|
Nightmare・後編
目の前には業火。焼かれてのたうつ、苦悶の表情を浮かべた会社員。
飛んできた車に潰され、何も解らないままにその生を終えた主婦。
飛び散った金属片に、それを体に受けて倒れ込む小さな子供‥‥
炎を呪符で跳ね返しながら、松山・華蓮は動かなくなった足を動かそうとしていた。
だが、動かない。目前の光景が信じられず、華蓮はその場から動く意志を殺がれていた。
『あはは、脆いなぁ!』
笑っている‥‥‥この街を壊し、人々を踏みつぶしている自分が笑っている。
叩き付けた電車を更に踏みつけた。既に中の者達は即死しているだろうが、それでもまだ足りない。踏みつけた足をグリグリと押しつけ、電車をまるで空き缶のようにペシャンコにしていった。
‥‥‥電車から流れ出るのは、中に乗っている人々の赤い―――
「う‥‥‥」
異から込み上げてくる物を精神で押し戻す。震える手で口を押さえ、やっと動くようになった足でその場を駆け出した。
(嘘や!なんで、なんで!?)
あれが自分なわけがない。何故なら、今、自分はここに居るのだ。
だがしかし、あれが自分では無いのだとしたら‥‥
出て来た建物の中に走り、浮浪者がいるはずの部屋の扉を開け‥‥
「どうなっとるねん!外のは、なんで!?」
「落ち着きたまえ。何をそんなに慌てているのかな?」
浮浪者は、本当に心外そうに首を傾げ、先程からほとんど片付けられていない台の上に立っていた。表情はやはり影になって見えないが、恐らく、まだ笑っているのだろう。
華蓮はカッとなった頭でツカツカと詰め寄ると、汚い服の襟元を乱暴に掴み、強く揺さぶった。
「外で暴れて折るのは、あれは、あれは?!」
「ああ。もう出て来ていたのか。だがそれがどうした?あれは君が望んだ事じゃあ無いのかね?」
「あないなこと、望むわけないやろ!!」
「ほう?本当にそう思うのかね?」
浮浪者は小さく笑い声を漏らしながら、華蓮へと語り掛け続ける。
「本当にそう思っているのかね?思っていないのなら、何故君はここに来た?この街の模型を見た時、何故それを壊した?逃げまどう人々を潰し、何故全ての生を壊し尽くした?ん?何故なのかね?」
「何故って!こないな事になるぅて解っとったら‥‥!」
「解っていたらしなかったのかね?そうかな?君は暴れたかったのだろう?この街が嫌いだったのだろう?例え一時期にでも、君はこの街を壊したかったのだろう?」
「ちゃう!ウチはそないな事‥‥」
「望んでいないわけがない。現に、外の君は、ああして楽しそうに殺しているではないか!!」
響く笑い声。ここに来て押さえられなくなったのか、浮浪者は本当に愉快そうに、華蓮の事を嘲笑した。
華蓮は否定し、叫ぶ。浮浪者は肯定し、笑う。
ガゴォン!
