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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


Loose Red


「調査…ですか? いえ、問題はありません。はい、はい…」
 電話の向こうから聞こえる、低くどこか荘厳な声に手短に答え、七枷誠は受話器を置く。そして。今しがた入ってきたばかりの依頼の内容を軽く頭にいれ、クローゼットを開けた。

 仕事の内容は、とある女の調査だった。
 名前はブラッディ・ドッグ。明らかに本名には思えないそれも、裏の世界のものならば納得は出来る。
 どうやら色々と曰くつきの人物であるらしい。彼女が一体何をしたのかは誠には分からないし、知りたいとも思わない。
 彼女の写真などはすぐに入手できた。裏の世界で生きながらなんとも無防備な話だとも思うが、それは自信の表れだと言うことも出来る。
 一筋縄でいかないかもしれないと思いながら、兎にも角にも誠は行動を開始した。





* * *



 そして、調査対象であるブラッディはすぐに見つかった。なんでもない、いたって普通に街の中を歩いていたのだ。
 いまだどういう人物なのか計りきれていない彼女を、気付かれないように誠は尾行していく。
(…ん、んー?)
 そんな彼に見えないように、ブラッディは何かを嗅ぐ様に鼻をくんくんと動かす。そして、にへらと顔を崩した。

 そのまま彼女は街中をはずれ、やがて人気のない、夜の闇が支配する一本道へとやってきた。その顔には、何が楽しいのかヘラヘラと笑みが浮かぶ。
 その瞳の中に、一人の女性が映る。それが、ブラッディの中で何かを弾けさせた。





「はぁ…最悪」
 火宮翔子は、一人ごちていた。
「折角の一張羅だったのに…だからって買いなおせるものじゃないし」
 そして、深く深く溜息が漏れる。
 そろそろ新しい服がほしいと思い街に買出しにでた彼女は、そこで一目ぼれしたものを買って上機嫌で帰宅していた。
 しかし、何の因果か『人ならざる者』が人間を襲っているところに遭遇。仕方がなくそれを滅ぼすも、その際に今日運命の出会いを果たした服たちを道連れにされてしまったのだ。
 幾ら退魔師といえどその前に一人の人間、悲しいときは悲しい。だからまた深い溜息が漏れる。

 しかし。今日の彼女の不幸は、それだけでは終わらなかった。

「…っ!?」
 ビクッと、身体が強張る。この感覚はよく知っている、普段『仕事』でよくこの状態に陥るから。
 ざっと周囲を見渡す。そして、はるか前方に何か影が見えた。
 街灯に照らされるだけのそれは、酷く黒く見える。それが、確かに笑ったような気がした。

 影が爆ぜる。爆発的な勢いで、翔子の目の前に迫ってきた。
「ハァァイ初めましてェMy Fair Lady!」
「なっ…!?」
 サングラスの向こうに見える、狂ったように笑った瞳。ただ突っ込んできただけだったが、異常なまでと狂気と殺意が迸り、翔子は思わず身構える。
「あ、何、やる気ヤる気殺る気ぃ? OKどんどん殺ろうぜお嬢ちゃぁぁぁぁん!」



「なっ…あいつ」
 一気に距離が離れてしまい、一瞬だけ誠に焦りが浮かぶ。よりにもよって関係のない女性までそこにいるのだから始末が悪い。
「所詮は狂犬か…」
 こうなってしまってはなりふりかまってはいられない。翔子を助けるために、誠は動き始めた。



 誠が動き始めたのを確認して、ブラッディはばぁっと舌を出し笑う。それが、酷く翔子の癇に障った。
「アングリーな表情もまたそそるぜぇぇぇなぁお嬢ちゃぁん!」
「一体何なのよあんたは!」
 振られたブラッディの腕を蹴り飛ばし、翔子がその顔を睨む。蹴られたことには一切興味がないのか、その顔から笑みは消えない。
「なんだっていいでちゅよぉぉ」
「ッ!」
 馬鹿にしたような声、それとは正反対の鋭すぎる拳。翔子は、後退を余儀なくされる。
 そんな翔子の動きをコントロールしつつ、ブラッディはどんどん彼女を追い詰めていくのだった。



 そうして、二人が辿り着いた場所は、人気のない夜の公園。ただ月だけが照らす広大な。
「ここなら遠慮なくやれるわね…」
 そういいながらも、翔子は少し焦っていた。手持ちの武器はあまりに少ない。
「遠慮なんてェ最初からいらねぇってばぁぁ…なぁずぅぅっとついてきてたストーカーあんちゃん?
 いやん、俺が幾ら可愛ぃからって最近の世の中はぁ怖いわぁぁ♪」
「ストーカー…?」
 体をくねらせヘラヘラと笑うブラッディのことはひとまず無視して、翔子はあたりを見渡す。そこに、
「黙れ、狂犬」
 一つの影があった。
 その言葉に、ブラッディはゲラゲラと笑い始める。
「狂犬、Mad Dog、イェース俺は可愛い可愛いワンちゃんですよぉぉおお!」
「…何がそんなに面白いのよ」
 何処までも異常なブラッディに、翔子は少し気圧されていた。

「…ところで、あなたが誰かは知らないけど。彼女のこと、何か知ってるわけ?」
「…名前はブラッディ・ドッグ。裏の世界じゃそれなりに名前が通ってるやつらしい。
 まぁ仕事のこともあるが、あの通り普通じゃないところが、だが」
「あぁ…納得」
 誠の言葉に、翔子は一つ頷いて。それを見たブラッディが、また笑う。
「ギャハッ、聞きましたぁ奥さぁん! あ・た・く・し・がぁ…普通じゃないんですってばこれがぁ!!」
 その笑い声が、酷く誠と翔子を不愉快にさせた。否、いきなり襲われた時点で不愉快などというものは通り越しているのだが。
「何処からどう見ても普通じゃないでしょこの」
「殺人狂、とでも言いたいんでちゅかぁ?」
 気付いたときには、ブラッディの顔が目の前にあった。思わず翔子と誠は距離をとり、構える。そんな二人を余所目に、彼女は大袈裟に手を振り上げ語り始めた。
「嗚呼嗚呼俺は確かに殺るのが大好きさぁ、だってよぉ…イッちまいそうなくらいに気持ちよくねっ?
 豚のような悲鳴あげるやつとぐちゃっと潰したときとかぁ、肉をブチブチってやっちまう感覚とかぁ、お口ぐちゅぐちゅかき回してやったときとかぁぁもうたまんねぇぇえ!」
 そこで、一旦彼女の言葉が止まる。そして、
「…DEMOYO…よく考えてみ?
 人間昔っから誰もがそんなことヤってきてんじゃん! 今更異常だなんだ言われたって聞けねぇなぁギャハハハッ!
 汝隣人を愛せ、だけど殺りたいときは殺っちゃっていいんですよぉぉ!」
 狂犬の身体が爆ぜる――!
「だからお前等、俺ちゃん壊してみせろよぉぉおお!」

「このっ…真性の!」
 後退しつつ、翔子が持っていたナイフを投げつける。勿論ただのナイフでないのは彼女の職業からして当然と言えば当然だが、鋭すぎる勢いを持ったそれを、ブラッディは何のこともなく受け止め、握りつぶす。
「女、少し抑えてくれ!」
「火宮翔子よ!」
「七枷誠だ」
 言葉みじかに会話を交わし、誠は数枚の符を取り出した。そして翔子にその場を任せ、一旦離れその符をなんでもない地面へと投げつける。しかし、
「駄目ダメDAME余計なことしちゃあぁよぉお!」
 その符は、何かがきらりと光った瞬間に燃やし尽くされていた。
「ちっ…」
 ブラッディの腕が動くたびに、何かがきらりと光る。それは銀糸のような、不思議な動きを見せる。
「ワイヤーか…厄介なものを」
「ごめぃとぉ、頭のいい馬鹿は嫌いじゃないぜぇぇえ!」
 ある意味で、それは彼らにとってもっとも嫌なものといえたかもしれない。
 ある程度の霊的攻撃ならば軽く防ぐことが出来る。しかしあれは完全な物理的存在、止めようと思えばそれ相応のものが必要となる。誠は小さく舌打ちして、符を収束させた。



 夜の公園を、一組の男女が仲良さそうに談笑しながら歩いていた。その雰囲気からして、二人の関係というものは明白だろう。
 今夜は何にしようかとか、明日は何処にいこうかとか。そんな、何でもない会話でも二人に笑みがこぼれる。
 しかし、次の瞬間、全てが悲鳴に変わった。
 ヒュンと、何か音がした気がする。そして、びちゃっと何か濡れたものが地面を叩く音。
「…?」
 男の方が、音がした地面を見る。すると、そこには広がる紅い水溜り。
 街灯が、それを照らした。そこにあったのは、何のホラーか一本の腕。
「ぁ…ぁ…」
 女が、何かに気付き声を失った。女の視線が自分に向いていることに気付き、男は何かおかしなところがあるのかと自分を見た。
「あれ?」
 首をかしげた。左腕のあるべきところに、何もない。
 もう一度地面を見る。落ちていたのは左腕。自分を見る。肩口から、スッパリと何もない。
「あれ? あれ? あれぇひげっ」
 それが自分のものだと気付いたときには、男も女も仲良くその体が細切れになっていた。

「あんた、何やってるのよ!!」
 偶々やってきた何の罪もない一般人を、その広げたワイヤーで全く関係ないとばかりに殺しきってしまったブラッディに、翔子の中で何かがキレた。
 数少ないナイフを、しかし一切躊躇することなく投げ、さらに己の力で炎を生み出し、それをブラッディへと叩きつける。
「熱い、アッツーイ! でもいいねぇ俺ちん萌えちゃうぅぅ!!」
「答えなさいよ!」
 関係ない一般人に手を出されることは、翔子がもっとも忌み嫌う行為の一つである。故に彼女は仕事の時間も選んで動く。それを、目の前の狂犬はいとも簡単に踏みにじってくれた…それが彼女には許せなかった。
「ギャハッ! こんな時間に外出していやらしーいことやってるのが悪いんだよぉ。
 言っちゃえばぁ、天災ってやつぅ? ギャハハハハッ!!」
「黙れ狂犬が」
 そしてそれは、誠も変わらない。
 人間でないものは滅ぼせ、それが彼らの鉄の掟。しかし、人間は守護対象であるのだ。故に、
「俺は貴様を認めない」
 躊躇なく、符を収束させて作った剣を、増幅させたその力で叩きつけたのだ。

