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螺旋の刻
事件から数日後。
ここ最近の魅月姫の日課となっているのがナハトの元へと訪れることだった。
見舞いであったり、届け物であったり。
気分次第であるかの様に、ふらりと姿を現すのだ。
「もうすぐ帰ってくる頃ですから」
「そうですか」
来たタイミングが少しばかり早かったらしく、検査の最中だとは部屋を整えに来た看護師が教えてくれた事である。
「何時もマメですね」
「いいえ」
手にしていた果物のカゴを置こうと、棚の上や窓を見るが既にスペースがあまり残っていないと気付く。
無理をすれば置けないこともないだろうが……本や花と言った見舞いの品の中にある果物は魅月姫が持ってきた物だ。
「………」
どうするか考えた結果、直ぐに戻って来たら食べるだろうとベッド脇に置いておくことにする。
冷蔵庫も持ち込まれてはいたが、さすがに入りそうにない。
「お皿とナイフいります?」
「はい」
気を利かせてくれた看護師が、取りに行ってくれた間ベッド横にある椅子に腰掛け、帰ってくるのを本を読みながら待つ。
今座っているこの椅子も、いつの間にか用意されていた物だった。
おそらくは良く来る魅月姫にと誰かが用意した物なのだろう。
つまりは、それぐらいには認識されている様だ。
こうしてナハトの元へと訪れては、何をするでもなく待っていたり。
戻ってきたナハトのそばで何をするでもなく今のように本を読んでいたりする。
近づいてくる気配に、魅月姫は僅かに視線を動かし、そして何事もなかったように本へと視線を戻す 。
戸が開き、ナハトが戻ってきたのは直ぐだった。
「そろそろ来ている頃だと」
「時間はありますから」
本を戻す魅月姫の横を通り、ナハトが冷蔵庫に箱を入れベッドへと戻る。
「今日は……果物? 何時もすまない」
「少し減らした方が良いかもしれません」
「確かに」
リンゴを手に取りそのまま囓るのと、看護師が戻ってきたのは同時だった。
「お皿と紅茶も持ってきましたよ……あっ、もう食べちゃってました?」
「……いや、まあ」
どうすればいいのかとナハトと看護師の二人が考えたらしいのはほんの一瞬。
本を閉じ、代わりにティーカップを受け取りながら、淡々とした口調で魅月姫が言う。
「他のを食べればよいのでは」
悩むまでもないことだ。
「……そうだな」
まだ沢山あるのだから。
「梨でいいか?」
「はい」
ナイフがあるから選んだのだろう。
剥くと言うより、削っているように見えたのだがそれはさておき。
「検査はどうでした?」
そろそろ何か解る頃だろう。
何時も通り感情の起伏を感じさせずらくはあったが、気にかけている様だとは解った。
こうして何かを尋ねることすら珍しい。
手を止めたナハトが口を開きかけ、どうしようかと言いたげに看護師の方を見る。
「じゃあ、またあとで」
「すまない」
看護師が戸を閉めるのを待ってから、ナハトが話を再開させた。
「あまり多くに口外するなと言われていてな。魅月姫なら、言ったところで何か変わることはなさそうだし」
何か込み入った事情がありそうだとは容易に解る。
「検査の理由は、りょうのと同調率を調べる為だそうだ。記憶や思考を一部とはいえ共有できるのはどうなのだろうと」
そう答えるナハトはあまり深刻に捉えておらず、説明された事をそのまま口にしているようだった。
聞いた話では良いとも悪いとも返しがたいどころか、これまでの事を考えると危ういような気もするのだが……。
確かになるようにしかならないとも言える。
「いまは?」
「ここからでも会話も可能だ。あとやろうと思えば、りょうが今右目で見ている光景も見える」
実際に試そうとしたのか、閉じた両目を閉じ、右目を押さえ黙り込む。
「………ん?」
「ナハト?」
何か変わった物でも見たのだろうか?
