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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


宝船をつかまえろ!

 七人の神々を乗せ、世の人々に福を振り撒く宝船と言えば、知らぬ人こそ珍しい縁起物だ。だが、この所街を騒がせているそれは、少々困った代物だった。何しろ、人々に福を与えるどころか、奪っていくのだ。大手企業の社長、才気溢れる音楽家など、福や財、運を豊かに持つ人のみならず、一般市民にも被害者が出た事から恐怖は瞬く間に広がった。中には宝船を捕らえるべく行動を起こした者もあったが、福を奪う賊と化した七福神、中々手強いらしいのだ。大食漢で武術に秀でた大黒、策略家で買収までしてくる恵比寿天、武芸達者の毘沙門天。福禄寿、寿老人、布袋はそれぞれの持ち物で戦いつつ、福や財を吸い取ろうと寄ってくるし、弁財天のかき鳴らす琵琶の音は他の神に力を与える。立ち向かった者は、皆ことごとく返り討ちに会ったと言う。今や名実共に財閥トップの座についた九条アリッサが月刊アトラス編集部を訪れたのは、そんな頃だった。何と、くだんの宝船は彼女のコレクションの一部であり、回収するのを手伝って欲しいと言うのだ。宝船は江戸期につくられたカラクリだがある種の力を持っており、限りなく本物に近いレプリカだと、アリッサは言った。宝船が今のように凶暴化しているのは、船の帆柱が逆になっているせいであり、それさえ戻せば皆、元の福の神に戻るのだと言う。船に近付き帆柱を戻す大役を、運なし、福なしと全てに恵まれぬ三下忠雄に頼みたいと言うアリッサの頼みを入れた碇麗香は、彼と共に事に当たってくれる助っ人を募った。三下が電車に置き忘れた書類を届けに、編集部を訪れていた櫻紫桜は、殆ど躊躇う事なく手を上げた。三下があまりに困り果てているように見えたのと、七福神と言うのを一度見て見たいと思ったからだ。他には、紫桜とも顔見知りであり、ここには暇つぶしに来ていたと言うセレスティ・カーニンガム、それからこれまた知り合いで、別の仕事の打ち合わせに来ていたと言うシュライン・エマの二人が名乗り出た。碇麗香はそれぞれの顔をじっと見て、よしと頷くと
「じゃあ、頼んだわよ。…それから三下は記事も書くんだからね、こんな体験記、滅多にないわよ」
 と微笑んだ。
「宝船が次に現れるのは3日後の朝8時、K区立グラウンドと言う所までは分かっています。皆さん、現地集合と言う事でよろしいですか?」
 アリッサの提案に特に異論は無く、五人は3日後の再会を約束して別れた。

「5人のうち、女性が二名…か」
 家路を辿りつつ、紫桜は考えを巡らせた。帰りがけにアリッサに聞いておいたが、七福神は船から飛び降りると等身大になるのだと言う。
「今までのパターンからして、毘沙門天、大黒天、恵比寿天はしばしば船を離れるようですわ」
と言うアリッサの言葉通りなら、毘沙門天、大黒天の二人は自分の担当に入るだろう。セレスティも三下も、直接戦闘には向いていない。
「二人を一度に…か」
 倒す必要は無いにしても、二人を相手に戦うのは難しい。グラウンドのような開けた場所では尚更だ。これはもしかすると、奥の手を使う必要があるかも知れない。出来れば使いたくない能力ではあるが、そうなったらば躊躇無く発動しようと覚悟を決めたのだが…。

