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<東京怪談・PCゲームノベル>


鍋祭をしよう!


「よいしょ……ふぅ……」
 流石にちょっと疲れたかな、と月宮奏は苦笑した。蟹入りスチロールケースはなかなか持ち運びに苦労する。つい先日行った店で鍋祭をしているというチラシをみてお裾分けと持ってきたのだ。あと店の入口まで十数メートル。
「……大丈夫か? 大荷物で……」
「あ……はい、大丈夫です」
 後ろからの声。振り向くと一升瓶を抱え、ちょっと心配そうな表情の一人の男。なんとなく、雰囲気が誰かと似ている。
「本当か? それをどこまで運ぶのだ?」
「すぐそこなので……そこの銀屋さんまでなので、大丈夫です」
「そうか、なら貸せ」
 奏の持っていたスチロールケースを奪い取ってその男は持つ。今まで自分が苦労していたのに難なく抱えられてちょっと悔しいような気もする。
「銀屋はわしの家だ。気にするな。奈津……とは会ったことあるな?」
「はい、あります」
「わしはあれの親の藍ノ介だ」
 店主の奈津ノ介の親。そう聞いてなるほど、と思う。言われてみれば似ているような気もする。
 そして十数メートルの距離はすぐ終わり、両手のふさがる藍ノ介にかわって奏は引き戸をからりと開けた。ここへ来るのは二回目。
「帰ったぞ」
「お邪魔します」
 呼びかけにお帰りなさいと答えたのは店主の奈津ノ介だ。この前会った時となんら変わりない笑顔。
「奏さん、今日は……もしかして鍋、ですか?」
「はい、うちで食べるには多すぎて……傷む前に美味しく頂かないと蟹に失礼だし」
「蟹だと!?」
 苦笑しながら奏が紡いだ言葉に藍ノ介が飛びつく。その表情は蟹に寄せる期待でいっぱいだ。
「蟹なんて高価な物を……! 汝は良いやつだな、名は奏というのだな」
「月宮奏です」
「うん、覚えたぞ」
 意気揚々と和室に藍ノ介は上がる。奏と奈津ノ介は一度顔を見合わせてそして笑いあう。
「蟹、お好きのようですね」
「らしいですね……あ」
 ふと思い出したように奈津ノ介は声を漏らす。しまった、と顔を半分右手で覆った。それと同時に和室から叫びともなんともいえない藍ノ介の声。
「何故に汝がここにおるのだー!!」
「……遅かったか。今、遙貴兄さんも来てるんですけど、二人仲が良いのか悪いのか、といった関係で」
 遙貴と先日会ったのを思い出す。惚れ薬を飲んで、惚れた相手。今でも恋じゃない好意はある。会うのが楽しみだ。
 そして奥の和室へと歩む。そこでは眉間に皺の寄った藍ノ介とにやりと笑う遙貴。遙貴は奏に気がついて、柔らかな笑みを浮かべて手を上げて挨拶する。それに奏はぺこ、と頭を下げて返した。
「で、藍ノ介が担いでいるのは……」
「蟹だ」
「蟹……」
 遙貴の表情が固まる。蟹と聞いてなんだか不安、そんな雰囲気だ。
「蟹、嫌いですか?」
「いや……蟹を南々夜…友人にこの前食わされて体調が悪くなって……」
「今日の蟹は大丈夫ですよ、私がおいしく鍋、作りますから食べましょう」
「ん、そうだな……その辺の川で南々夜がとった蟹だったし……な……」
 ちょっと遠い目をして力なく笑う遙貴に安心してください、と奏は力強く言う。
「じゃあちゃちゃっと準備します。お野菜とかは……」
「それは大丈夫です、もう用意してありますよ」
「蟹はそのまま豪快にいったほうがおいしいですね」
 藍ノ介がおろしたケースの蓋を開けるとそこには毛蟹タラバ蟹ズワイ蟹が鎮座している。それを取り出しててきぱきと奏は行動する。その鍋奉行っぷりは素晴らしい。
「そういえば小さい頃お母さんが居た時にした鍋……暗闇の中で順番に中身を食べてくの。確かチョコレートとかクサヤとか入ってたっけ」
「それは……誰が言い出したのだ?」
「お母さんだよ、提案も鍋奉行も。私とお母さんは普通に食べてたけど、お父さんと兄さんは何か気分悪そうだったな……」
 淡々と奏は言う。藍ノ介、奈津ノ介、遙貴はそれっていわゆる闇鍋じゃないかと思うが言葉にはしない。だけれどもそれを奏自身が崩す。
