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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


螺旋の刻

 事件から数日後。
 少しは落ち着いてきた頃伝えられた連絡に、そろそろこうなるだろうとは予想していた羽澄が出かける支度を始めだした。
 アトラスとIO2の仕事に追われたりょうが逃走。
 いつもの事である。
 日常が戻ってきた証拠だと言えば聞こえが良いが、まだ事件の後始末は残っているのだ。
 直接的な交渉事は狩人たちがやっているから良いとして。
 りょうが現在やっているのはその辻褄合わせの手伝い、簡単に言えばやや偏った視点からの報告書作りだ。
「その最中に? 堪え性がないわね」
「最初のほうはちゃんと? してたんだけど」
「そこから疑問系なのね」
 集中力が続く時間よりも、休憩時間のほうが長いのはお約束である。
 休憩しながら仕事をしている姿が容易に目に浮かんだ。
「とにかく探しに行きましょうか」
「そろそろ帰ってきてもらわなきゃ」
 居場所は簡単に特定できる。
 何しろ羽澄が渡した鈴を持ったままでの逃走なのだ、携帯を置いていったとしても見つけてくださいと言っているも同然だ。
 実際にその可能性もある。
 何しろジッとしている事が苦手でならない性格の持ち主なのだから。
「今はどこかで休んでるみたいね、あまり動いてないから」
「この先……公園?」
「そうみたいね、行ってみましょう」
 鈴の共鳴が示す場所はもうすぐそこだ。 羽澄の言葉どおり、自販機でタバコを買っているところを発見した訳である。
「あ」
「見つけた」
 間の抜けた声を出し、危うくタバコを落としかけたりょうの目の前まで歩み寄った。
「今日は大人しいのね」
「本当、珍しい」
「まあな」
 自信たっぷりに笑うりょうに、とりあえず何事かと羽澄が問う。
「何かあったの?」
「アトラスのほうは何とか出来たんだぜ」
 雨でも降るのでは無かろうかと空を見上げるが、幸か不幸か良い天気である。
「珍しい」
 驚くリリィに、羽澄が軽く笑いかけてからりょうに飾り箱からクッキーを取り出して手渡す。
「はい、これ」
「ありがとな、ちょうど腹減ってたんだ」
 早速食べ始めるりょうに、もう一つと付け加える。
「せっかくだから、原稿を届けてから休憩でもどう? ケーキも作って持ってきたから」
「やった!」
 嬉しそうなりょうと共にアトラスへ原稿を届け、さらに歩くこと暫し。
「ちょっと本屋寄って良いか? 直ぐ済むから」
「どうぞ」
 目的の本を選び、会計を済ませている間。
 羽澄とリリィは小いさな声で短い会話を交わす。
「休める場所って、やっぱり?」
「一仕事終わったついでに、もう一つやってもらおうと思って」
 上機嫌な内に連れて行ってしまった方が良い。
 そして何事もなく目的地に到着。
 見慣れた建物を前に、りょうが後退さる。
「ここっ!? えっ、ちょっ!」
「やっと気付いたみたいね」
「アトラスの件だけで来たとは言ってないわよ」
「うっわ!」
 よほど仕事が一つ片付いていた事が嬉しかったのだろう。
「中でも休めるでしょ、私も用があるの」
「ここで立ってるのも何だしね」
 羽澄が幾らか先に進んだところで、振り返りお菓子の入った箱を楽しそうに見せる。
「うっ」
「ザッハトルテ好きでしょう、ここで逃げたら食べられないわよ」
 その台詞は、実に効果覿面だったようである。
「まあ……もう嫌な予感しなくなったし」
 等と良く解らないことを呟き、どうにか大人しく付いてくる気になったようだ。



 本部内。
 狩人の所へと行く前に、看護師に案内されたナハトの病室へと顔を出す。
 ベッドの上のナハトと至る所に置かれた果物の多さに驚きつつも、羽澄は心配そうに尋ねる。
「具合はどう?」
「ああ、それなら大丈夫だ。今は検査と事件がもう少し落ち着くまでここにいる事が目的だから」
「それって?」
「ジャバウォックに乗っ取られたことも考えてだそうだ」
 その言い方だと単純に二つの意味にとれる、ナハトへのダメージと周りへの影響だ。
「ええと、あれだ。今何時も通り外に出たら色々言う奴がいるからな」
 外に出られるのはもう暫く先だそうだ。
「これはりょう向けだろう、所で……」
「おっ、プリンだありがとな……ん?」
 補足したりょうがナハトから箱を受け取りつつ。
「他にも見舞に来てもらったんだが、説明したのか? 怪我でも病気でもないと」
「………」
 何か気付いたように動きを止め、振り返るりょう。
 羽澄とリリィと視線が理由であるのは言うまでもない。
「言ってないわよね?」
「………あー、忘れてた」
 どうやら、りょうの所から検査なのだと簡略化されて伝わった模様。
「ほんとにもう、お菓子没収」
「それは勘弁!」
 詰め寄るリリィと慌てるりょうの会話を聞きつつ、ナハトに念のため確認しておく。
「具合が悪いよりは良いけど、検査のほうはどうだったの」 
「りょうとの同調がどの程度まで進行していたかを検査していたんだ。お互いの場所が解ったり、力の共有をしたりが可能だが、以前よりもその度合いが増しているそうだ」
「色々不安定で手が出せない状況だから、そのままにしとけってさ」
 データを見せてもらいつつ、行き来している能力の報告書はどこかで予想していた物だった。
 この件についてはまた後で聞くとして。
「気になってたの、守ってあげられなくてごめんね」
 素直な言葉にナハトがたじろぐ。
「それは、違う。俺のほうが迷惑をかけたんだ。あれは……予想外に悔しい物だな」
 苦笑するナハトに、羽澄がベッドから降りように言ってから。
「一緒にお茶でもどう?」
「構わないのか?」
「そうだな、許可もらえばいいし」
「私、許可もらってくるわね」
 本部内でなら許可も直ぐに下りるだろう。
 きちんと確認を取ってから、四人は病室を後にした。



