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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


螺旋の刻



 事件も少しずつ落ち着きを見せた頃。
 本業である司書としての仕事を三日程続けての休暇を取ったのは、やむを得ない事情があっての事だった。
「ただいま、メノウちゃん」
「お帰りなさい、お姉さん」
 二重の紙袋を手に、帰宅した汐耶はいつもと変わりなく出迎えてくれたメノウに微笑みかける。
「ようやく明日から休みとれたわ」
「良かったです、今日は何もなかったですか?」
「大丈夫よ、ありがとう」
 荷物を置いてソファーに腰を下ろしてから、思っていた以上に疲労が蓄積されていたのだと自覚する。
 忙しさに紛れて考えずに済んでいたが、こうして落ち着いてしまうと困ったことが一つ。
「よく見えるのも困りものね」
 集中しそうになる意識を、他のことを考えて散らしておく。
 休みが取れるまでの幾日かは、封印能力を使って押さえたりと誤魔化しつつ対応してきたのだが……。
「言わなくて構わなかったのですか?」
「忙しそうだし、仕事を増やすこともないと思って」
 自らの能力の事なのだから対応できる。
「あまり無理はしないでくださいね。いまコーヒーいれてきますから待っていてください」
「ありがとう、メノウちゃん」
 メノウに微笑みかけ、キッチンから漂ってくるコーヒーの良い香りにほっと息をつく。
「今日は幾つでした?」
「初めほどではないわ、それでも幾つかは見つけたけれど。いただきます」
 戻ってきたメノウからコーヒーを受け取って飲みながら、危ない封印のある場所をチェックをしておく。
 困った事とは触媒能力を預かった際に、能力が高まったことに関してだ。
 対象物の封印。
 あるいは開放。
 汐耶が用いる能力はそれだけに限らない。
 封印能力に混ざって存在する遠見の力。
 それこそが、今回の問題点へと至ったのである。
 遠くにある封印の把握と見極めが可能な理由は、別の能力を含んでいるからこそだ。
 同化すること事で誤魔化していた能力が、力が強まった影響で表面化しそうになっている。
 これは、汐耶にとって良くない兆候だ。
 感じ取る物が多ければそれだけ疲労も大きくなり、いずれは精神的に持たなくなってしまう。
「遠見は……視覚に関しては、意識しないようにするのは少しばかり難しいのよね」
 以前は東京圏内の封印を感じ取ってしまうに止まっていたが、今は関東という括りにまで広がってしまっている。
「やっかいな物ですね」
「少し見える範囲を落とせば、またいつも通り制御できるわ」
 それでも時間がかかるこそ、やりくりして用意した三日という時間。
「そろそろ始めましょうか」
「はい」
「その前に支度しておくわね」
「手伝います」
 一息ついてからみそ汁を作り、間に冷蔵庫の中身をチェックし、炊飯器のスイッチを入れておく。
「これで大丈夫」
 みそ汁の味を確認し、火を止めてからリビングへと引き返す。
 今回汐耶が制御するためにとった方法は、少しの間精神の奥へと潜ること。
 その代わりに汐耶の表に出てくるのは『彼女』だ。
 いずれはメノウと対面するのは避けて通れないだろうし、体の維持も必要不可欠なのである。
「冷蔵庫に何品か入れておいたから、暖めるか出前を取ってね」
「はい、大丈夫です」
 能力と『彼女』に付いての説明は事前に済ませておいた。
「後はよろしく。何もないとは思うけど」
「数日の間ですし、何かあっても対処できますから」
「それもそうね。それじゃあ、お休みなさい」
「おやすみなさい、お姉さん」
 頷くメノウに微笑み返し、ソファーに深く腰掛け……ゆっくりと目を閉じた。



 次に汐耶が目を開いた時。
 普段とは違い、やや退廃的な雰囲気を感じさせていた。
 見る人が見れば汐耶ではなく別の誰かなのだと解る。
「………」
「……?」
 ジッと見てしまっていたと気付いたメノウは、何ともないと軽く首を左右に振った。
「何ともありませんか?」
「ええ、平気よ」
 人間関係の認識はそう変わらないようだ。
 聞いていた通りで、メノウはほっと胸をなで下ろす。
「落ち着かない?」
「直ぐに、慣れると思います」
 まだどう対応すればいいか計りかねているだけで、解りさえすればきっと直ぐに落ち着く。
 そんなメノウの思考に気付いたのだろう。
「用意していたみたいだし、本でも読んだらどう」
 まだ少し落ち着かないらしいメノウに汐耶が視線を動かし、用意していた紙袋の中から取り出した本を差し出す。
「ありがとうございます」
 本を受け取り、ホッとしたように笑い返す。
 こうなると予想してか、あるいは別の理由からだろうか?
 二人、正確には三人とっては色々考えるよりも、普段通りの行動を取る方が何かをするよりも簡単に落ち着ける。
 気にかけてくれているのだと解れば、尚の事。
「沢山用意していたようだから、分けて読みましょうか。コーヒー入れるわね」
「はい、いただきます」
 沢山の本と、温かいコーヒーと共に、少しばかり変わった日常はこうして始まった。



