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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


敗北者


「ひゅっ――」
 短く吐いた息が、爆ぜる。
 キラリと、何かが煌いた。

「――――!!!!????」
 声にならぬ叫び。まごう事無き断末魔。
 最早地響きとでも言うべきそれを、男は紅い瞳で見つめていた。
「話にならんな」
 チンと、何かが鳴った。瞬間、光が消え全てが完了する。
「最近は手応えのないものばかりでつまらんな…」
 事も無げに呟いて、男は踵を返した。

 その日、世間を騒がせていた『モノ』は消滅した。
 それが、男――草薙真夜の仕事だった。



 一般的―であるかどうかは置いておいて、退魔師と呼ばれる職業である真夜は、その日も仕事を請け、何時ものようにそれを完遂していた。
 さして障害があったわけでもなく、仕事は静かに終わりを告げた。



 仕事が終われば、家に帰る。どんな職業であろうと、それに変わりはない。
 自分のついた返り血を、偽りの炎で燃やし証拠を消す。そうして、きたときと何も変わらない姿で真夜は歩き始めた。

 ざわざわと、丁度『仕事』が終わったのを見計らったのかのごとく、街の人ごみは普段よりも多かった。
 何も変わらないように見える世界、日常。しかし、真夜が気を許すことはない。
 その変わらないように見える世界に、『ソレ』は潜んでいるのだから。そして、『ソレ』を狩るのが真夜なのだから。

 平然と、何もないように歩く。しかし、隙は一切ない。
 しかし、しばらく歩くうちに、今日は本当に変化がないと分かる。そこで、真夜は小さく息を吐いた。
「今日も異常無……」
 呟いた言葉が、そこで止まった。同様に、歩いていた足も。

 ゴゴゴゴと、何か背後で劇画調な効果音がしたような気がした。
 そして、それに気付いた瞬間、真夜は疾風となった――。





* * *



 走る、走る、走る!
 そう、俺は走る、全速力で!
 100mで世界記録くらい軽くだしそうな勢いで兎に角走る!
 そう、俺は疾風(かぜ)だから――!!

 なんて、勝手な脳内妄想なナレーションは兎も角として、真夜はただひたすらに走っていた。
 元々その身体能力は文字通り人間離れしている、すぐに景色は変わっていった。
 だがしかし、されどしかし。離れない、離れない、気配は一向に離れない――!
「ハッハッハッ――ッ!!」
 追い詰められる恐怖。普段は味わわせるほうの立場のものが、味わわされるその恐怖。
 何をそれほどにまで恐れるのか。それは本能からくる恐怖なのか。
 分からない、しかし、彼は逃げなければならないのだ。



「あそこは…っ!」
 彼の眼前に見えたのは、つい最近リニューアルオープンをしたばかりのデパートだった。改装されたばかりのそれはとても綺麗で、当然中も人でごった返している。
 これは幸いと、彼はためらうことなくスピードはそのままで突っ込んでいった。勿論、それは背後から追ってくる気配も同じではあったが。

「おばちゃんどいてっ!」
「えっ、きゃっ!?」
 その声に、エスカレーターを降りようとしたおばちゃんが身を翻す。そこを、影が一足で飛び降りていった。
 中は人で溢れかえっている。しかし、石の中でも流れを失わない水の如く真夜はその中を駆け抜けていく。
 当然気配が追ってくることには変わりない。しかし、いささかその動きが遅くなったのも事実ではある。
(よし、作戦通り!)
 真夜は一人、心の中でガッツポーズをあげた。その後ろから、
「あ、このウインナー美味しいですね…」
 そんな、のほほんとした声が聞こえた。

 そんな声は無視して、真夜はまたきたときとは別のエスカレーターをやはり一足で駆け上がる。随分と離せたはずだ、そう思ったのだが、
「あのハム、今度買ってもらいましょう」
 声は、やはり一定の距離をもって聞こえてきた。
 それが、真夜に戦慄を覚えさせる。

 早まる足、引き攣る顔。あぁ、俺今最高に恐怖してるよ。
 ちょっと、錯乱気味だった。





 デパートを出た真夜と影は、当然のようにまたデッドヒートを開始した。
 つかず離れず、まるで小動物を苛める子供の如く、影は楽しげについてくる。
 いや、それは真夜の錯覚だったのかもしれないが、しかし彼には、はっきりと背後で邪悪な笑みを浮かべる影の姿が見えたような気がした。

(考えろ、考えろ俺! そう、何時もはあまり使わない、ちょっと溶けかけな脳みそフル稼働で!!)
 やはりどこか錯乱気味な思考で、真夜は必死に考える。
 やつの弱点はなんだ? やつは一体どんなやつだ?
 そして、その時そこに見えたのは、美味しそうな匂いを漂わせた大衆食堂の看板だった。
 後ろで、キュピーンと瞳が光る音が聞こえたような気がするのは、何故だろう。
 しかしそれは、
(これだぁぁぁ!)
 彼に、とても大いなる希望を抱かせてくれた。

 思うが早いか、ガラガラっと勢いよくその戸を開ける。はぁはぁとちょっと息を切らす様は、少しカッコいいのかもしれないけどそんなことはおっちゃんにとってはどうでもよく。
「へいらっしゃい!」
「おっちゃん、次入って来る子にこの店で出せるもの全部だして!
 お金は置いてくから宜しく!!」
 それだけ言って、ちょっと分厚めな財布を投げて真夜はまた駆け出した。そして、勢いそのままで裏口から駆け出していく。
 その後ろから、おっちゃんの威勢のいい声が聞こえた。そして、やはり可愛い声で、
「おっちゃん、まだまだです」
 ちょっと厳しい声も一緒に。
(ごめんおっちゃん、でも俺は…!)
 きっと、中ではおっちゃん号泣してるんだろうなぁと思いつつも、真夜の足は止まらない。





「ハッハッハッハッ――!」
 俺、草薙真夜21歳、ちょっと小粋なナイスガイだ!
 そんな俺は今、ピンチに立たされている!
 ヤツが、ヤツが追ってくるんだ――!