途端、轟音を立てて建物が大破する。横薙ぎに何か重い物をぶつけられたのだろう。壁が壊れ、土煙が舞い上がった。
「なっ、どこ行った!?」
土煙が華蓮の視界を封じたと同時に、浮浪者を掴んでいた手応えが無くなった。代わりに頭上から降ってくる瓦礫が目の前の床に突き立ち、華蓮が立っていた台を弾き飛ばす。
華蓮は弾かれて宙を舞った台から飛び降り、呪符で強固な防壁を張りながら突っ切った。幸い建物が完全に崩れる前に飛び出す事が出来たため、体に大きな傷はない。
華蓮は体に傷がないのを確認してから、地面に転がった体を起き上がらせた。
「ママ、ママァーー!!」
「!?」
建物から出て来た華蓮に見えた後景は、筆舌に尽くしがたい、地獄だった。
子供が叫んでいる。傍らに倒れている母親を揺さぶり、泣きながら答えてくれるのを待っている。
建物の崩壊に巻き込まれたのだろう。母親は下半身を泣くし、どう控え目に見ても、助かるような状態ではない。
周りにいる者達は血だらけになりながらもその子供を助けようと走り、周りに散らばった瓦礫の破片の上を移動する。
ヒュゥゥゥゥゥ!!ゴッ
その光景に足を竦ませていた華蓮は、次の瞬間、その子供の姿を見失った。
代わりに飛び込んできたのは、砕ける戦車と抉れたコンクリートの地面。砲弾に引火したのか、戦車は地面に叩き付けられた瞬間に爆発、炎上し、近くにいた者達を諸共燃やし、そして体を引き裂いた。
‥‥子供は、当然のように、影も形もなくなっている。
「ぁ、ああ‥‥‥」
もはや声も出てこない。だが、向こう側の自分は、楽しそうに‥‥‥心の底から楽しそうに笑っている。
『ほれほれ!早う逃げんと、踏み潰してまうで?』
遠くの方で戦車を蹴飛ばした張本人が、急いで後退している戦車の上に足を上げる。そしてゆっくりとその上に足を下ろし、まるで踏み潰す感触を念入りに楽しむようにして潰していった。
圧倒的な力の差‥‥数だけは揃っているようだが、それはただ、犠牲者を増やしているに過ぎない。一方的に殺戮は続けられ、なんとか逃げようと藻掻く者達を、足で潰し、指でつまんで投げ捨てる。
‥‥戦っている者達の悲鳴は、周囲で爆発している戦車や砲弾の音で、聞き取る事は出来ない。だが次から次へと潰され、投げられ、叩き付けられるそれらを操っている者達は、間違いなく助からない。
いつの間に集まってきていたのか、周りにいた者達はその光景を見て悲鳴を上げながら逃げていく。今まで楽しそうに戦車を踏み砕いていた華蓮は、その逃げる者達を視界の端に収め、その後を追い始めた。
「うわぁーー!」
「た、助けっ!!」
逃げ遅れた、華蓮の前にいた数人が踏み潰される。
プチプチと小気味良い音が鳴るが、それはそれは気分が良くなるような物ではなく、逆に気分が酷く悪くなる怪音である。
潰される音と悲鳴に笑い声‥‥様々な音が混じり合い、阿鼻叫喚が再現されている。
華蓮は動けない。耳に届く怪音も、迫ってくる黒い影も、見上げて見える光景に比べれば、もはや聞こえも見えもする物ではない。
「ウチは‥‥ウチは‥‥‥」
こんな事を望んでいたわけじゃない。絶対に。こんな事は‥‥‥‥!
『ぁ、まだ残っとるやん。逃げたらあかんでーー!』
耳に響く声は迫り、そして暗い影が、華蓮の身を包み込む‥‥‥
気が狂いそうだ。これが‥‥こんな事をしているのが!
