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螺旋の刻
事件から数日後。
忙しかった日常も、ようやく落ち着き取り戻す方向に向かい始めていた。
水面下では動きがあったようだが、虚無の境界の介入という大義名分を無くした現在は沈静化せざるを終えないのだろう。
交渉や事後処理も進んで居る最中であるそうだ。
それぞれが自分達に出来ることを見つけ、手を尽くそうとしている今。
撫子も何かを為したい。
影の部分が深く根強い物であっただけに、少しでも和らげる手伝いが出来るのならとそう考えたのだ。
結果思い付いたのがタフィーとディドルのこれから。
少しでも扱いが緩和されるようにしようという動きや、他にも気にかけている人が居ると解っていても、少しでも二人と話をしたかったのだ。
時間を見つけてはタフィーとディドルの元へ訪れる撫子は、最近では二人の監視役に置かれているIO2職員と顔なじみのようになって来ている。
「お仕事ご苦労様です」
「いいえ、天薙さんこそご苦労様です」
会う為には幾つか手順が必要だった。
誰かが同行する事。
二人が現在寝泊まりしている部屋から別の部屋へと移動させてから。
支度が済むまで待ってから、タフィーとディドルが居る部屋へと向かう。
「帰るときにまた読んでください」
「ありがとうございます」
軽く会釈してから、開いた扉の中から中へと入る。
外から内へ。
肌を通して感じ取る違和感は、結界を通った事を意味していた。
部屋の中は極めてシンプルな作りで、床や壁一面にマットが敷き詰められている。
家具は低いテーブルと埋め込み型のテレビや他に幾つか細々とした物があるだけだった。
言い換えればそれは外に出さないようにしているのだと、何かをしない様にしているのだと言える。
一部分だけを見れば口数も少なくなりそうなのだが、当人達は何を言うこともないようだ。
「こんにちは」
「……こんにちは」
何をするでも無く、部屋の端の方で座り込んでいたタフィーが顔を上げる。
そしてもう一人。
「やほー、元気?」
軽い口調で片手をあげてから、ぱっと視線を手元に戻す。
「今日はどのゲームですか?」
「レーシング、おもしろいよこれ」
最近はすっかりゲームに夢中になっていた。
初めはどうかという話も出ていたらしいのだが、騒ぐディドルにゲームを与えたら静かになった事から渋々許可が出されたのこと。
これで大人しくなるのなら仕方ないとは、撫子を子へ案内してくれる職員の言葉だ。
ディドルは何も変わりないから良いとして、気になるのはタフィーほう。
「お茶にしましょう」
微笑みかけた撫子は、彼女がテーブルの側へと来るのを待ってからお茶を入れ始めた。
紅茶を入れる一つ一つの手順をタフィーは静かに見守っている。
「本格的にとは行きませんが、今日は紅茶にしてみました」
カップを温め、葉が開くのを待つ間もそれは同じだった。
「少し待っていてくださいね、今蒸らしていますから」
撫子が声をかけるとタフィーが膝を化かけてうつむきぽつりと告げた。
「紅茶ってそういれるの?」
「方法は色々ありますよ。今のようにポットでしたらわたくしがした方法でも構わないと思うのですが」
「……そっか」
愕然としたような表情をしたことに、どうしたのだろうかと首をかしげつつタフィーに尋ねる。
「どうかなさったのですか?」
「間違えて覚えてたから」
軽く頭を抱えた辺り、普通ではなかったらしい。
「少しでしたらそれ程変わったことにはならないと思うのですが……どうしていたのですか?」
「………聞かないで。どおりで渋い顔して棚って思っただけだから」
「そうでしたか」
どうやら少しばかり変わった方法だったようだ。
「だからあたしが紅茶入れたときに渋い顔してたんだ……」
肩を落とすタフィーに、撫子が紅茶を入れタフィーに進める。
「どうぞ、暖まりますよ」
「………ん、味も香りも違う」
ホッと息を付いてから左右に首振った。
「……?」
撫子の方から声をかけようとしたが、口を開きかけていることに気付き続きを待っていたのだが……。
「やっぱり何も出来ないままだったんだなって。泣き言でも何でもなくて、事実としてね」
「これから、探されてはいかがでしょうか?」
「………そうだね」
微笑を浮かべるタフィーに、今日したかった話を今なら聞けるかも知れない。
彼女は、今も彼……コールに全ての行動を縛られているのだ。
落ち着いた口調で、タフィーに語りかける。
「何かしたい事や興味があれば、わたくしにそのお手伝いをさせてください」
「……あたしの?」
驚いたように目を見開く。
はっきりと感情が感じられる目をしたのは、あの事件の時以来だ。
「はい、わたくしに出来ることでしたら」
彼女は今を生きている。
どんな形であっても、何をしてきたとしても。
可能性や選択肢があるのなら少しでも良い方向を選んで欲しい。
もちろん人の価値観は本人のみが持ち得る物だから、撫子は手伝うことしかできないのだが。
「考えたこと無かった」
「それでしたら一緒に見つけましょう?」