「思えばアレって所謂闇鍋だったんだね。思い出深い……今は実質二人暮らしで鍋を囲む機会自体少ないし、大勢でこういうの初めてだから楽しい」
「二人暮しだとわしと奈津と一緒だな。といってもここはちょくちょく遊びに来るやつらが多いからなぁ……そんな感じもせん」
「そうですね、奏さんもいつでも来てくださいね」
「はい。あ、お鍋ももうすぐ、かな。でも闇鍋もちょっと楽しそう。今度やってみない? 普通の鍋もいいけど闇鍋みたいなギャンブル性のある鍋も中々スリルがあって面白いよ、きっと」
「常識のあるメンツだったらな。何をいれるかわからんやつだときっと地獄をみるぞ」
「絶対呼ぶべきじゃないのは南々夜だな……」
「ああ」
 藍ノ介と遙貴はうんうん、と頷いて意見をあわせる。奏はちょっとどんな人か気になるな、と思いつつも今優先すべきなのはこの鍋だ。後でまた聞いてみよう、と思う。
 色々と話をしながら奏は料理の腕を発揮し、そして鍋は出来上がる。
「さぁ、どうぞ」
 ことん、と菜箸を置いて奏は笑いかける。くつくつと煮える鍋は食べ頃だ。
「蟹だ、蟹だぞ奈津、蟹」
「もうそんないつもいいもの食べてないみたいに興奮しないでくださいよ」
「なっ、蟹の存在に興奮しないわけないだろうが」
「遙貴さん、蟹は?」
「あ、うん……奏が作ってくれたし……食べる」
 蟹の足。湯気が立つそれを一本とってまじまじと眺めた後、殻をとりぱくりと口にした。その様子を奏はじっと見ていた。
「おいしい、ですか?」
「うん、おいしい、うまいよ」
 遙貴に笑まれ、奏もほっとする。おいしいと言ってもらえるのは嬉しい。
「料理上手ですね……親父殿、ちょっと一心不乱に蟹食べすぎですよ、遠慮ってものを……聞こえてないみたいですね。僕らも食べなくちゃこの人に食べつくされてしまいそうです」
「そうですね、いただきます」
 奏は奈津ノ介の言葉に苦笑しながら鍋に手を伸ばす。自分が鍋奉行をしたがやっぱり大勢で食べるのは楽しい。
「美味しい……」
 と、皆味をかみ締めて食べるのに必死だ。確かにうかうかしていたらあっという間になくなりそうな勢いだ。
 奏も負けじと必死に蟹を味わう。そしてあらかた蟹を食べてしまえばあとは雑炊だ。
「蟹の出汁でうまいだろうな……」
「でしょうね」
 とろりと奏が卵をおとしてしばし蓋。その蓋を開けると卵は良い具合に半熟だ。いつの間にかそれも鍋の中から消えて残るのは蟹の残骸だけ。
「幸せ、です……」
「蟹は美味しいものだと確認できてよかった……」
「はい、毛蟹様タラバ蟹様ズワイ蟹様に遥々北の地から美味しく頂かれに来てくれた事を感謝です」
 奏は残骸にぺこりと頭を下げて感謝する。それをみて他の三人もそうだな、と蟹の甲羅に感謝、と笑いながら頭を下げた。
「僕たちは奏さんにも感謝しないといけませんね」
「そうだな、鍋奉行ご苦労」
「ありがとうな、奏」
 感謝の言葉を受けてその表情が綻ぶ。蟹を持ってきてよかった、鍋奉行をして良かった。
「喜んでもらえて、私も嬉しいです」
 ふわりと穏やかな笑み。奏は知らずのうちにそれを浮かべていた。



<END>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【4767/月宮・奏/女性/14歳/中学生:退魔師】

【NPC/奈津ノ介/男性/332歳/雑貨屋店主】
【NPC/藍ノ介/男性/897歳/雑貨屋居候】
【NPC/遙貴/両性/888歳/観察者】

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■         ライター通信          ■
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 月宮・奏さま

 ライターの志摩です。鍋祭ご参加どうもありがとうございます!
 蟹をもって登場してくださり一緒に鍋った彼らもご満悦です。おいしいお鍋をありがとうございましたー!このノベルでちょっとでも和んで、そして楽しんでいただけたなら幸いです。
 ではまたご縁があってお会いできれば嬉しいです!