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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『風と竜が舞う大地・第二章』



○オープニング○

「父親を探してくれ」
 竜の血を引くという高校生、遠江・梓音が草間興信所を訪れた。
 幼い頃にいなくなったという彼の父親は竜で、病弱の母のために、彼は父親を探すことを決意したのだという。しかし、父親がいると思われる、富士の裾野にあるらしい竜達の大地は、どこにあるかわからず、しかも危険な場所であるのだ。
 それでも梓音が父を探す決意は強く、草間・武彦は、彼に協力してくれる者を集うことにした。

 一行は、竜の住む世界の入り口を探し、本栖湖からその異世界へと入った。殺風景な風景のその場所は、まさしく竜の住む世界であった。
 だが、見知らぬ土地である故に、危険も大きかった。この世界で、何をどうやって行い、梓音の父親を探せばいいのだろうか。



 殺風景な場所であった。耳に届くのは風の音、目の前には土と岩だけの景色が広がっている。植物はほとんどなく、あったとしても、背の低い枯れ草のような草木が点在しているだけであった。
「広い場所だな。本当にここにいるのだろうか」
 竜と人間の間に生まれた、混血児であり、今回の依頼人である遠江・梓音は、竜の石像とこの大地を目にし、目を細めていた。
「頑張って探しましょう。お母さんの為じゃない」
 草間興信所の事務員であるシュライン・エマ(しゅらいん・えま)がそう言うと、梓音もわずかに笑みを浮かべて頷いた。
「さて、これからどう行動をする?」
 水鏡・千剣破(みかがみ・ちはや)が、エマと梓音の顔を見つめた。彼女も竜の血を引く種族であり、人間にはない特別な能力で、梓音の父親探しをサポートしてくれていた。
「ここの竜達が、皆人間に対して敵意を持っているかどうかはわからないけど、少なくとも空と地上は危険だし、そうなると谷の下を抜けるか底の川を行くかのどちらかがいいわね」
「そうね。敵意有無は謎としても、彼らが積極的に人とは関わらないようにしてるのは確かよね」
 千剣破の言葉に、エマも頷いた。
「梓音の父親は水竜の化身だと言っていたわよね?それなら、水中を探すのが一番だと思うの」
 梓音を見つめ、千剣破が言った。
「水中を?でも、そうなるだろうな」
 梓音が不安そうな表情を見せる。竜の血を引くとは言えども、育ちは人間であるのだから、この未知の大地への不安は隠しきれないだろう。
「それで、ひとつ提案なんだけど、水の底を歩きながら捜索するのはどう?」
「それなら、地上を歩くよりもかえって安全そうね。だけど、それは可能なの?」
 エマが、千剣破に尋ねた。
「可能よ。あたしが大きな泡状の空間を、水を操って作るわ。その中でなら、呼吸も可能。水中で動ける人間は良いけど、無理な人もいるだろうからね」
 千剣破の提案を聞き、エマは谷の間に流れている川を眺めた。
 どこから流れて、どこに流れていくのかわからない、竜の大地の川は、この異界の土地を静かに流れている。特別大きな川でもないが、まわりの土が川の中に入り込んでいる為か、流れる水は茶色い色をしていた。
「川は濁っているみたいだけど、あたしは水を介して、周囲を視覚に頼らず行動する事が出来るわ。例え、川に光が届かなくても大丈夫」
「あの濁りの中だもの、中にいればまず、上からは見つからないでしょうね」
 千剣破に続き、エマが答えた。だが、まったく問題がないわけではない。
「問題点は、人間嫌いだっていう竜が水竜の傾向の場合よね。川底を歩くのだから、地竜や翼竜と接触するよりも、水竜と危険度は高くなるわけだけど」
 エマも同じ事を思った。地を歩けば地竜、仮に空を飛ぶ事が出来たとしても、そこには翼竜がいる。水竜と言うぐらいだから、その種類の竜が川の中にいる可能性は十分にあり得る。
「このまま、ここでまごまごしている訳にもいかないものね。伝説から、水竜は比較的友好的な可能性は高そう?」
 エマの知る限りの様々な伝説を頭に浮かべながら、エマは千剣破と梓音に尋ねた。
 富士の他にも、竜に関する伝説は色々とある。その伝説の中から、この大地の竜がどんなものであるかと、エマは推測していたが、見知らぬ場所の生物の生態を知るのは、とても難しい事であった。
「あたしは、あくまでも自分が知る限りの中でしか、推測は出来ないから」
 千剣破の言う事は最もだろう。良く知った物事の中でも、例外、というものが存在するのだ。憶測で行動して失敗した例などは、いくらでもある。
「でも、やってみないとわかんないし、やらないよりはやって失敗した方がいいわよ」
 千剣破が元気よく言うと、梓音が少し目を伏せた。
「すまん、俺も良くわからない。だけど、何か危険な事があった場合は、俺が真っ先に行動するよ。半分は竜の血が流れているんだ、皆の盾になる事だって出来るはずだ」
「危険は未然に防ぐのが一番よ」
 元気のない表情を見せる梓音に、千剣破が答えた。
「まぁ、水竜がどんな性質かなんて、あたし達じゃわからないわ。その辺は賭けだしね。まずは行ってみましょう。でも、見つかったら逃げにくいから、偵察する人が先行した方が良いかも知れないわ」
「それなら、俺が先に行くよ。あの川の中じゃ目は役に立ちそうもないが、竜達の気配なら、何となく感じる事は出来る」
 梓音が千剣破にそう答えた後、エマはすぐ横にある竜の石像に顔を向け、小さく呟いた。
「このコの父親を探す為なの。お邪魔致します」
 エマは石像に丁寧に頭を下げ、皆へ言った。
「それじゃあ、行きましょうか」