考え始めた様子を見て、撫子があわてることはないのだと付け加える。
「ゆっくり考えていきましょう」
「……うん」
時間はこれからもあるのだ、焦らずに少しずつ決めていけばいい。
お茶を少し飲んでから、カップを受け皿に置きタフィーが顔を上げる。
「今までは何も出来なかったけど……今は、違うから」
「……?」
何か意味が込められているのだと気付いた手撫子は、タフィーが側にあった紙へと手を伸ばす。
「それ攻略本の表紙」
「………」
「いいけどさぁ」
ぶちぶちと言いながらゲームを再開するディドルは置いておいて、タフィーが何をするかを黙って見守った。
「今ならできることは……あるから」
器用に動く手が作り上げたのは花飾りとかんざしの細工。
ハサミも使わない花飾りは、一見して解るほどの出来だった。
「見事ですね」
ほうと息を付く撫子に、横からディドルが一言。
「それコールのじゃん」
「はい、マスターの技術です」
頷くタフィーになるほど度納得する。
触媒能力者ではなくなった今も、コールの技術は彼女の内に残されているのだ。
「これだけは残してくれたから」
「そうでしたか」
魂や精神が感じられなくとも、それこそがコールがタフィーを思っていた結果ではないだろうか?
「その力、大切にしてくださいね」
「!」
驚いたように目を見開いたのを見て、撫子が柔らかく微笑みかける。
「タフィー様にとっては大切な力でしょう」
「はい、とても大切です……とても」
もしかしなくとも、否定されるかも知れないと心配していたのだろう。
「安心してください、止めるようなことは致しませんから」
「使ったら、良くないって言われるかと思ってた」
そっと首を左右に振り、紙細工をタフィーへと差し出す。
「これほどきれいな細工を作り出せるのですから、大事にしてください」
「……ありがとう」
何かを作り出せると言うことは、それだけですばらしいことだ。
作ることの楽しさを願わくばもっと知って欲しい。
「次に来るときは和紙を持って参ります野で、良かったら何かを作ってみませんか」
「お願いします」
安堵したように笑うのを見て、撫子はきっと彼女なら思っていたよりもずっと早く周りに馴染むだろうと予想した。
「いいよなぁ、タフィーは」
会話に一段落が付いた時。
「俺もなんかさー」
別のゲームに変えつつ、不満じみた声を出すディドル。
彼に関してはまったく気に病んでいないので気にすることもないのだが、尋ねてしまう辺りは撫子らしいと言える。
「ディドル様?」
「そろそろ外出て体動かしたい、ゲームも楽しいけど」
さすがに無理難題だ。
今はタフィーもディドルも厳しい監視下に置かれている状態なのだから。
「申し訳ありませんが今は」
「また戦いたいし、こうなんかばーっと、がーーっと」
手をばたつかせるディドルは完全に子供だ。
「今皆様が働きかけてくれていますから、もう少し待ってはいただけませんか?」
「気付いたら急にこうぐあーっと。そうだ、俺と戦わない? 前は出来なかったし」
名案とばかりに言い切ったディドルに、撫子がにっこりと微笑みかける。
「もう少しだけ、我慢してくださいね」
口調は小さい子供に話して聞かせるそれだが、有無を言わさぬ力もあった。
「………チェー」
ぐにゃりとその場に寝転がる。
これ以上言っても無理だと言うことは解ったようだ。
「ディドル様にもおみやげを持って参りますから」
「はーい」
お茶を勧めようとした撫子は、連絡が入ったことに気付き扉のほうへと移動する。
「どうなさいました?」
「この部屋に盛岬りょうは来ませんでした」
「いいえ、今日はお会いしてませんが」
「暫く前から逃げ出したらしくて、出来たら見つけたいと」
それで納得が行った。
この部屋の中ならば結界が施されているから、姿を見失ってもおかしくはない。
探し場所の一つとしてこの部屋を選んだのであれば、そう的はずれではない。
「見つけたら声をかけておきますね」
探しに出ようかとも思ったのだが……もう少し時間ある。
「もう少ししてから、探すのを手伝わせていただきますね」
「助かります」
少しだけゆっくりしてからでも遅くはない。
「お茶の続きにしましょうか?」
今は、もう少しだけ話をしていよう。
にぎやかなお茶会は、もう少しの間だけ続くのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0328/天薙・撫子/女性/18歳/大学生(巫女)】
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■ ライター通信 ■
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突発シナリオでしたが、発注ありがとうございました。
どこで繋がってるようなそうでないような進行具合となりました。
楽しんでいただけたら幸いです。
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