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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


冬のひまわり

【プロローグ】
 ひどく寒い夕方のことだった。
 碧摩蓮は、そろそろ店じまいしようかと、奥のカウンターから立ち上がった。
 その時だ。表の扉が乱暴に開けられ、一人の男が半ば倒れ込むように、店内に入って来た。一見すると、五十から六十前後とも見える薄汚い恰好の男で、浮浪者かとも思えた。しかし、蓮は慌てることも騒ぐこともせず、男の方へと歩み寄る。そして、身を屈めた。
「あんた、大丈夫かい?」
 尋ねる声に、男は目を開けると、汚れた手を彼女の方へとさしのばした。そして、うめくような声を漏らす。
「冬に咲く……ひまわりを探せ……」
 それだけを、必死の形相で告げると、男の手は力なく落ちた。
「ちょっと、あんた?」
 蓮が、わずかに眉をひそめて声をかける。が、男はもう答えなかった。思わずその胸の鼓動をたしかめ、蓮は顔をしかめる。男はすでに、こと切れていたのだ。
「冬に咲くひまわりだって? まさかそれを、あたしに探せっていうんじゃないだろうね」
 思わずぼやくが、もはや答える声はない。蓮は立ち上がり、小さく唇を噛みしめた。
 これが、彼女が不可解な言葉の謎を追うことになった、最初のきっかけだったのである。

【1】
 蓮からの要請を受けて、アンティークショップレンに集まったのは、月宮奏、シュライン・エマ、一色千鳥、セレスティ・カーニンガムの四人だった。
 まずは、謎の言葉を残して死んだ男について知りたいというのが、彼女たちの一致した意見だ。蓮はそれに答えて、自分が知り得た限りの男の情報を彼女たちに話した。
 男は市田彬、五十歳。元映画監督で、五年前、『冬のひまわり』という猟奇的なホラー映画で一躍世間に名前を知られるようになった。が、映画のヒットから一年後、一人娘の七海(ななみ)が行方不明になったのをきっかけに、映画界から姿を消した。どうやらその後は、ホームレスとしての日々を送っていたらしいという。
「案外、行方不明になった娘を、探していたのかもしれないね」
 最後にそう付け加えた蓮に、セレスティが尋ねた。
「身元は、どうやってわかったのでしょう? 警察の方が調べたのですか? それとも、何か身元を示すようなものを所持しておられたのでしょうか」
「ああ。……市田は、車の免許証を持っていたんだ。とっくに期限の切れたものだったけど、あれにはほら、写真がついてるだろ? それで、本人に間違いないってことがわかったのさ」
 言って、蓮は続けた。
「市田がうちの店で死んだ時、他に身に着けていたのは、サイフと映画『冬のひまわり』のポスターだけだった。しかもサイフの中身は、五円玉が一つきりってありさまさ」
「死因はなんだったの?」
 尋ねたのは、シュラインだ。
「どうやら、心臓麻痺だったみたいだね」
 蓮は言った。
「あの日は、ずいぶんと寒かったし……警察の話じゃ、たぶんどこかで心臓発作を起こして、そのままここにたどり着き、力尽きたんじゃないかってことだった。胃はからっぽだったっていうし、もともと体が弱ってもいたんだろうね」
「つまり、死因自体に事件性はないわけね。……でも、ここにたどり着いたのが偶然とは、私には思えないわ」
 シュラインが、幾分考え込むようにして呟く。
「ここは、誰でも来ることのできる店ではないんだし……」
「そうですね」
 うなずいたのは、セレスティだった。
「なにより気になるのは、その市田さんって人が、最後に残した言葉ですね」
 奏は、ずっと黙って彼らの話を聞いていたが、初めて口を出した。年上の人間ばかりなので、とりあえず敬語を使う。
「『冬に咲くひまわりを探せ』……とはどういうことなのか。それは、実際にひまわりの花のことなのかもしれないし、何かを示すキーワードっていう線もあるかもしれません」
「でも、実際のひまわりは、夏の花なのではありませんか?」
「そうですよね。私はこれは、何かの比喩じゃないかと思うのですが……」