 狩人宅。
 到着したその直後。
「おじゃまします」
「よう、元気そうで何より」
 軽く挨拶を返す狩人のほうが何故か具合が悪そうに見える。
「何があったの?」
「少し前にうっかりしてな、仕事でどうとかじゃないから大丈夫」
「もう少し休んだ方が良さそうだけど、今お茶入れますね」
 落ち着くまではもう少しかかりそうだ。
 その間羽澄が持ってきたザッハトルテと紅茶とで一息いれる。
「ん、うまい」
「良かったわ、上手くできたの」
「今度作り方教えて」
「もちろん、良いわよ」
 のんびり過ごしてと過ごしていたのだが、大分回復したらしい狩人がナハトに書類の入った分厚い封筒を手渡す。
「これ、りょうとナハトに任せたから」
「は!?」
「………」
「大丈夫、本部内で出来る事だから」
 中を見るなり逃走仕掛けたりょうをナハトが捕獲する。
「逃げてる時間にやったほうが早い」
「うわ! 裏切り者!」
「私も手伝うから」
 引っ張られていくりょうにもリリィも一緒について行く、忙しくなりそうだとは予想が付いた。
 慌ただしかった部屋が静かになってから、羽澄も立ち上がる。
「お茶ごちそうさまでした」
「いいえ、また何時でも遊びに来てくださいね」
 かなみに礼を言ってから、狩人の方へと振り返った。
「話があるの、胡弓堂まで来てもらっても良い?」
「もちろん」
 はっきりとそう頷いたのは、聞かれることを予想していたからだろう。



 胡弓堂。
 ここへ呼んだのは、本部内ではない場所で落ち着いて話をしたかったからだ。
 疑問に思っていた事も今なら答えてくれる。
「ジーンキャリアの研究はまだ続けるの?」
 自然と押さえがちになった問いに、ゆっくりと首を左右に振られた。
「今はもう出来ない、上からは突かれるだろうが、どうにかしてかわすさ」
 その言葉を聞いて、少しだけホッとする。 出来ることなら、して欲しくはなかったことだから。
「納得できるような他を探しているのなら、りょうとナハトの場合はどう?」
「………例えば?」
 驚いたように目を見開く。
「データを見せてもらったけど、珍しい関係じゃないかと思って。もっと詳しく調べた方が良いわ」
 今のままでは不確定要素が多すぎる。
 何かあった場合にも、調べておい方が対処はしやすい。
「確かに今のままだとまずいだろうしな」
 そして二つめと話を続ける。
「触媒能力者の体が『誰か』に乗っ取られた場合、他者が分離できる方法は?」
「大抵の場合は受け入れられずに自滅するんだけどな、たまに適合する時もあるのが証明されたばかりだしな……能力だけなら分離はメノウのような能力者であれば可能だろうな、魂はまた別の手順を踏まなかったら移動は出来ないが」
 この場合、適合者は陰と陽の属性を両方同時に、同じ様な比率で併せ持つ場合が多いのだと説明を付け加えられた。
 言われれば、納得できる部分もある。
「……後」
 預かっていたフロッピーを狩人へと返す。
 この中に触媒能力者に関するデータが入れられていたのだ。
 中を見て直ぐに、IO2と狩人にとって表に出して良い物ではないと気付く程の内容だったのである。
「この情報を知っている人は私の方にもいるの?」
「全部を知っているのは、俺とかなみだけだ」
 はっきりと答えてもらえるのは嬉しいが、答えられる度に疑問も増えた。
「確かに情報が欲しいって言ったけど、何故渡したの? 重要な物でしょう?」
「顔出した時に、そのまま帰ってこられない可能性もあったんだ。幸いにして上手く行ったが、駄目だった場合は有効に使ってくれるだろうと思って」
「確かに、これなら表に出せば騒ぎになるでしょうね」
「交渉の材料としては諸刃の剣だろうけど、向こうが強硬手段に出るのならそれも手だ」
 ニッと笑ったその顔は、りょうにそっくりだった。
 親子だからと言えばそれまでなのだが……。
「よく似てるわ」
「何事もなくて良かったって事で」
 クックッと小さく喉を鳴らして笑う狩人に、羽澄は小さくため息を付いた。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1282/光月・羽澄/女性/18歳/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】

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■         ライター通信          ■
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突発シナリオでしたが、発注ありがとうございました。
どこで繋がってるようなそうでないような進行具合となりました。
楽しんでいただけたら幸いです。