 エマ達が立っていた崖はかなりの高さがあり、下に降りるような道もなかった為、まわりの気配に気を配りつつ、梓音が竜の翼を生やし、エマと千剣破を抱えて下へと降ろした。
 幸い、翼竜が接近してくる事はなく、3人は無事に崖の下へと辿り着き、そこからは歩き、崖の上から見えていた川を目指した。
「ここに来てすぐに竜がいたけど、あれ以来竜らしきものは見かけないわね」
 エマがまわりの景色と、空気の振動の変化に気を向けながら呟いた。
「おそらく、竜の集落みたいな所に、もっと沢山の竜がいるかもしれないわね」
 千剣破はとても落ち着いていた。彼女も竜の種族であるから、このような場所でも気丈に振舞えるのかもしれない。
 やがて、3人は川辺に到着した。川幅は20m、と言ったところだろうか。まわりの土砂が川に流れ込んでいる為に、川は茶色く濁っているようであった。
「これだと、目は役に立たないわね」
 エマがため息をついた。
「この川の中で頼りになるのは、感覚。二人とも、準備はいい?行きましょう、川の中へ」
 千剣破はそう言って、川の中へと手を入れた。するとたちまちのうちに、千剣破の手を中心にして川の一部が、穴が開いたように開いた。
「すげえ能力だな」
 この不思議な光景に、梓音も驚いているようであった。
「同じ竜の血を引く者でありながら、あんたはその能力をちゃんと使えるんだな。だけど俺は、どの能力もうまく使いこなせていない」
 視線を落とす梓音に、千剣破は表情を変えないまま答えた。
「あたしだって、水を操る能力は完璧じゃないわよ。あなたはずっと、影を背負っているような事ばかり言うけど、今は俯いている場合じゃないでしょう。あなたがしっかりしないと、お父さん、見つからないわよ?」
「そうよ、こんな場所だからこそ、しっかりしないとね」
 エマも、すっかり元気をなくしている梓音を、そっと励ました。
「そうだな。俺がしっかりしないとな。俺さ、ちょっとした事で、すぐに自信を無くしてしまうんだ。何でだろうな。自分が何であるか、はっきりわかってないからかもしれねえな。父親の事も、良くわかってねえんだから」
「だから、今から行くのでしょう?」
 千剣破が、川の中に飛び込んだので、エマも梓音にそう言いながら、川の中へと入った。
 千剣破の作り出したその空間は、まるで水の中に沈められた、球形のガラスの中にいるような気分であった。泡状の空間の外には、濁った川底の景色が見えている。濁りのせいで視界はかなり悪いが、この川の中にも生物はいるようで、たまに魚の姿が見え隠れしていた。
「よろしくな。俺も、しっかりするから。母親の為にもな」
 最後に梓音が川の中へと飛び込んで来た。彼はエマ達の一番先頭へと立ち、わずかに笑顔を見せている。
「じゃあ、この川を上流に向かって進むわね。ま、どっちに竜がいるのかわからないから、勘で向かうわけだけど」
 エマ達は泡の空間に包まれながら、川をさかのぼって行った。
 エマは、川の中の音に神経を集中させていたが、魚が水の中を進む音がたまに聞こえる程度で、竜のような大きな生物が近づいてくる様子はなかった。