 3日後、紫桜、アリッサ、セレスティ、シュライン、そして三下の五人は、K区立グラウンドに集合した。5人のうち唯一、シュラインだけは巨大な荷物と共に現れて、皆を驚かせた。大鍋を抱えた上に巨大なリュックを背負っている。
「まあ、それは何ですの?」
 アリッサが聞くと、セレスティが、
「何だか、良い匂い…と言うより刺激的な匂いがしますね。カレーのようですが」
 と目を閉じて言った。抱えていた大鍋を下ろした横から覗き込んだ紫桜は、なるほど、と目を細めた。確か大黒天の特徴の一つに、『大食漢』と言うのがあった筈だ。
「大黒様は、シュラインさんにお任せして良さそうですね」
 紫桜が言うと、シュラインもにやり、と笑った。
「まあ、そう言う事。他にもちょっと仕掛けしてきたのよ?で…見た所、直接戦えるのは紫桜くんだけみたいだわね」
 彼女の言う通り、戦闘力そのものについては高い面子ではない。果たしてこれで七福神を抑えきれるのか、と思ったのだろうが、アリッサは何の不安も無さそうな顔で平気ですわ、と微笑んだ。
「私は恵比寿様のお相手を致しますわ。寿老人、布袋、福禄寿はあまり戦闘力が高いほうではないようですから、何とかなると思います」
「そっそんな適当な…」
 顔をひきつらせた三下の背をぽんぽんと叩いたのは、セレスティだ。
「私もお手伝いしますから。三下は予定通りそっと船に近付いてくれれば良いですよ」
 口調には自信が感じられる。彼は彼で、何か策を持っているのだろう。紫桜も請合った。
「ええ。俺が何とか他の神様たちの注意を引き付けますから。三下さんは俺とは反対側から、船に近付いて下さい」
 でも、と三下が不安げに言い掛けたのを笑みで制したところで、ざっと一陣の風が吹き抜け、と同時に四人の頭上から賑々しい音楽が聞えてきた。
「来ましたわ」
 アリッサが言い、紫桜も上を見上げた。テレビでは何度も見たが、宝船の実物を見るのは初めてだ。
「ほんっと、宝船なのねえ…」
 呟いたシュラインの目の前に、船から小さな人影がぽおん!と飛び降りてくる。それは地面に降りた途端に等身大になって、
「福、寄越さぬか!」
 と叫んだ。でっぷりとした腹に黒光りする肌色。大黒天だ。続いて舞い降りたのは巨大な鯛を抱えた恵比寿天。
「財、寄越さぬか!」
 と叫んだ彼の前に立ち上がったのは、アリッサだ。
「あら、財と申しましても、色々ございますわよ?」
 と微笑んで、
「動産かしら、不動産かしら」
 と小首を傾げた。
「必要ならば差し上げますけど、全てお持ちになったら、船が壊れてしまいますわよ?」
どうやら、彼女は自分の財を吸わせるだけ吸わせるつもりらしい。捨て身の囮と言う訳だ。シュラインもまた大黒天と対峙しているのを目の端に見つつ、紫桜は同じく飛び降りてきた武人と向き合った。
「毘沙門天さんですね」
「いかにも!武芸の才に恵まれし男と見もうした!その才、頂く!」
 勇ましい声だ。紫桜は静かに息を吸い、構えた。
「では、お相手を」
 毘沙門天が構えたのは、刀だ。
「おぬし、刀は」
「持ちません」
 剣と素手。エモノを持つ相手と戦う術は心得ているが、それでも有利な戦いではない。だが、毘沙門天はじっと紫桜を見詰めると、急に気分の剣を捨てた。
「わしも武人の端くれ。素手の者に刀は向けぬ」
 と、紫桜と同じように構えた。中々律儀な人柄らしい。気に入った、と思ったが今は彼を押さえねばならない。紫桜からまず、仕掛けた。
「はっ!」
 突きや蹴りは、鎧を着た相手には通常効かない。だが、そこに気を乗せる事で、紫桜は通常の打撃では遠く及ばない威力を得ている。紫桜の蹴りは毘沙門天の鎧をかすめて帷子の一つを千切った。
「中々のもの」
毘沙門天は驚き、喜びの声を上げた。相手が強ければ強い程に喜び、戦い、強くなる。武人の性を結集したような性質を持っているのだろう。ではこちらから!と繰り出された蹴りは素早く、紫桜は慌てて飛びのいた。だが、それも想定内の動きだ。攻撃と防御を繰り返して、次第に彼を宝船から引き離す。七福神がばらばらになれば三下が近付く隙もあるだろう。とにかく三下の動きを悟られてはならない。幸いにも、船に残った寿老人と福禄寿の二人も、今はこちらに気を取られている。毘沙門天を応援しているらしい。適度に攻撃を加えることで、紫桜は彼らの注意を自分に引き付けた。毘沙門天はじりじりと、船を離れつつある。これでもしも寿老人、福禄寿が船を飛び降りてこちらに来れば、それはそれでしめたものだ。