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<東京怪談ノベル(シングル)>


舞い降りた紅蓮の蝶


 天上に位置する妖精たちの楽園、シュテルン。
 炎の属性であるライデンシャフトと言う妖精たちは、現在のシュテルンでは希薄となった人間に対する感情が好意的な種族であった。
 地球を『エルデ』と呼び、そのエルデを護る立場にある一人の妖精が今、地上へと旅立とうとしていた。
「人間には良い所がいっぱいあるんだよ……。『今』の人間をレポートして、そのことをシュテルンのみんなに伝えなくちゃ……」
 ぽつり、と可憐な唇から零れる言葉には強い意志と希望が感じ取れる。
 燃えるような赤い髪に、真紅の瞳。ライデンシャフトの象徴そのものであるその妖精の名は、エルナ・バウムガルト。少女のような外見をしているが、人間より遥かに年齢を重ねている存在だ。
 彼女が抱える任務は、簡単なようでそうではない。
 『信頼』を取り戻すこと――。
 エルナの仲間である妖精たちは、いつしか人間を忌み嫌うようになっていた。それはエルデ――地球――が彼らの手によって汚されていく様を目にしているからだ。
 汚れていくエルデを見るのも辛いが、大好きな人間を嫌う仲間たちを見ているのもエルナにとっては苦痛でならなかった。だから彼女は立ち上がったのだ。
 一度失われたものを取り戻すと言うことは、容易には行かない。彼女自身が己の目で全てを見、そして体で感じ取りその全てを、真実を仲間たちに伝えなくてはならない。
 だがエルデを、人間を信じているからこその、行動だ。
「……さぁ、あたしの見せ場だよっ 頑張らなくちゃ!」
 ふわり、と細い体が宙を舞う。
 そして意を決したかのように、彼女はエルデに向かい一直線に降下し始めた。
 目指すは、シュテルンで『最悪』とまで言われる都市『東京』。
 それが――全ての始まりだった。


 
 よく晴れた空の下。
 朝の新鮮な空気を全身に吸い込み、大きく伸びをしている少女がいる。
 オカルト系サイトで有名な『ゴーストネットOFF』の管理人である、瀬名雫だ。
「はぁ〜、今日もいい天気☆ それでは元気よくいってみよ〜!」
 彼女は今日もまだ見ぬ怪奇現象を追い求め、我が道を突き進む。
 ぴ、と人差し指を天に向けながら発した言葉と同時に、雫はショッピングモールへ行くために歩みを進めた。
「うーん、良い出会いがありそうな予感☆」
 その予感がどこから生まれるものなのかは理解しかねるが、彼女は今日も絶好調のようである。
 まるで、予め用意されていたかのような偶然。
 雫が進む道の向こうには、本当の『出会い』がある。
「あ、あれ……なんだろ?」
 それは邂逅を知らせる合図。
 空に浮ぶ一点の赤い光。真っ直ぐに降りてきているその光を、雫は確かに見た。
 高まる胸の鼓動。雫は満面の笑みを作り上げ、視線の先の『不思議現象』との遭遇を自分のものにすべく走り出した。

