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光、射す
広がるのは、ただ、闇。
地上でぽっかりとあいた洞穴は、下へ、地下へと続いていて。まるで、根の国に繋がる黄泉路のように見える。
その暗い地下空洞を歩いているのはたった一人の幼い少女――犬神勇愛だった。
常ならば入り口が封印してあり入ることは叶わないここに勇愛がひとりきりでいるのには、理由がある。
つい、先日のことだ。勇愛は生まれ持った力、これまでずっと身体の奥底で眠り続けていた力に覚醒した。それは自らの命の危機を救ってくれたけれど、同時に、彼女に大変な試練をもたらしたのだ。
大きすぎる力は、それだけ、抑えることも難しい。
このままでは日常生活にも支障をきたすということから、ここに――犬神一族の修行の場であるこの洞窟に入ることとなったのだ。
人の世から切り離されたかのような暗い静寂をもつこの洞窟は、実は、勇愛の家の神社のすぐ裏手辺りに存在していた。だからこそ、間違って人が入らないよう厳重な封印もされているのだが。
勇愛の耳には周囲の静寂と自身の荒い息だけが聞こえていた。
体のあちこちに痛みがあり、触れれば汗のせいだけではなく肌が濡れているのがわかる。これまでの攻防で負った傷から血が流れているのだ。
息を整え――そして、耳を、感覚を澄ます。
この修行のために中に放たれたのはほんの数匹の低級霊。それだけのはずだった。
いや、実際それだけなのだ。けれど勇愛が持つ感知能力はまだまだ未熟で、目に頼れない現状では敵の把握が著しく難しい。
しかも低級霊たちは意外と攻撃力があり、相手の位置を補足できないがゆえに、勇愛はなかなか自身の力を当てられずにいた。
彼らは肉体を持たず。
だから、気配も探りにくい。
霊的視力はあるけれど、この暗闇の中で霊の姿を見通すことができるほどではない。
「……くっ……」
背後に気配を感じて横に飛ぼうとしたその瞬間、待ち受けていたかのように真横から衝撃を受ける。
小柄な勇愛の肉体は弾かれ、そのまま地面へと崩れ落ちた。容赦なく迫ってくる気配を感じ、勇愛は咄嗟に
体を転がすことでその追撃から身を逃れた。
一瞬の隙を縫って立ち上がり、反撃をするべく『力』を込めた――闇に、光が、射した。
「あっ!!」
光は勇愛が身につけている首輪が放ったもので、首輪は勇愛の力を押さえ込むべく勇愛の身体に激痛を与えた。
意識が途切れかけ、そこに低級霊の攻撃がまともに入る。
倒れた身体はもう起き上がらなかった。どんなに意思を込めても、立ち上がろうとしても。
身体はまったく言うことをきかない。次第に意識すらもぼやけ、周囲を認識できなくなる。
敵が。
迫っているのはわかっていた。
だけど、動けない。動かない。
覚悟を決めたその時、光が、満ちた。
細い光が次第に広がり、冷たい洞穴の中を暖かい空気が満たしていく。
闇に慣れた瞳を細めると、光の向こうに母が立っているのがわかった。
……安心、したのだろうか。
勇愛は自らの意識を支えることもできなくなり、その意思は急速に心の奥へと堕ちていった。
◆ ◆ ◆
目を覚ますと、自室だった。
きちんと傷の手当てがされていて、痛みはもうほとんどない。
前の家からこの家へと移ってきてから、このような修行・訓練が増えた。
……何故ここに来たのか。
森で迷った日、何があったのか。
両親は語ってくれない。
けれどこの訓練の意味は、これが、必要なのだということは……勇愛も、理解していた。
森で迷ったあの日から身についた不思議な力。これに振り回されていることも、自覚している。
抑えようとしても、溢れる力を抑えられない。
だからこそ、激痛をもたらすこの首輪も、今は、必要なのだ。
だがいつまでもこのままで良いわけはない。
一刻も早く。少しでも、早く。
なんとかしなくちゃ――そう、考え。
そして、勇愛は再び眠りに落ちる。
今はまだ遠い未来。けれどそう遠くはないはずの未来を、夢に見て。
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