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●相馬健二の日常
大学の講堂。講義の最中、高鼾を掻いて眠る男。名を、相馬健二と言う。机に突っ伏して眠るその姿は、その鎧のような筋肉と恵まれた体躯により小山のようにさえ見える。
「相馬、相馬!」
講師の怒鳴り声に、何のことやら、と言った具合に目を擦りながら目を覚ます健二。まだ自分の状況が飲み込めていない様である。
「偶に出てきたと思えば居眠りかね。そんなに私の講義はつまらんか?ん?」
「いやぁ、長い話を聞くとついつい‥‥、スミマセンッス!」
顔を覗き込むようにして嫌味を吐く講師に、素直に頭を下げる健二。周囲の学生は、いつものこと、とばかりに何食わぬ顔をしていた。
「次からは居眠りも欠席扱いにするからな、忘れるなよ。‥‥‥全く‥‥‥」
「はい、気をつけるッス」
溜息一つついて教壇に戻る講師。そして、講義を続けるのだが、案の定と言うべきか、健二の頭にはその内容は入ってないようであった。
昼を告げる鐘が鳴り響くと、学生達は体育会系のガタイの良い連中を筆頭に、食堂に殺到する。この学食は決して旨いとか、安いとか言う理由で混雑しているわけではない。そう、早く行かないと、『無くなる』のである。まあ、経営側にとっては競争が起こるほどに繁盛しているので良いことではあるのだが。
「うおおおお!どけどけ!」
「Aランチは俺のモンだ!」
「日替わり!取ったぞぉ!」
そんな喧騒の中、一人の男がゆっくりと券売機に歩み寄る。そう、相馬健二である。ついでに言うと、彼こそがこの喧騒の原因でもあった。
「さて、今日は‥‥。お、結構残ってんな。じゃあ、これとこれと‥‥あとこれも喰うか」
健二が券売機を離れると、メニューの大半には『売り切れ』ランプが点灯していた。そう。いつごろからか、『相馬健二より先に買わないと喰いっぱぐれる』と言う噂が立っていたのである。
「あら、健ちゃん。いらっしゃい」
食券を渡しにカウンターに向かうと、食堂のおばちゃんが愛想よく健二を迎える。彼は大量に、しかも美味しそうに食べるので、食堂の関係者には非常に評判が良いのだ。‥‥‥競争相手となる他の学生は除いて。
「はい、おまたせ〜」
健二が4人ようテーブルに腰掛けて待っていると、炊飯器の御飯をそのまま盛りつけたような超大盛り、通称『相馬盛り』と呼ばれる御飯を始めとしたメニューが次々と運ばれてくる。他の学生のように、メニューを自分で運ばせていては、待ち時間その他の問題で人の回転が遅くなるので、彼のような大量購入者には食堂側が運ぶ事にしたのである。
「いただきます」
テーブルを埋め尽くす料理の山に手を合わせると、一心不乱に掻き込む健二。4人用のはずのテーブルが、健二の巨体と、料理の量が相まって一人用テーブルにしか見えない。
「おまえ、良くそんなに食えるよなぁ‥‥‥」
「まぁな、体は資本だからな」
「食い過ぎも体に悪いぜ?」
「解ってるさ。だから腹八分目って奴だ」
「‥‥‥」
そのあまりの食欲に、友人達ですら絶句する。だが、健二はそ知らぬ顔で料理を平らげるのであった。
相馬健二は総合格闘部に所属している。そして、特に彼は自らの武器であり、また鎧でもある筋肉の鍛錬に余念が無い。
「ふっ、ふっ‥‥」
人一倍基礎鍛錬を大切にする健二。バーベルを担いでスクワット、ベンチプレス、そして、肉体の柔軟性を養う柔軟体操‥‥。大学生ともなれば、ファッション感覚で格闘技系サークルに所属し、基礎を疎かにする者が多い中、彼は両親の影響からか数少ない『本物』の格闘家の心構えを持っている。
「さて、と、良い汗も掻いてきた事だし、次に行くか‥‥」
体を作る基礎を終えると、今度はその体を動かす為の練習に入る。サンドバッグやパンチングボールを使って体のキレを確認すると、他の部員に声を掛ける。
「誰かスパーに付き合ってくれないか?」
「良いぜ?俺がやってやるよ」
「おう、すまんな」
一人の部員が小気味よく返事を返す。そして、開いているリングに入場する。そして、立会いの合図と同時に、健二が仕掛ける。
「おりゃぁ!」
ジャンプして、腰を捻って体重ごと相手にぶつけるかの様な蹴り、所謂浴びせ蹴りを放つ。いきなりの大技だが、意外に立ち上がりの奇襲は成功しやすいのだ。受けに回った部員のガードを破り、踏鞴を踏ませる。
「ってぇ〜‥‥‥今度はこっちから行くぜ!」
低い姿勢で間合いを詰め、健二の膝の辺りを絞りながら体重を掛ける。基本に忠実なタックルである。流石に捌けず、ダウンを取られる健二。そして間髪を入れずにサイドに回り、腕ひしぎ十字固めに移行する。
「やべぇ!」
とっさに手を組み、肘を伸ばされないように防御するが、其処から抜け出せなくては敗北までの時間が延びるだけである。体を揺すったりブリッジで隙間を作ったりしてみるが、今一効果は薄い。
「仕方ない、奥の手を使うか‥‥‥」
健二はゆっくりと呼吸を整え、気を全身に巡らせる。
「フンッ!」
急激に力を増した健二に、思わず引き手を切られる部員。そして、素早く健二は部員に馬乗りになる。
「そこまで!」
立会いの掛け声で、健二は部員から離れる。時間が過ぎていたのである。
「やばかった‥‥あのまま殴り殺されるかと思ったぜ」
「いや、あそこまで死に体になってたら流石に寸止めしてるさ。お前もギブアップしただろうしな」
笑いながら言葉を交わす健二と部員であった。
夜。自室でトレーニングをする健二。サンドバッグを叩く音等が隣の部屋などに漏れるが、今はルームメイトも出かけており、苦情を言われる心配も無い。
「ふぅ‥‥。さて、行くか‥‥」
時計を一瞥して呟く健二。そして、専用の戦闘服に着替え、家を出る。その顔は、正に戦に赴く武人である。
彼は、今を生きる退魔士でもある。この東京で人々が安心して眠れるのは、彼等が人知れず、人に害成す邪と戦っているからなのである。
了
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初めまして。九十九陽炎と申します。此度は発注してくださって誠にありがとうございます。
私の個人的な都合により、納品が遅れてしまい本当に申し訳ございません。
遅れてしまった身で言えることでは無いのですが、もしも作風が気に入っていただけましたら、またよろしくお願いいたします。
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