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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「腕・うで」



 鈴の音が闇夜に響く……。
 街でふと耳にした言葉だ。浅葱漣は足を止める。
(……今まであまり思わなかったが…………もしかしてこの噂は、遠逆日無子のことか……?)
 眉間に皺を寄せて、ありうることだ、と思った。
 呆れたように漣は嘆息する。
(結構いい加減なところがあるからな……あいつは)
 漣の黒いコートがなびく。冷たい風だ。
 その冷たさは、漣の、日無子を思い返していた暖かさなど奪っていくくらいの、冷ややかさだ。
「…………」
 これが現実だと、こちらが現実なのだとまるで漣に言おうとしているかのようで……。
 漣は表情を引き締める。
「行く、か」
 嫌な夜だ。



 若い男女が廃れた工場へ入って来た。
「ねえ、ほんとに大丈夫なの?」
「ああ。使われてないし、人も来ないってちゃんと確認してるし」
 男は楽しそうに言って、少し怯えている女の肩を強く抱く。
「楽しもうぜ! な!?」
 女は不安そうな顔だったが、気を直して頷こうと…………。
 して。
「きゃあああああああああっっ!」
 悲鳴をあげた。
 男が振り向く。
 その顔が一瞬で強い衝撃でミンチにされた。女の顔に生暖かいものが飛び散り、彼女はその場に座り込んだ。
「だ、だれ……か……」
 男の胴体はゆっくりと倒れ、その向こうに立つ――――巨大なオモチャのような、ソレが。
 腕にある銃器のようなものを、女に向……け……。

 壁に飛び散った血。
 それを一瞥し、日無子は廃工場に足を踏み入れた。
 工場の周囲は民家もある。だがここはそれら民家から少し離れていたのだ。
 いわば、不良たちの溜まり場的な場所。
 じゃり、とブーツが何かを踏む。日無子はちら、と視線を走らせた。
「……ネックレス……」
 女物だ。だが血で汚れている。
 日無子は奥へと進んでいく。
 なんの工場だったかなど日無子には興味はない。ただ、戦闘の為に、放置してある機械が邪魔だった。
(足場が悪い……狭い…………悪条件か)
 身を隠すにはいいだろうが、日無子の戦闘方法にはあまり良くない場所だ。
 血の臭いが漂う。腐敗のものも少し混じっているかもしれない。
 日無子は窓から差し込む月明かりの元、ゆっくりと床に掌を向ける。足元から影が浮かび、彼女の手に薙刀の形となって集まった。
 背後の気配に日無子は振り向――――。



