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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


染まった童話 〈人魚姫〉



◆□◆


 ―――これで王子の胸を刺せば、貴方は生きられる・・・!

 人魚姫はその言葉に、躊躇なく王子の胸を貫くと

  海へと帰って行きましたとさ・・・


 「おやおや、これじゃぁ物語が完結しないじゃぁないかい。“めでたし”じゃぁないと、物語は終わらないのにねぇ。さぁて、どうしたものかねぇ・・・。」


* * *


 「これで全部ですわね。」
 鹿沼 デルフェスはそう言うと、両手一杯に抱えられた品物を見詰めた。
 アンティークショップ・レンの店員であるデルフェスは、今日は曰く付きの品の買い付けに来ていたのだ。
 茶色い綺麗なレンガが敷かれた歩道の上を、ゆっくりとした速度で歩く。
 西洋風の町並みは綺麗で厳かで、時折思い出したように置かれている街灯は可愛らしかった。
 見慣れた町並み、歩きなれた道―――ふっと、急に世界の風が変わった。
 それはあれよあれよと言う間にデルフェスを取り込み、西洋風の町並みを一転させた。
 ・・・目の前に見えるのは、小さな丸太小屋。
 まるで御伽噺の中から飛び出して来たかのようなその小屋からは、不思議な雰囲気が漂って来ている。
 デルフェスは、数度瞬きをした後に周囲を見渡した。
 見えるものと言ったら、木・・・木・・・木・・・そして、空を見上げれば木々の合間から微かに水色の澄んだ天井が見えるだけ。
 どうやら不思議なところへ迷い込んでしまったようですわね・・・さて、如何いたしましょうか・・・。
 おっとりと、デルフェスは首を傾げた。
 ロッジ風で素敵な趣の丸太小屋・・・小さな扉の上にはチョコンと控えめに看板が取り付けられていた。
 本のマーク・・・?と、言う事はここは書店なのでしょうか・・・?
 それならばと思い、デルフェスは扉へと続く数段の低い階段を上り、そっと押し開けた。
 「おや?なんだい、またここの力によって引き寄せられちまった人かい?」
 やけに色っぽい声が響き、デルフェスは顔を上げた。
 見渡す限り本に囲まれたその中央で、外見年齢13歳程度の小柄な少女が不思議そうな瞳でこちらを見詰めていた。
 身長は150cmあるかないかくらいの、やけに小柄なその少女は着物をかなり着崩しており、胸元が大きく開いていた。
 「あたしは世羅(せら)って言うんだ。ここの書店の管理をしている。」
 世羅がそう言って、背後を指差した。
 床から壁、更には天井にまで積み上げられた本の山―――。
 その本の1つ1つからは、いかにもと言った感じの雰囲気が滲み出しており・・・お店に置いたならば素敵ですわねと、デルフェスは思わず考えてしまった。
 キョロキョロと店の中を見渡し・・・素敵な趣のこのお店を、デルフェスは気に入った。
 どこか不思議な雰囲気は、決して不快なものではない。そう・・・本当に純粋な“不思議”を纏った雰囲気だったから・・・。
 「ところで、視たところ、あんたには不思議な力がある。違うかい?」
 世羅がそう言ってデルフェスを見詰め、こちらが何かを言う前に言葉を紡ぐ。
 「まぁ、その辺の事はどうでも良い。あたしは今ねぇ、人を探してるんだよ。」
 そう言って世羅は1冊の本をこちらに放ってよこした。
 人魚姫と書かれた本は、中身を見なくても結末くらい容易に想像がついた。
 パラパラとページを捲る。思い描く通りのお話が羅列され―――
 「そのお話ねぇ、王子が殺されちまったんだよ。だから物語が完結しないんで、困ってたんだ。物語って言うのはねぇ、“めでたし”で終わらないといけないんだよ。あんたさぁ、ちょいと行って来てこの物語を終わらせてくれないかねぇ?」
 パラリと捲ったページは丁度そのシーンだった。
 王子様が殺されてしまい、人魚姫が海へと帰って行き・・・その先のページは真っ白だ。
 「あんたには解るだろう?物語が、どうやれば完結するか。」
 世羅がグイっと顔をこちら側に寄せ、ニッコリと微笑んだ。
 「まずは、人魚姫を殺す事。泡になる前に天使になって、めでたしさ。それから・・・まぁ、後は自分で考えな。」
 ケタケタと笑うと、世羅は着物の帯の部分から薄っぺらい紙を1枚取り出した。
 「これは・・・」
 「それが何かって?お守りだよ。信じる者は、救われる・・・そう信じておけば、なんとかなるだろう。」
 肩にかかる長い髪を払うと、世羅はふぅっと息を吐き出した。
 「あぁ、言っておくけれど“人魚姫以外は”誰も殺してはいけないよ?彼女だけは殺す“権利”はあるけれどね。」
 “権利”の部分をやけに強調する。
 「まぁ、今回の物語は敵らしい敵は出ないとは思うけどねぇ。ま、あんた次第さ。だが、何度も言うようだけど“人魚姫以外は”誰も殺してはいけないよ。」
 念を押すようにそう言うと、ふわりと微笑んだ。
 「さぁ、目を閉じて・・・開いた時にはあんたは王子だ。良いかい?あんたは“人魚姫を殺す権利”は持っている。そして・・・どうやったら物語が終わるのか、もう1つの方法を頑張って考える事だね。」
 世羅の手が目の前に伸びてきて、思わず目を瞑った。
 「頑張ってきな。鹿沼 デルフェスさん―――」

