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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


冬のひまわり

【プロローグ】
 ひどく寒い夕方のことだった。
 碧摩蓮は、そろそろ店じまいしようかと、奥のカウンターから立ち上がった。
 その時だ。表の扉が乱暴に開けられ、一人の男が半ば倒れ込むように、店内に入って来た。一見すると、五十から六十前後とも見える薄汚い恰好の男で、浮浪者かとも思えた。しかし、蓮は慌てることも騒ぐこともせず、男の方へと歩み寄る。そして、身を屈めた。
「あんた、大丈夫かい?」
 尋ねる声に、男は目を開けると、汚れた手を彼女の方へとさしのばした。そして、うめくような声を漏らす。
「冬に咲く……ひまわりを探せ……」
 それだけを、必死の形相で告げると、男の手は力なく落ちた。
「ちょっと、あんた?」
 蓮が、わずかに眉をひそめて声をかける。が、男はもう答えなかった。思わずその胸の鼓動をたしかめ、蓮は顔をしかめる。男はすでに、こと切れていたのだ。
「冬に咲くひまわりだって? まさかそれを、あたしに探せっていうんじゃないだろうね」
 思わずぼやくが、もはや答える声はない。蓮は立ち上がり、小さく唇を噛みしめた。
 これが、彼女が不可解な言葉の謎を追うことになった、最初のきっかけだったのである。

【1】
 蓮からの要請を受けて、アンティークショップレンに集まったのは、セレスティ・カーニンガム、月宮奏、シュライン・エマ、一色千鳥の四人だった。
 まずは、謎の言葉を残して死んだ男について知りたいというのが、彼らの一致した意見だ。蓮はそれに答えて、自分が知り得た限りの男の情報を彼らに話した。
 男は市田彬、五十歳。元映画監督で、五年前、『冬のひまわり』という猟奇的なホラー映画で一躍世間に名前を知られるようになった。が、映画のヒットから一年後、一人娘の七海(ななみ)が行方不明になったのをきっかけに、映画界から姿を消した。どうやらその後は、ホームレスとしての日々を送っていたらしいという。
「案外、行方不明になった娘を、探していたのかもしれないね」
 最後にそう付け加えた蓮に、セレスティは尋ねた。
「身元は、どうやってわかったのでしょう? 警察の方が調べたのですか? それとも、何か身元を示すようなものを所持しておられたのでしょうか」
「ああ。……市田は、車の免許証を持っていたんだ。とっくに期限の切れたものだったけど、あれにはほら、写真がついてるだろ? それで、本人に間違いないってことがわかったのさ」
 言って、蓮は続けた。
「市田がうちの店で死んだ時、他に身に着けていたのは、サイフと映画『冬のひまわり』のポスターだけだった。しかもサイフの中身は、五円玉が一つきりってありさまさ」
「死因はなんだったの?」
 尋ねたのは、シュラインだ。
「どうやら、心臓麻痺だったみたいだね」
 蓮は言った。
「あの日は、ずいぶんと寒かったし……警察の話じゃ、たぶんどこかで心臓発作を起こして、そのままここにたどり着き、力尽きたんじゃないかってことだった。胃はからっぽだったっていうし、もともと体が弱ってもいたんだろうね」
「つまり、死因自体に事件性はないわけね。……でも、ここにたどり着いたのが偶然とは、私には思えないわ」
 シュラインが、幾分考え込むようにして呟く。
「ここは、誰でも来ることのできる店ではないんだし……」
「そうですね」
 セレスティもうなずいた。
「なにより気になるのは、その市田さんって人が、最後に残した言葉ですね」
 ずっと黙って話を聞いていた奏が、口を開く。
「『冬に咲くひまわりを探せ』……とはどういうことなのか。それは、実際にひまわりの花のことなのかもしれないし、何かを示すキーワードっていう線もあるかもしれません」
「でも、実際のひまわりは、夏の花なのではありませんか?」
「そうですよね。私はこれは、何かの比喩じゃないかと思うのですが……」
 セレスティの言葉に、千鳥が横からうなずいて言う。
「ところが、そうでもないのよ。九州の方に、種を蒔く時期をずらして冬にひまわりを咲かせるところがあるらしいの。以前に人から聞いた話だと、十二月ぐらいでも、花が見られるそうよ」