眉をしかめたのを見て、魅月姫がほんの僅かに首をかしげた。
「いや、何かよくわからないがとりあえずは大丈夫だろう」
「………」
なんとも微妙な表情だったが、事件性があればすぐに向かっただろうから大した事ではなかったのだろう。
それに、実際に魅月姫の目の前で試したことで、説明されるよりも力がどう行き来しているのかが解った。
足りない物を補うように、力が循環している。
現在ナハトの力の流れは混乱もしていないし、弱ってもいないからりょうの方へと送られていた。
「つまり怪我ではないのですね」
「ああ、暫くはこのままにしておいた方がいいと」
「そう」
紅茶を飲み終え、受け皿を側に置く。
危険はないのだと確認が出来ればそれで構わない。
ホッとしたような魅月姫に、今度こそナハトは意外そうな顔をして見せた。
「………」
「何か?」
「いや……ああ、そうだな、意外だったのだと思う。いまこうしていられる事も含めて」
思う所は色々とあるのだろう。
「そうですか」
「ああ、上手くは言えないがな」
最近のことや、少し前のこと。
それから……ずっと、ずっと前の事も。
上手く言葉に出来ないような事は幾らでもあ。
上手く言葉に出来なかったのは、まだそれら全てを整理できずに引きずっているからだ。
「変わりませんね」
「そうか? 変わったと思っているが」
考え込み始めたナハトに、何か勘違いをしていると気付く。
言いたいのは、そうではない。
「子供の頃のようだと言ったのです」
「………ああ、成る程」
納得しながら呟き。
手の中のリンゴを幾度か回してから、ぱっと顔を上げる。
「あの時は、助けてくれてありがとう」
やはり変わらない。
例えどれだけ月日が流れ、どんな事があったとしても。
間の事を知らない魅月姫には、よけいに同じだと感じる。
「いいえ」
ホッとしたようにリンゴを囓るナハトに、魅月姫が少しだけ言葉を付け足しておくのを忘れない。
「次に何かしてしまったのなら、私が止めてあげます」
「………っ!」
きょっと目を見開いて、石にでもなってしまったかのように動きを止めた。
「今日はこれで」
「あ、ああ……また」
手を振るナハトに見送られながら、魅月姫は部屋を後にする。
「………再会したのが『今』で本当に良かった」
一人になった病室で、誰に言うでもなくそう呟いた。
外で待っていたのだろう看護師が、やや緊張したような声で魅月姫へと話しかけてきた。
「あ、ええと。今日はもう? ああ、玄関までお送りします」
「はい」
ただ待っていたと言うだけでなく、何か言いつけでもされていたのだろう。
別に送ってもらう必要はなかったのだが、歩き出した魅月姫の後を勝手に付いてくるのだ。
何かと言う疑問の答えは、尋ねるまでもなく向こうが勝手に話しだす。
「ナハト本人が送ったりしたいとか言ってたんですよ。でも人型で歩くとあまり良くないからと。ああ、ナハトとか組織がどうとかじゃなくて……あまり早く元気になると狩人さんから仕事が行くから、控えようと言うことになったって」
納得できるような、そうではないような。
そもそも何が言いたいかが明確ではないのだ。
「………」
無言のまま魅月姫が視線を送ると、何か意を決した様に今度ははっきりと言いたかっただろうことを言葉にする。
「つまりはその……人手不足なんですよ。出来たら手を貸していただけないかなと」
「何故私に?」
「貴女を深淵の魔女と知ってのお願いです」
命一杯緊張しつつ魅月姫の反応を待つ看護師に、僅かに視線を送る。
「……」
「誰かに言えと言われたわけではなくて、個人的な頼み何で……駄目ならそれで構いません」
病室で話をしている間にでも、他から聞かされでもしたのだろう。
「どうでしょうか?」
「………」
ただ頼まれただけというのなら別の言葉をすぐに返したかもしれない。
そうしなかったのも、魅月姫に話を持ちかけられるだけの理由があるからだ。
その考えは、あながち外れては居ないが……。
「興味があれば手伝いましょう」
「覚えておきます」
「また、ナハトが私の力を必要とするのなら呼びなさい」
「はい」
淡々とした口調に、それでもホッとしたように息をついて頭を下げる。
「ありがとうございます!」
出口はまだ先だが、送ってもらうのも、話をするのもこの辺りで良い。
変わらぬ歩調で歩いていた魅月姫が足を止めて振り返ると、数歩分後ろで同じように看護師も足を止めた。
「但し、気を害することがあったり、邪魔をするのであれば容赦はしません」
良いことだけを想像して頼んでいるのなら、その甘い考えは即刻正すべきである。
力を借りると言とは、そう言うことなのだから。
「………はい」
頷いたのを確認し、魅月姫は何事もなかったの様に歩きだす。
「それでは」
さて、次に来る時は何を持ってこようか。
答えが解るのは、次にナハトの元へと訪れた時の事である。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【4682/黒榊・魅月姫/女性/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
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■ ライター通信 ■
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突発シナリオでしたが、発注ありがとうございました。
どこで繋がってるようなそうでないような進行具合となりました。
楽しんでいただけたら幸いです。
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