 そして開いた瞬間―――

 そこはまさに御伽噺の国。
 木々も空も雲も、全てが玩具のように精巧に作られている、まさに夢の国。

 ―――外見だけは、楽しい楽しいお話の国―――


 ねぇ、本当は童話って怖いんだよ?
 罪と悪、罰と聖。
 全てが揃っているから輝く反面、影は酷く濃いんだよ?
 その影の部分を隠してしまっているから、明るく楽しく見えるだけで、裏を返せば一変。

   漆黒の闇が広がっているんだよ・・・・?



◇■◇


 人魚姫は15の誕生日に海の上へと姿を現した
 漆黒の闇が支配するそこに浮かぶ、綺麗な丸い月―――
 通り過ぎる船の上、海を見詰める1人の青年の姿を目にする
 そして・・・幸か不幸か嵐に遭い、難破した船から王子を救い出した人魚姫


  ―――そして、恋をする
  切ないほどに淡く、甘く・・・儚い恋心は、彼女の胸を締め付ける


 彼に会いたい一心で魔女の家を訪れ、声と引き換えに人間の足を手に入れた
 ・・・期待と不安を胸いっぱいに、向かった先は王子の住むお城
 そして・・・そこで人魚姫は悲しいほどに無情な現実を目の当たりにする


 捻じ曲げられた事実、声を奪われた唇からは、何の言葉も作られない
 透明な言葉は王子に伝わるはずもなく、紡がれない音は、現実を肯定するばかり
 回る歯車は、止める術も持たないまま・・・“運命”と言う不鮮明なモノの力によって突き動かされる
 姉達から手渡された短剣を握ると、冷たい感触
 それを胸に抱き・・・・・・・・・・


■◇■


 今日の月は悲しいと、空を見上げながら思った。
 闇夜に浮かぶ月は滲んでおり、まるで泣いているように周囲を淡く染めている。
 海は静まり返り、風の音すらもほとんど聞こえない。
 テラスの手すりに身体を預け、しばし夜の世界に身を委ねた後でそっと部屋へと戻った。
 王子は―――デルフェスは、窓を静かに閉め、カーテンに触れ、しばし考えた後でカーテンは引かずにそのまま月を見ながら眠る事を選んだ。
 キングサイズのベッドに身体を横たえ、ふかふかの枕に頭を乗せる。
 滲む月の周囲で儚く光る星は遠い。
 微かな光は、じっと月を見た後に見ると霞んでしまって・・・・・・・・・
 甘く襲う眠気は、酷く心地良いものだった。
 ゆらゆらと揺れる波のような・・・波・・・海・・・
 どこか遠くで、か細い女性の声が聞こえる。
 何かを叫んで―――高い波にもまれながら、必死に叫んでいる。
 長い髪がしっとりと濡れ、金色の髪は風に乱舞する。
 青い瞳は吸い込まれそうなほどに透き通っており、深く、穏やかな昼下がりの海の色に酷似していた。
 ―――夢・・・?それにしても、なんてリアルな夢なのだろう。
 ・・・本当に夢なのだろうか?・・・以前どこかで同じような光景を・・・・
 ふっと、何かが部屋の中に入って来た雰囲気を感じ、デルフェスは瞳を開けた。
 月光が淡く染める室内で、確実にこちらに近づいて来る1つの人影。
 1歩1歩・・・歩いてくる速度は遅い。
 だんだんと、闇の世界から姿を現す1人の少女の姿。
 月明かりに淡く照らされた金色の髪は見事で、真っ白な肌はこの世のものとは思えないほどに透き通っていた。
 ・・・最近この城で暮らすようになった少女だ。
 そう言えば、声が―――キラリと光る、銀色の光線。
 右手に握られた鋭いナイフの刃がデルフェスの瞳に飛び込んできた。
 思いつめたような少女の表情はあまりにも痛々しく、こんな夜分に寝所に忍び込んで来たと言う事実をすっかり忘れて、思わず何があったのかと尋ねたくなってしまうほどだった。
 「貴方は・・・」
 ビクリと少女の肩が上下して、悲しみに染まる瞳が真っ直ぐにデルフェスを見詰める。
 しばしの沈黙。
 窓の外から聞こえる波の音が穏やかで・・・
 こちらに向かって走り出した少女。銀の光線が月光を受けて闇夜に浮かび上がり、真っ直ぐにデルフェスの胸を貫く。
 ―――いや・・・デルフェスは微塵も傷つかなかった。
 元々ミスリルゴーレムであるデルフェスは、 ミスリルと同等の魔法金属か付与魔法の掛かった武器でなければ傷つかない。
 例え人魚の武器と言えど、デルフェスを刺すどころか、傷つける事すら叶わない。
 少女の・・・人魚姫の瞳が驚きの色に染まる。
 窓を叩く風が時折窓ガラスを揺らす。窓枠がガタガタと音を立て・・・それがどこか遠くで聞こえる。
 デルフェスはそっと、少女の肩に触れた。