 言ったのは、シュラインだ。
「え? そうなんですか?」
 千鳥は驚いて目を丸くする。そして、思い出したように呟いた。
「……そういえば、『ひまわりの里』なんて所もありますね。あ、でもそこは、花は夏だけみたいですけど……。それに、何かの比喩とかキーワードだとすれば、場所とばかりも限りませんよね。たとえば、歌やドラマのタイトルにも『冬のひまわり』ってありますし……」
 言いかけて、ふいに彼は顔を上げる。
「そういえば、その市田さんが作った映画も『冬のひまわり』ってタイトルだったんですよね?」
 彼に言われて改めて、セレスティたちはそれを思い出し、顔を見合わせた。
「たしかに、それは盲点でしたね。……どちらにしろ、わざわざこの店に来てその言葉を残し、力尽きたということは、遠い他の土地ではなく、この店かその周辺に彼が探せと言ったものがあるということだと、私は思いますが」
 セレスティはうなずくと言って、一同をふり返る。
「それで、市田氏が撮った映画というのは、どんな話なんでしょうか。私は、残念ながら見たことがないのですが」
 彼の問いに、蓮たちは再び顔を見合わせた。どうやら、誰も映画『冬のひまわり』を見たことのある者はいないようだ。
「……まずは、その映画を見てみようじゃないか。案外、何か手掛かりが、ころがってるかもしれないよ」
 ややあって、蓮が言う。
「それがいいようですね」
 セレスティが、四人を代表するように、うなずいた。

【2】
 映画『冬のひまわり』は、今でも人気があるらしく、アンティークショップレンからほど近いレンタルの店で、簡単にDVDが見つかった。蓮の店の奥、自宅にあたる一室で、セレスティたち四人と蓮は、それを見た。
 長さは二時間ほどで、映像的にはどこか夢物語のような、不思議な美しさのある作品だった。が、話の内容からすれば、それはずいぶんとグロテスクで、人によっては見るに耐えない作品と感じたかもしれない。
 主人公は、子供をさらっては殺す、いわゆる猟奇殺人犯だった。その主人公が、ある時一人の少女を殺し、死体をばらばらにして埋める。その後主人公は、何くわぬ顔で、ある富豪の娘の家庭教師となった。その娘を次の獲物に狙いを定めてのことで、カメラはひたすら主人公の視点でそこでの日常を描いて行く。
 その冬のこと。主人公は富豪に誘われ、一家が別荘へ休暇に行くのへ同行する。その別荘は、かつて主人公が少女を殺して埋めた場所だったが、雪に埋もれ、すっかり様子が変わっているため、主人公は気づかない。そしてその別荘の庭の一画に、なぜかひまわりが咲いていた。驚いた富豪は、すぐに人を雇って、そこを掘り返させた。するとそこからは、殺された少女の首が現れる――という内容だ。
 映画は、掘り起こされたひまわりの根方に、まるで巨大な球根のようにくっついている少女の生首の映像で終わりを告げた。
 ちなみに、なぜいきなりひまわりが咲いたのかといえば、少女が殺された時、その死体の上に、種が撒き散らされていたからだ。
 主人公はリスを飼っていて、少女が殺される時、暴れてその餌であるひまわりの種が入った缶を棚の上から落としてしまうのだ。
「なんでこれが人気が出るのか、わかりませんね」
 見終わって、嫌な顔をしてそう漏らしたのは、千鳥だ。
「映像的にはなかなか美しいですから……それを評価されたのではないでしょうか」
 セレスティは、眉をひそめつつ、言った。
 とはいえ、彼もこの映画を素晴らしいと絶賛する人間の気は知れなかった。視力が弱いため、鋭い感覚と、デッキに直接触れることで中の情報を読み取る能力の両方を駆使して、映画を鑑賞した彼だ。だからこそよけいに、その内容のグロテスクさがダイレクトに伝わって来たのかもしれない。しかし、いかにも嫌そうに眉をしかめている蓮や、不味いものでも食べたような顔つきのシュライン、映画が終わってホッとしたように溜息を漏らした奏を見れば、誰もが自分や千鳥と似たような感想を持ったことは、理解できる。
「少し、気分を変えて、お茶でも飲みませんか? 家から梅昆布茶を持って来ていますから、それを入れますね」
 千鳥が言って、蓮に台所を借りることを断り、席を立った。
 ややあって、美味しい梅昆布茶が全員に供される。その味と香り、温かさに、嫌な気持ちが解かされて行くようで、セレスティはホッと溜息をついた。料理屋の主は、お茶を入れるのもさすがに上手いようだ。それに、お茶そのものも、上等の品だった。
