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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


恐怖の予言者

「私は、予言者……」
 少女はぽつりとつぶやいた。
「私は、予言者……」
 予言とは――
 予め、言葉を与えること。
 未来を伝えること。
「私は、予言者……」
 くすり、と少女は微笑んだ。けれど――
「予め、与えられた言葉は……すべて占いほどの意味しかもたない」
 それは、『絶対当たる』と看板を出している占い師ほどの力――
「私は、予言者……予め言を与える者……」
 少女の脳裏を、ある青年の未来の画像がよぎっていく……

     **********


「さんした。早く例の道路に取材行ってらっしゃい」
「ははははい〜」
 アトラス編集部一の臆病さを誇る三下忠雄(みのした・ただお)は、震えながら編集部を出た。
 と、編集部のロビーで――

 ぽん、と目の前に現れた十歳ほどの少女。
 長い紫の髪と同じ色の深い紫の瞳の輝きが、ひどく不気味だった。

「あなた……」
「ひえっ!? は、はいっ!」
「あなたね、今日、車の通るようなところへ行くと――死んじゃうよ」
 少女の冷めた声が三下を襲う。
「死ぬ!?」
 三下は声がひっくり返るほどの悲鳴をあげた。死ぬ? 冗談じゃない、これから行くのは道路なのに――
「あたし、予言者」
 少女は淡々と言った。
「でもね。占い師と一緒」
 あたしの予言は――
「あなたの動き次第で変えられる『運命』。せいぜい頑張って」
 言うだけ言って、少女は消えた。
「どうしよう……」
 行きたくない、などとあの鬼編集長に言えるはずがない。
 ロビーにポツリと残されて、三下はがくがくと震える膝をなんとか押さえていた。

     **********

 その日五代真(ごだい・まこと)がアトラス編集部にやってきたのは、ただの気まぐれだった。
「今日はバイトが休みで暇だからな……アトラス行って三下さんで遊ぶとするか」
 気まぐれどころかいたずら心・悪意まんまんとも言えるかもしれない。
 と、アトラスのロビーに入ったところで、早速目的の人物を見つけてしまった。
「おーい、三下さ……」
 ――呼ばれただけで、三下はその場で腰を抜かした。
「はははははい〜〜〜っ」
 返事はするものの、がたがた震えてどよどよと影を背負っている。
「……って、何かいつも以上にどよ〜んと弱気な雰囲気だな」
 真はとことこ歩いていって、腰をぬかしている三下の前でしゃがみこんだ。
「また編集長にこっぴどく叱られたのか?」
 自分の膝に頬杖をつきながら尋ねる。
 三下はぷるぷると首を振った。
「ままま、まだです」
「……まだって、あんた叱られること前提かよ」
「そそそそれが」
 がくがく震えながら三下は、ぼそぼそとつぶやいた。
「はあ? 予言者だって名乗る少女に死んじゃうって言われただあ!?」
 真はロビーに響きそうな声をあげて驚いた。
「そら、ノミの心臓のあんたならビビッて当然だな」
「うううう〜僕死んじゃいますよう〜〜」
「……泣くなよ、おい」
「だってこれから行くのは道路の取材なんですよう。車の通るところですよう。予言があ。予言がああああ」
「泣くなって、ほら、俺が護ってやるから」
 真はとんとんと三下の背中を叩いてやった。
「護衛というカタチで道路取材に付き合ってやるよ。だからいい加減泣き止め」
「ほほほ本当ですかああ……」
「護ってやるから。な」
 真はにっと笑って、ぼんと強く三下の背中を叩いた。

     **********

 取材先の道路とは、事故が多いので有名なカーブだ。しかも崖になっており、ガードレールを突き破ってそこから落ちて亡くなる死亡事故も多いという。
 そのカーブの崖の下には林がある。
 その林で写真を撮ると、心霊写真になるので有名だった。
『実際に何枚か撮ってらっしゃい。もちろん昼と夜の両方にね』
 とは碇編集長のお達しである。

 真と三下は、カーブの近くで車を降り、そこからは歩くことにした。
 狭い道路である。右側は崖、左側も上にせりあがった崖。車の邪魔にならないよう歩くのにも一苦労だ。
「んで、その予言者ってのぁ……」
 歩いている最中に詳しく少女の話を聞いた真は、うんうんとうなずいた。
「あんた次第で運命を変えられると言ったんだな。よし、だったらもっと気を強く持てよ!」
 真は大きな声で、
「車なんか怖くない!」
 と怒鳴ってから、
「っつーくらいの強気で」
「でもこここ怖」
「怖いもへったくれもあるか! んなこったから編集長が怒鳴るんだよ!」
 真はばしばしと三下の背中を叩き、
「ちったぁ男らしいところ見せろ、三下忠雄! あんたが強気でいるんなら、俺は身をていしてでもあんたをどんなことからでも護ってやる!」
「五代さん――」
 三下は感動したかのように、目をうるうるさせた。
「男同士の約束だ、いいな」
「ははは、はいっ」
 がたがた震えながらも、三下はうなずいた。