 本を読み始めれば直ぐに時間が経過する。
 読み始めていくらかの時間が経過した頃、チャイムの音に気づき顔をあげた。
「……誰か来たみたいね」
「私が出ます」
 受話器を取り軽く応対した後、玄関へと向かったメノウは大判の封筒片手に直ぐに戻ってくる。
「狩人さんからの依頼です、届けてくれたのは別の方ですが」
「中身は?」
「呪術の解析と調査についてだそうです」
「相変わらずね」
 中身を確認するメノウに、汐耶も本を読む手を止め書類へと視線を移した。
「見ても構わない?」
「はい、最近の傾向では特異能力を複数合わせて使用するケースが増えているそうです。だからこそ元となった呪術の特定と、扱い方から同一犯かの特徴を調べてほしいと」
 これも一連の騒動によって仕事が増えた結果だろう。
「何か必要な物はある?」
「小説の見立てに則っているそうなので、それの割り出しです」
「見立て?」
「何かの小説のように、絵を見たら呪いが発動したそうです」
「なるほど……確かに小説や何かにありそうね」
 だからこそ、ここに調査の依頼を頼んだのだろう。
「探すのを手伝ってもらっても構いませんか」
「いいわ、他に手がかりを教えて」
「はい」
 書類を広げ、汐耶とメノウは作業に集中し始めた。



 思い出したように顔を上げれば、夕飯の時間を大幅に越えてしまっている。
「そろそろ何か食べましょうか」
「そうですね」
 切りの良い箇所まで進め、冷蔵庫の方へと向かい用意してあった料理を取りだし暖める。
 タラの煮物にみそ汁。
 きんぴらゴボウと炊きたてのご飯。
 少し遅めの夕食を取りながらの話題は、さすがに事件とは別の内容だった。
「大分落ち着いたようね」
「……確かに」
 普段との差違がそう気にならないからだろう。
「普段は何をして居たのですか?」
「今日と同じね、本を読んで過ごしてるから飽きはしないわ」
「解ります、私も少し前はそうでしたから」
 あの時は本を読む最も楽しかったが、今は他にもやりたいと思える事を見つけたのだ。
「楽しそうね」
 興味深げな問いに、メノウが嬉々として答える。
「はい、こうして普通に過ごすのも好きですから」
「そうね、それは見ていて解るわ」
 お椀を手に取りみそ汁を飲む汐耶に、メノウが話を付け加えた。
「だからこそ、お姉さんには休める時には休んで欲しいと思っています」
 メノウの言葉にほんの少し目を開き、それから少しだけ笑う。
「私もそう思うわ」
「その為には能力を使うのを控えないとなりませんね」
「何も起こらなければいいけど」
 こういう時に限ってと言う話はは良くある話だが、数日は平穏に過ごさせて欲しい物だ。
「話していたら本当になりそうですね」
「それもそうね、学校どうだった?」
 せめて話題は変えるべきだろう。
「来週の体育の時間で長距離走が始まりそうでした、苦手科目なので今からどうしようかと」
「寒いから?」
「はい、どうしてこの時期を選ぶのかが納得できません」
 色々と理論はあるのだろうが、それとこれは違う話である。
「体力無いのも困りものね」
「……はい」
 考えるだけ損だと顔を上げ、話を切り替えた。
「来週までまだ間がありますから。今は依頼の続きをしようと思います」
「がんばって」
「はい、もちろんです」
 早くご飯を食べてしまおうとしたメノウは、急がないようにと止められる。
「喉詰にまらせないようにね」
「ありがとうございます」
「他には学校で何かあった?」
 水を飲み終えたメノウが思い出したと、汐耶の顔を見上げた。
「明日推理小説を貸す約束をしていたのですが……どこにあるかお姉さんに聞こうと思っていました」
「私が探しておくわ」
「よかった、お願いします」
 安心したように笑い、会話と夕食を再開させる。


 少しばかり変わった日常を過ごしたのち。
 目を覚ました汐耶に、メノウがおはようと言えるのは三日後の事だ。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1449/綾和泉・汐耶/女性/23歳/司書】

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■         ライター通信          ■
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突発シナリオでしたが、発注ありがとうございました。
どこで繋がってるようなそうでないような進行具合となりました。
楽しんでいただけたら幸いです。