  ―――その瞬間、不鮮明だった記憶が蘇る


 嵐によって難破した船、投げ出された身体、もまれる波。
 そして・・・沈む身体を引っ張り上げてくれた、少女の顔・・・。
 雲が覆う空、一瞬だけ光差す―――月光に照らし出された顔は、あまりにも“天使的”だった。
 「貴方が・・・」
 零れた言葉に、人魚姫が動揺したように淡いスカイブルーの瞳を揺らす。

         『人魚姫』

 人魚姫の腕をひき、抱きしめる。
 華奢な身体はあまりにも儚くて、力を入れれば折れてしまいそうで・・・デルフェスの脳裏に、世羅の顔が浮かぶ。
   ≪物語って言うのはねぇ、“めでたし”で終わらないといけないんだよ≫
 彼女の独特な、甘く色っぽい口調が直ぐ耳元で聞こえて来る。


 そう・・・物語は“めでたし”でなくてはいけませんわ。
 勿論、人魚姫様が天に召されるのも1つの“ハッピーエンド”なのかも知れません。
 けれど、それはあまりにも悲しくて“キレイ”過ぎるハッピーエンドなのですわ。
 周りから見ればキレイですけれども、人魚姫様は本当はそんな事は望んでいなかったのですもの。
 人魚姫様は、王子様と恋がしたかったのですわ・・・


 「・・・っ・・・」
 胸に抱いた人魚姫が、身動ぎをする。デルフェスの腕から逃れようとするかのように、力なく頭を振って―――その時、デルフェスは気づいた。
 微かにではあるが、人魚姫の身体が小刻みに震えていたのだ。
 その震えが止まる事を祈りながら、デルフェスはしっかりと人魚姫を胸に抱いた。
 「貴方が、あの時助けてくださった方だったのですね。」
 「・・・・・・?」
 人魚姫が顔を上げる。
 大きな瞳を更に大きく見開いて、デルフェスの瞳を真っ直ぐに見詰める。
 「思い出したんです。あの日の事を。あの・・・嵐の日の事を。」
 「・・・・・・・・・」
 言葉を紡ごうとした人魚姫の表情が、苦しみに歪む。
 出ない声は、言葉を伝えられない。
 言葉は、音に乗せないと伝わらない。
 人魚姫の心に溢れる言葉は、音がないために伝えられない・・・伝わらない・・・。
 溢れた涙をそっと拭ってあげると、デルフェスは柔らかく微笑んだ。
 「貴方が、私を助けてくださったのですよね?」
 ―――コクン
 人魚姫が小さく頷いた。
 細く美しい髪が肩から滑り落ち、ふわりと潮の香りを辺りに撒き散らす。
 「・・・私と、結婚してくださいますか?」
 刹那の間。
 そして、人魚姫は頷いた。
 「はい・・・」
 初めて聞く人魚姫の声は繊細で、透明で、なんと美しい声だろうと、デルフェスは思った。
 そっと、その柔らかく美しい髪を撫ぜ―――