 工場からは派手な音がしていた。
 漣は怪訝そうにしてから工場の中をうかがうために手頃な窓を見つけてそこへ近寄った。
 暗くてあまり見えないが、何かが戦っている。
「?」
 目を凝らす漣は、見開く。
 日無子だ。遠逆日無子が居た。
 彼女は影の武器で憑物の攻撃をことごとく防ぎ、身軽に跳躍して華麗に戦っていた。
 その速度。
 その洗練された動き。
 だが日無子の動きはおかしかった。
 時々ぴくんと小さく反応しては憑物と距離をとるのだ。絶好の機会でも。
(何かあるのか……? 罠の類いか?)
 うかがう漣は工場の中を必死に見る。だがここからではよくわからない。
 その時だ。
 びくっと反応して日無子が完全に動きを止めた。目を見開き、彼女は今まさに踏み出そうとしたところだったのに。
 刹那、彼女は憑物の横薙ぎの一撃に軽々と吹き飛ばされ、機械の山に叩き付けられた。
 埃をたてて頭から突っ込んだ日無子の様に、漣は驚愕する。
(日無子!)
 彼は窓を突き破って中に入った。後先を考えている余裕はなかった。
 いつもは冷静なのに。
 いつもはこんなことないのに。
 そう、頭のどこかで自分の声がする。
 もっと慎重に動くはずが。
 もっと相手の情報を引き出して。
(そんなことはどうでもいい!)
 今は!
 月光で憑物の姿がはっきり見てとれる。
 小学生に紙粘土で作られた不恰好なロボットの人形のようだ。それが人間より大きく、不気味で。
 銃器を真似た筒が腕全体に装備されている。
 漣は日無子が突っ込んだ場所に駆け寄り、機械をどけた。日無子はすぐに見つかる。彼女は机の下敷きになって身動きがとれなかったようだ。
 唇から血を流し、日無子が激しい怒気を含んだ目で床を凝視していた。
「よ……くも……この、体に…………!」
 着物は少し破れ、袴が大きく裂けている。
 日無子は血の混じった唾を吐き出すと、目の前にいる漣に気づかない様子でむくりと起き上がった。
 見た目はまだ軽傷だ。あれだけ強く叩きつけられて。
 漣が止める間もなく日無子がよろめきながら立ち上がって憑物を睨みつけ、戦闘態勢に入る。
 まだ動けない、日無子は。
 憑物は日無子に銃口を向けた。そこから発射されたマシンガンのような飛礫に、日無子は怯まない。
 防御しようともせず真っ直ぐに憑物を見ている日無子に漣は青ざめる。
 なぜ。
 何故、防がない!? 日無子の動体視力では『見えているはず』だろう!?
「馬鹿!」
 その声と同時に漣は日無子を押し倒した。漣の背中と肩に敵の飛礫が当たり、血が飛ぶ。
 いきなりのことに仰天した日無子は「え」と小さく呟いた。
「な、なにやってるんだ、おまえ!」
 怒鳴られた日無子は、自分の上に覆い被さっている人物にいま気づいたようで、きょとんとする。
「あれ〜? 浅葱さんてばなにしてんの?」
 呑気なその言葉に思わずガクッ、と漣はなってしまった。
「お、おまえはぁ〜……」
「……浅葱さんて細いくせにちょっと重いね。あたしの上が気持ちいいのはわかるけどさぁ」
 からかいを含んだ声でニヤニヤ笑って言う日無子に、漣はカッと顔を赤らめる。
「馬鹿なこと言ってない、で……っ」
 背中と肩の傷に顔をしかめる漣。傷はかなり深いようだ。
 日無子の笑みが消えた。
「どいて」
「え……?」
「もう大丈夫。回復したからさ」
 そう言うや日無子は漣を突き飛ばす。乱暴な日無子の行動は、漣の傷の痛みを強く響かせた。
 激痛が走って漣がうめき、床にうずくまる。
 日無子はもう一度武器を作り出して握ると、憑物を見遣った。憑物は赤黒く光る目で、首を傾げる。
「気合い入れるか!」
 元気よく言い放った日無子が、憑物の視界から一瞬で消えた。
 そして次の瞬間には。
 憑物の目の前に立っていた。
「散れよ、ガラクタ――――!」
 目にも止まらぬ速度で薙刀の刃が憑物の視界を走る!



