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妖精さんいらっしゃい♪〜雨の恐怖
●雨の街
その日は朝から灰色の雲が空にかかっていた。
こんな――毒が混じっているような大気でなければ。雨はそれは時に、気持ちのよいものなのだけれど。
アンネリーゼ・ネーフェはポツポツと落ちてくる水滴を見つめて、その表情を厳しくした。
汚れた大気から降る雨はやはり、シュテルンの清々しく澄んだ雨とは違う。
傘をさしてまで、気持ちよくない雨の中を歩くのにはもちろん、意味がある。アンネリーゼは滅びゆくエルデを救うために遣わされたのだ。その目的のため、少しでも多くのことを知るために。
歩けば歩くほど憂鬱になりがちな雨の中で唐突に、鮮やかな桃の色を見つけてアンネリーゼは足を止めた。
「いやーーんっ。濡れちゃうのーーーーっ!!」
ピュンッ、と目の前を駆けていく、小さな小さな女の子。背には半分透き通った薄い羽。少しカールがかかった髪は、きっと普段はふわふわ可愛らしいのだろうけど、今はぐっしょりと濡れて水を滴らせている。
突然のすれ違いにしばし呆然としてしまったアンネリーゼは、けれどすぐに彼女を追って小走りに駆け出した。
こんな、緑少ない穢れた場所に妖精がいるということにも驚いたが、それ以上に、心配になったのだ。
あの小さな身体でこんな雨に晒されていたら、身体を壊してしまうかもしれない。地上の妖精がどんな生活をしているのか、聞いてみたいという興味もあるのだけれど。
とにかく。
アンネリーゼは小さな妖精が飛んでいった方角へと歩き出した。
人の多い通りをそれなりの速さで飛んでいく妖精を追うのは少々骨が折れたけれど、ひたすら騒ぎながら飛んでいく彼女の居場所を見失うことはなかった。
しばらく歩いたところで、ぴたりと妖精の声が聞こえなくなる。
見失ってしまったかと焦ったのは一瞬だった。
次の瞬間には、泣き叫ぶ妖精の大音響が聞こえてきたからだ。アンネリーゼは足を速めて、声を頼りに妖精の元へ向かった。
「あ……」
しばらく駆けたところで、泣きながらもどこかのビルに入っていこうとする妖精を見つける。
その周囲には人間らしき姿が何人か。
特別、妖精をいじめているとかそういう雰囲気ではないようだけれど。根本的に人間をあまり信用していないアンネリーゼは、さらに急いで妖精の元へ向かった。
●草間興信所ソファにて
顔見知りに出会えたことで少しは落ち着いたらしい妖精――ウェルを連れて、一行は草間興信所に落ち着いた。
「ちょっとは落ち着いた?」
瑠宇は、それでもまだ泣き止むことのないウェルに微笑みかける。ひとりぼっちの心細いところに知り合い――シュラインと出会えて、多少はほっとしたのだろう。先ほどのような大泣きはもう、していなかった。
「心配するな、向こうだってお前のことを探してるはずだ。きっとすぐに見つかる」
穏やかに告げる悠輔の声が聞こえているのかどうか。ウェルはシュラインにしがみついたまま、まだぐすぐすと泣いている。
「すみません……こちらに、妖精の方が来ていませんか?」
声とともに顔を見せたのは、雨の中を飛ぶウェルを見つけて追いかけてきた、アンネリーゼ・ネーフェであった。
「来ているけれど……貴方は?」
シュラインの問いに、彼女は礼儀正しく頭を下げた。
「アンネリーゼといいます。先ほど雨の中を飛んでいく妖精を見かけて、気になったもので」
告げてアンネリーゼは興信所の中へと入ってくる。まだ泣いているウェルを見つけ、そっとその背を撫でてから、口を開いた。
流れるのは美しい旋律。
歌だ。
シュラインの肩に顔を埋めて泣いていたウェルが、その旋律に惹かれるように顔を上げる。
そのチャンスを逃さず刀真は持ち歩いているお菓子を取り出した。
「ほら、これでも食って元気出せ。まずはあんたが元気にならないと、探しにも行けないだろ?」
一旦涙が引っ込んだ後はそれなりに落ち着いたのか、まだ沈んだ様子ではあるが、ウェルは差し出されたお菓子に手を伸ばす。
「テクスちゃんとどこではぐれたのか、覚えてるかしら?」
たいして期待せずに尋ねてみる。シュラインは過去何度か妖精コンビと会っているからわかるのだが、彼女らの精神年齢は幼く、あまり詳しい話は期待できない。
「……わかんない」