 
  その瞬間、目の前が淡い光に染め上げられた。
  ポケットに仕舞っておいたお守りから発せられる光は、周囲の景色全てを飲み込んで行った・・・。


■□


 パチリと目を開けると、そこには世羅の姿があった。
 ニヤニヤと笑いながらデルフェスの事を見詰めている。
 「ご苦労だったねぇ。怪我はないかい?」
 「えぇ、大丈夫ですわ。」
 デルフェスはコクリと頷くと、自分の身体を見た。
 先ほどまで着ていた王子服ではなく、綺麗な淡い色の着物を身に纏っている。
 男装の麗人が、今度は可愛らしいお姫様に・・・まるで七変化だ。
 「ま、こう言う終わり方も・・・良いねぇ。」
 世羅がそう言って、パサリとデルフェスの方に1冊の本を差し出した。
 人魚姫―――
 パラパラとページを捲る。
 途中までは普通の人魚姫。けれど、結末は・・・最後には綺麗な挿絵がついていた。


 『本当の恩人に気づいた王子は人魚姫と結婚し』

  『末永く幸せに暮らしましたとさ』

   お終い―――


 「こう言う終わり方、あたしは嫌いじゃないよ。」
 世羅がそう言って肩を竦め、気だるそうに微笑んだ。
 「その本はあげるよ。そんな個性的な人魚姫の話、ここにあっても仕方ないからねぇ。」
 「・・・大切にいたしますわ。」
 デルフェスは1つ、お礼を言うと、人魚姫の本をそっと撫ぜた。
 「それより・・・信じる者は救われる。救われただろう?」
 そう言って世羅がチョイチョイとデルフェスの手を指差した。しっかりと握られた小さなお守り―――
 「このお守りがなかったら・・・こちらに戻っては来られなかったのですね。」
 「ま、そう言うこったねぇ。」
 悪戯っぽく微笑む世羅に、思わずデルフェスは苦笑した。
 信じる者は救われる。信じない者には・・・救いの手は無い。
 信じるからこそ1筋の光が見えるわけである。
 「やはり、ハッピーエンドが一番ですわ・・・。」
 「そうだねぇ。」
 「勿論、泡にならずに天へと昇る・・・これも1つのハッピーエンドですし、王子様と結ばれる。これも1つのハッピーエンドですわ。」
 「他にもあるのかい?」
 世羅の言葉に、デルフェスは不思議な笑顔を浮かべた。
 「人魚姫様に殺される前に彼女を換石の術で石化し、石像として永遠に傍らに留めて置くと言うものですわ。」
 デルフェスに小さな木の椅子を勧めると、世羅がパチリと指を鳴らした。
 世羅の膝に真っ白なティーカップが2つ現れ、甘い紅茶の香りが周囲に振りまかれる。
 1つをデルフェスに差し出し、丁寧にお礼を言ってカップを受け取ると縁に口をつけた。香りを楽しんだ後で、そっと膝の上に乗せる。
 「そして・・・王子様は結婚せず、生涯独身を貫く。・・・結婚だけがハッピーエンドではない・・・これも人魚姫様を殺さない終わり方ですわね。」
 にっこりと微笑んだデルフェスの顔を世羅がじっと見詰め、小さく「別に人魚姫は殺しても平気なんだけどねぇ」と呟く。
 「あんなにお綺麗な人魚姫様を、殺せるわけがありませんわ。」
 デルフェスが苦笑しながらそう言って、そっと、膝に乗せた本を撫ぜた。
 「ま、あんたの事、嫌いじゃぁないよ。だから、もしまた縁があれば・・・丁重にもてなすよ。」
 「光栄ですわ。わたくしも、世羅様は素敵な方だと思いますわ。それに、ここはとても素敵な趣のお店で・・・ぜひ世羅様の蔵書もお店に並べたいですわ。」
 「あぁ、良ければゆっくり見て行くと良いよ。」
 世羅はそう言うと、背後に広がる店内を指差した。
 デルフェスが立ち上がり・・・1つ1つ、丁寧に背表紙を見て行く―――
 「今回の礼だ。好きなのがあったら持って行くと良いよ。」
 「有難う御座います。」
 世羅の店にはかなり珍しい本も幾つかあった。
 パラパラと捲ると広がる御伽噺の世界。
 デルフェスは時も忘れて、しばし世羅の蔵書を読み漁った・・・・・・・。



          ≪END≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  2181/鹿沼 デルフェス/女性/463歳/アンティークショップ・レンの従業員

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『染まった童話』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 素敵なプレイングを有難う御座いました。
 とても綺麗で可愛らしいデルフェス様を王子様に・・・きちんとノベル内で描けるかどうか不安だったのですが、如何でしたでしょうか?
 月を背景にしての人魚姫とのシーンを、幻想的に描けていればと思います。

 
  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。