 誰もがくつろいだ様子で、しばしお茶を啜った後、ようやく蓮が口を開く。
「それで、何か気づいたことはある?」
「市田さん自身も、娘が行方不明になっているんですよね?」
 問い返したのは、奏だ。
「ああ。警察の人は、そう言ってたね」
「そして、その行方を探すために、ホームレスになったのかもしれない……と」
 うなずく蓮に、半ば考え込むように奏は言葉を続ける。
「娘の行方不明が事故ではなく、何者かに連れ去られたためだとしたら、その犯人から接触があって、あの映画の結末と同じことを示唆された……とも考えられますね」
「なるほど。だから、『冬に咲くひまわりを探せ』ですか」
 セレスティはうなずいたものの、小さく肩をすくめて反論した。
「しかし、それも推測にすぎません。なんの確証もないことですし、映画のタイトルは偶然かもしれません。……この映画のことも念頭に置きながら、もう少し視野を広げて、いろいろ調べてみる方が、いいように私は思います。とにかく、情報が少なすぎますからね」
「そうね。……私も、他の方面で『冬に咲くひまわり』のことを、調べてみた方がいいと思うわ」
 うなずいたのは、シュラインだった。
「殊に、市田さんがこの店で力尽きたっていうのは、重要なポイントだと思うのよ。まずこの店の品物を、調べてみる必要があるんじゃないかしら」
「私も、そう思います」
 セレスティも、うなずき返す。もちろん彼は、「ひまわり」が本物の花である可能性も考え、この周辺の花や、近くにある植物園を探す必要もあると思っていた。
「そうですね。私も、できたら市田さんの持ち物を調べてみたいですし……もっとあらゆる可能性を調べる方が、いいかもしれません」
 千鳥が横から言った。
 奏も、ことさら反対するそぶりは見せなかった。
 そんなわけで、彼らはそれぞれ、自分の気になることを調べてみることになったのだった。

【3】
 セレスティはシュラインや蓮と共に、店の品物について、調べてみることにした。
 彼が最初に想起したのは、ひまわりの花言葉「私の目はあなただけを見つめる」だった。そこから、実際の花のことではなく、ひまわりの絵画がある部屋をさしているのではないか、と考えた。それから、ひまわりをモチーフにした品物のことかもしれないとも思った。なので、その流通の形跡も、調べる必要があると考えている。
 一方シュラインも、この店の品物で、花の種に関わるものや小物、絵などで冬になって変化があったもの、あるいは売ったものなどを調べる必要があると考えているようだった。
 彼女の提案で、まずは以前に彼らが整理を手伝い、品物リストを作った倉庫の中身からチェックすることになった。
 そこから、次々と他の倉庫へと調査の手を伸ばして行くが、これといって手掛かりになりそうなものは、何もない。
「やっぱり、店の品物には、関係ないのかしら」
 シュラインが溜息をついてぼやいた。
「そうですね……。でも、品物ではなくても、何かこの店に手掛かりがあるはずですよ。そうでなければ、市田氏がここへたどり着けた理由が、わかりません」
 セレスティは言って、部屋を見回すように、ゆっくりと車椅子を回転させた。
 彼らが今いるのは、店と蓮の自宅とのちょうど中間に位置する広々とした一室で、蓮が形ばかりにつけている帳簿や、仕入れたばかりの品物、予約のついた商品や預かりものなどが置かれているのだという。
 奥の倉庫を全てチェックし終えた彼らは、最後にこの部屋に足を踏み入れたのだ。しかし、ざっと見たところ、ひまわりに関係のありそうな品物は、どこにもない。
 彼の言葉にうなずいて、シュラインと蓮もその動きに合わせるように、あたりを見回していた。が、シュラインがふいにハッとしたように動きを止める。
「これ……」
 部屋の隅に、壁に立てかけるようにして置かれている絵と写真の束に歩み寄ると、一番手前のものを取り上げた。
「それがどうかしたかい?」
 尋ねる蓮に彼女は、ふり返って問い返す。
「これ……あの映画に出て来た別荘じゃない?」
「そういえば……」
 蓮が、言われて初めて気づいたように、軽く目を見張った。
