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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


サスペンス劇場〜死霊現る化猫温泉宿〜

  この日草間はいつも以上の仏頂面で紫煙を吐いていた。
 怪奇探偵などと不名誉なあだ名がついていることにはもはや慣れてしまった。が。
『まぁそうあからさまに嫌そうな顔しやらんとって下さい、探偵殿』
「…明らかに儲けにならない、その上ただ厄介なだけの依頼なんて受けたがると思うか?」
 向かい側のソファーに座る依頼者にドスのきいた声で話しながら視線を落とす草間。
『ワシかてできれば人間様にこんなけったいなコト、よぅ頼まん。ですがねぇ探偵殿…こんなことは初めてで、ワシはどうしてよいやらわからんのですわ』
「だからって何で俺が!化け猫に付き纏う女の霊を何とかせにゃならんのだ!」
 そう。此度の依頼者は猫。それも永の月を経て尾の割れた化け猫なのだ。
 猫は黒々と美しい艶のある毛並みで、今は顔を洗っている。
 雨降らす気かッと悪態づく草間だが、猫はそんな言葉など気にしない。
「…その上霊は自分が経営している旅館に出るからそこまでへ来てくれ、だと?胡散臭すぎて話にならん」
 あまりにもうそ臭い話に、というか罠のような話に二つ返事で承諾する馬鹿はいない。
 だが、そんな彼の反応も猫は予想していたのだろう。
『化け猫は人間を祟ってとり殺すとか、頭から喰らってその人間に成り代わるとか…よくない話ばかりですがねぇ。今の世を生きる為には致し方ないことかてあるんですぅ』
 確かに自分は今女将に化けて旅館を運営しているが、旦那に見初められる形で取り入ったので人は食らっていないという。
 恐れも信仰もないこんな世の中で、異形<イナリ>が生きていく為には住みよい場所を求めて移動を繰り返すか共存するかしか道はないのだと。
 猫は懇々と草間に説明した。
『ワシが生きる為に得る糧かて沢山いはるお客様からホンの少しずつ…虫に刺された程度をかき集めてるぐらいですんや。今の生活になってから一度たりともとり殺してなどおりませんのや』
 世の中ギブアンドテイクでっしゃろ?などと猫らしからぬ物言いだが、それでも草間はいぶかしむ。
『それにこのままあの女が出続けたら何れお客様の目にもとまるし耳にも入る…そうなったら誰も旅館に来なくなります。頼んますぅ、探偵殿』
 腕組みして唸る草間に、もう一押しだとばかりに猫は付け加える。
『そんで、謝礼でっけど。お金はそんなよーさん払われしませんが、一番ええ部屋に探偵殿ご一行ご招待さしてもらいます。どうでっしゃろ?』

 あまりにも胡散臭すぎる話だが、一度入って確かめて見るべきか…そう思い始めた。
「……わ〜った…ここで話だけ聞いてても埒が明かん。とりあえず見に行くだけ見に行って、その上で受けるか考える」
『有難う御座いますぅ、探偵殿〜』
 猫は旅館の住所と名前と、女将の名前を書き残し、扉を出た途端着物姿の女性に化け、ゆっくりとお辞儀をしてその場を去った。
「…………さて……誰に協力してもらうかな…」
 呆れられるだろうな、など草間は一人ごちた。


  興信所を後にした猫は、にぃっと口元に弧を描きポツリと呟く。
『――――これで、一安心やねぇ』

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■集合

 「…何ていうか」
「如何にも」
「胡散臭ぇ話だぁな」
 香坂・丹(こうさか・まこと)、月宮・奏(つきみや・かなで)、内山・時雨(うちやま・しぐれ)の三名の視線が草間に突き刺さる。
 解っていたがやはり何かしらキツイものがある。
 そしてトドメに蒼雪・蛍華(そうせつ・けいか)の一言だ。
「大方経費向こう持ちで一番上等な部屋に泊まれて飯もタダという所に惹かれたんじゃろうて」
 概ねその通りだからこそ、返す言葉もない草間は苦し紛れに煙草に火をつける。
「まぁ受けてしまったものは仕方がないわ。まずは現地に趣く前に情報収集をしておきましょう」
 草間をフォローしつつも、シュライン・エマはモバイルPCを起動し、化け猫女将が残していったメモを頼りに旅館の検索を開始する。
「えーと……旅館『柳仙閣』…公式ホームページはここね。それほど大きな旅館じゃないけれど…源泉かけ流しで…旬の食材豊か…サービスの内容も豊富ね」
「一般客の評価はどうなんじゃ?」
 横から画面を覗き込む蛍華は日記やら批評サイトやらあるだろうと検索をかける。
 検索にかかった旅館紹介雑誌のページや個人サイトなどつぶさに見てまわるが、これと言って悪い評判などなかった。
「マイナス面といえば、場所が奥まった所なだけに冬場は交通の便が些か悪いってことぐらいかしら…」
「その他の春夏秋は悪い評判など特にないようじゃな。女将に関しても美人だとかそんな程度か」
 隣で二人が調べた内容を聞いていた奏と丹はこれ以上は現地に行って更に詳細を探るしかなさそうだと呟く。
「――とりあえず、一泊二日ってところかね」
 調査してみない事には始まらないが、あまり長いことその場に身を置いて調査するには不審な点が多すぎる。
 時雨の言葉に一同頷き、各自最低限必要なものを取り揃える為、いったん解散した。