 セレスティの言葉に、千鳥が横からうなずいて言う。
「ところが、そうでもないのよ。九州の方に、種を蒔く時期をずらして冬にひまわりを咲かせるところがあるらしいの。以前に人から聞いた話だと、十二月ぐらいでも、花が見られるそうよ」
 言ったのは、シュラインだ。
「え? そうなんですか?」
 千鳥は驚いて目を丸くする。そして、思い出したように呟いた。
「……そういえば、『ひまわりの里』なんて所もありますね。あ、でもそこは、花は夏だけみたいですけど……。それに、何かの比喩とかキーワードだとすれば、場所とばかりも限りませんよね。たとえば、歌やドラマのタイトルにも『冬のひまわり』ってありますし……」
 言いかけて、ふいに彼は顔を上げる。
「そういえば、その市田さんが作った映画も『冬のひまわり』ってタイトルだったんですよね?」
 彼に言われて改めて、奏たちはそれを思い出し、顔を見合わせた。
「たしかに、それは盲点でしたね。……どちらにしろ、わざわざこの店に来てその言葉を残し、力尽きたということは、遠い他の土地ではなく、この店かその周辺に彼が探せと言ったものがあるということだと、私は思いますが」
 セレスティがうなずくと言って、一同をふり返る。
「それで、市田氏が撮った映画というのは、どんな話なんでしょうか。私は、残念ながら見たことがないのですが」
 彼の問いに、奏たちは再び顔を見合わせた。彼女もその映画は、存在すら知らなかったのだが、他の者たちも似たようなものらしい。
「……まずは、その映画を見てみようじゃないか。案外、何か手掛かりが、ころがってるかもしれないよ」
 ややあって、蓮が言う。
「それがいいようですね」
 セレスティが、四人を代表するように、うなずいた。

【2】
 映画『冬のひまわり』は、今でも人気があるらしく、アンティークショップレンからほど近いレンタルの店で、簡単にDVDが見つかった。蓮の店の奥、自宅にあたる一室で、奏たち四人と蓮は、それを見た。
 長さは二時間ほどで、映像的にはどこか夢物語のような、不思議な美しさのある作品だった。が、話の内容からすれば、それはずいぶんとグロテスクで、人によっては見るに耐えない作品と感じたかもしれない。
 主人公は、子供をさらっては殺す、いわゆる猟奇殺人犯だった。その主人公が、ある時一人の少女を殺し、死体をばらばらにして埋める。その後主人公は、何くわぬ顔で、ある富豪の娘の家庭教師となった。その娘を次の獲物に狙いを定めてのことで、カメラはひたすら主人公の視点でそこでの日常を描いて行く。
 その冬のこと。主人公は富豪に誘われ、一家が別荘へ休暇に行くのへ同行する。その別荘は、かつて主人公が少女を殺して埋めた場所だったが、雪に埋もれ、すっかり様子が変わっているため、主人公は気づかない。そしてその別荘の庭の一画に、なぜかひまわりが咲いていた。驚いた富豪は、すぐに人を雇って、そこを掘り返させた。するとそこからは、殺された少女の首が現れる――という内容だ。
 映画は、掘り起こされたひまわりの根方に、まるで巨大な球根のようにくっついている少女の生首の映像で終わりを告げた。
 ちなみに、なぜいきなりひまわりが咲いたのかといえば、少女が殺された時、その死体の上に、種が撒き散らされていたからだ。
 主人公はリスを飼っていて、少女が殺される時、暴れてその餌であるひまわりの種が入った缶を棚の上から落としてしまうのだ。
「なんでこれが人気が出るのか、わかりませんね」
 見終わって、嫌な顔をしてそう漏らしたのは、千鳥だ。
「映像的にはなかなか美しいですから……それを評価されたのではないでしょうか」
 セレスティが、眉をひそめつつ、言った。
 二人の感想を聞きながら、奏は小さく溜息を漏らす。たしかに映像的には美しく、こういったものを好む人間もいるかもしれないと思えたが、そのグロテスクな主人公の内面を彼女は好きにはなれなかった。とはいえ。
(あれもまた、人間の本質の一つではあるかも。……この映画を絶賛する人は、単に映像の美しさしか見ていないか、人間をもとより悪しきものと考えているか、それとも――自らの内にこの主人公と同じグロテスクさを隠し持った人間のどれか……ね)