 セレスティも車椅子を動かして、そちらへ近寄る。はっきりした情報を読み取ろうと、シュラインが手にしているパネルに触れた。それは、A3ほどの大きさのモノクロの写真で、薄の原の中に建つ洋館が映されている。洋館には玄関前に小さな庭があって、外とは鉄の門で仕切られていた。門はぴったりと閉ざされている。たしかに、あの映画に出て来た別荘とそっくりだ。いや……これは、たしかにあの別荘だった。触れた指先を伝わって、彼の脳裏には、その情報が流れ込む。
 彼がそれを告げると、シュラインは軽く目を見張った。そして、蓮の方を見やる。
「蓮さん、この写真に何か変わったところはない?」
 問われて彼女は、しばしじっとそれを見詰めた。が、やがて肩をすくめる。
「ないね。……ただ、今気づいたけど、これは市田が持ってた映画のポスターと同じものだね。もちろん、ポスターの方は、上からタイトルや出演者の名前が書かれていたけどね」
「あ……。じゃあ、もしかしてDVDのパッケージも、同じものかしら」
 シュラインも気づいたのか、呟いた。
「そうみたいだね。……たぶん、このパネルにした写真を元にして、ポスターやパッケージを作ったんじゃないのかい?」
 蓮がうなずいて言う。
「でも、だとしたら、やはりこのパネルの写真が、何か手掛かりなのかもしれませんね」
 セレスティは言って、もっと何か情報が得られないかと、写真に触れてみた。しかし、さっき得た以上のものはないようだ。シュラインと蓮も、どこかに何か隠されているかもしれないと、パネルをさんざん探ってみたが、同じことだった。
「変だわね。……ここにこれがあるのが偶然とは、ちょっと思えないし……」
 シュラインが首をひねる。
「後で、奏か千鳥に見てもらうというのはどうだい?」
 それへ蓮が言った。奏は、霊でも生き物でも無機物でも関係なく、意志の疎通ができる能力を持ち、千鳥はその場やものに残る記憶を見ることができるのだ。ちなみにこの二人は、市田の遺留品をなんとか見せてもらえないか、警察へ行ってみると言って出かけて、まだ帰って来ていない。
「そうですね。……では、この写真については保留ということにして、外に出て、今度は近所の散策と、植物園巡りをしてみませんか?」
 セレスティはうなずいて、提案する。市田の残した言葉が、本物の花のことだという可能性も、まだなくなったわけではないのだ。
「そうね。ここで考え込んでいても、しかたがないんだし」
 シュラインもうなずく。
 そんなわけで彼らは、店を出て、今度は本物の冬に咲くひまわりを探すことになった。

【4】
 彼らが全員、再びアンティークショップレンで顔を合わせたのは、すでに暗くなってからのことだった。
 セレスティたちの方は結局、収穫はあの写真のパネルのみだった。外に出て、この近辺と近くの植物園を当たってみた結果、この季節にひまわりを咲かせている所は、ないことがはっきりしたのだ。もしどうしても、冬に咲くひまわりの花を見たければ、シュラインが最初に言っていたように、九州まで行くしかないようだ。が、そうまでする必要があるとも思えない。
 一方、奏と千鳥の方は、情報をいくつか手に入れていた。
 一つは、あの映画は、市田の幼いころの体験を元にしているということだった。市田は十歳前後のころ、ひまわり畑の中で、幼児の死体を発見したことがあるのだという。
 二つ目は、彼の娘が行方不明になったのは冬で、下校途中に忽然と姿を消してしまったらしいこと。しかも、一緒に下校した級友らが最後に見かけた道の角には、彼女のランドセルと共に、誰のものとも知れない造花のひまわりが残されていたという。
 三つ目は、ゴーストネットの掲示板に、「娘の行方を知りたければ、アンティークショップレンへ行け。合言葉は『冬に咲くひまわりを探せ』だ」という書き込みがあったというもの。一応、雫にもあたってみたが、彼女の方では、IPアドレス程度しかわからないし、おそらく書き込みは、ネットカフェあたりからのものではないか、という返事だった。
「掲示板への書き込みは、意味深ね」
 二人の報告を聞くなり、シュラインが口を開く。
「ええ。……あの書き込みが、本当はどういうものだったにしろ、もしも市田さんがあれを見たら、絶対自分に宛てたものだと思うでしょう。それで、必死で探してここへたどり着き、蓮さんに合言葉だと信じて、『冬に咲くひまわりを探せ』と言ったんだとしたら、辻褄は合います」
 千鳥がうなずいた。