 3人が3人とも、川の中の変化に意識を向かわせつつ、川底を歩いていった。かなりの時間を歩いたように思えた。
「あら、水が」
 千剣破が急に立ち止まった。
「どうかしたの?」
 エマが尋ねると、千剣破がまわりを見渡して答える。
「この先に滝があるわ。かなり大きな滝ね。この川は行き止まり。一度、地上に出ないと先へは進めないわ」
 水の中の音の変化で、エマもその事に気がついていた。3人は一度、川から岸へと上がることにした。そして、地上に出た瞬間、目の前に大きな滝が広がっている事に気づいた。
 日本の、風情のある滝とは違う。例えるなら、アメリカのナイアガラの滝と言ったところだろうか。滝がVの字の形になっており、滝の上まで、100mはあるだろう。特殊な能力を使わなくとも、滝の音は十分に聞こえていた。
「どうする?」
 滝を見つめている千剣破達に、エマが尋ねた。
「あの滝の上がどうなっているかはわからないけど、今までは何もなかったわ。さらに進むしかないわよね」
 千剣破が滝の上へと顔を向けている。
「それじゃあ、決まりね」
 3人は滝壷へと歩き、そこから上へと上がる事にした。先程、崖を降りたのと同じようにして、今度は梓音がエマ達を抱えて上へと上がっていく。
「水竜って、空を飛ぶことが出来るのかしら?」
 崖をあがっている間、エマが小さく囁いた。
「それはわからないけど。何で?」
 千剣破が不思議そうな顔をして言葉を返す。
「だって、梓音くんは空を飛ぶ事が出来るのでしょう?空を飛ぶ竜って、翼竜よね。でも、梓音くんのお父さんは水竜だって言うじゃない」
「そういえばそうね」
 千剣破も眉をひそめていた。
「俺も良くわからねえよ。けど、水竜の中にも翼で空を飛ぶ種類のがいるんじゃねえか?魚にもいるだろ、トビウオとか」
「ちょっと違うような気もするけど」
 真面目な顔をして梓音が言うので、エマは何となく可笑しくなってしまった。
 そんな事をしているうちに、3人は崖の上へと辿り着いた。
「あっ!」
 エマは思わず叫んでしまった。そして、すぐにエマ達はそばにあった岩の陰に隠れた。
 崖の上には大きな湖があり、沢山の竜がいたからだ。そこにいる竜は首の長い竜ばかりで、ゆっくりと湖を泳いでいる。皮膚はつるつるしていそうな感じがあり、背中に翼があるものはいなかった。何となく、恐竜を思わせるような生き物であった。
「ここ、きっと水竜の棲家ね」
 千剣破が小声で言った。
「ここが竜の村?」
 エマは、岩からそっと顔を出し、湖のまわりの景色を見つめた。確かに、まわりに草木を集めて作った巣のようなものがいくつか見えるが、人間の村とはかなり違う。彼らは、竜の姿でここで暮らしているのだろう。
 湖のまわりも深い谷があり、彼らにとってみれば、ここは村なのだろう。
「住んでる竜達を、あまり刺激しないようにしなきゃね。他の動物もそうだけど、子育てしている生き物は、気性が荒いし」
 エマは、顔を引っ込めて二人に言った。
「コンタクトしてみない事には始まらないわね。とりあえず、温厚そうな動き方をしてそうな水竜を探しましょう」
 千剣破の提案に従って、3人は湖へと近づいていった。この様子だと、水の中でも外でも、この沢山の竜達に見つかってしまうだろう。だから、地上を歩いて湖に近づく事にした。
 すぐに、竜達に気づかれ、彼らの視線が一斉にエマ達に注がれた。
「気づかれたわね」
 エマが呟く。だが、竜達がすぐに襲ってくる様子はなかった。それでも、万一の事を考えて、エマ達は竜達からある程度の距離を取ったところで立ち止まり、そこから先は、梓音のテレパシーで様子を見ることにした。
「梓音くん。幼い頃の記憶で、お父様が好きだったモノ何か覚えてない?」
 竜達の視線を浴びながら、エマが梓音に囁く。
「あの中に、貴方のお父さんがいるかもしれないわ。その単語伝えて、それが好きな竜を探してみましょう。その竜が、竜也さんかも」
「そうか。だけど、親父が好きだったものなんて」
 エマの言葉に、梓音は困ったような表情を見せたが、すぐにはっとした顔で竜達を見つめた。