 どこか淡々と胸に呟き、彼女は他の者たちを見やる。
 蓮はいかにも嫌そうに顔をしかめており、シュラインは不味いものでも食べたような顔つきだった。セレスティにしろ、映像美を一応誉めたものの、内容的に優れていると言いたいわけではないようだ。
「少し、気分を変えて、お茶でも飲みませんか? 家から梅昆布茶を持って来ていますから、それを入れますね」
 千鳥が言って、蓮に台所を借りることを断り、席を立った。
 ややあって、美味しい梅昆布茶が全員に供される。その味と香り、温かさに触れて、奏は自分の心がささくれ立っていたことに、ようやく気づいた。お茶そのものも上等の品だが、むしろ心をほぐしてくれたのは、千鳥の気遣いの方だったのかもしれない。
 誰もがくつろいだ様子で、しばしお茶を啜った後、ようやく蓮が口を開く。
「それで、何か気づいたことはある?」
「市田さん自身も、娘が行方不明になっているんですよね?」
 お茶を飲みながら、少し考えたことがあって、奏はまず確認のために、蓮に問うた。
「ああ。警察の人は、そう言ってたね」
「そして、その行方を探すために、ホームレスになったのかもしれない……と」
 うなずく蓮に、彼女は言葉を続ける。
「娘の行方不明が事故ではなく、何者かに連れ去られたためだとしたら、その犯人から接触があって、あの映画の結末と同じことを示唆された……とも考えられますね」
「なるほど。だから、『冬に咲くひまわりを探せ』ですか」
 セレスティはうなずいたものの、小さく肩をすくめて反論して来た。
「しかし、それも推測にすぎません。なんの確証もないことですし、映画のタイトルは偶然かもしれません。……この映画のことも念頭に置きながら、もう少し視野を広げて、いろいろ調べてみる方が、いいように私は思います。とにかく、情報が少なすぎますからね」
「そうね。……私も、他の方面で『冬に咲くひまわり』のことを、調べてみた方がいいと思うわ」
 うなずいたのは、シュラインだった。
「殊に、市田さんがこの店で力尽きたっていうのは、重要なポイントだと思うのよ。まずこの店の品物を、調べてみる必要があるんじゃないかしら」
「私も、そう思います」
 セレスティもうなずき返す。
「そうですね。私も、できたら市田さんの持ち物を調べてみたいですし……もっとあらゆる可能性を調べる方が、いいかもしれません」
 千鳥が横から言った。
 奏も、自分の考えに固執しているわけではない。むしろ、真実にたどり着くためには、さまざまな可能性を考えて、それぞれ違う方向で調査してみる方がいいかもしれないと思っていた。
 そんなわけで、彼女たちはそれぞれ、自分の気になることを調べてみることになったのだった。

【3】
 店の商品を調べるというセレスティ、シュライン、蓮の三人と分かれて、奏は千鳥と一緒に最寄の警察署に来ていた。場所やものに残った記憶を見ることのできる千鳥が、市田の遺留品を実際に見てみたいと言ったのが理由だった。奏自身も、生命体、霊、無機物の区別なく、意志疎通ができる能力がある。だから、千鳥の提案に興味があったのだ。
 しかし、警察では当然ながら、部外者に大切な遺留品を見せることはできないと、突っぱねられた。しばしの押し問答の末、結局二人は、半ば追い出されるようにして、警察署を後にした。
「この後、どうしましょう?」
 年上の長身の男に向って、奏は敬語で尋ねる。
「そうだね。……あんまりこういうやり方はしたくないんだけど、しかたがないか」
 千鳥は、半ば独り言のように呟くと、あたりに他に人がいないことを確認し、目を閉じた。しばしの間、まるで暗闇の中で何かを探っているような、そんな空気が彼を捕える。
 奏は、黙ってじっと彼を見詰めていた。
 と、ふいに。彼の手の中に、小さなくたびれた黒い革のサイフと、免許証、そして四つに折りたたまれて、少しよれた感じのポスターが現われた。
 彼は目を開けると、小さく吐息をつく。
「何をしたんですか?」
 奏は、それが彼の能力の一つなのだろうと感じながら、尋ねた。