 一、二時間後、再び興信所に戻ってきた面々はそれぞれ小荷物と調査に必要だと思われる備品を所持していたが、時雨だけは些か異なっていた。
「一泊二日だけど、そんなに荷物いるの?」
 シュラインの視線の先には重そうなボストンバッグが一つと小ぶりのショルダーバッグが一つ。
 どう見ても一泊するのにそんなに荷物は必要ではない。
「―――あー…こりゃ水や食いモンさ。今食餌療養中でね。制限がある身としちゃあ一緒のモン食うのはちと辛いんでね。悪いが食事は別にとらしてもらうよ」
 体調不良なら無理して参加しなくてもいいぞと草間が言うか、時雨は制限がある以外は問題ないと快活に言う。
 各々心配の目を時雨に向けるが、時雨のこの行動には理由があった。
 勿論、食餌療法などではない。
 ネコダケの怪というものをご存知だろうか?
 そこで出された物を口にしたり、風呂に浸かったりするとたちまち猫になってしまうという、そんな話を。
 杞憂であれば当然いいことなのだが、チラッとでもそんな話があるということは警戒しておくに超した事はない。
 人は喰らっておらんと言っても、仲間に引き入れてないとは言っていない。
 見初めたという夫の方も正気かどうか怪しいものである。配偶者は往々にして怪しいものだ。
 以上を踏まえた上で、時雨はこれだけの準備をした。
 そして全員で実行しようものなら先方に怪しまれるが道理。
 黙っている事が酷だとはわかっているが、致し方ないことだと。
 後方を歩きつつ時雨は胸のうちでスマンね、と呟いた。

■柳仙閣

  山のすそ野に広がる温泉宿『柳仙閣』繁盛するとまでいかないが、そこそこ客が入っているようで、なかなかに落ち着いた雰囲気の宿である。
 直接宿へ向かわず、まず地元で聞き込み調査を開始した六人。
「ああ、柳仙閣の女将さんね。いい人よぅ、この当たりじゃあまだ新人だけど女将会の受付任されるぐらい評判いいんだから」
 因みに女将会とはそのまま、その土地の旅館を取り仕切る女将たちの組合のことである。
「柳仙閣の女将ってぇと…ああ、鈴音さんのことかい。礼儀正しい人でねぇ、若いのにしっかりした人だよ」
 と、まぁ聞けども聞けども悪い話は出てこない。
 周囲の旅館と揉め事を起こす事もなく、慎ましやかに経営しているようだ。
「…だけど、聞けば聞くほど怪しい。この依頼、やはり何か裏がある。私の何処かがそう感じている」
 それぞれが温泉街で聞きまわった情報をまとめた上で、奏は腑に落ちないと皆に言う。
 それは他の五人も同じであった。
 これだけ商店や旅館があるのだから、やっかみの一つ二つも出ていいものだ。
 なのに耳に入るのはいい話ばかり。
「…こら旅館に行くしかないようだ」
 やれやれと溜息をつく時雨。
「女性の霊はどういう風に化け猫女将さんに付き纏っているんだろう?まずはそこを調べないと始まらないよね」
 肘を抱え考える仕草をしながら、丹はうーんと唸り一人ごちる。
「女将に話を聞くのも一つだろうけど、まずはその女の人に直接話を聞いてみたいな。私は女の人の方を調べてみるよ」
「私もそれに賛成だわ。…水嫌いの化猫が温泉旅館の女将だなんて…死体動かすとか死霊取り込み怪異起こすとも言うし、霊ならご自分で対処可能そう。先方は確かに『女の霊』と言ってはいるけれど、老舗旅館歴代女将の霊や旅館自体の精等なら守り神の様なもの…除霊は避けたい所ね」
 丹、そして奏とシュラインの三人は女将に問うのではなく、直接女の霊とやらに話を聞くという。
 三人がそうするなら、女将への詳細や女の霊の出現状況、館内の状況などの調査はこちらでしようと蛍華と時雨は手を挙げる。
「じゃあ俺は内山たちと行動する。何かあったらすぐ連絡してくれ」
 各自分担を決め、いざ柳仙閣へ。

