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惚れ薬 再び
目の前に差し出され見せられたのは赤と青のカプセル。
「惚れ薬?」
和室に上がって茶を飲みつつくつろいで。そんな最中に話をふられた桐生暁は興味津々と笑う。
「今データとってるんです。よかったら……」
「うん、協力するよん!」
奈津ノ介の言葉を最後まで聞くより早く暁は理解する。それにありがとうございます、と奈津ノ介は笑って返した。
「赤が惚れ薬、青が解毒薬です」
「……やめておいた方が良いと思うが……」
と、ここでその様子を静観していた藍ノ介が言葉を挟む。表情は心配気だ。
「なんですか? 親父殿は僕が信じれないんですか? ああ、そうか、根に持ってるんですね、実験台にしたこと」
「え、藍ノ介さんでも試したの?」
「ばっちりと。その時の様子ビデオにとってありますよ、観ます?」
「汝っ、奈津!」
かぁ、と顔を赤くして藍ノ介は奈津ノ介を睨む。よっぽど観られたくないんだなと暁は苦笑する。
「そんなに必死なら観ないですよ、多分」
「暁観るな、絶対に観るな、恥ずかしい、ありえぬ、あれはわしではない!」
「親父殿以外の誰だって言うんですか……」
こんな人は放っておいて、と奈津ノ介は暁の方を向く。そして赤いカプセルを渡した。
暁はそれを軽く投げて口の中へぽいと落とす。こくんと飲み込んだそれは自然に身体の中に入っていくようだった。
と、からりと店の引き戸が開く音がしてそちらに意識と視線が行く。
そこにいたのは穏やかな笑みを称えた沖坂奏都。夢幻館の支配人で暁とも知った仲。いつもこんなことはないのに、突然胸が締め付けられるような、そんな痛み。彼の姿を見るだけで鼓動が早くなる。身体も熱い、信じられないけれども恋してる。
「こんにちは、近くまで来たので……ああ、暁さんもここに来るんですね」
「あ、うん。えっと……うん!」
ふわりと、少し頬を染めて暁は奏都へと微笑みかける。
「奈津さん、元気そうで。パパさんも」
「ええ」
「あ、うん……汝もな」
ゆっくりとした声で穏やかに奏都は言うとじっと視線を送られているのに気がついてそちらをみる。暁の様子がいつもと違うような、そんな気がした。
「……何かありました?」
「ちょっと惚れ薬を……」
苦笑しながら伝えられた言葉に奏都はなるほど、と理解して暁を見る。
いつもより瞳が潤んで、柔らかく、甘い雰囲気。
「ねぇ奏都さん、外行こうよ! 散歩に行こうよ!」
たん、と軽やかに和室からおりて奏都の腕にぎゅっとしがみつき、上目遣い。
「え……っと……」
引きずられるような格好で、来たばかりなのにいきなりだ。
「奏都さん」
奈津ノ介に呼ばれて奏都は彼の方を向く。何か投げられて、奏都はそれを反射的に受け取った。見るとそれは青いカプセル。
「解毒薬ですから、まずくなったら……」
「ええ、ありがとうございます」
ふわりと笑み、暁に引きずられるままに外へ。くっついている部分から感じる暁の体温が熱い。
見送られる視線を背中に受けながら二人は店を出る。きゅっと奏都の腕に甘えるように抱きついて、暁は嬉しそうに、艶っぽく笑う。そして奏都へと話しかけ続ける。
「ね、どこ行こうか、二人でこの街一周する? それともどこかでお茶とか飲む?」
「どうしましょうね……」
「あ、他にもカラオケとか……って、あーごめん、ごめんね、なんか、俺ばっかりしゃべってばっかりで……」
しゅんとして、いつもの心の距離がうまく取れなくて暁は困惑する。好きでたまらない感情が抑えられない。
まっすぐ視線を合わせたいけれども怖くて出来なくて、もどかしい。
するりと奏都の腕から手を放してきゅっと自分の身体を抱きしめる。離れただけで冷えていくような感覚。寂しくなってしまう。
「暁さん?」
声色が不安を含む。ふと近づいてくる気配がして顔を上げると至近距離。
睫毛が長いな、とか髪の毛が透き通って綺麗だなとそんな風に新しい感情が生まれる。
そして嬉しい、恥ずかしい、苦しい、締め付けられる、そんな感覚。
心配させてはいけないとすぐに笑顔を暁は浮かべる。
「あっ、大丈夫だよ」
「そうですか、今日は暁さんのしたいこと、一緒にしましょうか」
「本当? 本当に、いいの?」
ええ、と頷いて微笑む奏都は優しい。暁は嬉しいと彼に縋るように抱きつく。上から困ったような笑い声。
「俺甘えすぎだよね、ごめんね、でもどうしようもないんだよ」
「気にしなくていいですよ」