「梓音君が、何を思い浮かべたのか、わかったわ」
 梓音の背中を見つめ、エマが言う。
「あたしもよ」
 千剣破も頷いた。梓音は黙ったまま、竜達を見つめていた。彼は今、母親の事を思い浮かべているに違いない。
 一番近くにいるのは、ゆっくりとした動きの竜であった。梓音は、その竜にテレパシーを送っているのだろう。
 やがて、その竜が梓音の方へと近づいてきた。梓音は警戒し、半歩竜から下がったが、その竜は突然姿を変えて、一人の老人の姿へと変化をした。
「ほう、人間と我等との混血か。では、お前がルーヤの子供か」
「ルーヤ?」
 その竜が襲ってくる気配がなかったので、エマと千剣破も梓音の方へと駆け寄った。
「人間の中もいたのか。いや、そっちの子は我等とは違う血筋の竜かのう」
 老人が、千剣破の方を見つめていた。
「私達、貴方達に何かをしようと言うのではないわ。このコのお父さんを探しに来たの。梓音君のお父さんは、貴方達と同じ、水の竜だと言うので」
 エマは、穏やかな口調で老人に言った。
「ルーヤの話は、我等の中では有名じゃから、皆知っておるよ」
「ルーヤ。リュウヤ。竜也!その、ルーヤという方が、梓音君のお父さんね?彼はどこにいるの?」
 焦りを抑えつつエマが尋ねると、老人は顔を伏せていた。
「ルーヤは確かに、かつてこの村で暮らしていた。だが、今は生きてはおらぬよ。いや、それも間違っているかのう」
「生きて、ないだと?」
 エマは、何も言う事が出来なかった。
 ほとんどあてにならない手がかりをかき集め、やっとの思いでここに辿り着いたというのに、肝心の父親は生きていない。梓音は老人の言葉を、どんな思いで受け止めただろうか。
「一体、どうして?」
 その中でも、千剣破は気丈に振舞っていた。さすがは、同じ竜の血族、と言ったところだろうか。
「ルーヤは人間にとても興味を持った竜であった。ルーヤの父親である翼竜もそうであったよ。1200年程前、人間世界の山が噴火をした時、人間を助けに行ったからのう」
「あ、もしかしてそれって」
 エマは、この世界へ来る前に見た、本栖湖の竜の伝説を思い出していた。という事は、梓音の祖父は翼竜だったのだろう。梓音が空を飛べることも、これで納得がいく。
「水竜さん、どうか知っている事を教えてほしいの。私達と梓音君は、お母さんの為に、危険を冒してこの土地に来たわ。ルーヤさんが生きていない事はとてもショックだけれども」
「お願いだ。親父の最後の事を教えてくれ。母は病気なんだ。だけど、親父に会いたがっている。生きていないにしても、最後はどうしたのか、教えてほしい。頼む」
 エマのあとに、梓音が老人に言った。とてもはっきりとした口調であった。その言葉から、母親の事を思う気持ちが、良く伝わってきた。
「ふむ」
 老人は少し間を置いてから、言葉を発した。
「この湖で暮らしている者達は、さほど人間に敵意を持っていないが、他の場所に住む竜の中には、人間を嫌う者も沢山おる。さっきも言ったがルーヤは人間に興味があり、よくこの湖から人間の世界へと行っていたものじゃよ」
「この湖は、あたし達の世界とつながっているの?」
 千剣破が老人に叫んだ。
「セの海という場所につながっておるよ。最も、今は火山でその湖も3つに別れたようじゃがな。人間の姿で人間の世界にいたところ、ルーヤは一人の人間の女性と出会った」
 それが、梓音君のお母さんね、とエマは思った。
「ここに住んでいる時から、ルーヤは人間の世界に憧れておった。この世界には竜しかいないが、人間の世界には沢山の生き物が住んでおる。もともと、人間としての心を持っていたのじゃろうな。その女性と接していくうちに、ルーヤは人間として生きる事を決意したのじゃよ。ある日、ルーヤは自分は人間として生きると我等に言い、この場所を出て行ってしまった」
「そうだったのか」
 静かな声で、梓音が呟いた。
「じゃが、その女性は生まれ持って体が弱かった。あまり長くは生きられないだろうと言われていたようじゃ。ある日、ルーヤは突然ここに帰って来たんじゃよ」
 老人は、目を細めて空を見上げていた。