■出来すぎた話

 『いやぁよぉ来てくれはりました、探偵殿。御連れの皆さんもどうもおぉきにぃ。こっちは夫ですぅ』
 中肉中背のほんわかした、実に人のよさそうな四十台半ばの旦那は本当に妻を気遣っていて、深々と草間に頭を下げ、悩みを解消してやって欲しいと言って仕事へ戻っていった。
 夫が仕事に戻ったのを確認し、深々と頭を下げる化け猫女将は草間たちを客室へ案内した。
 話に聞いていた以上に、昔ながらの日本人といった印象を受けるが、やはりそこは妖物。
 その身にまとう妖気は隠していても僅かに背筋に寒気を走らせる。
『どぉぞーこちらへー、夕食は夜七時で出さしてもらっとりますけど、何時がよろしいですかねぇ?』
 対応は通常の旅館の女将や仲居のそれを全く変わらぬものだった。
 そのあまりの『普通』さに、ついつい本当に旅行に来たような気分になって、七時で構わないと答えてしまった草間。
「――武彦さん…」
「!…ぁ」
 シュラインが肘で草間の脇をつつく。
 これでは夜の七時までに、一先ず調査を終えなければならなくなる。
「…戯け者め」
 溜息混じりに蛍華が呟き、部屋と館内の説明をする化け猫女将に、蛍華は凄んだ。
「おい化け猫、蛍華たちはただ泊まりに来たのではないんじゃぞ。通常の旅館マニュアルどおりにしてどうしろというのじゃ!」
 蛍華に指摘され、本当にうっかりしていたとばかりにパッと口元に手をやり、ハッとした顔を見せる。
 それが演技なのかどうかは定かではないが…
『!あぁ、いけない。相済みません御連れさん。うっかりいつもの癖が…夕食はラストオーダーの九時にさしてもらいますよってに。あと、他のお客さんのいはる客室以外の全室…遊技場や庭園、ボイラー室など各担当の者には貴方様がたのことはお話してありますんで、協力してくれはりますんでどうぞ活用くださいまし』
「じゃあ、私は館内を探してみるよ」
「あ、私も!」
「私も行くわ」
『憑かれとるいうてもワシが一人でおる時だけでしたんで…普段は何処でどうしているのやら…』
 何とも不明瞭な情報だが、奏、丹、シュラインの三人は客室を後にし、残った三人はまずその場で化け猫女将に事の詳細を問う事にした。

「どこから探そう」
 一先ずロビーまできたが、さてどこから当たってみようか。
 闇雲に探すのは非効率的だし、それぞれで探すのも得策ではない。
 女の霊とやらがどんな思いでとり憑いているのかわからないからだ。
 下手に刺激は出来ない上に、現状では彼女にとって自分たちは邪魔者以外の何者でもない。
「ん〜…化け猫女将さんが一人でいる時にしか、今の所出現していないんだよね。でもそれだとこっそり話を聞くとか難しいかも」
 丹の言葉に、隣にいた奏が呟く。
「私の力で呼びかけたら出てきてくれないかな。もし話す事ができなくても、感応の力で意思の疎通は出来ると思うし、聞かれたくなければ結界も張れるよ」
 感能力に突出している奏は、精霊や動植物に好かれやすいという特異性を持っている。
「それはいい案ね。じゃあ人目に付かない所に移動しましょ。まばらにしろこれだけ人がいるんだもの。中には見える人もいるだろうし。まぁいざという時の準備は少しだけだけどしてきてるし」
 ハンドバッグを掲げ、微笑むシュライン。
「何持ってきたんですか?」
 丹の問いに、シュラインは小声で答えた。
「またたびスプレーと魔除けの櫛。何もないよりマシだと思ってね」
 化け猫対策と怨霊対策といったところか。


 一方、草間と蛍華は通された客室のテーブルを囲み、時雨は窓際にある椅子に腰掛け少し距離をとりつつ、化け猫女将と話していた。
「で、女の霊とやらは何時頃から出始めたんじゃ?」
 些か威圧的な態度をとってしまう蛍華だが、それなりに理由があった。
 やましい事がなければどんな風に聞かれようが、キチンと答えられるはずだとふんでいたからである。
『へぇ、ワシがここに嫁いだのが六年前…ようやっと馴染んできた去年の夏頃からですわいなぁ。ワシに何か言いとぉて出てくるんでしょうが、ただ出てくるだけでなぁんの声も聞こえやしませんのや』
「それにしたって、あんたぁ化け猫だ。死霊を操るなんて話も聞く…自分に憑いてまわる霊ぐらいどうにかできる筈じゃあねぇのかい?」
 時雨の言葉に、女将は少し眉を寄せる。
『ただの霊ならワシかてあんさん方にお頼みしょーやなんて思いません。どうにもでけへんかったから長い道のり都内まで出向いたんです』
「では多少は自分で解決しようと試みたのじゃな?」
 蛍華の問いに女将は浅く頷いた。
「さっき一人で居る時に出てくると言ったな?何を訴えるでもなく傍に居るだけって事もないだろう。言葉は聞こえずともその表情から何かしら感じ取るものはないのか?」
『表情言うても…ただジッとワシのこと見とって、時折睨んでるようにも見えますけどぉ…ワシあないな女知らんよってに。そらぁ昔喰ろうた女かもしれませんがねぇ?でもそれやったら何で今頃になって出てくるって話になりますのや』
 この旅館に来てから一度たりとも人を喰らったり、とり殺したりなど誓ってしていないと、女将は三人に懇々と説明する。
 確かに、先に聞き込んだこの界隈の情報でも、誰かが消えたとか狂ったとか、妙な噂は一つとてなかった。
『あ、っと。そろそろ予約のお客様がおつきになられる時間ですわ。すんまへんけどこれから夜まで時間が取れませんで。また何か聞くことがあったら夜にでもお尋ね下さい』
 そう言って女将は腰をあげ、そそと客室をあとにした。
「…なぁ〜んか、腑に落ちないねえ」
 窓際に腰掛け外を眺めていた時雨が、二人に視線を向けずにそう呟いた。
「――不明瞭な点が多すぎる上に、あまりにも『何もなさ過ぎる』のじゃ」
 草間は煙草に火をつけ、フーッと大きく息を吐き、二、三度ふかした後、よし!とかけ声かけて膝を叩く。
「ここで考えてても拉致はあかん。シュラインたちも女の霊とやらを探してると思うし、俺たちも行こう」