「ただ、問題はこの店が、探したからといってそう簡単に見つかる場所じゃないことと、書き込み主は何者で、どういうつもりだったのかということですね」
 後を続けるように、奏が言う。情報はあったが、謎の解明のためには、決め手に欠けるというところか。
 セレスティは、手が届きそうで届かないことに、もどかしさを感じる。
「そちらは、何かありましたか?」
 千鳥に問われて、彼はシュラインとかわるがわる、自分たちの成果について話した。
「じゃあ、ともかくその写真を私と奏さんで見てみましょうか」
 話を聞いて、千鳥が言う。
 その時だ。さっきからずっと黙って何事か考え込んでいた蓮が、ふいに顔を上げた。
「思い出したよ、あの写真。……市田がここで死ぬ前日に、男が売りに来たんだ」
 そして彼女は、その時のことを口にした。
 その男が来たのも、すでに日が落ちてからで、彼女はそろそろ店じまいをしようかと考えていたところだった。やって来た男は、どういうわけか、まるでただの影のようで、身なりも顔立ちも、まるでわからなかった。しかし蓮は、それを気にしなかった。この店にやって来るのは、大なり小なり普通の人間からは逸脱した者が多いからだ。
 むろん、その時にはその写真が、映画のポスターやそのDVDのパッケージに使われたものだなどということは、蓮はまったく知らなかった。ただ悪くない写真だと思ったので、男の言い値で買い取っただけだ。
「まさか、その男が掲示板の書き込み主なんじゃあ……」
 声を上げたのは、千鳥だ。
「ともかく、写真を見てみましょう」
 奏が鋭く言った。そこで彼らは、全員で写真が置いてある部屋へと向う。
 写真は、最初にシュラインが見つけたとおり、部屋の隅の壁際に立てかけられている絵や写真のパネルの束の、一番手前にあった。しかし。
「あ……!」
「これは……!」
 彼らは、それを目にした途端、思わず息を飲む。
 薄の原だったはずの写真の風景は、一面、雪におおわれていた。建物の屋根や窓の軒にも、白く雪が積もっている。そして、玄関前の庭の一画には、ひまわりが咲いていた。
「……これが、扉ね」
 ぼそりと呟いたのは、奏だった。
「本当は、この写真の前に立って、扉を開くのは市田さんだったのね。でも、あの人は死んでしまった。それでも、誰かに真実を告げたいなら、扉を開け。私たちが、それを聞こう。聞くことしか、できないかもしれないけれど」
 彼女の言葉が終わるなり、写真の中の鉄の門扉が、まるで映画かビデオのようにゆっくりと開いて行くのが見えた。同時にセレスティたちは、強い風にあおられた気がして、思わず腕で頭をかばっていた。

【5】
 顔を上げた時、セレスティたち五人は、雪に包まれた洋館の前にいた。
 そこが写真の中であることを示すかのように、あたりはただ、白と黒と薄墨色の世界で、そんな中、彼らは互いだけが自然の色を持っていることに気づく。
 ふと見ると、数本のひまわりが塊になって咲いている傍に、黒い影だけの男が立っていた。
「あ……」
 それを見やって、蓮が何か口を開きかけた。が、奏が素早く制する。かわって、声をかけた。
「市田……彬さん、ね?」
 と、黒い影だけだった男は、まるで光が当たるかのように、姿を取り戻して行く。蓮と千鳥は、その顔に見覚えがあるのか、大きく目を見張り、声もない様子だ。
 セレスティとシュラインも、奏が口にした名前に、目をしばたたく。
「市田って……どういうこと?」
 呟いたのは、シュラインだ。しかし、彼女に答える者はいない。
 市田彬、と呼ばれた男はうなずくと、足元のひまわりを示して言った。
「この下に、七海が眠っている。……殺してはいない。ただ、眠っているだけだ。掘り起こして、連れて帰ってやってくれ」
 言われてセレスティたちは、思わず顔を見合わせた。助けてやりたいのは山々だが、土を掘る道具を、何も持って来ていない。
「セレスティ、水を操って、どうにかできない?」
「そうですね、やってみます」
 シュラインに言われて、セレスティはうなずいた。本性が人魚であるため、彼は水を支配し、操ることができるのだ。
 まず、ひまわりの根方の雪を全てどかしてしまうと、今度は地中に含まれる水を操り、その付近の土全てを、中から外へと吐き出させる。そうしてできた穴の中には、男の言葉どおり、横たわる少女の姿があった。