「大丈夫? 浅葱さん」
 うずくまる漣を、日無子はそっと覗き込んだ。
 脂汗を浮かべている漣は恨めしそうな瞳を日無子に向けた。
「……よくも突き飛ばしたな」
「だって重かったから」
 いつも笑顔の日無子が笑わずにそう、小さく囁く。
 漣は不思議そうな表情を浮かべるが、よろよろと起き上がって近くの機械に背中をあずけて座り込んだ。
「大丈夫……。俺は、多少の傷で死ぬことはないから」
「それはあたしもだよ。なんで庇うわけ? 痛かったくせにさ」
 漣の目の前でしゃがみ、日無子は両手を己の両頬に遣って眺めていた。
 漣は顔を赤くして視線を床に逸らす。
「袴が裂けてるのにそういう座り方をするな。見えそうだ」
「……チラリよりモロがいいのかな、浅葱くんは」
「! だからそうじゃなくて……」
 呆れてしまう漣は顔をあげ、どきっとして硬直する。
 日無子がこちらに近づき、顔が目の前にあったからだ。
「な、なんだ……!?」
「なんで庇ったの?」
「え……。いや、俺の心情的なものだ。気にするな」
 物好きだとか、変な人とか、そういう日無子の反応を予想した。
 しかし違っていた。
 日無子は不愉快そうな顔を一瞬する。
「……ムダなことするんだね」
 小さく侮蔑したように呟いてから彼女はにこっと微笑んだ。
「手当てしたげるよ。嬉しいでしょ」
「いい。すぐ治る」
「いいから脱ぎなさいって。うちの薬塗ってあげる。よく効くんだよ」
「ぬ、脱ぐって……」
「別に男の裸なんて見たってなんとも思わないってば。俺の裸見たんだからおまえも見せろとか言うんならぶっ飛ばすよ」
「そんなこと誰が言うかっ」
 強く声を出したために漣は激しく咳をする。喉が痛かった。
「誰も全裸になれって言ってないんだからさ。上だけだよ。背中でいいし」
「……いい」
 自分の身体があまり好きではない漣は冷たく拒絶する。
 日無子は嘆息して漣の肩を両手で押さえ、勢いよく後ろに向けた。
 いきなりのことに漣は抵抗できずに背中を日無子に向けるはめになってしまう。
「なっ、なにす……」
「はい脱ぐ」
 コートを無造作に引っ張って脱がされ、びりっと力任せにシャツを破られた。思わず漣は「ひ」と小さく声をあげる。
 桃色の貝殻を取り出して日無子はそこから塗り薬を指先ですくい、漣の傷に塗っていく。
 痛みがすぐに和らいだ。
「…………よく効くな、それ」
「まあね。これでよし。じゃ、こっち向いて」
 なすがままに日無子のほうを向かされる。
 彼女は袴の帯を解いた。袴がかろうじて足に引っかかっている状態のままで上の黄緑の着物を脱ぎ、漣に着せる。
「腕、ちゃんと通して」
「あ、ああ」
 漣にとってみればサイズは少し小さい。だが着物だけあってか、そこまで苦しくなかった。
 コートをその上から羽織り、立ち上がる。
「よしよし。もう大丈夫か」
 帯を結び直して日無子も立ち上がった。
「……着物、すまないな」
「いいよいいよ。まだ替えはたくさんあるから気にしないで」
 日無子の体温が残る着物に、漣は頬を少し染める。
 笑顔の日無子をじっと見つめてから小さく口を開いた。
「正月の時に……」
「ん?」
「必要とされますように、って言ってただろ?」
「あー、そんなこと言ってたっけ」
 忘れていたっぽい日無子の言葉に挫けそうになりつつ、漣は決意したように言う。
「少なくとも…………俺には、『浅葱漣』には、必要な存在だ」
 その言葉に日無子は仰天したように目を見開き、首を傾げた。
「えっとぉ……それは、あたしに、告白、してるの……かな?」
「えっ!?」
 そう言われて漣もはたと気づく。
「あたしのことが、好き、なの?」
「え……………………」
 真っ直ぐに日無子に見つめられて漣は冷汗を流す。
 なんでこんなに無邪気な……そんな目で見つめるんだ?
 と、帯がするんと解けてすとーん、と袴が床に落ちた。
「あ」
 漣は耳まで赤くしてわなわなと震える。「おお」と日無子は呑気に洩らして笑った。
「やっぱ緩かったか。あっはっは」
「あははじゃない! さっさと袴を穿け!」
「襦袢で見えないのになんで真っ赤になるかなあ」
「ギリギリだろ!」
 自分の目元を隠しながら喚く漣は、自分もこんな風に取り乱すんだな、と小さく思ったのである。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5658/浅葱・漣(あさぎ・れん)/男/17/高校生・守護術師】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、浅葱様。ライターのともやいずみです。
 急激に変化したうえ、浅葱様が翻弄され気味……。い、いかがでしたでしょうか? 赤くさせすぎたかちょっと心配しつつ……。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!