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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


煙管はどこへ?

 『アンティークショップ・レン』の店長、碧摩蓮(へきま・れん)は、一言で言って美人である。
 そのため、しばしば妙な連中にまとわりつかれる。
 店長がいわゆる迫力美人、当人も勝気のため、たいていの連中はすぐに諦める。が、いったんへばりつくとその分へばりつき度が高い。とても高い。
 そして――蓮は案の定、へばりつき度が高い男にへばりつかれた。

「お待ちっ!」
 その日の朝一番に来た客を、蓮は大声を出して呼んだ。
 待てと言われて待つ者はいない。客は一目散に逃げていった。
 蓮は陰鬱にため息をつく。
「まいったねえ……」
 右手を見下ろした。
 そこにいつもあるものがない、それがこれほど落ち着かないものだとは。
「それ以前に……ニコチン中毒になるね」
 ぴんと指を弾いてみる。

 ――そこにはいつも、煙管があった。

「煙管を持っていかれちまうとはね」
 ちっと舌打ちして、蓮はつぶやく。
 ちょうどそこへ、『アンティークショップ・レン』になじみの客がやってきた――

     ***********

「まあ、そいつが実際に持っていったのを見たわけじゃないんだけどサ」
 蓮は友人の門屋将太郎(かどや・しょうたろう)にそう言った。
「そいつは最近しつっこいストーカーだったからね。多分そうだろうよ。逃げていっちまったしね」
「ストーカーにつきまとわれるなんて、あんたもついてないな」
 将太郎は話を聞いてふうと息をついた。
「されたのは煙管とられただけか?」
「ん? ああ……そうだねえ、買いも何もしないくせに、店に来てはじーっと私のことを観察してるくらいかねえ」
「尾行されたとかってことは?」
「あたし自身があまり外へ出ないんでね」
「あっそ。となるとだなあ……取り合ってもらえなくても、警察に通報するのが筋だろう」
 将太郎は真顔でそう言って、
 それからにやりと笑った。
「……と言うとこなんだが、そういうやつにはお仕置きが必要だな」
「お仕置きねえ……どうしたもんかね」
 蓮は煙管がない手で落ち着かなさ気に髪をいじった。
「ストーカーには好きな相手の物を収集するっていう変態的な趣向があるから、それで煙管を盗んだんだろうな。とりあえず、朝一番に来た客って奴の特徴を教えてくれ」
「細っこい野郎だよ。年齢は二十代前半くらいかねえ……」
 蓮は視線を虚空にやって、「顔が逆三角形をしてるのが特徴的だったかね。あとはまあ、目がぎょろりと」
「けっこう詳しく見てんじゃねえか」
「一応客なんでね。たまに商品のことを尋ねてきたりするから、近くによったりもしたさ」
「ははーん……やらしい目で見られたろ?」
 蓮はいわゆる「ナイスバディ」系美女でもある。
 普通の客でさえ、鼻の下を伸ばすことがあるくらいだ。
「どうかねえ……」
 蓮は煙管の代わりに普通の煙草を口にして、けほけほと咳き込んだ。
「じょ、常態がおかしな目つきだからねえ。やらしい目って言うのかどうか」
「ひとつ訊いていいか? 新しい煙管に変えるつもりはないか?」
「……変えてもいいけど、あれは年季が入った気に入りなんだよ」
「なるほどな」
 将太郎は手をぼきぼきと鳴らした。
「分かった。任せとけ」
「……乱暴な解決の仕方をするヤツだったっけ? あんた」
「ん?」
 将太郎はぼきぼきと鳴らした手を見下ろして、
「あれ、何で俺こんなことやったんだっけか」
 とごまかすように笑った。

     **********

 ストーカーならそれほど遠くにはいるまい。
 あるいは、今日は煙管を手に入れたことで満足して家に引っ込んで、それを愛でているかもしれないが――
(……気色悪いからその場合を考えるのはよそう)
 蓮の話では、一日に何度も来ることがあるという。
 しかし……
 今日はどうだろう?
 蓮に「待て」とまで言われてしまった日だ。もう一度来るだろうか。
(可能性は低いな……)
 やはり日を改めるべきだ。将太郎はそう考えた。
 とりあえず今日は、煙管が愛でられていないことを願うことにしよう。

 次の日――
 『アンティークショップ・レン』の周辺を、将太郎は早速さがしはじめた。
 冬の寒い日だ。人はそれほど多いと言えない。おまけに蓮の言うとおりの人物なら、目立つだろう。
 将太郎は通行人を装ってあたりを歩き回った。
 しかし、なかなか「これだ!」という人物は見つからない――
 と、
「お待ちよ、あんた……!」
 蓮の大声が聞こえて、『アンティークショップ・レン』からひとりの男が飛び出してきた。
「あっあんた!」
 蓮は戸口まで出てきて将太郎を見るなり、「あれだよ! つかまえとくれ!」
「………っ!」
 将太郎は慌てて男の後を追おうとした――が。
 そこに、男の姿はすでになかった。
 蓮の舌打ちが聞こえる。
「速い……」
 将太郎は呆然と、男が消えた方向を見つめる。
「まさか、今日も堂々と店に来るなんてサ……!」
 蓮は怒り心頭といった様子で吐き捨てた。「信じられない根性してるよ!」
「……逃げきれる自信があるんだろうな」
 たった今、その逃げ足の速さは思い知らされた。
「こりゃ、罠でも張らなきゃ……つかまらないかもしれないな」
 将太郎はつぶやいた。

 その日も、煙管が愛でられていないことを願いながら――

 将太郎は次の日、朝一番に――店が開く前から――『アンティークショップ』にやってきた。
 あらかじめ蓮とは話をつけてある。蓮は店を開けてくれた。
「どんな罠をかける?」
「俺が先に店に入ってたんじゃ、さすがに野郎も店に入ったりしねえだろうしなあ」
 と、
 ふと見ると――戸口に人影!
「あ! あいつ……!」
「っ! 野郎……!」
 将太郎は駆けた。しかし人影は一目散に逃げた。
「くそ……本気で走るのが速い……っ」
 罠。どんな罠ならいい? 足の速すぎるヤツの足を、うまく捕まえるだけの罠。
 どうすればいい? どうすれば――
「ヤツの思考は単純さ」
 蓮がつぶやいた。「見つかったら逃げればいい。もうそれだけみたいだねえ」
「見つかったら逃げればいい……」
 将太郎はそれを繰り返しつぶやく。
 そして、
「――よし。なら単純な罠でいい――」
 にやりと微笑んだ。

 蓮との打ち合わせも簡単に。

 次の日。
 将太郎は朝一で『アンティークショップ・レン』にやってくると、店には入らず、その近くで身を隠した。
 店に入っていく人間には見えないようにうまく隠れながら、様子を見る。
 ――今日も朝一番。
 ひょろひょろの男が、ふらりと店に入っていく。
 将太郎の唇の端がにやりとつりあがった。
 そして将太郎はすかさず店のドアの前に行き、ドアの下のほうにタコ糸を張った。ピンと――
 蓮とは約束してある――
 ヤツが入ってきても、気づかないフリをしてすぐには追い出さないように、と――

 案の定。

 蓮が時間差で気づいたフリをしたとたん、男は逃げようとドアへと突進してきた。
 ――走るのが自慢な人間、しかも逃げようとしている人間は、足元不注意になりがちなもので。
 男は――タコ糸に引っかかった。
(しめた!)
 将太郎はすかさず男の腕をわしづかむ。
 足に自信がある代わりに、腕力には自信がないらしい――抵抗はされたが、将太郎の手を振り払えるほどの力はなかった。
「やれやれ……捕まったかい?」
 店内から蓮が疲れた様子で出てくる。
「とっとと煙管のある場所を吐かせとくれ。あれは気に入りなんだよ」
 ひょっとすると煙管がなくて大分イライラしているかもしれない。
 男は蓮の言うとおり、見事に逆三角形の顔をしていた。ぎょろりとした目つき。これではやらしい目つきもへったくれもない。
 捕まって、振りほどくこともできないというのに、ふてぶてしく堂々としている。
「ちょっと待っててくれ」
 将太郎はその男を引きずって、蓮の目の届かないところに向かった。
 そして――
「お前か、蓮姐さんの煙管盗ったって変態は?」
 男の胸倉をつかみ、どんと男の背中を壁に押し付けるようにして、にらみをきかせる。
 男はへらへらと笑った。
「愛しいレンさんの煙管です……ああ、一番欲しかった……!」
「――ストーカーだな。あまりにも度が過ぎると警察沙汰になっちまうぜ。逮捕されたくなかったら、煙管返して大人しくここで引き下がれ」
「へっへっ。レンさんも僕のことを毎日待ってくれてるんだぁ。僕ぁ幸せだあ」
 完全にイッてしまっている。
 将太郎は唇の端を吊り上げた。
「引きさがらねえんなら――お前を容赦なくいたぶるぜ」
 将太郎の声のトーンがいっそう低くなる。
 気配が変わった。
 男が、将太郎の豹変ぶりにぴくりと反応した。

 ――カネダ。
 今は将太郎の体をのっとっている、もうひとつの人格。

「いたぶられたくなかったら――さっさと俺の言うとおりにしな」
 将太郎はストーカー男を見下すように見た。
 唇の端に、笑みを刻んだまま。
「蓮の煙管を返すんだ。早くしろ!」
 がっ!
 男の胸倉を思い切り壁にぶつけて、将太郎は――カネダは言った。
「それとも……いたぶられてえか……?」
「ひいっ」
 男は一気に縮みあがった。
 幻想世界へイッてしまっていた意識が、カネダの猛烈な狂気の気配によって、現実に引き戻されたらしい。
「かか、返します、返しますぅ!」
「はっ。蓮の煙管に何かいたずらしてねえだろうな?」
「してません……! ただ部屋に置いて拝んでおくだけで幸せだったから……何もしてません……!」
「……それでいい」
 将太郎――カネダはそのまま男を家まで案内させ、蓮の煙管をたしかに受け取った。
 そして、最後の最後にもう一度、
「いいな、蓮にまたちょっかい出してみやがれ? 今度は一発で……後はないぜ」
 カネダがその顔に刻んだ笑みは、男を震え上がらせるに充分だった。

     **********

「ほい。取り返したぞ」
 カネダの本性を押し隠し、『将太郎』に戻った将太郎は、煙管をぽんと蓮に渡した。
「何のいたずらもしてなかったみたいだぜ。これで落ち着くか?」
 笑ってみせる。
 蓮はくくっと苦笑した。
「ほんと、この煙管がどれだけ大事かよく分かったさ」
「そりゃあ煙管も喜ぶわな」
「大切にするさ。これからもずっと……」
 蓮はいとおしそうに煙管をそっと指先で撫で、そして、
「それ以上にニコチンがきついよ。さあて、思い切り吸うとしようか」
「体に悪いから、ほどほどにしとけよ」
 将太郎は笑って忠告した。
「今さらだよ」
 蓮はすまし顔でそう言って――それから、くすっと笑った。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1522/門屋・将太郎/男/28歳/臨床心理士】

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■         ライター通信          ■
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門屋将太郎様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回はおひとりですが、ストーカー退治には充分だったようですwカネダさんバージョンは初めて書かせて頂きましたが、こういうキャラクターも好きなので楽しかったです。
また次の機会にもよろしくお願いします。