさわしくないということか。
「それにどうしても解決したいのならば、むしろ自分から敵の懐に飛び込むくらいの気構えでいていただかなければ…ねぇ?」
くすくすと笑うLに苦笑しつつ、エマは次の質問へ移る。


「……それじゃあ、折角だから直球に聞いてみるけど。
  ――――このゲームをクリアするには、どうしたらいいの?」


エマの質問に、一度Lが停止する。質問の意味を解析するように数秒停止してから――にこりと笑う。
「その質問には答えかねますわ」
それはエマの予想していたものであり、多少の落胆はあったものの、それほどショックではなかった。
「やっぱり? …それじゃあ、クリアするヒント、何かある?」
似ているようで違う質問を投げかけると、Lは笑って口を開いた。


「――――天使は、王子のためにお友達を探しました」


エマは思わず顔を顰めかけるが、それが――あの絵本の続きであることに気づき、口を噤む。
少しでも多く情報を手に入れたい。それには、この話を少しでも多く聞き漏らさないようにしなければならないのだ。下手に口を挟んで止めることはイベントクリア失敗を意味する。
エマの顔が強張るのを見て笑みを深めながら、Lは続きを歌うように口にした。


「町に下りた天使は、王子が喜ぶようなお友達を沢山連れてきてあげようと思いました。
…けれど、天使はお友達を見つけることができません。
出会う人は誰もかも、天使はおろか、王子のことまでも知らないのです。
なぜ、誰も自分たちを知らないのだろう。なぜ、誰も友達になってくれないのだろう。
天使は深く深く悲しみました。
…でも天使は諦めませんでした。
自分と王子のことを知るお友達を、見つけるために。
毎日町に下りては、『お友達』を探すのです。誰も答えてくれないと、わかりつつも。
……彼女の求めるものを持つ、お友達を見つけるために」


そこで、Lは口を閉じた。これ以上はない、とでも言いたげに。
エマはそれを聞いて、俯き気味に顎に手を当てた。

これがイベントクリアのヒント。
この文章の中で、ヒントになるキーワードはなんだ?


――――天使と王子のことを、誰も知らない。
――――天使と王子のことを知るお友達。
――――天使の求めるものを持つ、お友達。


おそらく、この三つが重要になるのだろう。
そして、三つ全てが繋がっているとも考えた方がいい。
……二人を知っている、ということは、噂とかそういうことではなくて……。




「……名前?」




エマがぽつりとそう呟くと、Lがまた停止した。
そのままの体勢でしばらく固まった後――Lが、今までとは異なる、心の底から喜ぶような笑みを浮かべる。そして、ゆっくりと頭を下げる。


「――――王子と天使の名前のヒントを、差し上げましょう」


「え?」
突然の言葉に驚くが、一瞬の間の後に自分の呟きがその行動を引き出したのだと知る。
エマが無言でいると、Lはふわりと笑って口を開いた。


「一度だけしか言いませんので、お聞き逃しのありませんよう。
王子の名前は、『ザザ…』ヴァ『ザザッ、ザーッ』。
天使の名前は、『ザ――ッ』エーラ、でございます」


Lが二人の名前を言う途中に、まるで嫌がらせのように大きな音のノイズが入る。
それによって、二人の名前は半端なところしか聞こえず、ヒントとして非常に中途半端だった。
「え? わ、悪いんだけど、もう一度言ってもらえない?」
「わたくしは、『一度だけ』と申したはずですわ。二度目はありません」
思わず聞き返すが、Lに笑顔でぴしゃりと切り捨てられた。
どうやら、これ以上言ってはくれないらしい。

……いや、本当にこれがヒントなのだ。
彼女は前に言ったではないか。『片割れ』がいると。
恐らくLとR、両方から情報を得て、初めて名前の情報が情報として完成するのだ。

エマが頭を捻っている中、Lは驚くほど柔らかく笑う。
「もしもそのまま一回りしてお帰りするのなら、お気をつけくださいまし」
「え? それ、どういう…」
Lは、エマの質問には答えずにただ笑みを深めた。