■波形

 「――こっちに来てくれる気配はないけど、存在は示してくれてる。近いよ、ここから」
 奏の導きで館内を進んでいく一行。
 今のところ特に妙な気配は感じられない。
「…どうして館内から出られないんだろう…旅館で亡くなって地縛霊になっちゃったのかな?」
 小走りに廊下を進みながら、丹がポツリと呟いた。
「地縛霊か…そうだとするとあの化け猫女将さんに殺された事になるのかしらね…」
 女将が一人の時にしか現れないというのだから、何かしらの縁があるというもの。
 しかしシュラインは『女の霊』という見解よりも『女の姿をした何か』に切り替えていた。
 その方がつじつまが合う気がしたからだ。
「?」
 渡り廊下に差し掛かった時、窓の向こうで何かが光り、一瞬目が眩む。
 女のところまであと僅かというところで、奏はいったん足を止め、窓の外を凝視する。
「どうしたの?月宮さん」
「何か見えた?」
 奏が見つめる方向を身を乗り出して丹も見つめると、確かに雑木林の方に何か光るものがある。
「…光ってるというか…日の光を反射する何かがあるみたい」
「なんだろ?避雷針…ではないよね」
「あとで見に行って見ましょう。まずは女の人の方よ」
 シュラインの言葉に二人も頷き、渡り廊下の先に進んだ。
 渡り廊下の先からは別館。遊興施設などは全て本館に設けられている為、別館は寝泊りするだけにあるような状態で、人の気配はすれども実に静かなものだ。
「いる。この先に」
 奏が示す先には柳仙閣名物のひとつである露天風呂がある。
 浴場の前まで来て、三人は躊躇した。
「…入れってことかしら…」
「今から…?」
「でも、この奥から気配がする」
 流石に真昼間から温泉満喫という訳にもいかない。
 しかし気配は中からしていて、こちらに来る様子がない以上、行かねばならないのは必至。
 身の安全を確保するには、風呂に入るわけにはいなかない。
「…とりあえず、中に入ってみて…人が居なければ失礼だけどそのまま行ってしまいましょうか」
「人が来そうになったら脱衣場に急いで戻らないとね」
「行こう。呼んでる…」
 声ではない。まるで念波のような幾重にも重なった波が頭に直接寄せられる。
 それほど強いものではない。
「…弱ってる…?」
 一定のリズムで送られてくる波だが、次第にその一重一重の波長がか細くなっていく。
 このまま消えてしまうのではないかと、少々焦り気味に露天風呂へ向かう。

 中に誰も居ないのが幸いだった。
 湯煙の中、女の気配を奏は辿っていった。
「足元気をつけてね、月宮さん」
 そういうシュラインはタイトスカートが仇になったか、濡れた足場で足取りが覚束無い。
 温泉自体粘性の高い湯らしい。
「!あそこ」
「あ!和服姿の女の人がいる」
 湯煙の奥、露天風呂の中央に立つ柱のような巨石の傍に、その女は浮いていた。
 顎を引き、天頂部からまっすぐ芯を通したような綺麗な立ち姿で、深々とこちらに向かってお辞儀をする。
「…顔は化け猫女将さんとは違うね。食べられちゃった人じゃないみたい」
「見て、何か言ってるみたい」
 湯煙に隠され、見えにくいが何とか口元の動きが追える。

―――まで――は―れ――れない――

「…離れられない?」
 この場を離れられないのならどうやって女将のもとへ現れるのだろうか。
 水嫌いの化け猫が、まさか露天風呂につかっているわけでもあるまいし。
「――もしかして、夜までって言ってるんじゃないかな?ほら、まだ四時過ぎだし。化け猫女将さんが一人になる時って、考えてみたら普段は女将さんの仕事してるんだし、そうそう一人になる時ってないと思うの」
 丹が空を指差し、二人も空を見上げる。
「そうかもしれない。月宮さん、どう?あの人と話はできそう?」
 巨石の傍から動こうとしない女に向き直り、奏は手を差し伸べた。
「――憑いてるわけ…何を訴えたいのか教えてくれる?しゃべれなければ思うだけでいいから」
 ところが女は横に首を振るばかり。