 しかし、それでも狂犬の動きは止まらない。
 己の身を焼く炎も、切裂いていく符の剣も、ただその痛みが快感を助長させるかの如く。
 なぜなら。故に。それが狂犬だから。
「あぁぁぁもうサイッコウに気持ちいいぜ二人ともぉぉ!
 イっちまいそうな阿僧祇のヨォォルゥゥゥ!!」
 電磁ワイヤーから血を滴らせ、嬉しそうな狂犬が夜に吼えた。



 ブラッディの動きは止まらない。予測不可能なワイヤーをかわしながら、翔子と誠はその体に少しずつ傷を負わせていく。
 しかし、それ以上に二人の消耗は激しい。元々武器の類はほとんど持ってきていなかった翔子は当然として、武装していた誠もそのほとんどが意味を成していなかった。
 彼の言霊なら、あるいはその状況もどうにかなったのかもしれない。しかし使うには翔子がいるため色々と不便なのも確か。
 それに加え、ブラッディの攻撃には霊的要素がほとんどない。故に防ぎきれず、ダメージだけが蓄積していく。
 状況としては、最悪だった。
(本来はただの調査だけだったはずなのにな…)
 心の中で悪態をついても、状況がよくなるわけではなかった。



「ぁぐっ!」
「つっかまえたよぉ子猫ちゅわぁん♪」
 ブラッディの腕が、翔子の細い首を掴んでいた。その瞳を爛々と輝かせ、舌がばぁっと伸びる。
 必死にその腕を外そうとするが、ブラッディの腕はビクともしない。空気が足りず、翔子の顔色がどんどん変わっていく。
「貴様…っ」
 誠が飛び出そうとしたその瞬間、楽しげに笑っていたブラッディの顔からふと笑みが消える。そして、そのまま翔子の首を離した。
「くはっ…はぁ…!」
 息が出来なかったところに急に呼吸を再開したため、翔子は咽び苦しげに顔を歪ませる。
 その翔子を見下ろしながら、ブラッディは空を見て、そしてまた笑った。
「ギャハッ、ざーんねんしょぉ…今日はタイムリミットだぁ」
 とんと軽い調子で、ブラッディは開け始めた明るい空の中に飛び立っていった。
「今度会うときはぁリミットなしの本気でなぁ…バーイBoy & Girl♪」
 最後にそれだけ言い残して。

 後には、呆然とそれを見送る二人だけが立っていた。





* * *



「あぁもう…ホント、今日は人生最悪の一日だったわ」
 翔子が服の埃を叩きつつ、首を鳴らす。相当きつく締められてはいたが、特に支障はなさそうだ。
「しかも『今度は本気で』って…あれで本気じゃないなら性質悪すぎよ…」
 溜息をつきながら、その実力のほどを思い出す。もう少しで危なかったのは事実、また会うことがあるのかもしれないと考えると、気が重かった。
「すまないな。本当なら貴女は全く関係がなかったはずなんだが」
 そして、それは誠も同じことだった。
 何のために調査を頼まれたのか最初はよく分からなかったが、今なら何となくそれも分かる。
(あれは、確かに放っておいたら危険すぎるな)
 上が危惧するのも、理解できるというものだ。
「もういいわよ。事情を聞きたいところだけど、どうせ込み入った事情だろうし…。
 今日はもう帰って寝るわ。あーホント、服は台無しになるし首は絞められるし最低…」
「…悪いな。今度会うことがあったら埋め合わせはするよ」
 やはり何かあるな、そう思いながら翔子はウィンク一つ、
「期待せずに待ってるわよ」
 そういいつつ手を振り去っていった。
「…さて」
 それを見送り、誠は携帯を取り出した。
(火宮翔子だったか…かなりの実力を持っていたな。彼女のことも一応調べておくか)
 手短に報告を済ませながら、そんなことを考えて。



「〜〜〜♪」
 その頃、一人去っていったブラッディは、暁の空に舞いながら一人楽しげに鼻歌を口ずさんでいた。
「たーのしーたーのしー玩具を見つけちゃったワンちゃんはぁ〜…どうするのかなぁぁ?」
 やはり、どこか狂ったような笑みは変わらない。楽しげに楽しげに、一つ呟いた。
「もっと遊びてぇなぁ…んー今度の玩具は壊れなきゃいいんだっけっどぉ♪」
 ゆるい赤を、その手から落として。またどうしようもなく殺したくなった彼女は、笑いながら何処かへと消えた。



 まだまだ、翔子と誠の人生最悪の日は続くのかもしれない。





<END>