「――――貴方様が、お二人の良きご友人になっていただけるよう、祈っております」




そう言ってまたお嬢様のように一礼すると、Lの姿は光の粒子に変わって、空に昇って消えていった。
――直後に、ごとりと何か硬いものが落ちる音がする。
音のした方を見ると、Lが立っていた場所に金色の輪が落ちていた。
近寄って拾い上げてみると、それは金で出来たブレスレット。
内側には、文字のようなものを彫った跡が残っていた。


「……内側に何か書いてあるみたいだけど…掠れてて読めないわね…」


Lが残していったものと考えれば、後々何かの役に立つかもしれない。
エマはそう判断して、ブレスレットを懐に仕舞い込んだ。

「…Lさんは、このまま一周するなら気をつけろって言ってたわね…。
……なにがあるかわからないけど、手がかりの可能性もあるし、もうひとがんばりするとしますか」

行きと同じだけ時間がかかると考えると少々憂鬱だが、エマはまた壁を叩きながらゆっくりと歩き出す。
……外に出た時はまだ日が低かったはずなのに、今はもう、太陽はほとんど中天に移動していた。


◆隠された真実のかけら



…コン、コン、コン……カコン。



「……ん?」

行きと同じようにコンコンと叩きながら歩いていると、不意に奇妙な音が聞こえてきた。
そこで立ち止まってもう一度叩いてみると、やはり先ほどまでの音とは違う響きが聞こえてくる。
確かめるように周囲も叩いてみると、長方形型――まるで扉のように、違う音が響く場所が浮かび上がってきた。

「もしかして、隠し部屋?
…とすれば、どこかにスイッチがあるはず…」

エマが入り口以外の壁をあちこち触ったり押してみたりしていると、不意に一部分のレンガがごと、と音を立てて凹んだ。その音を合図に、ごごご…と音を立てて扉が横に滑っていく。
開いた扉の向こう側は、真っ暗で光の差し込まない世界だった。
入った途端に閉まるとも限らない状況で完全に中に入るのは危険だと判断したエマは、運よく持っていた灯りを片手に、上半身だけを乗り出して中を覗きこんだ。



――篭った室内の匂いよりも、生臭さと腐臭が入り混じったような不快な匂いが鼻をついた。



思わず顔を顰めながら手に持った灯りを中に突っ込んで室内を照らし出す。
教室ぐらいの大きさの室内がぼんやりと浮かび上がり――その惨状に、エマは思わず目を見開いた。
悲鳴を上げずに済んだのは、奇跡に近い。唇は驚愕と畏怖に震え、顔面は血の気が引いて蒼白だ。

「…どうなってるのよ、これ…」





――――エマの視界に映ったのは、腐敗が進み、ほとんど骨に成り果てた頭のない死体の群れだった。






床は赤黒い血で彩られ、本来の壁とはまったく違う色に変化してしまっていた。
しかも一部はまだ肉が残っていて、ネズミが齧った跡が残りハエがたかっている。
中には、運良く頭蓋骨が残ってはいたものの、その眼球が視神経が繋がったままはみだしてぶらさがったままだったものもいる。
…しかも、それらは皆、召使いのような衣装を身にまとっているのだ。

「…まさか、死ぬまで閉じ込められてたとか…そんなんじゃ、ないわよね…?」

それはいくらなんでも…残酷すぎる。
子供向けに直された御伽噺には必ず残酷な真実があると言っても、これは度を越している。
そこまで考えて、ふと思い出した。


――――王子が眠る天蓋に並べられた、無数の首。


「…もしかしなくても、あれが……?」

匂いに吐き気をもよおしたエマは口元を押さえ、それでもなお少しでもヒントが得られないかと中を見渡す。けれどそこには、特別手がかりになりそうなアイテムやメッセージは残されていなかった。
…恐らく、殺された後、ここに問答無用で放り込まれたのだろう。

もう一度確認の意味をこめて部屋の中を見渡したエマは――折り重なった死体の中の一つに目を留めた。
メイド服に身を包んだ腐乱死体。運良く頭が残ったそれに――エマは、なぜか見覚えがある気がした。
肉片と共に僅かにこびりついた左分けの長い髪。左の胸ポケットからぶらさがった懐中時計。