 シュラインと千鳥が駆け寄り、穴の中から少女を助け起こす。目を覚ます様子はないが、どこにも怪我はなく、本当に眠っているだけのようだ。
 それを見やって、男は疲れたようにその場に座り込んだ。そして、ぽつぽつと話し始める。
「俺は、子供のころからおかしかった。生きている人間よりも、死んだ人間の方が、好きだったんだ……」
 男が最初にそれを自覚したのは、母親が死んだ時だったという。生きている時には、自分を叩いたり罵ったりすることしかしなかった母が、死んで冷たくなると、静かでとても優しそうになった。それで彼は、人は死んで動かなくなった方が、優しいものなのだと思うようになったのだそうだ。
 彼が最初に殺したのは、近所の同級生の女の子だった。可愛い子だったが、わがままで意地悪な彼女は、いつも彼にひどいことを言ったり、叩いたりつねったりした。だから、殺してひまわり畑の中に捨てたのだ。
 それから彼は、何人かの子供を殺したが、いつも誰にも気づかれず、咎められることもなかった。
 そのうち彼は、奇妙なことに気づいた。自分が二人いるのだ。
 「市田彬」と呼ばれている方の男は、毎日好きな映画を撮って、仲間たちと笑ったり泣いたりケンカしたりして過ごし、そのうち結婚して子供を設けた。だのに、誰も名前を呼んでくれないもう一人の自分は、昔と少しも変わらず、子供を殺し続けている。
「こんなことが、あってはいけないと思った……。だから俺は、ここに住みついて、ここから外へ出ないようにしようと思った。そして、それは成功していたんだ。だのに……」
 七海が呼んだのだと、男は言った。
「お父さんは、昔、ひまわり畑で子供の死体を見つけたことがあるって、本当?」
 夕食を囲んでテーブルに着いた、団欒の一時に、彼の娘はまるで爆弾を投げ込むかのように、そんな問いを口にしたのだと。
「……気づいた時には、俺は七海を連れて、ここにいた。あの子を殺さないために、土に埋め、目印にひまわりを植えた。あいつなら、ひまわりの合図に気づいて、あの子を助けてくれる、そう思った。だから……」
 男は言いさして、両手で顔をおおって、肩を震わせた。
「だから、市田さんにメッセージを残した……」
 後を引き取るように呟いて、奏は男に向って言う。
「七海さんは、私たちが責任を持って連れ帰るわ。……他に、何かしてほしいことはある?」
「写真を、燃やしてくれ」
 男は顔を上げ、言った。
「俺が、もう二度とここから出て、子供を殺さないように」
 それは、激しく、強い口調だった。
「わかった」
 奏は低くうなずく。
 セレスティたちもまた、男の激しさに押されるように、うなずくのだった。

【エピローグ】
 「結局、どういうことだったの?」
 すでに真夜中に近い刻限にも関わらず、遅い夕食を取りながら訊いたのは、シュラインだった。
 男の言葉にうなずいた彼らは、まるで用は済んだとばかりに、気づくと元の部屋にいて、あの写真を前に立ち尽くしていた。違っていたのは、ぐったり眠ったままの少女が、千鳥の腕に抱かれていたことと、写真が元に戻っていたことだろう。
 少女はすっかり冷えてしまっていたので、千鳥と蓮、それにシュラインの三人は蓮の自宅に少女を連れて行って介抱し、一方、セレスティと奏は写真を裏の庭に持ち出して、焼いた。
 写真がすっかり燃え尽きたころ、少女も目を覚まし、意識もはっきりしているようなので、とりあえず警察に連絡することとなった。が、こちらは警官が来たら来たで、事情の説明をしたり、念のため精密検査をするからと言うので病院へ一緒に行ったりと、結局雑事に全員が引っ張り回されることとなった。もちろん、七海発見については、店の前に倒れていたとか、適当なことをでっち上げた。本当のことを言っても、警察は信じるはずもない。
 やがてどうにか七海は母親と連絡がついて、今夜は病院で泊まることになりそうだが、明日は迎えが来ることになったようだ。
 そんなわけで、セレスティたちもようやくこうして、ホッと一息ついたところだった。
 彼らがいるのは、蓮の自宅の台所で、目の前には千鳥作のおにぎりと、スープ餃子、ひじきの炒め物が並んでいる。
「私にも、うまく説明できる自信は、ちょっとないです」
 問われて言ったのは、奏だ。