そう答えるウェルに、何度も質問を重ねてどうにかこうにか、雨に降られてパニクっていたので、どこではぐれたのかも気付かなかったということまでは聞き出せた。
「どの辺りで雨に降られたのかわかれば、そこから探しに行けるかな」
ウェルの頭を撫でてやりながら、悠輔が考える仕草を見せる。焦って飛んできたというのなら、その前にどこにいたのかなど……その場を見ればまだしも、距離や方角なんか、ウェルが示せるはずもない。
「あ……。だいたいの方角なら、私が知っています」
「え? そうなの?」
「はい。こちらのビルに向かっているのを見かけて追いかけてきましたから」
「なら、そっちの方に向かってみましょうか」
立ち上がりかけながら、シュラインが言う。
「だな」
異論を口にする者はなく、一行は草間興信所の外へと向かう。
「ウェル、この辺りには見覚えはないのか?」
悠輔の問いにはウェルは首を振るだけだ。
「私、上から探してみるね。もしかしたら、はぐれた場所に戻ってるかもしれないし」
言うが早いか、瑠宇はふわりと空へ浮かび上がる。その時にはもう、シュラインたちの目に瑠宇の姿は映らない。瑠宇は普段は実体化しているもののその本質が霊体なので、非実体化することもできるのだ。
一行は聞き込みをしながら――ウェルが覚えていなくとも、ウェルたちを見ることのできる人間はいる。目撃証言があれば、大まかな場所を割り出せると考えたのだ――商店街の方へと向かっていく。
もうすぐ商店街に入ろうかというところで、瑠宇が戻ってきた。
「向こうの方から、ウェルにそっくりな妖精を連れた人たちが来るよ」
「人たち?」
アンネリーゼが怪訝な表情を浮かべる。
テクスもウェルも、人に見えないことが多いけれど、見える者もいるのだ。ウェルがそうしたように、テクスも誰かに手伝ってもらっている可能性はある。
どちらにしろ、行ってみないとわからないのだ。少々の戸惑いとともに顔を見合わせてから、一行は瑠宇の言を聞いて、歩みを再会した。
●現場に戻る
お互い相手の姿を確認した瞬間。
「うわああんっ、テクスぅ〜っ!」
「ウェル、会えたのーーっ!」
妖精たちはここまで連れて来てくれた人たちの存在をすっかり忘れて抱き合った。
「良かったわね、ウェルちゃん」
「本当に、同じ見た目なんだなあ」
感動の再会をほのぼのと見守りながらのシュラインと悠輔の台詞も、二人の耳には届いていないようだった。
「会えて良かったですね」
かけられた声にやっと気付いて、ウェルはぱっと自分を連れて来てくれた人たちへと振り返った。
「ありがとう〜!」
二人並んでの可愛い笑顔に、瑠宇もつられて笑顔になる。
「あれ……おいしい匂いがする?」
「えへへ〜。もらったのー!」
「ウェル、ずるーいのっ!」
ほのぼのとした空気の中でいきなり騒ぎ出した二人に、刀真は呆れ半分の笑みを浮かべた。
「せっかく会えたのに喧嘩なんかするんじゃない。ちゃんと二人分あるから」
そうして刀真のお菓子をお茶請けに、ちょっとしたお茶会がはじまるのであった。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業
5973|阿佐人・悠輔 |男| 17歳|高校生
4431|龍神・瑠宇 |女|320歳|守護龍(居候?)
4425|夜崎・刀真 |男|180歳|尸解仙(フリーター?)
0086|シュライン・エマ |女| 26歳|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
5615|アンネリーゼ・ネーフェ|女| 19歳|リヴァイア
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ライター通信
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お久しぶりの皆様、はじめましての皆様。
こんにちは、日向 葵です。
いつもコンビで行動している妖精たちの単体行動、楽しんでいただけましたでしょうか?
操作をポカって予定以上の人数が入ってしまったときには少々焦りましたが(苦笑)
妖精たちへの優しい気遣いがたくさんで、プレイングを読んで嬉しかったです。
ありがとうございました!
また機会がありましたら、お会いしましょう。
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