「くっ、車なんか怖くない、車なんか怖くないっ」
 呪文のように唱えながら、三下はガードレールに沿って歩く。
「くくく車以前に、崖が怖いんですけどっ」
「こらあ! 男の約束はどうした!」
「はい! 崖なんか怖くない! 車は怖い!」
「違うだろ!」
「ああああれ? 崖なんか怖くない、車も怖くない、心霊写真を撮らなくちゃ、幽霊怖い」
「み・の・し・た・た・だ・お!」
「はいっ! 崖も車も心霊写真も怖くないっ!」
「それでよーし!」
 でかい声でそんなことを話しながら歩く二人の横を、邪魔そうにスピードを落としながら車が何台も通りすぎていく。
「しかし……交通事故の多いカーブかあ。こんなとこ走るなよな、連中も」
 真はその道路を見ながらひとりごとを言う。
 右も崖、左も崖。山の中とは言え、こんな場所に道路を作ることがまず間違っている気がする。
「こ、ここを通るとすごい近道になる場合があるそうです」
「あ、そうなのか」
 しかし近道ったってなあ、と真は首筋をがりがりかきながら道路の狭さを確かめる。
「好き好んでこんな道通るなよな……マジで」
「あの、幽霊の噂のせいで、夜はさすがに車の量が減るらしいんですが」
「ああ、そうなん?」
「本当に減ってるかどうかも確かめて来いと編集長のお達しです……」
「バードウォッチングならぬカーウォッチングか」
 あの編集長も大したもんだな、と真は呆れてつぶやいた。
「よりによってそんな仕事を三下さんに回す時点で、素晴らしい編集長だ。うん」
「みんなが他の仕事で出払ってるんですよう」
「……あそ。あんた、ほとんど雑用だな……」
「本当に雑用のほうがマシですーーー!」
 あああ、と三下は再び震え始める。
 真がこら! と背中を叩いた。
「男の約束は!」
「はい! 車怖い崖怖い、幽霊怖い写真イヤ!」
「ほんとに崖から突き落とすぞーーー!」
「すすすすみませんーーーー!」
 そのとき真はふと思った。
 ――車が多いところに行くと死ぬ、と言われた……
 ――車が原因で死ぬとは、言われてないんじゃないのか?
 思ったことを三下に尋ねると、三下はこくんとうなずいた。
「ははは、はいっ。どんな風に死ぬかは、教えてもらってません」
「……そりゃまずいな」
 自分も下手に動けない。そのことに気づいた。
 ひょっとしたら――自分が三下の護衛に来ることも、予言のうちに入っていたかもしれないのだ。
「三下さん」
「なな、何でしょう」
「あんた崖から離れろ。いいか、ガードレール側に近づくな」
 ――万が一、崖から落ちてしまわないように。
「それで、耳をすませ。車の音は絶対聞き逃すな」
 俺も余計な口を出すのはやめよう。真はそう決めた。
 二人でだんまりと歩く。
 真は三下から、ほんの少し離れて歩いた。
 万が一、自分が三下を車の前に突き飛ばしてしまったりしないように。
「あ、あそこが問題のカーブ、です……」
 三下が言った。
 見通しの悪すぎるカーブ。
「俺が先に行く」
 真は三下を抜いた。「三下さんは後ろからの車に気をつけろ」
「は、はい」
 真は慎重に慎重に、耳をすませて前に進む。
 車の音は――しない。
 問題の場所についても、車が来る様子は当分なかった。
 念のため後ろも。
 ――何の様子もない。
「よし。――まずは写真だ」
 言いかけて、真は三下が首にかけていたカメラを見た。
 ――崖の下の写真を撮る? 危険すぎる!
「待て! 俺が写真撮ってやる!」
「あ、ありがとうございます……!」
 三下は色んな意味で感謝したらしく、いそいそと首からカメラをはずし、真に渡した。
 真は慎重に慎重にガードレールに近づき、『危険』と書かれた看板の傍から、崖の下を見下ろした。
 林があった。
「あそこだな……」
 パシャリパシャリと何枚か色んな角度で写し、そして、
「よし、昼間の分はこれくらいでいいだろ」
 真は崖から離れて言った。
 振り向くと、ちゃんと三下はそこにいる。真っ青になったまま、笑顔を浮かべて。
「よ、よかった……五代さんも、無事で」
「………」
 死ぬと予言されているのは自分のほうだと言うのに――
「人が好いなあ三下さんは」
 真は苦笑した。
 けれどそんな三下の気持ちは、嫌じゃなかった。

 問題は夜の写真だ――
 いったん車に戻って、夜に再びこんな道路を歩いてくる危険性を考えた結果――二人はそのまま、目的地で夜になるのを待つことにした。
 陽が落ちてくる。
 車の音に、三下がいちいちびくびくする。しかし気絶癖のある三下にしては、頑張っていた。
 三下はぶつぶつぶつぶつ何かを唱えている。
 南無阿弥陀仏か何かと思ったら、
「車怖くない崖怖くない幽霊怖くない……」
 それを聞き取って、真はふっと微笑んだ。
 ――男の約束だ。護ってやらなければ。

 日が落ちた。
 車はスポットライトのおかげで、かなり分かりやすくなった。
 情報どおり、夜の車量は減っているようだ。
(しかしライトを出さねえ最悪の車もいやがるからな……)
 二人それぞれ持った懐中電灯は絶対消さないよう、三下にはガードレールに近づかないよう。
 そしてカメラは再び真が持った。
 真は再び、崖下を見下ろす。
 暗くて林がよく分からないが、たしかあの辺だったとアタリをつけてパシャリパシャリと写真を撮る。
 これさえ済めば、運命は変わる――絶対変わる――

 と――

 ぱらり、と何かが落ちるようなかすかな音が聞こえた、気がした。
 そして次には、

 がらり

「―――!?」
 真はとっさに振り向いた。
 三下が硬直している。真は懐中電灯で上を照らした。

 そうだった! こっちも――崖なのだ――!

 上から何かが落ちてくる。何かの塊が落ちてくる。
 まっすぐ下、三下の上へと落ちてくる。
「三下さ――!!!」
 真は叫ぶと同時、三下の体を抱えて横へと跳んだ。

 がらがらがらがらどしゃあっ

 ずざざざあぁ――

「五代さん……!」
 三下の震える声が、自分を呼んでいる。
 重みがある。三下の重みが。
「三下……さん……怪我、ねえ、か……」
「そ、それより五代さんが……っ」
 真は三下をかばって地面をすべり、背中に鋭い痛みを感じていた。

 しかし危険はそれだけでは終わらなかった。
 ふいに視界をまぶしく照らしたのは、車のスポットライト――

「―――!!!」

 真は三下が握りしめていた懐中電灯を奪い取り、崩れた崖を照らし出した。

 パッパー!
 ギュルルルルキキーー!!

 真と三下のまさに目の前で――車は止まった。
「よ、よかった……」
 車の運転席がバタンと開き、中から人が降りてくる。
「だ、大丈夫か……!」
 第三者の声。
 真はゆっくり起き上がってみせ、手を振った。
「三下さん……よかったな……」
 三下は――
 さすがに糸が切れて、気絶していた。

     **********

 崖崩れによる被害はゼロだった。あの車も、真たちがいなければ却って危なかったかもしれない。
 おまけに真が撮った写真はすべて心霊写真――
 これで碇編集長が怒る必要性はゼロ、かと思いきや。
「さすがに、五代君の治療費はうちで出さなきゃね。ええ、それぐらいの甲斐性はありますとも」
 ……真は右腕をいつの間にか骨折していた。
 それもこれも真を事件に巻き込んだからだ、と予言を知らない編集長は、怒りの矛先を三下に向けた。
 真は「俺が勝手についていったんだ」とあえて言わなかった。三下には申し訳ないと思ったが……
「カンベンな。俺、金ねえんだよ……」
 骨折のせいでしばらくバイトもできない。治療費をアトラスが持ってくれるというのなら、それに甘えるのが一番だと判断してしまった。
 編集長に散々怒鳴られても、三下はあの予言者を言い訳にしなかったらしい。言い訳にしたところで通じないと思ったせいもあるだろうが。
 アトラス編集部のそんな話を聞いた真は――
「……今度会ったときは、からかわずに何かおごって優しくしてやっかな」
 何と言っても。
「男の約束、守ってくれたんだもんな。なあ三下さん」
 暇な一日。見上げると、ぬけるような青い空――


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1335/五代・真/男/20歳/バックパッカー】

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■         ライター通信          ■
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五代真様
お久しぶりです、笠城夢斗です。今回も依頼にご参加くださり、ありがとうございました。
五代さんおひとりで三下さんを守るのはかなり骨の折れることだったのでは、と……文字通り骨折させてしまって申し訳なかったです……;
よろしければまた、次の機会にお会いできますよう。