「失せもの探しのようなものかな。……必要なものを見て、それをこちらに引き寄せることができるんだ」
 言って彼は、場所を変えようと提案する。
 奏は、ネットを使って市田の娘の行方不明事件についての詳細などを、調べたいと思っていたので、ネットカフェがいいだろうと告げる。
 千鳥も反対はしなかったので、二人はその近くのネットカフェの隅に腰をおちつけた。
 市田の遺留品の記憶を探るのは千鳥に任せて、奏はネットを使ってさっそく、市田の娘・七海の行方不明事件について調べ始める。
 事件の記事は、すぐに見つかった。それによれば、彼女が行方不明になったのは、四年前の冬のことで、小学校の下校途中のことだったという。彼女は四年生で、途中までは同級生と下校していたが、その子たちと別れた直後に、行方がわからなくなったようだ。同級生たちが最後に彼女を見た道の角には、彼女のランドセルと誰のものとも知れない、ひまわりの造花が残されていたという。以後、彼女の行方を知る手掛かりはなく、また死体も発見されていない。
 奏は少し考え、今度は検索窓に直感的に浮んだ言葉を入力した。「アンティークショップレン、冬のひまわり、行方不明、殺人、子供」――はたして、その条件を満たしてヒットするものが、どれぐらいあるのかはわからない。だが彼女は、自分の直感には従うことにしていた。
 画面に現われた検索結果を、下へとスクロールしながら目で追って行く。直感的に気になるリンクを別窓で開いて、中身を読んでは閉じて、また次へ進むという作業を、彼女は淡々と繰り返した。
 やがてそのリンクの一つに、見慣れたものが現れる。瀬名雫が運営している「ゴーストネット」の掲示板だ。ヒットしたのは、その書き込みの一つだった。
「娘の行方を知りたければ、アンティークショップレンへ行け。合言葉は『冬のひまわりを探せ』だ」
 とある。書き込み主は匿名で、書き込まれたのは、蓮の店に市田が現われた日の朝のことだった。
「何か、見つかりましたか?」
 その文字を追っていた奏に、千鳥が声をかけて来る。
「ええ」
 うなずいて彼女は、画面を示した。こちらを覗き込んで、千鳥は軽く眉をひそめる。
「これって……」
「ええ。市田さんに宛てた、犯人からのメッセージとも取れます」
 言って奏は、少し考えた後、携帯電話を取り出した。雫に連絡を入れる。彼女の方で、書き込み主について、何かわからないだろうかと考えたのだ。
 電話に出た雫は、事情を話すと、折り返し連絡すると言って、電話を切った。が、しばらくしてかかって来た返事によれば、IPアドレス程度しかわからないとのことだった。おそらく、書き込みはネットカフェからのものだろうとも、彼女は言う。
 奏は礼を言って、電話を切った。そして、千鳥をふり返る。
「やはり、決定的な情報にはなりませんね。……そちらは、何かわかりましたか?」
「ええ。……あの映画は、市田さんの子供のころの体験が根底にあるようですね」
 うなずいて言うと、千鳥は自分が見たものを、彼女に話してくれた。
 市田は十歳前後のころに、ひまわり畑の中で幼児の死体を発見するという体験をしていたのだという。しかも被害者は、近所に住んでいた同級生の女の子だった。
「大人にとってもトラウマになりそうな体験ですからね。子供だった彼の心に、ずいぶんと強い衝撃を与えたんでしょう。あの映画には、半ば憑かれたようにのめり込んでいたみたいです」
 千鳥は、幾分痛ましげな顔で、そう言って話をしめくくった。
「幼児を巡る、殺人事件ですか……」
 奏は呟いて、再び検索窓に、脳裏に浮かぶままに、文字を打ち込む。「ひまわり畑、幼児、殺人」そんな単語から導き出された結果の中に、その市田が発見した死体に関するものもあった。それを読む限りでは、犯人も逮捕され、事件はすでに何年も前に解決しているようだ。
「遺留品からは、他のことはわからなかったんですか?」
 奏は再び千鳥をふり返って問うた。千鳥は、小さく肩をすくめる。
「残念ながら。……亡くなっているのに、申し訳ないですが、市田さんの遺体からなら、もう少し何か情報が得られるかもしれません。ただ、私はあんまり重いものは引き寄せられないのと、その……ものがものですから……」
「そうですね」
 言い澱む彼にうなずいて、奏はモニターを見やった。頭の中で、これまでに得た情報と、他に知るべきことがないかを、検討してみる。が、出た結論は、これ以上の情報は得られそうにないということだった。
「そろそろ、蓮さんの店に帰りませんか? もしかしたら、他の人たちが、何か見つけているかもしれませんし」
 彼女は、千鳥に声をかける。
「そうですね」
 うなずいてから、千鳥はところで……と苦笑いして、彼女に言った。
「奏さんは、ものを移動させる能力は持ってないですか? その……私は引き寄せるのはできても、返すことができないものですから。でもこれ、返さないと、まずいでしょう?」
 たしかにまずいとは思うが、彼女にもそんな便利な能力はない。困惑し、千鳥をただまじまじと見やってしまう彼女だった。

【4】
 彼女たちが全員、再びアンティークショップレンで顔を合わせたのは、すでに暗くなってからのことだった。
 警察から千鳥が引き寄せた市田の遺留品は、結局、野良猫に警察署へと運ばせた。奏の、何とでも意志疎通ができる能力を使ったのである。不自然かもしれないが、盗み出したわけではないので、調べても管理が不充分だったということで、カタがつくだろう。念のため、自分たちの指紋もきっちり拭き取ってある。
 また、奏は帰り道、自分が調べた市田の娘・七海の行方不明事件についても、千鳥に話したのだった。
 そして奏たちは、店に帰ると蓮たちに三人に、自分たちが得た情報を話した。
「掲示板の書き込みは、意味深ね」
 彼女たちの話を聞くなり、シュラインが口を開く。
「ええ。……あの書き込みが、本当はどういうものだったにしろ、もしも市田さんがあれを見たら、絶対に自分に宛てたものだと思うでしょう。それで、必死で探してここへたどり着き、蓮さんに合言葉だと信じて、『冬に咲くひまわりを探せ』と言ったんだとしたら、辻褄は合います」
 千鳥がうなずいた。
「ただ、問題はこの店が、探したからといってそう簡単に見つかる場所じゃないことと、書き込み主は何者で、どういうつもりだったのかということですね」
 後を続けて、奏が言う。
「そちらは、何かありましたか?」
 自分たちの報告はこれで終わりだとばかりに、千鳥が尋ねた。それへ、セレスティとシュラインが、かわるがわる自分たちの成果を話す。
 といってもこちらは、あの映画の別荘として使われた建物の写真を、パネルにしたものが見つかったというだけのことだった。その写真は、市田が持っていたポスターや、借りて来たDVDのパッケージにも使われていたものではあるらしい。膨大な量のこの店の品物をチェックし、更に外に出て、この近所や近くの植物園にまで足を伸ばして、冬に咲くひまわりがないかどうか調べたようだが、そちらは皆無で、成果はその写真のみだったという。
「じゃあ、ともかくその写真を私と奏さんで見てみましょうか」
 話を聞いて、千鳥が言った。
 その時だ。さっきからずっと黙って何事か考え込んでいた蓮が、ふいに顔を上げた。
「思い出したよ、あの写真。……市田がここで死ぬ前日に、男が売りに来たんだ」
 そして彼女は、その時のことを口にした。
 その男が来たのも、すでに日が落ちてからで、彼女はそろそろ店じまいをしようかと考えていたところだった。やって来た男は、どういうわけか、まるでただの影のようで、身なりも顔立ちも、まるでわからなかった。しかし蓮は、それを気にしなかった。この店にやって来るのは、大なり小なり普通の人間からは逸脱した者が多いからだ。
 むろん、その時にはその写真が、映画のポスターやそのDVDのパッケージに使われたものだなどということは、蓮はまったく知らなかった。ただ悪くない写真だと思ったので、男の言い値で買い取っただけだ。
「まさか、その男が掲示板の書き込み主なんじゃあ……」
 声を上げたのは、千鳥だ。
「ともかく、写真を見てみましょう」
 その写真こそが、謎を解く鍵だ。直感的にそう悟って、奏は鋭く言った。
 彼女たちは、全員で写真が置いてある部屋へと向う。そこは、店と蓮の自宅との中間に位置する広々とした一室で、蓮が形ばかりにつけている帳簿や、仕入れたばかりの品物、予約のついた商品や預かりものなどが置かれている場所だった。
 写真は、部屋の隅の壁際に立てかけるようにして置かれた、絵や写真のパネルの束の、一番手前にあった。しかし。
「あ……!」
「これは……!」
 彼女たちは、それを目にした途端、思わず息を飲む。
 A3程度の大きさのパネルにされたモノクロ写真には、たしかに映画で別荘として登場した建物の姿があった。だがそれは、ポスターやDVDのパッケージとは、あきらかに違っていた。それはどちらも、建物の周囲の風景は、薄の原だったはずだ。しかし今、彼女たちの目の前にあるそれは、一面雪におおわれ、建物の屋根や窓の軒にも、白く雪が積もっていた。そして、その雪の中、小さな門の向こうに見える庭の隅に、ひまわりが咲いているのだ。
「……これが、扉ね」
 奏は、それを見やってぼそりと呟いた。ふいに、事の真相が全て、目の前に提示されたような気が、彼女はした。それに突き動かされるままに、彼女は言葉を口にする。
「本当は、この写真の前に立って、扉を開くのは市田さんだったのね。でも、あの人は死んでしまった。それでも、誰かに真実を告げたいなら、扉を開け。私たちが、それを聞こう。聞くことしか、できないかもしれないけれど」
 彼女が言い終わるなり、写真の中の鉄の門扉が、まるで映画かビデオのようにゆっくりと開いて行くのが見えた。同時に彼女たちは、強い風にあおられた気がして、思わず腕で頭をかばっていた。

【5】
 顔を上げた時、奏たち五人は、雪に包まれた洋館の前にいた。
 そこが写真の中であることを示すかのように、あたりはただ、白と黒と薄墨色の世界で、そんな中、彼女たちは互いだけが自然の色を持っていることに気づく。
 ふと見ると、数本のひまわりが塊になって咲いている傍に、黒い影だけの男が立っていた。
「あ……」
 それを見やって、蓮が何か口を開きかけた。が、奏は素早く制する。かわって、声をかけた。
「市田……彬さん、ね?」
 と、黒い影だけだった男は、まるで光が当たるかのように、姿を取り戻して行く。蓮と千鳥は、その顔に見覚えがあるのか、大きく目を見張り、声もない様子だ。
 セレスティとシュラインも、奏が口にした名前に、目をしばたたく。
「市田って……どういうこと?」
 呟いたのは、シュラインだ。しかし、彼女に答える者はいない。
 市田彬、と呼ばれた男はうなずくと、足元のひまわりを示して言った。
「この下に、七海が眠っている。……殺してはいない。ただ、眠っているだけだ。掘り起こして、連れて帰ってやってくれ」
 言われて奏たちは、思わず顔を見合わせた。助けてやりたいのは山々だが、土を掘る道具を、何も持って来ていない。
「セレスティ、水を操って、どうにかできない?」
「そうですね、やってみます」
 シュラインに言われて、セレスティがうなずいた。本性が人魚であるため、彼は水を支配し、操ることができるのだ。
 まず、ひまわりの根方の雪を全てどかしてしまうと、今度は地中に含まれる水を操り、その付近の土全てを、中から外へと吐き出させる。そうしてできた穴の中には、男の言葉どおり、横たわる少女の姿があった。
 シュラインと千鳥が駆け寄り、穴の中から少女を助け起こす。目を覚ます様子はないが、どこにも怪我はなく、本当に眠っているだけのようだ。
 それを見やって、男は疲れたようにその場に座り込んだ。そして、ぽつぽつと話し始める。
「俺は、子供のころからおかしかった。生きている人間よりも、死んだ人間の方が、好きだったんだ……」
 男が最初にそれを自覚したのは、母親が死んだ時だったという。生きている時には、自分を叩いたり罵ったりすることしかしなかった母が、死んで冷たくなると、静かでとても優しそうになった。それで彼は、人は死んで動かなくなった方が、優しいものなのだと思うようになったのだそうだ。
 彼が最初に殺したのは、近所の同級生の女の子だった。可愛い子だったが、わがままで意地悪な彼女は、いつも彼にひどいことを言ったり、叩いたりつねったりした。だから、殺してひまわり畑の中に捨てたのだ。
 それから彼は、何人かの子供を殺したが、いつも誰にも気づかれず、咎められることもなかった。
 そのうち彼は、奇妙なことに気づいた。自分が二人いるのだ。
 「市田彬」と呼ばれている方の男は、毎日好きな映画を撮って、仲間たちと笑ったり泣いたりケンカしたりして過ごし、そのうち結婚して子供を設けた。だのに、誰も名前を呼んでくれないもう一人の自分は、昔と少しも変わらず、子供を殺し続けている。
「こんなことが、あってはいけないと思った……。だから俺は、ここに住みついて、ここから外へ出ないようにしようと思った。そして、それは成功していたんだ。だのに……」
 七海が呼んだのだと、男は言った。
「お父さんは、昔、ひまわり畑で子供の死体を見つけたことがあるって、本当?」
 夕食を囲んでテーブルに着いた、団欒の一時に、彼の娘はまるで爆弾を投げ込むかのように、そんな問いを口にしたのだと。
「……気づいた時には、俺は七海を連れて、ここにいた。あの子を殺さないために、土に埋め、目印にひまわりを植えた。あいつなら、ひまわりの合図に気づいて、あの子を助けてくれる、そう思った。だから……」
 男は言いさして、両手で顔をおおって、肩を震わせた。
「だから、市田さんにメッセージを残した……」
 後を引き取るように呟いて、奏は男に向って言う。
「七海さんは、私たちが責任を持って連れ帰るわ。……他に、何かしてほしいことはある?」
「写真を、燃やしてくれ」
 男は顔を上げ、言った。
「俺が、もう二度とここから出て、子供を殺さないように」
 それは、激しく、強い口調だった。
「わかった」
 奏は低くうなずく。
 その周囲で蓮たちもまた、男の激しさに押されるように、うなずく気配があった。

【エピローグ】
 「結局、どういうことだったの?」
 すでに真夜中に近い刻限にも関わらず、遅い夕食を取りながら訊いたのは、シュラインだった。
 男の言葉にうなずいた奏たちは、まるで用は済んだとばかりに、気づくと元の部屋にいて、あの写真を前に立ち尽くしていた。違っていたのは、ぐったり眠ったままの少女が、千鳥の腕に抱かれていたことと、写真が元に戻っていたことだろう。
 少女はすっかり冷えてしまっていたので、千鳥と蓮、それにシュラインの三人は蓮の自宅に少女を連れて行って介抱し、一方、奏とセレスティは写真を裏の庭に持ち出して、焼いた。
 写真がすっかり燃え尽きたころ、少女も目を覚まし、意識もはっきりしているようなので、とりあえず警察に連絡することとなった。が、こちらは警官が来たら来たで、事情の説明をしたり、念のため精密検査をするからと言うので病院へ一緒に行ったりと、結局雑事に全員が引っ張り回されることとなった。もちろん、七海発見については、店の前に倒れていたとか、適当なことをでっち上げた。本当のことを言っても、警察は信じるはずもない。
 やがてどうにか七海は母親と連絡がついて、今夜は病院で泊まることになりそうだが、明日は迎えが来ることになったようだ。
 そんなわけで、奏たちもようやくこうして、ホッと一息ついたところだった。
 彼女たちがいるのは、蓮の自宅の台所で、目の前には千鳥作のおにぎりと、スープ餃子、ひじきの炒め物が並んでいる。
「私にも、うまく説明できる自信は、ちょっとないです」
 問われて奏は言った。
「たぶん、あの写真の中にいたのは、市田さんの深層心理というか、もう一つの人格みたいなものだったんじゃないかと思います。……子供のころに同級生を殺したっていうのは、本当か嘘かはわからない。ネットで調べた限りでは、その事件はとっくに犯人も捕まって、解決してました」
「つまり、市田さんがそう思ってただけかもしれないってことですか?」
 尋ねたのは、千鳥だ。
「ええ」
「もしかしたら、子供のころの罪悪感が、彼にそんな思い込みを持たせてしまったのかもしれませんね」
 うなずく奏に、セレスティがふと思いついたように言った。
「あまり、恵まれた子供時代ではなかったようですし……子供心に、自分にひどいことをしていた人たちが死んで、ホッとしたと同時にそれに対する罪悪感があって、そこから自分が殺したという幻想が派生して行ったのかもしれません」