「たぶん、あの写真の中にいたのは、市田さんの深層心理というか、もう一つの人格みたいなものだったんじゃないかと思います。……子供のころに同級生を殺したっていうのは、本当か嘘かはわからない。ネットで調べた限りでは、その事件はとっくに犯人も捕まって、解決してました」
「つまり、市田さんがそう思ってただけかもしれないってことですか?」
 尋ねたのは、千鳥だ。
「ええ」
「もしかしたら、子供のころの罪悪感が、彼にそんな思い込みを持たせてしまったのかもしれませんね」
 うなずく奏に、セレスティはふと思いついて言った。
「あまり、恵まれた子供時代ではなかったようですし……子供心に、自分にひどいことをしていた人たちが死んで、ホッとしたと同時にそれに対する罪悪感があって、そこから自分が殺したという幻想が派生して行ったのかもしれません」
「そうかもしれません。……ただ、それを誰にも相談できず、はけ口もないままに大人になってしまったから、あんなふうに二分化してしまったのかも。たぶん、ゴーストネットの書き込みは、市田さん自身がしたものだと思います。心の方はあの写真の中の人だったから、市田さんはきっと、わかってなかったと思うけど」
 奏は言って、付け加えた。
「本体といってもいい、現実の市田さんが死んでしまったから、あのままだと、あの人は悪霊になってしまっていたかもしれません」
「つまり、それを阻止するためにも、私たちはあの人の話を聞いてあげなきゃならなかったというわけね」
 シュラインが、納得したようにうなずく。
「ま、そう思ったら、多少は疲れも吹き飛ぶね。それに、あの七海って子は無事だったんだし」
 蓮が言って、二つ目のおにぎりにかぶりついた。
「そうですね」
 セレスティもうなずいて、餃子を一つ口に入れる。
「それにしても、相変わらず千鳥さんの料理は、美味しいですね」
「ありがとうございます。デザートも用意してますんで、どうぞ、遠慮なく食べて下さい」
 彼の言葉に、千鳥が笑顔で返して来た。
「デザートって、なんなの?」
「柚子花菜(ユジャファチェ)といって、柚子とざくろと梨のシロップ煮です。韓国の宮廷料理だそうで、先日レシピを手に入れたので、作ってみました」
 蓮に訊かれて、千鳥が答えている。
 そんなやりとりを聞きながら、セレスティはふと思う。
(冬に咲くひまわり……それは、自分自身の罪悪感に慄く、市田さんの深層心理を象徴するものだったのかも、しれませんね)
 きっとこれから自分は、夏の光に輝くひまわりを見るたびに、あの雪の中に咲いていた不思議な姿の方を思い浮かべるのだろう――そんなふうにも、彼は思った。
 そこへ、千鳥の作ったデザートが運ばれて来る。その美しい色合いと独特の香りに、セレスティは心洗われた気がして、思わず微笑むのだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1883 /セレスティ・カーニンガム /男性 /725歳 /財閥総帥、占い師、水霊使い】
【4767 /月宮奏(つきみや・かなで) /女性 /14歳 /中学生、退魔師】
【0086 /シュライン・エマ /女性 /26歳 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【4471 /一色千鳥(いっしき・ちどり) /男性 /26歳 /小料理屋主人】

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■         ライター通信          ■
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ライターの織人文です。
このたびは、参加いただき、ありがとうございました。
「オープニング」で提示した情報が少なすぎ、
ずいぶんと皆様を悩ませてしまったようです。
まことに、申し訳ありませんでした。
今後は、もう少しわかりやすい「オープニング」を
書くよう、心がけたいと思います。

●セレスティ・カーニンガム様
いつも参加いただき、ありがとうございます。
こんな形になりましたが、いかがだったでしょうか。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
それでは、またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします。