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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


恋衣を染めて

 街角では華やかな色が洪水となって溢れ出る2月14日。つまりはバレンタインデー。
 あちこちの菓子店では解くのが勿体無い程のラッピングが施されたチョコレートが売り出され、男性物の用品やアクセサリーに至るまでが一つ一つの星のように輝くのがこの日の特徴である。

「今年も盛大ですね」
「ええ、あまりこういった物に手は出せませんがそれでも暖かな雰囲気は好きですよ」
 東京の街に散りばめられたプレゼントの星の中を恋人であるヴィヴィアン・マッカンランの元へとこれもまた、素晴らしいの一言では語りつくせない程の高級リムジンに乗って、セレスティ・カーニンガムは運転手の言葉にくすりと口元を綻ばせた。
 暖かい雰囲気、それは恋人と過ごす者の纏う雰囲気とでも言おうか、中にはチョコレートのヤケ食いなどという男女共通の寂しい行事があるのはさておいて。
(ヴィヴィは喜んでくれるでしょうかね…)
 彼女ならばきっと喜んでくれる筈。
 そうわかっていても手渡した時の相手の笑顔を思ってしまうのが贈り物というもので、セレスティの横に一本だけ可憐に咲く深紅の赤い薔薇は手渡し、それから向かう場所へ行くのに邪魔にならぬよう棘を無くしラッピングも派手というより控えめな可愛らしいレースで飾られ送り主の白い手に撫でられている。
「セレスティ様、もう少しでマッカンラン様のお屋敷にご到着致しますよ」
 主の微笑む姿はリムジンの仕切り越しにもわかるのだろう、先日楽しげに装飾品の店へと出かけていたセレスティにきっと朝一番に仕入れた花以外にも素敵な贈り物が彼の恋人を喜ばせるのだろうと心温まる光景を胸に浮かべながら車は高級住宅街近くの屋敷へと静かに辿り着くのだった。

 可愛い洋館。そんな言葉をセレスティは口にしてヴィヴィアンにこの屋敷を贈った。それはもう年を数えるほど前だが可愛いという形容詞は確かに当てはまっても、例え贈り主の屋敷より幾分か小さいものであっても一般人が見れば豪邸と言ってもいい屋敷が恋人の家である。
「ありがとう、ここで良いですよ」
「…わかりました」
 運転手に車椅子を下ろしてもらった後、セレスティは屋敷を静かに見渡す。
 雪がほんのり積もった可愛らしい庭園は花のあまり咲かない時期でも可愛らしいという言葉が似合うデザインにさせてある。そんな風景を見ながらバンシーといえど大学生として暮らすにはあまりにも大きな家と幸せを手に入れた少女の下へと玄関のチャイムを鳴らした。
(おや、ヴィヴィの授業は終わった筈ですが…)
 少し待っても出てこないヴィヴィアンに首を傾げる。
 平日のバレンタインデーとなった本日の予定を知っているセレスティは事前に彼女のスケジュールを確認してきたのだが。

「せ、セレ様っ!! お待たせしてしまって申し訳ありませんですぅっ!」
「…ヴィヴィ?」
 どたん、ばたんという言葉が相応しい程の音を立てて屋敷から出てきた少女は肩で息をしながらセレスティの前で小さく頭を下げている。
「えっと、あの…今日はバレンタインデーだからっ…色々と準備を…」
「ああ、気にしなくて良いのですよヴィヴィ」
 きっとこの恋人は今の今まで着飾り、この日の為のチョコレートを作っていたのだろうがここは贈り物について言っては無粋というものだ。
 だからあえて、服装に迷っただけだろうと笑って。
「ヴィヴィは何を着ていても可愛いくて素敵ですから」
 極上の笑みを向ける。本心で、彼女ならばどんな簡素な服も豪華な服も、全てを着こなせるだろうという恋人だから言える言葉。
「セレ様…有難う御座いますぅっ! 頑張ってお洒落してきた甲斐がありましたぁ!」
 いつものと言えばそうかもしれないが、本日のヴィヴィアンは一段と豪華なゴシックロリータファッションだ。多少幼く見えがちなそばかす顔はロングスカートや上品なコートで大人の色気すら感じられる程にロリータよりもゴシカルな雰囲気を出していて。
「ふふ、ヴィヴィに想われて私も幸せですよ。 ―――では、折角のバレンタインですから…ね」
「セレ様…」
 行きましょうか、お姫様と言わんばかりに差し出された一輪の薔薇はコートのポケットにおさまり、棘も無く柔らかなレースと共に彼女を飾りヴィヴィアンの顔が薄っすらと朱が染まる。
「エスコートさせて下さい、ね? ヴィヴィ?」
「は、はいっ!」
 大きな返事と共にセレスティと共に負けず劣らずの魅惑的な笑みを見せたヴィヴィアンは雪にも似た手を恋人に重ね庭に二人分の雪の足跡を残しながら食事をする会場へと導かれていった。



「ヴィヴィ、もう少し近くに来て下さいませんか?」
 貸切のレストラン。広くアンティーク家具の上品に並ぶ大きなその会場は側に寄らずとも窮屈という事は全く無い。
 全く無くても、もっと側で食事がしたいと恋人の我侭を言うセレスティは勿論嬉しい意味でヴィヴィアンの顔を赤くしたり青くしたりしてばかりだ。
「こ、このくらいですかぁ…?」
 食事のオーダーの後、秘め事のようにもう少し近くに寄って顔を突き出してしまえばキスすら出来そうな距離でヴィヴィアンは彼女なりの想像で頭がいっぱいらしい。可愛らしい顔を真っ赤にさせておずおずとセレスティの横に席をずらす。
「ええ、そうです。 その位…ねぇヴィヴィ?」
「はい?」
 ふと、ヴィヴィアンは体温が低めであるセレスティの指が自分の耳に触れた事で肩が飛び跳ねてしまう位に大きく反応を見せた。
「せ、セレ様!?」
 本日何度目かのセレ様発言。そんな様子がとても可愛らしいけれど。
「少し、動かないで居て下さいねヴィヴィ…」
 すぐですから、とセレスティはしっかりと盛装してきたその上着の内ポケットから小さな箱を取り出す。
 それはラッピングこそ少しだけシンプルなものの、中に見えるのは雫のようなカットと装飾の施された石のついたイヤリングが光っていて器用にヴィヴィアンの片方の耳につけていく。
「セレ様…これ…」
 もう片方は車椅子であり少し遠い距離になってしまうためセレスティ自身がつけてあげる事は出来ない。
「バレンタインのプレゼントです。 本当は私がヴィヴィの両耳につけて差し上げたかったのですが…」
 贈る時には贈り物と言わず付けて似合うと思えば嬉しそうに、さもこのイヤリングは恋人の為に用意したのだと当たり前のように肩を竦めて見せるセレスティはいつも紳士で素敵だとヴィヴィアンは思う。
「あ、あたしが自分でつけますっ! …だって…そしたら…」
「そしたら?」
 食事が少しづつ運ばれてきている。けれど見えるのは素敵な恋人ばかりだから、お互い困ってしまう程に目の前の相手を意識してばかりだ。
(そしたら…まるで共同作業みたいですぅ…)
 こっそりと呟いてみれば思い切り聞こえたのだろう、セレスティの微笑みは一層に深く美しくなる。
「似合っておりますよ、ヴィヴィ」
 幾分か大人しめのゴシックロリータにセレスティの贈ったアレキサンドライトの石は店の様々な照明によって深いパープルグリーンに輝いている。
「へへ…あたし幸せですぅ…―――あ!」
 夢の世界のような雰囲気に酔いしれるように朱色の瞳を薄っすらと細める彼女は思い出したかのように小さな鞄を慌てた様に探り出す。
「なんですか?」
 きっと、バレンタインデー特有の甘い物だろう。それは訪ねた時からわかっていたけれど、でも恋人の渡す時の幸せな顔も見たいからまだ気付かないふりをして。
「バレンタインデー…。 セレ様のお口に合うと嬉しいんですがぁ…」
 自信が無い。きっと手作りだからいつも高級シェフの物ばかり口にしているセレスティには合わないだろうと思っているのだろう。
「有難うヴィヴィ。 貴女の手作りならどんなスィーツより美味しいですよ」
 一緒に食べられるのなら尚更、と付け加えた時に花開くヴィヴィアンの喜んだ顔がセレスティの何よりの喜びでもある。
 美味しい料理、けれどそれよりも美味な物を後でと微笑み合った二人は次にセレスティの屋敷へと約束し、またヴィヴィアンは赤い顔を更に赤く染めるのだ。



 セレスティの屋敷にヴィヴィアンが来るのは少しだけ珍しい。
 恋人同士であるから会う事は多かれど大財閥の総帥が恋人を連れて自宅でもある場所に戻れば使用人や部下達が騒ぎ、なかなか二人だけの時間が取れないという事もあって出来るだけ外泊にしていたというのが理由なのだが。
「うわぁ、いつ来てもドキドキしちゃいますよぅ…」
「大丈夫ですよヴィヴィ。 今日は人払いしてありますから…ね?」
 かあ、と赤くなる恋人を見て少しだけ悪戯っ子のように言うセレスティは本日珍しくそれなりに早い時間に起床し、恋人が来るからと使用人達に堂々と宣言したのだ。
 勿論、そんなわけであるから人払いというよりは寧ろヴィヴィアンの目につかないようにこっそりと使用人達は二人の様子を覗いている事がわかる。本当に人払いをしても良かったのだがそれでは広すぎる屋敷の維持に支障が出る為仕方が無いのである。
「でも、こうやってセレ様と歩けるってとても幸せですぅ」
 車椅子を押していると皆のセレスティを自分だけの人に出来る気がして、女の子として楽しくなるとヴィヴィアンも少しだけ悪戯っ子のように赤い舌を出しておどけて見せた。

「セレスティ様。 お風呂のご用意が…」
「お、お風呂ですかぁっ!?」
 待機している部下はほんの数名。食事の後だからと用意させた風呂はいささか恋人には刺激が強すぎたらしい。
「水着持参ですから、そんなに可愛らしい顔をしないで下さい。 ね、ヴィヴィ」
 くすくすと笑うセレスティに頷くヴィヴィアン。それはそれで幸せ過ぎる光景なのだが、あまりにも甘すぎて。恥ずかしいのだろう、部下もすぐに主に頭を下げると早々に二人の元を後にしたのだった。



 ―――水着はどのような物がいいですか。

 そんな風にして始まった二人だけの風呂、もとい水浴びに近いだろう。水着を着ていようが着ていまいがどの道あまり身体の露出する事が無い程埋め尽くされた薔薇の花弁が浮かぶ湯船は広く、ヴィヴィアンの黒と白のフリルのついた水着もセレスティのパレオもすっぽりと隠してしまい見えない。
「寒くないですか?」
 湯船、そう言っても元が人魚であるセレスティが暖かいと思う程度にしか暖められていない湯であるから、常人には寒いだろう。
 けれど、バンシーであるヴィヴィアンにとってもこの温度はさほど寒くも無く、まるで薔薇の香水の中に居る様だと嬉しさを表現したいというのに先程から首がこくこくと縦にしか動いてくれない。
(セレ様とお風呂で二人っきりですぅ…)
 水着着用だが、それでも恋人と二人きりという状況下は非常に恥ずかしいものだ。
 なのに、それを知っていてか当のセレスティはレストランの時と同じように側に寄るものだから鼓動が早くなりすぎてついていけない。
「そんなに緊張しないで下さい、ヴィヴィ。 私まで緊張してしまいますよ?」
「もうっ、セレ様ぁ…」
 どこまでこの恋人は素敵なのだろうと、思う事はきっと同じだろう。ちょっとした一言で笑いあって甘い香りを無邪気に楽しむ。
 深紅の涙のような、煌びやかな水の中。寄り添ってその花弁で遊び笑う、いつものように明るく笑うヴィヴィアンはその深紅一枚を手の中で遊びながら。
「あの、セレ様。 今日は…泊まっていってもよろしいのですかぁ…?」
 こっそりと言う言葉は一枚の花弁のように恥ずかしげにセレスティよりももっと細い女性の手の中で密やかに輝いている。
「元よりそのつもりでしたが? バレンタインデーという事ですからヴィヴィと一緒にゆっくりと一日を…良い考えでしょう?」
 セレスティの言葉に、ぱぁ、と花が開いたような笑顔で首元に抱きつくヴィヴィアン。
「セレ様っ! 大好きですぅ!」
 常温より少し低めの湯の中でちょっとだけ暖かく抱きしめあい、可愛らしいキスをして、いつもより長風呂となったセレスティは最愛の恋人の耳元を見てどうしょうもなく心揺れた。

(気に入って頂けたようですね)
 プラチナ製で錆びる事は無いから水気のある所でもしていられるイヤリング。
 それは邪魔だと思えば外せるというのにヴィヴィアンはよほど気に入ったのか湯から出て、セレスティの部屋で二人キングサイズよりももっと広いベッドに入っても外すことはなかった。

「セレ様、これ似合いますかぁ?」
「ええ、とても。 ヴィヴィの為に選びましたから」
 何度も何度も聞かれる、似合うか。という言葉は本当はそれよりもセレスティにもっと自分を見て欲しいというヴィヴィアンの真意で、暗がりで沢山喋る彼女のそんなところ全てが可愛らしくて愛しい。
「えへへ、とぉーっても素敵なバレンタインになっちゃいました」
 食事の時も湯につかった時も、そして今もやっぱり二人は寄り添うように眠って窓から差し込む淡い月光を浴びている今も素敵だと彼女は言う。
「ヴィヴィのチョコレートもとても美味しかったですしね」
「セレ様の為に頑張りましたからっ!」
 食後に食べたチョコレートは甘い一時に相応しく、少しブランデーの効いた味が二人を酔わせて、シェフ程ではないけれど、と、恋人は謙遜するがこの日この時に食すればきっとどんな一流のチョコレートよりも美味だとセレスティは微笑んだ。
 その時の、ヴィヴィアンの卒倒しそうな赤面状態は今思い出しても楽しい気分にさせられるが。
「あの…セレ様。 来年もきっと…またこうやって…過ごしたいですぅ…」
 些細な事で笑いあって、ちょっと人よりも豪華だけれど何より二人で居るという事が一番の贅沢で、その楽しい事全てを考えるとまたヴィヴィアンは真っ赤になって俯いてしまう。
「ええ、そんな来年だけなどと言わずに…ねぇヴィヴィ。 永久にこうやって過ごしていきましょう」
 ばふり、とヴィヴィアンがセレスティの言葉に果実のように赤くなって布の海に沈んでしまった。中できゃーきゃーと嬉しい悲鳴が聞こえてきて幸せの合図だと何度も思った。

(本当に、アレキサンドライトより綺麗な恋人です)

 セレスティは微笑む。アレキサンドライトという石は白熱灯下ではパープル、蛍光灯下ではグリーンに変化する見た目にも飽きない石だ。
 だから石を見て楽しいと微笑んでくれるヴィヴィアンを見たくて贈り、実際今日過ごしてその場面その場面で光る石はまるで状況を楽しむ時間のようでもあると。本人はただ嬉しそうに鏡を覗いていたものであるが。
 それでも、二色に変化する石よりも赤くも青くも、そして薄紅色にも輝く宝石と言うに相応しいのはヴィヴィアンであるとセレスティは微笑む。
「ヴィヴィ、潜ってしまったら息が続きませんよ?」
 また思った事を言ってしまえばきっと恋人は布の海から抜けてきてはくれないだろうから、だからとりあえずはキスを強請りに自分も潜ってしまおう。

 月明かりと、甘すぎて幸福な一時の海へと。


END