「ウチは‥‥‥こないな事望んでへん!」
吹き下ろされる風に負けないように叫ぶ。風はどんどん強くなり、特に軽い物は薙ぎ払われるよりも速く吹き飛び、そしてそれ以外の物は、華蓮と共に蹴り飛ばされて宙に舞う‥‥‥
‥‥衝撃で体が砕ける。
胴から千切れた手足が視界を通り過ぎる。
華蓮と共に蹴り飛ばされ、更に巻き上げられたコンクリートの破片が顔に突き刺さる‥‥
その光景と痛みを最後に、華蓮の意識は閉ざされ―――
「ああああああ!!!」
叫びを上げながらベッドから飛び起きる。
息は荒く、動悸はエンジンのように高鳴り、全身を汗に濡らして華蓮は目を覚ました。
「ハァハァ‥‥‥‥夢?」
数分間もの時間を掛けて呼吸を落ち着けると、華蓮はカーテン越しに部屋を明るく染める窓に目を向けた。
カーテンの隙間から見える空模様は快晴である。最近は朝から曇り空である事がほとんどであったため、これが普段であらば、いつもよりも気分良く登校出来ていただろう。だが、華蓮はとてもそう言う気分にはなれなかった。まだ夢は克明に思い出す事が出来、tくに最期の瞬間‥‥‥あの五体がバラバラになる感覚は、今でも体中に残っている。
しかし華蓮は、未だに治まらない動悸を沈めるために目を閉じ、大きく深呼吸をしてから目覚まし時計に目を向けた。
普段通りの起床時刻よりも少しだけ早い。目覚まし時計は静かに秒針を刻んでいるが、鳴り始めるまでは、まだそれなりの時間が残っている。
およそ三十分だ。普段から早めに出ているため、今から学校に向かえば、朝練連中と鉢合わせる時刻に着くだろう。
華蓮は悪夢のショックですっかり覚醒してしまった頭で考えてから、思い出すまいとして首を振った。
「‥‥‥学校‥‥‥行かな」
だがあんな悪夢を見た後だ。二度寝する気にもならず、華蓮は溜息を吐きながらベッドから起き上がった‥‥
ピシャァァーー‥‥ガタン‥‥‥ゴトン‥‥‥‥
電車が発進する音が聞こえる。駅はまだ早朝だというのに、部活の朝練や会社へと向かう人々がまばらに見られ、静かな朝を足音で埋めている。
‥‥華蓮はそんな駅を素通りし、商店街を真っ直ぐに抜け、歩いていた。
理由などはない。だがこの道に達した瞬間、華蓮は言いようのない不安感に襲われ、無意識に歩を進めていた。
(あれは夢やったんや‥‥こっちにはなんもあらへん)
そう、繰り返し心の中で呟き続ける。夢の中以外でも、この先に行った事があるのだ。
この先にあるのは、あんなに人気のない路地などではない。浮浪者だってみた事無いし、ましてや、あんな崩れそうな建物など‥‥
「‥‥‥‥」
華蓮は立ち止まった。人混みに行く手を阻まれ、立ち止まった。立ち止まっている人々は見なして同じ場所を見つめ、ざわざわと囁き合っている。
「すみませーーん!この付近はまだ危険ですので、もう少し下がってくださーーい!」
若い警官が大声で呼びかけてきて、ようやく立ち止まっていた通行人が散っていく。
その御陰で、背の低い華蓮にも、その光景が目に入った‥‥
―――崩れたビル―――
―――潰れた車―――
―――流れる血―――
―――跡形もなく壊れた、ミニチュア模型―――
「なんで突然壊れたんだ?このビルは」
「さぁ‥‥なんでも、昨夜突然崩れたらしいですよ。まぁ、この建物。倒産してから随分と経ってて、浮浪者が住み着いてたりしたらしいですから、何かやらかしたんじゃないですかね?」
「やれやれ‥‥あの血はその浮浪者のか。にしても‥‥‥なんでミニチュアの模型があるんだ?」
「さぁ?それは幽霊にでも聞いてみないと‥‥」
通りすがりの会社員達が、話し合いながら去っていく。所詮は他人事なのだと、人が死んでいるというのに、その場を笑って通り過ぎていく‥‥
それが普通なのだろうか‥‥その場と訪れ、通り過ぎていく者達は、それこそ一時的に足を止めて見入っても、すぐにそれを話の種にして歩いていく。
たったそれだけの事。関係のない者達からしてみれば、日常風景が少々変化しただけの些末事‥‥‥
しかし華蓮は、その光景を見つめて、ただ立ち竦んでいた‥‥‥‥
★★参加キャラクター★★
4016 松山・華蓮
★★WR通信★★
どうも連続発注、ありがとうございます。メビオス零です。
前後編に別れていますが、後編はちょっと短めに。
どうでしょうか?内容的にはなんとか形になっているかどうか‥‥う〜む。
結構不安になってます。これはどうかな〜‥‥‥って。
ご意見などがあったら、遠慮無く申して下さい。叱咤でも激励でも、今後の励みになります。
では、今回と前回のご発注、誠にありがとうございました。
これからもよろしくお願い下さいませ(・_・)(._.)
|
|
|