「…………L、さん…………?」


エマは呆然とその名を呼んだ。だが、当然死体が答えるわけもない。
隣にLであろう死体と対称になったメイドの死体があり、二人は手を繋ぐようにして倒れていた。
中に入って調べたいという欲求を理性で押さえ込んで、エマは扉から体を抜いた。
扉から一歩後ずさると、ごご…と音がして、扉がゆっくりと閉まっていく。
完全に閉ざされたことを確認してから、エマは真っ青な顔で口元を覆って無機質な石の扉の向こうにある惨劇を透かし見るようにしながら、先ほどの光景を思い出していた。

「…いったいどういうことなの…?
Lさんはあの中で死んでいたとしたら……あのLさんは、幽霊ってことになるわよね…」

でも、どうしてこんな隠し部屋を用意したのだろう。
そんなの用意せずとも、初めから幽霊だとわかるグラフィックにしておけばいいだけのはずだ。


「………いったい、なにが起こってるの?」


はっきりと確証があるわけではない。
ただ漠然と感じる違和感。昔話との微妙なズレ。






――――――何かが、おかしかった。







◆託す思い

これ以上あの隠し部屋の前に留まっていたら、天使が帰ってきてしまう。
エマは少々名残惜しく感じながらも隠し部屋を離れ、壁伝いに城を歩いていく。
中天を少し通り過ぎた位置の太陽にあまり時間が残っていないのを感じて、自然と移動も早足になる。
城壁の残りの探索は明日に回すしかない。
そう判断して歩きながらも、エマは辺りを注意深く見回すのを忘れなかった。


「…せめて、何か外に手に入れた情報を伝えることができたなら…」


Rがいるのは、この空間の中ではないとLは言っていた。
ならば、それを探すことは自分にはできない。それができるのは、外の人間だけだ。
…円の外へ情報を伝えられる、何かがあれば…。
「……?」
きらり、と、何かが光を反射してエマの目を射た。
エマは思わず眉間にシワを寄せるも、光の元――草むらの中に近寄って手を突っ込んだ。
手に当たった物体を引っ張り出して、エマはそれに目を輝かせた。それを見つめて、エマは口元を笑みの形に大きくゆがめる。




「…見つけた。情報を伝えるための、大事な手段」




――――――エマの手の中には、光を反射して輝く、金属の板があった。


***


「…どうか、誰かが見つけてくれますように!」


エマは神社で祈るように二回大きく手を打って、金属の板を手に取った。
そこには、少々角ばったりはみ出したりしているが、なんとか時間をかけて書いた文字情報がびっしりと書かれている。
エマはそれをしっかり抱え直してから、円の境目であろう場所に向かって、力いっぱい放り投げた。
板は円を描いて回転しながら宙を舞い――境目であろう場所を通り過ぎると、そこから宙に溶けるように消えていった。
…反対側に出ていないことを祈るしかない。
自分のカンに任せるしかないのが歯がゆい。出るのは自由であることを祈るしかないのだ。



「お願いします……!」



祈るように手を組んでぎゅっと目を瞑り、そのまましばらく動きを止める。
一分くらいそうしていただろうか。エマはゆっくりと目を開き、その場を後にした。
名残惜しげに一度だけ振り返るも、すぐに前を向いて歩き出す。






――――――ごとりと、金属の板が落ちる音が聞こえた気がした。






◆残酷な真実

急いで中に戻ったエマは、適当な繭を解いて長い糸を作り出し、簡単に解けるように自分の両腕を緩く結ぶ。腕をぐるりと回して後ろ手にした後、ごろりと寝転がる。
そのタイミングを待っていたかのように壁が窓に変化し、セイレーンが戻ってきた。
腕の中には、新たな被害者であろう一人の少年が抱えられている。

近づいてくる気配を感じて、腕を隠すようにしながら俯き、目を閉じる。
自分から離れた場所にどさりと人を放り出すような音を残して、セイレーンはすぐに天蓋ベッドの元へ戻る。そして、まるで子守唄のように柔らかく歌いだした。
その歌を聞くと、体が言うことを聞かなくなる。
まるで体全体に鉛を括りつけられたかのように、指一本動かすのすら億劫だ。
気を抜けばぼんやりとしてしまいそうな生ぬるい水の中にいる感覚を頭を振って振り払うと、エマは極力音を立てないように気を使い、芋虫のようにもぞもぞと這って移動した。