薬の所為なんですから。そう聞こえないように奏都は呟く。
暁はえへへ、と幸せそうに笑いそしてふと悲しい表情を一瞬浮かべる。
好きなのに好きなのに、好きだって言えない。いつも冗談混じりに言っているのに今日は言えない、今は言えない。自分のペースに持って行きたいのに持っていけない。自分じゃない自分がいるようでちょっと怖い。
ゆっくり、見上げる。惑わすように意識して。でもきっとこんな色仕掛け、効かないんだろうなともどこかでわかっている。ゆるやかに視線は弧を描きながら。
いつものように、言えたらいいのに。
いつも好きだとか愛してるとか言えるんだから、この人にも、奏都にも同じように言ってしまえばいいのに。
言葉が喉で止まってしまう。湧き上がる想いが強くて苦しい。視界がぼやけて涙がたまっているのだと暁は理解する。でも流したくない、弱いところを見せたくないとそれを我慢する。
「あなたのことが……好き、です……」
振り絞る、苦しい声色。自分が思っているよりもその言葉は重くて軽く言えない。
好きって、苦しい。
奏都はそれを静かに受け取る。
暁は瞳を伏せて、そしてまた開けるとへらりと笑った。
いつもの笑顔。
「なんて、俺って皆、大好きだからねー」
誤魔化しているのは一目瞭然。でも奏都はそれを優しく受け入れる。
踏み込んではいけないとなんとなく、わかるからだ。
「俺も、暁さんが好きですよ」
「相思相愛だね! 嬉しいな!」
少し寂しそうな満面の笑顔。
「暁さん、目閉じてください」
「ん? 何々?」
「いいから」
瞳を伏せて何かな、と待つ暁。うっすらとあいたその唇に奏都は青いカプセルを押し入れる。
「!」
暁は驚いて身を引く。と、同時に反射的にそれをこくんと喉に落とす。
何か飲んだ、と驚いた目で暁は奏都を見る。ただそこにはにこにこといつもの笑顔だ。
段々今まで心のうちに抱えていた抑えられない衝動が収まっていく。急速に想いは、熱い想いは消えていく。
と、自分が惚れ薬を飲んでいたことを思い出して、さっきのが解毒薬だったことに気がつく。
暁はばっとしゃがみこんで頭を抱えた。
「うっわー恥ずかしっ!」
「薬の所為ですよ」
「でもさー……うわー……奏都さん、これオフレコね?」
屈んで、下からちょっと困ったような、ちょっと照れくさそうな笑顔で言われて奏都ははい、と頷く。
暁はよいしょ、と立ち上がってもういつもの笑顔だ。
「あ、そういえば奈津さんか誰かに用が会ったんじゃないの?」
「ええ、ビデオテープ貰う約束してたんです」
「ビデオテープ……?」
ビデオテープと言えば思い浮かぶのは、藍ノ介の惚れ薬服用中映像だ。
「それって……もしかして藍ノ介さんの……」
「あれ、知ってるんですね。パパさんの面白い映像があると奈津さんに教えてもらったので」
「うわー! めちゃくちゃ恥ずかしがってたのに」
やっぱり俺も一緒に見ちゃおうかな、と暁は笑う。
恋心はやっぱりまだ苦しい。好きって感情が重いほど辛くなる。でも心地良い。
恋をすると、誰かを特別好きになるといつもの自分じゃない自分が出てしまう。
それが良いのか悪いのか、暁にはまだわからない。
<END>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【4782/桐生・暁/男性/17歳/学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員】
【NPC/奈津ノ介/男性/332歳/雑貨屋店主】
【NPC/沖坂奏都/男性/23歳/夢幻館の支配人】
【NPC/藍ノ介/男性/897歳/雑貨屋居候】
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■ ライター通信 ■
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桐生・暁さま
ライターの志摩です。今回もどうもありがとうございます!
運命の阿弥陀の結果、奏都さまの銀屋デビューのお相手となりました。運命です…!!(そればっかりですね)プレイングの暁さまの可愛さ浮き沈み刹那さとかがほんのりと出ていればいいなと思っております!ちょっとでも楽しんでいただければ幸いです。
ではまたご縁があってお会いできれば嬉しいです!
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