―――る――まで――――

「あっ待って!」
 奏の制止の声も届かず、女は巨石に吸い込まれるように消えてしまった。
「昼間は動くどころか話すこともままならないってことか…思い描くことも負担になってしまうほど消耗しているってことかしら?」
 化け猫女将は自分に付き纏う女の霊を何とかしてくれと、依頼してきた。
 しかしこの状態なら、これほど消耗しているならわざわざ自分たちに除霊やら何やら頼んでこなくても少し待てば消えてしまうかもしれないのに。
「――…急ぐ必要がある…?」
 真相はまだはっきりとしないが、この依頼には裏がある事は確定した。
 化け猫女将が被害者であるとは言い難い。
「…とりあえず、夜になったらまた来たらいいかも。先にほら、渡り廊下から見えた金属?の方を調べてみませんか?」
「――そうだね。私の力でも感じ取れないほど弱っているのでは、どうしようもないもの」
 女の居場所はわかったのだから、時間になるまで今は他の調査を進めよう。
 三人は外の雑木林へ向かった。

  一方、シュラインたちが旅館内を調査している間に、草間たちは旅館周辺の調査を始めていた。
「化け猫の話じゃ旅館の敷地内ならってことだよな。一人で居る時つっても必ずしも旅館の中だけってことじゃないだろう」
「まあ敷地内は隈なく調べた方がいいだろ、夜に外を動き回るなぁちぃとばかし悪目立ちするしな」
 敷地内にある雑木林を進んでいくと、前方にキラリと光る何かが見えた。
「?何じゃアレは…棒か?」
「あん?先客がいるみたいだな」
 どら、と意識を集中して見つめる時雨。
「どうやら彼女らが既に来てるみたいだね。私らも落ち合うとしよう」
 
「あら、武彦さん。どう?そっちは何か収穫あった?」
 草間は肩をすくめる。まったく、と一言。
「――ところで、これ立てたのおぬしらか?」
 蛍華がこれ、と指差した物に先に来ていた三人は首を横に降る。
「私たちも渡り廊下からこれが日光を反射したのが見えたから来たのよ」
「――でも…なんでこんな所こんなものが…」
 奏は職業柄見慣れているものだが、それにしたってこんな旅館の敷地内にあるのはどう考えても不自然だ。
 皆の目の前にあるモノ。
 それは一本の古びた錫杖。
 真鍮でできた錫杖に黒壇の柄。
 紛れもなく修験者などが持っている錫杖であった。
「…しかもかなり年季が入ってるみたい…ずっとここにあったのかな?」
 錫杖の錆び具合をまじまじと見ながら丹が呟く。
「――いや?こらぁそう何十年もここに刺さっている訳でもなさそうだ。少なくともここ一〜二年だね」
 長年雨ざらしになっているとしたら、この程度の錆び具合ではすまない。もっと劣化しているだろう。時雨はそうふんだのである。
「一〜二年…そうすると、化け猫のところに女が現れ始めた時期と同じぐらいだな」
「あら、出始めたのはつい最近のことなの?」
 草間の言葉にシュラインは首をかしげる。
 あの露天風呂の巨石に消えた女は夜以外は話す事すらままならない状態で、どうして一年以上も消えずに居られたのだろうか。
「――波長が弱まっていること、女将の前だけにでること、そしてこの錫杖…何か繋がりがあると見ていいかも。現にこの錫杖、何かをせき止めているみたいだし」
 奏が言うには錫杖の周りを取り巻く気が、雫が落ちる水面のようにゆっくりとした波形を描いて脈打っているらしい。
「まるで地脈をせき止めているようじゃな。まぁ…これが化け猫か女かどちらに有益に働いておるものなのかわからぬ以上、下手に手をつけるわけにはいかんじゃろ」
「そうね、あとは…これと同じものがないかどうか周辺を回って見ましょう」
 一向は雑木林を進む。
 最後尾を歩いていた時雨は肩越しに振り返り、ぽつりと呟いた。
「――覗き見はよくないね」
 時雨の視線の先には、錫杖の傍に生える木の上にいる一匹の黒猫。
 猫はその丸い目をすぅっと細め、時雨たちの背中を見つめていた。

■要石

 『こちらが本日のお夕食ですー』
「おおっ」
 思わず笑みがこぼれてしまう草間。
「これは、スゴイわね…」
 流石にシュラインも料理の並べられたテーブルを見て驚いた。
 食前酒に地元の白ワイン、揚げ湯葉の含め煮、岩魚の塩焼、蕗のとうの味噌仕立てや岩茸の胡麻味噌芥子酢和え、山芋の梅肉和えなどなど。
 色とりどりの料理がテーブルを飾っている。
『揚物の方も千本シメジやサツマイモなど色々人気の高いものを中心にご用意さして頂きましたんで、どうぞごゆるりとお楽しみくださいねぇ。御風呂の方は零時過ぎまで開放しておりますんでー』
 頭を下げ、襖を閉めてパタパタと足早に去ってく化け猫女将を見て、本当に困っているのだろうかと疑問がわく。
「ふむ、これはなかなか」
 用意された五つの御膳の一つに陣取り、蛍華は食事を始めた。
 それにつられて草間たちも食事を始める。
 そんな中、気を遣わせてはと時雨はこっそり客室を出る。
 旅館というのはなかなか不思議なもので、夜の九時十時を過ぎると殆どが客室に戻ってこの静かな雰囲気を楽しむ客が多い為、仲居以外に見られる事は少ない。
 ここのように見た感じ中堅どころな旅館や大きな旅館であれば尚更だ。
 仲間たちは食事の後は温泉に浸かりに行く事だろうし、露天風呂にその女が出るというならそこは任せるべきだと思ったのだ。
 除霊や浄霊は自分の領分ではない。
「――本館はこれといって目に付くようなものはないな…やはり――…」
『やはり?』
 背後から突如かかる女の声。
 それが化け猫女将の声だと気づくのに時間はかからなかった。
『こんな時間にお一人でどこへ?温泉街とはいえ夜道は物騒ですわいなぁ』
「――女将サンこそ、幽霊退治を依頼した割にゃあこっちの事を信用してないんじゃないかい?」
 眷属を使っているのかと一瞬思ったが、あれは間違いなくこの女将自身だ。
 あの錫杖はこの化け猫にとって大切なものらしい。
 自ら身を潜めて監視しに来るほどなのだから、そうと見て間違いないだろう。
『なんのことですやら…』
 真っ赤な紅を引いた唇がにぃっと弧を描き、くすくすと妖艶な笑みをたたえ、化け猫は言った。
「ところで――女将サンは気づいているんかい?付き纏う女の霊とやらが何処にいるか」
 すると化け猫は時雨を見据える。
 瞳孔が狭まり、金色の瞳が薄暗い館内の中でいっそう際立った。
『この柳仙閣の土地の何処へ行ってもあの女の気配がある。場所なんて特定できやしない』
「――そうかな?」
 不適に笑う時雨に、化け猫は怪訝そうに眉を寄せる。
「お休み、女将サン。私はもうちょっとそのへんぶらつく事にするよ。道中はしっかり、気を配る事にするさ」
 そう言って時雨は再び外へ出た。
 化け猫はついてくる気配はない。
 否、ついてこれないといった方が正しいだろう。
 化け猫は時雨の持つ独特の雰囲気に違和感を覚えた筈だ。
 わざわざ危険を冒してまで時雨を無理に止めようとはしない。
 そんな事をすれば、他の仲間に不信がられるのは目に見えている。

 薄暗いロビーにただ一人、時雨の背中を見送った化け猫は昼間のように目を細め、袖で口元を隠しながら悪態づく。
『…チッ…同じ妖かしのクセに…』
 踵を返し、足早に廊下を戻っていく。
『……思った以上に勘の働く連中だ。こりゃあ急いだ方が得策だねぇ』


  食事を終えた草間たち。
 いよいよ露天風呂の巨石に消えた女とご対面の時間がやって来た。
「それじゃあ武彦さん、後は宜しくね」
「ああ、とりあえず先に情報整理しとく。そっちもよろしく頼むぞ」
 誰に言っているんじゃ、と、蛍華は草間に凄み、丹も奏も準備万端で廊下で待っていた。
「仕事とわかっててもやっぱり温泉って聞くと、ちょっとうきうきしちゃうね」
 いけないいけないと苦笑しつつ、丹が奏に話しかけると、奏は少し恥ずかしそうに頬を染めて呟いた。
「――仕事だけど、実は少しだけ楽しみだったの。あまり外出する事がないから…温泉街も初めてで…」
「そうなんだ、じゃあこの仕事が無事に解決したら、ゆっくり満喫しようよ」
 戦う力はないけれど、戦う人を少しぐらいサポートする事はできる。
 自分の出来ることを頑張ってやる。常日頃丹が心がけている事だ。
 今回の仕事も、女の霊は心残りがあるから出てくるのであって、可能であれば、心残りが何なのか聞いて可能な限り霊の心残りを取り除いてあげたい。
 化け猫女将は『除霊しろ』ではなく『何とかしてくれ』なのだから、手段は除霊以外でも全く問題ないはずだ。
 強制排除ではなく昇天という形を取らせてあげたい。
 それが丹の望み。
「そうだね」
 丹の笑顔につられて、奏もにっこりと微笑む。
 昼間の状態からして、夜になったところで本当に大丈夫なのかと、一抹の不安を拭いきれない奏だが、やれるだけの事はやってみなくてはと、気合を入れる。
「お待たせ、それじゃあ行きましょうか」
 遅れて出てきたシュラインと蛍華と共に、奏は露天風呂から女が移動していない事を確認する。
「大丈夫、昼間よりハッキリしてる。これなら話を聞けると思う」
 露天風呂に誰もいないことを確認しつつ、四人は中に入った。
 昼間のように服のまま浴場へという訳にはいかないし、小汗もかいたのでやはり温泉に浸かりたかったのだ。
 勿論、シュラインはもしもの時の為に魔物よけ用の櫛を携帯しつつ。
 そして昼間言っていた通り、巨石からあの女が姿を現した。
 今後は随分とハッキリした存在感がある。
 昼間会った時のように、優雅なお辞儀をして女は言葉を発した。

――ようこそおいで下さいました。柳仙閣へようこそ――

 まるで女将のような口調である。
「昼間の息も絶え絶えな印象はどこへやら…って感じねぇ」
 その流暢な喋りに、シュラインは少しホッとしてしまった。
 もしかするとあのまま消えてしまったのではないかと思っていたから。
 女は中央の巨石の傍から離れる事はなく、まるでそこに畳でもあるかのように、水面に正座したのだ。

――昼間は突然消えてしまい、まことに申し訳御座いませんでした――

「今こうして話が聞けるのだから、それはいいのよ。でも、理由は聞いていいのかしら?」
 薦められるままに湯船に浸かる四人。
 水面に浮く形で正座している女を前に、なんとも不思議な構図だった。
 女は微苦笑しつつ、理由を述べる。

――力を溜めなければならなかったので…どうかお許し下さい――

「貴女は、あの化け猫女将さんに殺された人?」
 丹の問いに、女はかぶりをふる。
 じゃあ何故…と言いかけたところで蛍華が女を見て断言した。
「昼間は弱すぎてよぉわからなんだが、この女は地脈を司る地霊じゃよ。なるほど…あの化け猫の目的がおぼろげながら読めてきたぞ」
 女は微苦笑しつつも浅く頷いた。

――ご指摘の通り、私はこの周辺の地脈司る地霊にございます――

「じゃあ、あの地面に突き立てられた錫杖は…」
 奏の言葉に女は頷いた。

――あそこは地脈のツボ。あそこを封じられれば、いくら私とて動けなくなってしまいます――

「貴女が女将の前に現れだしたのが一年ほど前で、あの錫杖が立てられたのが一〜二年ほど前…地脈の異変に気づいて、それを乱したあの女将にやめるよう言いに現れていたってことかしら」
 女は頷く。
「死霊や死体は操れても自然霊…しかも地脈を司るほどの地霊とあらば、さすがの化け猫も操ったりすぐさま消したりできんかったんじゃろ」
「そして興信所に貴女をどうにかしてくれないかと頼みに来たってことは…」
 奏がふいに雑木林の方へ目を向ける。
「急がねばならない事情ができた…というところかな。彼女の正体を話せば更に怪しまれるのは必至…だから死霊だなんて嘘をついたんだろうね」
 あの錫杖が刺さっていた雑木林の方向で波形が乱れ始めた。

――ここは最後の要石…地脈を完全に封じられた今、もはやこの場所から私は動く事が出来ません――

「でも地脈を封じて、あの化け猫はいったい何をしようとしているのかしら?」
 女と錫杖と化け猫が繋がったのはいいとして、その最終的な目的が見えてこない。
 地脈の主導権を得たわけでもないだろうに。
 すると蛍華は湯船から上がり、女を振り返る。
「こんなところに要石、周りには温泉…どうみても何かを守らせる為に用意されたものじゃな。祀りをせずともただこの土地を守るように」

――そうです。この地には――

 そこまで言いかけたところで、途端に巨石に大きなひびが入った。
 その影響で女の言葉は途切れ途切れになる。

――裏山――祠――猫しょう――止めて――

 それだけ言い残し、女は再び巨石に吸い込まれるように消えてしまった。
「地脈の力を使ってまで封印していた何かを解放する為に、あの女将は動いていたってこと?」
「裏山の祠ね、急ぎましょう」
 急いで風呂からあがった四人は、髪を乾かす余裕もなく足早に裏山へ向かっていった。


■終焉

 「こりゃどういうことだ!?」
 部屋に残っていた草間を時雨が呼びに行き、表の雑木林まで連れてきていた。
 錫杖がガチャガチャと震えている。
 しかも周囲の地面には何の振動も伝わってこない。
「――こりゃああの化け猫にいっぱいくわされたってトコだな。さっきから妙な気配が奥で渦巻いてやがる」
 時雨が指差した方向は旅館の裏山。
 他の誰も気づかないほど小さな、枯れ枝に埋もれた祠。
 昼間はよくわからなかったが、先ほどぐるりと一周した時、明らかに異質な感じがしたのだ。
「とりあえず、この錫杖は抜いた方がよさそう、だ!」
 力を込めて勢いよく錫杖を引っこ抜くと、その鳴動はおさまったが、奥のほうの気配は膨れ上がる一方だった。
「まずいねぇ、どうやらもう封印は解かれちまったようだ。急ごう」
 草間と共に時雨は裏山の祠の方へ走っていった。