「それがやつにとっては最後となってしまった。ルーヤは地竜達の住む村の近くの谷へと向かった。その谷には、様々な病気に効く薬草が生えており、それをその女性に与え、病気を治そうとしたのじゃと思う」
「じゃあ、それがもしかして、15、6年前って事?梓音君が生まれてすぐ、お父さんはいなくなったというから」
 エマが、梓音と老人を交互に見つめて言う。
「どうじゃったかのう。人間と我等の時間の感覚は違うから、詳しい事は覚えていないが。ともかく、その谷に行ったまま、ルーヤは戻っては来なかったよ」
「谷で何かあったの?」
 今度は千剣破が尋ねた。
「わしも良くわからないが、地竜達は相当に人間を嫌っている。そこで、ルーヤと地竜との間で、何かがあったのじゃと思う。我等の仲間がルーヤの様子を見に行ったが、その時はもう」
 老人が静かに呟いた。
「地竜達は、大地の力を操る能力を持つ。ルーヤはその力で、生きたまま石にされてしまった。今でも、あの谷で石になったままでいるじゃろうよ。石じゃから、死んでいるとも言えないし、生きているとも言えない。わしらにはその能力はないから、助ける事も出来ない」
 老人は、エマ達の後ろの方向を指差した。そこは、今までエマ達が歩いてきた方角であった。
「ねえ、それってもしかして」
 エマは、初めてこの大地に来て、頭を下げた竜の石像の事を思い出した。
「まさか、あれが」
 エマと千剣破、梓音は顔を見合わせた。老人の指した方角は合っていた。
 思えば、何もないあの場所に、竜の石像がぽつんと立っている事も不自然であった。守り神と言ってもおかしくはないが、作り物にしてはかなりリアルな石像であった。
「薬草を取りに来たのか」
 梓音が地面へと座り込んだ。
 気持ちは複雑であっただろう。探しに来た父親が、今は石にされてしまったのだから。
「梓音君、どうする?」
 しばらく黙って梓音を見つめていたが、エマは思い切って尋ねてみた。
「俺、薬草を取りに行く。親父が命を犠牲にして、取りに行こうとしたんだ。それがあれば、俺の母も元気になるんだと思う。だから」
「だけど、そのそばには地竜がいるんでしょ?そう簡単には行かないんじゃない?」
 千剣破が言うと、梓音は地面から立ち上がり、父親がいる谷の方をじっと見つめた。
「どっちにしたって、母は俺の為にあそこまで長生きしてくれた。俺がここで何かしなきゃ、恩だって返せやしねえ。だから行くよ」
「そう。そこまで言うなら、仕方ないわね。ところで、水竜さん」
 エマは、梓音から老人へと視線を移した。
「石になった者を、元に戻す方法はないの?」
「方法は簡単じゃよ。術をかけた者に術を解いてもらうか、もしくはその者を倒せば良い。そうすることが出来れば、ということじゃが。ただ、地竜達は異分子を嫌うからのう。同じ竜でも、わしら水竜すらも、受け入れぬ者までおるから」
 老人が心配そうに答えた。
 梓音は、すでに谷の方に心があるのだろう。父親の意思を継いで、母親を助けに行きたいという気持ちはわかるが、ここからは本当に危険な旅になりそうだと、エマは思った。
 果たして、無事に帰る事が出来るのだろうか。(終)



◇登場人物◆

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3446/水鏡・千剣破/女性/17歳/女子高生(竜の姫巫女)】

【NPC/遠江・梓音/男性/16歳/高校生】

◇ライター通信◆

シュライン・エマ様

 2話目の公開が遅くなり、申し訳ありません。WRの朝霧です。
 今回も、前回に引き続き、シリアスに話を書かせていただきました。前回は実際にある場所が舞台になっておりましたが、今回は異世界ということだったので、アメリカのグランドキャニオンのような風景を思い浮かべながら執筆しました。
 エマさんは、梓音を元気付けつつ、この大地を進んでいく、というような描写をしてみました。ほとんどが、会話中心の演出でしたけどね。
 この話も、次回が最終話となります。今月中には最終話をリリースする予定ですので、どうぞよろしくお願いいたします。