「そうかもしれません。……ただ、それを誰にも相談できず、はけ口もないままに大人になってしまったから、あんなふうに二分化してしまったのかも。たぶん、ゴーストネットの書き込みは、市田さん自身がしたものだと思います。心の方はあの写真の中の人だったから、市田さんはきっと、わかってなかったと思うけど」
 奏は言って、付け加えた。
「本体といってもいい、現実の市田さんが死んでしまったから、あのままだと、あの人は悪霊になってしまっていたかもしれません」
「つまり、それを阻止するためにも、私たちはあの人の話を聞いてあげなきゃならなかったというわけね」
 シュラインが、納得したようにうなずく。
「ま、そう思ったら、多少は疲れも吹き飛ぶね。それに、あの七海って子は無事だったんだし」
 蓮が言って、二つ目のおにぎりにかぶりついた。
「そうですね」
 セレスティもうなずいて、餃子を一つ口に入れる。
「それにしても、相変わらず千鳥さんの料理は、美味しいですね」
「ありがとうございます。デザートも用意してますんで、どうぞ、遠慮なく食べて下さい」
 彼の言葉に、千鳥が笑顔で返した。
「デザートって、なんなの?」
「柚子花菜(ユジャファチェ)といって、柚子とざくろと梨のシロップ煮です。韓国の宮廷料理だそうで、先日レシピを手に入れたので、作ってみました」
 蓮に訊かれて、千鳥が答えている。
 そんなやりとりを聞きながら、奏は思う。
(もしかしたら人間は、誰もがあんな、グロテスクな深層心理を隠し持っているのかも。でも、たいていの人はそれに気づかないか、気づいても見ないふりをして、表層意識で蓋をして生きて行くのかもしれない。だとしたら……私の中にも、そんなものがあるのかしら。もしもそれが、この強すぎる力と結びついてしまったら……)
 おぞましい想像に、彼女は小さく身を震わせる。
 その彼女の前に、ガラスの器に盛られた、鮮やかな色彩と独特の香りを放つデザートが置かれた。
「どうぞ。きっと、気分がすっきりしますよ」
 言って、千鳥が笑顔を見せる。
 その笑顔に、小さく目をしばたたいて、彼女は勧められるままに、スプーンを手にした。器の中身を口にした途端、さわやかな風味と冷たい感触が舌の上に広がり、彼女は自分の中から、急速に先程のおぞましい想像が消え去って行くのを感じた。
 脳裏に残るのは、ひまわりの黄金(きん)の色。だがそれは、少しだけ色褪せて、どこか痛々しげに彼女には見えたのだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4767 /月宮奏(つきみや・かなで) /女性 /14歳 /中学生、退魔師】
【0086 /シュライン・エマ /女性 /26歳 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【4471 /一色千鳥(いっしき・ちどり) /男性 /26歳 /小料理屋主人】
【1883 /セレスティ・カーニンガム /男性 /725歳 /財閥総帥、占い師、水霊使い】

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■         ライター通信          ■
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ライターの織人文です。
このたびは、参加いただき、ありがとうございました。
「オープニング」で提示した情報が少なすぎ、
ずいぶんと皆様を悩ませてしまったようです。
まことに、申し訳ありませんでした。
今後は、もう少しわかりやすい「オープニング」を
書くよう、心がけたいと思います。

●月宮奏さま
はじめまして。参加いただき、ありがとうございます。
こんなふうになりましたが、いかがだったでしょうか。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
それでは、またの機会がありましたら、よろしくお願いします。