 別館から裏山へ抜ける道を辿り、シュラインたちはようやく裏山へたどり着いた。
 そして少し遅れて時雨たちも。
 皆の視線の先には、髪を振り乱し、狂喜した女将の姿があった。
『おや皆さんおそろいで。結局あの女はどうにかしてくれたのかねぇ?』
「そんなわけないでしょ。この土地を守る地霊だったんだから」
 シュラインの言葉に、化け猫はおや、と少し驚いた様子。
『あの女に直接聞いたのかい。いったい何処にいたんだか』
「女将サンが立ち入れないところさ」
 時雨の皮肉めいた台詞に、化け猫は鼻で笑い、くるりと背を向ける。
『まぁいい、また地脈は開放されちまったようだが、もう目当てのものは手に入った。探偵殿の力を借りるまでもなかったようだ』
 くすくす笑いながら、ほお擦りしてみせたそれに、一同は息を呑む。
 化け猫の手の中には、まるで今取り出したばかりのような、真っ赤な心臓が一つ。脈打って震えていた。
『ようやく見つけた…ようやく戻ってきた…愛しい人…』
 そう言って化け猫はそのこぶし大の心臓を、大きく口を開いて呑み込んだのだ。
「!?何を」
 シュラインは思わず口元を押さえる。
「――力の源たる心臓を喰らう事で、その力を手に入れる…貴女の本当の目的はそれだったのね」
 キッと見据える奏に、化け猫は蠱惑的な笑みをたたえ、柔らかな口調で答える。
『もうそろそろ地脈に気をそがれて枯れ果てるところだったからねぇ?ワシも急ぐ必要があったんだぇ』
「女は口実で活きのいいのを集めて頂きます、と、来ると思ったが…結果的にはペテンにかけられたようなものじゃな」
 蛍華は氷具生成で剣を出現させ、化け猫めがけて切りかかる。
 しかし、その攻撃をひらりとかわし、化け猫は宙に浮いた。
 そこには漆黒の髪をなびかせ、猫の耳と五本の尻尾を持った、猫女の姿があった。
『たかだが数百年程度の小娘が笑わせてくれるわいなぁ、この猫しょうに刃をむけるとは』
「猫しょう……チッ…しかも純黒かい。一番たちの悪い奴じゃあないか」
 時雨は舌打ちし、この場に居るものだけでは到底勝てるはずがないと歯噛みする。
 自分ひとりでも少々骨の折れる相手だ。
 そして猫しょうの方も時雨の考えに気づいたのだろう。
 にんまりと笑って言った。
『ワシの目的は達成したからねぇ、今は無駄に争って力を消耗したくないわいなぁ。それじゃあ、また何処かで会うこともあろうて。暫しの別れと相成りましょうや』
 猫しょうは高らかに笑って夜の闇に消えていった。

「――やっぱり、胡散臭い話だったようね。武彦さん」
「…だから俺は受けたくなかったんだッ」
「しかもしてやられた感の強いことじゃ」
 ただで料理や温泉を堪能できたのはいいが、それにしたって何とも腑に落ちない。
 そんなときだ。
「あ、見て!さっきの地霊さんが」
 丹が指差す雑木林の一画には、先ほどの地霊が立っており、深々と頭を下げた。

――間に合わなかったんですね。でも、私の力不足が原因ですので、皆様どうか御気になさらずに――

「…そんなことないよ…私たちがもっと早く化け猫の目的に気づいていれば…」
 退魔師として、目の前で敵にしてやられてしまうこと以上に悔しいものはない。
 そんな奏に、地霊はにっこりと微笑み、目の前に現れた。

――あれはかつてこの地にはびこっていた猫しょうの雄の心臓。退治を試みた高僧が地脈の力を利用してようやく封印する事が出来たもの。人一人では無理なことだったのです。だから、そんなに気に病まないで下さい――

 あの女将は連れの亡骸を探して探して、ようやくこの血にその力の源たる心臓が封印されている事に気づき、旅館の旦那に取り入ったのだ。
 そして祠の封印の要となるのが地脈であるとわかり、少し前に地脈のツボを探り当て、封印を緩めた。
 だが地霊の妨害もあって、なかなか封印が説けず、焦ったところで、草間たちに依頼することを思いついたのだろうと地霊は言った。
 猫しょうのすることだ。本来ならもっとばれないように狡猾に幾重にも策を講じていただろう。
 それだけ時間がなかったということだ。
「――にしても、今回は…ただ踊らされただけな気がするな…」
 草間は一人ごちて煙草に火をつけ、深く息を吐く。

――でも、結果的にはよかったと思います。あれは邪悪なもの。いずれ地脈が移動した時、あれの封印は壊れた事でしょう。その時何も知らない人間が近づき災厄に見舞われることがなかっただけ――

「喜ばしい事、か?」
 草間の続けた言葉に、地霊は浅く頷いた。



―了―
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2394 / 香坂・丹 / 女性 / 20歳 / 学生】
【4767 / 月宮・奏 / 女性 / 14歳 / 中学生:退魔師】
【5484 / 内山・時雨 / 女性 / 20歳 / 無職】
【6036 / 蒼雪・蛍華 / 女性 / 200歳 / 仙具・何でも屋(怪奇事件系)】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、鴉です。
【サスペンス劇場〜死霊現る化猫温泉宿〜】に参加下さいまして有難う御座います。
女の正体に関して、予想はシュラインさんがズバリ!
他の方もとても素敵なプレイングで、細かい所で話を掘り込めました。
結果的に化け猫…猫しょうにしてやられてしまいましたが、
またいつか何処かで彼女とあいまみえることでしょう。

ともあれ、このノベルに際し何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せいただけますと幸いです。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。