 白い雲を縫うようにして、炎の妖精エルナは降下を続けていた。
 目下は、東京だ。
 エルデを汚している『穢れ』の発生源となる汚染された空気が一番多く生み出される場。浮ばれない魂魄や濁った残留思念。渦巻くヒトの弱さ、深く暗い闇のような精神。人口が多い分だけ、それらの重みも数知れない。
「空気が悪くなってきてる……もうすぐ着くんだ」
 頬を掠める風が、ピリピリする。
 進むたびにそれは強く感じ、エルナは眉根を寄せた。
 淀んだ空間だが、それでも『希望』が必ずある。そう信じて彼女は降下のスピードを上げた。
 目に映る景色が、どんどん変わっていく。
 人間界が、鮮明になっていく。
 そして。
 次の瞬間にエルナが目に留めたのは、一人の少女だった。
 互いにぶつかり合う視線。
「――あっ……!!」
 自分に投げかけられていたその視線に気を取られてしまったエルナは、次の行動に移るまでに一瞬遅れた。
 その――直後。
「きゃぁ!!」
 視界が一気に暗転する。
 発した声が二重に重なった瞬間に、同時に訪れたのは頭への鈍痛。
 目の前に星が生まれ、エルナは暫く何が起こったのか理解できなかった。
 つまりは、地上目指して一直線だったエルナが突然視界に飛び込んできた少女と激突してしまったのだ。
「うわ〜……星飛んでるぅ……ねぇ、あなた大丈夫?」
 自分に向けられている声に、エルナは我を取り戻した。
 数回頭を横に振ると、痛みは残るが大事はないということがわかる。
 そこで改めて、声の主へと視界を巡らせた。
「朝から良い出会いだったけど……痛みもオマケ付きとはね〜。あ、でもあたしは大丈夫だよ☆」
 にこっ、と満面の笑みを浮かべる人間の少女に、エルナはどことなくの親近感を覚えて口を開く。
「前方不注意でごめんね。あたしはエルナ・バウムガルトだよっ キミはなんて名前?」
「あたしは瀬名雫。エルナちゃんのような存在と出会うために日々を生きてる女の子!」
 頭の痛みは何処へやら。
 お互いに軽い自己紹介をした後は、二人は瞳を輝かせて見つめあう。
 エルナは自分の姿を見ても物怖じしない雫の態度が、とても嬉しく思えた。自分の信じていた希望そのものだ、と感じる。
 ――だから。
「あのね、あたしはキミたちの良いところを見つけ出すのが仕事なの。いきなりだけど、何でもいいんだ、キミが自分で『良いことやったぞ!』っていうの教えてっ!」
「…………」
 エルナの言葉の勢いに、雫は押された。
 そこで珍しく困惑の表情を浮かべるが、彼女の言葉を頭の中で反復すると理解したかのように笑みを取り戻して『いいよ!』と元気よく答えた。
「あたしはインターネットっていう電脳世界で、『ゴーストネットOFF』っていう怪奇現象を扱ったサイトの管理人をしてるよっ 直接顔をあわせなくても、オカルト的な現象があったらその場で皆が語り合える空間を作ったの。その道じゃ知らないヒトはいないってくらいの、反響ぶりだよ☆」
 雫の自慢気な語りを見ながら、エルナは何処からともなく取り出したレポート用紙に彼女の行ってきた『良いこと』書とめていく。
 電脳世界がなんたるかを彼女が理解しているかは謎であるが、それでもエルナは幸せそうに雫の言葉をつらつらと書き綴った。
「――どうかな? こんなカンジでいい?」
「うんっ とっても良い話だったよ! ありがとう! じゃああたし、もう行かなくちゃ。まだまだ先は長いんだもん!」
「え、もう行っちゃうの!?」
「うんっ また会おうねっ☆ ばいばい!」
 物凄い勢いで言葉をまとめたエルナは、雫が止めに入る前にその身体を宙に浮かせる。そして満面の笑みを浮かべた後、彼女の目の前から姿を消した。
「…………朝から元気な子、だったなぁ……」
 さすがの雫も、エルナの勢いには負けたらしい。
 面食らったかのような表情をしながら、彼女が去っていった方向を見上げる。
 電光石火のような、出会いだった。
 背中に羽根を持つ、赤い髪のエルナ。
 その存在は、雫には忘れられないものになったに違いないだろう。そしてサイト内にて、話題にするだろう。不思議現象を待っているのは雫だけではないのだ。
「よーしっ 負けていられないぞっ☆」
 雫は気を取り直して、声を張り上げた。そしてもう一度だけ天を仰ぎ、
「また会おうね! エルナちゃん!」
 と続けたのだった。

 紅蓮のごとく地上へと舞い降りたのは、一人の可憐な蝶。
 炎の妖精である彼女の試練は、始まったばかりである。



-了-
 


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 エルナ・バウムガルトさま

 初めまして、朱園です。
 今回はご指名頂き有難うございました。
 一番最初のお話を書かせていただくと言うことで緊張しながらの執筆となりましたが、如何でしたでしょうか。
 少しでも気に入っていただけましたら、幸いに思います。

 またの機会がありましたら、その時には宜しくお願いいたします。
 今回は本当に有難うございました。

 朱園ハルヒ