だが、事はそううまくは運ばなかった。毘沙門天の様子に業を煮やしたのだろう、弁財天が琵琶をかき鳴らし始めたからだ。アリッサのメモで知っては居たが、それは驚くべき効力を発揮した。毘沙門天の攻撃は途端にスピードを増し、蹴りの威力は倍増しているのが風音でわかる。それでも、紫桜は毘沙門天の攻撃を間一髪のタイミングで交わしつつ、何とかそのまま船から引き離そうとした。紫桜の気持ちは三下にも通じたのだろう、言った通り紫桜たちとは反対側から、彼にしては果敢にじりじりと宝船に近寄っているのが見えた。大黒天は既にシュラインが無力化しているし、最初は上空にあった宝船も、弁財天が琵琶をかき鳴らし始めた頃から次第に地上に降りてきている。このまま上手く近づければ、と言う所で、三下の前にぴょん、と二つの影が飛び降りてきた。寿老人と福禄寿だった。しまった、と思ったがもう遅い。
「福、寄越さぬか!」
 寿老人が杖振り上げて叫び、三下が泣きそうな声を上げる。
「ありません〜〜〜」
 何とも正直な悲鳴だ。助けに行きたい所だったが、今はその余裕が無かった。あの琵琶さえやめば、毘沙門天にも隙が出来るのだろうが…。だが、毘沙門天と戦いながら弁財天の琵琶をやめさせるなどと言う芸当は不可能だ。ここはもう、奥の手を使って相手を撃破するしかないのだろうか、と思ったその時。シュライン・エマの通る声が聞こえた。
「滑る!」
 途端に弁財天の手元でぱん、と何かが弾けるような音して、小さな悲鳴が聞えた。からん、とバチが落ちるのが、紫桜にも見えた。琵琶のバチは運良く(弁財天にとっては運悪く、だが)船の下に落ち、当然音曲は止んだ。
「今よ!」
 シュラインとしては紫桜に向けた一声だったのだろうが、自分に向けられたものと勘違いした三下が突撃したものだから、結果的にセレスティを含めた三人が同時に行動を起こす事となった。
「ひゃあああああああっ」
 やや情けないときの声を上げつつ、寿老人、福禄寿の間をすり抜け三下が突進するのを見ながら、紫桜は弁財天の加勢を失った毘沙門天に再び攻勢をかけた。明らかに速度の落ちた毘沙門天の突きを交わしてすっとその腕を取ると、そのまますぱん、と引き倒したのだ。驚いたのは寿老人と福禄寿だ。三下に逃げられた上に仲間が一人倒されそうになっている。船を守るべきか仲間を救いに走るべきなのかおろおろとする二人よりも早く反応したのは、恵比寿天だった。ぶん、と長い釣竿を一振りすると、倒れた毘沙門天をひょいと持ち上げる。その力で飛び上がった毘沙門天が、落下の速度を利用して目掛けて蹴りを落とそうと足を振り上げた。避ける暇は無い。受け流すしかないと構えた紫桜の視界を、ばっと何かが覆った。水の壁、と気づいた瞬間、紫桜は動いた。一瞬こちらの姿を見失った毘沙門天がひるんだ隙に、その腕をぐっと掴む。引寄せて地面にたたきつけた所で、ざん、と落ちた水の壁がそのまま凄まじいスピードで宝船に向かい、跳ねるようにして膨らんだ後、大きな波となって船を反対側に倒した。悲鳴が二つ上がった。一つは船に乗っていて振り落とされた弁財天の声、もう一つは、船に突撃していた三下のものだ。波に流されそうになりながら、必死に宝船にしがみついている三下に、セレスティが声をかける。
「三下、帆柱を!」
 その声に我に返ったらしい三下が、帆柱に手をかけるのと、呆然としていた七福神たちが振り向いたのが同時だった。1番近くに居た寿老人、福禄寿が三下に飛びつくより早く、三下がぐっと右手に力を込める。帆柱は予想より簡単に回り…。七色の光が辺りを満たした。何時の間にか七福神たちは船の上に勢ぞろいしていた。その顔には福の神の名にふさわしい笑みを浮かべ、舳先に立っているのは大黒天だ。
「船出ぞ!」
 大黒天が叫ぶ。三下の手で正しい向きに戻された帆が美しく輝いて見える。弁財天が奏でる琵琶の音と共に、紫雲に乗った船はゆっくりと動き出した。見上げる紫桜達の上に、金銀の粉が降り注ぐ。空が輝いているように見えた。
「何…?これ」
 シュラインが手を伸ばす。手に触れると消えてしまうそれは、宝船がこれまでに集めた福や財だとアリッサが教えてくれた。それからしばらくの間、宝船は街に居た。不思議な風に乗ってあちこちに現れては、これまでに奪った福や財を返した後、無事九条家に戻ったそうだ。宝船のせいで傾いた会社は元に戻り、閑古鳥の鳴いたデパートにも客の姿が戻ったと言う。そして…。

「…またか」
 郵便受けに手を入れた紫桜は、溜息を吐いて肩を落とした。今度は、温泉旅行ペアチケットが当たったようだ。櫻家の郵便受け及びメールボックスには、似たような当選通知がこの所いくつも舞い込んでいる。大体が、親や友人についでだからと勧められて応募したもので、本人は当たろうとも当たるとも思って居なかったものばかりだ。
「確かに、効果絶大だったな」
あの金銀の粉が『財』だの『運』だのと言われてもにわかに信じがたかったが、やはり事実だったらしい。奇妙な幸運の連続に見舞われているのは、あの場に居た他の者達も同じだと言う。ただ一人、三下を除いては。金銀の粉となって降り注いだ財や福を、彼は殆ど吸収できなかったのだ。財福の粉は彼の服や髪に付いたままとなり、彼の希望とは裏腹に周囲の人々に振り撒く事となり…結果、彼自身を小さな福の神にしてしまった。己には何一つ益無く、周りに居る者達に財福を施す福の神。三下らしいと言うか何と言うか。先日通りがかりに編集部を訪れた時も、見知らぬ女性たちに囲まれてべたべたと撫でられて泣きそうな顔をしていた。こんなのは嫌だと本人は嘆いていたが、それも悪くは無いと思う。思わぬ幸運が、思わぬ不運を招く事だってあるし、記憶にも残っていなかった懸賞に次々当たるよりは、人にそれを分け与えられる方が良いではないか。それに、運命を左右するようなレベルではないとは言われたが、思わぬ幸運が思わぬ不運を招き寄せる事だってあるのだ。日々、平凡かつ平和であれば良いと思う紫桜には、与えられる幸運はさほどありがたいものではなかったし、何より…。
「櫻さあん!あ、いらっしゃいましたか!」
 ききいっとトラックが止まった音がしたかと思うと、宅配便の車だった。
「良かった!これ冷凍便なんでねえ」
 てきぱきと伝票にサインをさせた宅配屋が去った後に残されたのは、二本の特大新巻鮭だった。家には昨日届いた越前カニも待機している。いくら成長期とは言え、限度と言うものがあるのだ。海の幸山の幸に攻め寄せられた紫桜が、その後、しばらくの間懸賞嫌いになったのは言うまでもない。

<終り>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【5453/ 櫻 紫桜さくら・しおう) / 男性 / 15歳 / 高校生 】
【0086/ シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】


<登場NPC>
九条アリッサ(くじょう・ありっさ)


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■         ライター通信          ■
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櫻紫桜様
ご参加、ありがとうございました。ライターのむささびです。宝船捕縛作戦、お楽しみいただけましたでしょうか。今回は毘沙門天担当としてご活躍いただきました。お陰さまで、三下氏も無事、宝船にたどり着けたようです。宝船の残した財、福はどうやら紫桜氏にははた迷惑な代物だったようで申し訳ないのですが、育ち盛りの食費低減にはある程度貢献できたかも、と…。それでは、またお会い出来る事を願いつつ。
むささび。