―――――この位置からなら、王子を見ることができる。


早く戻らないと気づかれる可能性もあるが、それよりも確認の方が先だ。
緩やかに歌って『王子』の頭を撫でるセイレーンの背中越しに、僅かに『王子』の姿が見える。






――――――――そこから見えた姿に、絶句した。







……『王子』が眠る天蓋ベッドにいたのは、骨格標本のように真っ白な、骸骨だった。
セイレーンは、それを慈しむように撫でて、時折口付けまでしている。
エマはそれを呆然と見つめていたが、一度大きくまばたきをすると、ゆっくりと、元の位置へ戻った。






――――――やっぱり、何かがおかしい。このイベントの根幹を揺るがすような、何かが。






Next Story…?

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号/名前/性別/年齢/職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】

【NPC/ヒスイ/男/??歳(外見年齢二十歳前後)/ハッカー】

◆◇入手アイテム・入手情報◇◆
≪謎のブレスレット≫
Lが最後に残していったもの。内側に何か文字が彫ってあるが、読むことはできない。
金属でできており、シンプルながら高価そうな造りになっている。
≪入手情報≫
・今現在、エマは魂に仮初の肉体を与えられて、薄緑の円の中でのみ存在できる。
・イベントのクリアには、『名前』が重要な鍵を握っている?
・城の召使いやLとRは既に殺されている? なぜ、隠し部屋のプログラムが存在するのだろうか。
・王子は既に死んで、白骨化している? セイレーンはそれに気づいていない?
(???)エマが感じた違和感の正体は?

◇◇ライター通信◇◇
大変お待たせしまして大変申し訳ございません…!(土下座)
白銀の姫クエストノベル第二弾、「Imperfect angel―不完全天使― 〜Siren〜」をお届けします。
相変わらず自分設定が多量に散りばめられておりますが、「あれ、ここ違わね?」ってところは…見逃してやって下さい(爆)
今回もお二方とも単独での御参加ということでしたので、お二人でパーティー(?)という奇妙な形での執筆とさせていただきました。しかも、ほぼ100%個別状態です(爆)微妙にリンクしてるところをがんばって見つけて下さい(をい)
今回も引き続き、一人ひとりにバラバラの情報を提供する形になっています。
行動によって情報にバラツキがあるので、他の人のノベルも見て情報(PL情報扱いになりますが)を手に入れておくのもいいかと。
特に次回の鍵となる情報は、上に記載してあります。次回プレイングの参考にしてください。
「(???)」は、活用するかしないかは個人の判断にお任せいたします(またアバウトな…)
色々とごちゃごちゃしてきてる気もしますが、多分次で終わりになるかと…(曖昧だ…)
なにはともあれ、この無駄に長丁場なシリーズ、よろしければ今少しお付き合いお願い致します(礼)

エマ様: 今回のクエストノベルへのご参加、どうも有難う御座いました。
長らくお待たせいたしまして、ほんっとうに申し訳ございませんでした…!!(土下座)
色々好き勝手な展開しちゃってますが…だ、大丈夫でしょうか?(汗)
今回ヒスイとは絡んでない…というか絡むのが無理な状況ですが(爆)…リアクション誤解してしまってすみません。でも楽しいっていっていただけてよかったです。次に絡むときは、ご指摘を考慮させていただきたいと思いますので。
色々と奇妙な情報手に入りまくりです。そして無駄にホラー要素が入ってまして、女性に優しくない展開で申し訳ないです(をい)あと勝手に城の中に戻しちゃってごめんなさい。多分次もばれなきゃ同じ方法で脱出できると思うので、安心してください(待てぃ)
ブレスレットは次回の鍵になるアイテムだと思っておいてください(微妙な言い回しだな)
放り投げた板がどうなったかは、セレスティ様のノベルを見てください。とはいってもそれはあくまでPL情報なので、残念ながらエマさんが入手したのは今回のノベル内の情報のみですのでお気をつけを。ただ次回の進み方如何では、一気に大量情報ゲットになりますのでがんばって下さい。
相変わらず、一人だけ大変な状況に追い込まれたままで申し訳ありません(爆)

色々と至らないところもあると思いますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは、またお会いできることを願いまして、失礼させていただきます。