 心の中のナレーションは割と楽勝ムードなのに、現実は全く違う。
 真夜の作戦は全く効果をなさず、結局影はその後ろを追ってきていた。
(おっちゃん、撃沈したのか…悪い!)
 悪いと思うなら使うな。そんなツッコミが聞こえたような気がして、さらに足が速まる。

 結局、何処まで逃げても影を振り払うことは出来なかった。その事実に、真夜は悔しそうに舌打ち一つ、
(こうなったら…!)
 足を、とある方向へと向けた。

 真夜たちの一族は、元々鬼の血を引き継ぐ一族である。その事実は、正直なところ他の退魔師たちに対して最悪な印象を抱かせている。
 言ってしまえば、真夜たちの一族とその他の一族は犬猿の仲なのである。
 そして、今真夜が向かおうとしているのは、その一族の住まう地。
 普段は結界に覆われ、ほとんど人が訪れるはずのない場所だ。
「ふん!」
 その結界を一瞬で断ち切り、ためらうこともなく真夜はその中に侵入した。
 突然の侵入者に、退魔師が住まう屋敷が俄かに騒然となる。
「貴様、草薙のものか! 一体いかな用件があってこの地に踏み入った!」
 退魔師の一人が、真夜の姿を確認して符を構える。
「後からくるやつ、頼む!」
 しかし、真夜は相手することなく肩をとんと叩いてそのまま駆け抜けていく。
「…はっ?」
 男は状況を全く読めていなかった。読めたほうがおかしいとは思うが。
 真夜を呆然と見送る男が、何かに気がついた。後ろから、何かとてつもないものが近づいてくる…!
「…あ、あ…!」
 叫び声、轟音、破壊音。
 嗚呼無常、関係ない退魔師の皆さんごめんなさい。
 小さく祈り、しかし、真夜はやっぱり逃げ続けるのだった。





* * *



 逃げて、逃げて、逃げて――!
 嗚呼、今なら俺この逃げざまだけで何か詩が作れそうだよ。
 錯乱気味の逃亡劇の果てに、真夜が辿り着いたのは何もおかしなところはない、一つの家だった。
 かけられた表札は、『草薙』。そう、紛れも無い真夜の自宅だった。

 そんなことはどうでもよいかのように、真夜はその玄関を開けてすぐさま鍵を閉める。
 しかし、無駄だった。
 一瞬で玄関は破られ、その向こうから小さな影が飛び込んでくる。
「くっ…!?」
 すぐさま引く真夜。しかし、もう道は無い。完全に、廊下へと追い込まれていた。
「やれやれ、やっと止まりましたか」
 聞こえてきたのは、やはり可愛い声だった。
「何で逃げたんですか、兄さん?」
 にっこりと、しかしどこか邪悪な笑みを浮かべて出てきたのは、草薙天輝名――紛れも無い、真夜の妹である。
「そ、それは…」
 天輝名の瞳に、ジリジリと真夜は後ずさりしていく。しかし、その体は壁に止められてしまった。

 何故彼は、そこまで天輝名のことを恐れるのだろう?
 前世の因縁?
 蛇に睨まれた蛙?
 足なんて飾りだってことが偉い人には分からないんです?

 まぁ、色々な理由が推測されるが、それはあくまで推測でしかなく。
「さぁ、行きましょうか兄さん」
 その小さな手が、わしっと真夜の首根っこをつかんだ。
「いーーーーーーーーーーやーーーーーーーーーーーー…」
 廊下に響き渡った悲鳴、エンドレススクリーム。
 そんなことは関係なく、天輝名は真夜をそのまま引きずっていくのだった。





* * *



「も、もう許して…」
 男のか細い声が、部屋に響いた。
「いいえ、まだです」
 そして、ぱちんと何かを叩く音。

 まさか、まさか兄妹で禁断の!?
 …などということは一切なく。

 またぱちんと、何かが何かを叩く音が聞こえた。
「もうイヤだって言ってるだろー!?」
 か細かった声は、何時の間にか怒号へと変化していた。
「そんなことは知りませんよ」
 そして、またぱちんと軽い音。

 棋盤の上で、細い天輝名の指が踊る。ぱちんと、軽い音。
「王手飛車取りです。どうします兄さん」
「だから何でお前はそう意地が悪いんだよー!?」
「意地が悪いだなんて心外です。じゃあ最初から徹底的に叩きのめしましょうか?」
 結局、どちらにしても遊ばれるらしい。真夜は、もういやと泣きながら項垂れた。
 そんな彼の様子を見て、天輝名がにやりと笑う。
「さぁ兄さん。もう一局行きましょう」
「いーーーーーーーーーやーーーーーーーーーーー!?」
 でも、真夜の叫びは受け入れられることも無く。

 草薙天輝名、64戦64勝。
 一方草薙真夜、64戦64敗。
 嗚呼、兄貴の面目丸つぶれ。決して真夜が弱いわけではない、しかし、天輝名には勝てない。天輝名、恐ろしい子…!

 兄貴の叫び声だけ響かせて。
 今日も草薙家の一日は平和だった。





<END>