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『勇気の出る薬〜二人で〜』
立ち止まっていると、体が小刻みに震えてしまう。
今日はとても寒かった。
天気予報によると、この寒さは週末まで続くそうだ。
「どうぞ〜」
あまりにタイミングがよかったので、自然に受け取ってしまった。
一口サイズのお菓子のようだ。
配布しているのは、白衣を着た40歳くらいの男性である。
ただのお菓子ではなく、何かの健康食品だろうか。
注意書きに目を留める。
・これは、勇気の出る薬です。
・服用後6時間の間、あなたは普段より素直に自分を表現できるでしょう。
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「おじさん、私にもちょうだい〜☆」
小さな女の子が、白い服の男性に手を伸ばした。
「お嬢ちゃんにはちょっと早いかな」
「えーなんでーっ、それ勇気が出る魔法のお薬なんでしょ? 今度の発表会前に飲みたいの! ちょうだい〜」
「ん〜。これはね、心にかける魔法の薬なんだ。中身は苦いお菓子なんだよ」
「よくわかんない。苦いお菓子なの?」
「そう、中身はただの洋酒を使ったお菓子なんだ。魔法はこの包装紙に書かれいる言葉。思い込むことで勇気を出させてくれる、魔法の言
葉なんだよ。
いいかい、この話はバレンタインデーが終わるまで、お嬢ちゃんとおじさんの2人だけの秘密だよ?」
秘密という言葉に魅力を感じたのだろう。少女は目を輝かせて頷いた。
「うん、わかった。頑張ってね、おじさん! またお菓子買いに来るからねー!」
少女は手を大きく振りながら、帰っていく。
男性は洋菓子店のパティシエだ。少女とは顔なじみであった。
少女に手を振り返した後、男性は再び道行く人々に魔法の薬を配りだした。
******
学校帰り。
女友達と別れて、一人で歩いていたミリューフェア・アトランスは、白衣の男性からそのお菓子を受け取った。
今日は2月14日。
バレンタインデーという特別な日。
ミリューフェアも、今日のことをずっと考えてはいたけれど、どうしても勇気が足りなかった。
ずっと、言いたい言葉があった。
自分の口で伝えなければならない言葉があった。
大きく息を付いて、ミリューフェアは、お菓子を……食べた。
顔を上げれば、遠くに彼の姿があった。
同級生の女子達と楽しそうに笑い合っている。
軽い嫉妬を感じてしまう。
だけれど、分かっているから。
彼の気持ちは解っているから……。
微笑んで、ミリューフェアは一人、待ち合わせの場所に急いだ。
小さな公園で会おうと言ったのは、ミリューフェアの方だった。
多くの恋人達が集う広い公園ではなくて。
遊んでいた子供達が、母親に連れられて帰っていく時間だ。
待ち合わせの時間まで、まだ少しあった。
鞄の中から、袋を取り出して、中身を確認する。
ラッピングは崩れていないか、本体は大丈夫だろうか。少し心配になる。
手に持っていようかと思ったけれど、なんだか恥ずかしくなって、また鞄の中にしまう。
「おっ待たせ!」
突然背後から声をかけられ、ミリューフェアは飛び上がるほど驚いた。
「エ、エエエ、エディアスさん、早いですわ……」
「なんか待ちきれなくて……。ミリアこそ、早いじゃないか」
ひょいとベンチを飛び越えて、エディアスはミリューフェアの隣に腰掛ける。
取り巻く空気が、暖かくなったように感じられた。
ミリューフェアは、ぎゅっと鞄を掴む。
ポケットに手を入れて、あの包み紙を握ってみた。
この世界に下りてきて、どれだけの月日が流れただろうか。
魔族の彼と出会い、恋をして、二人で天界を抜け出してきた。
お互いの気持ちはわかっているけれど、まだ、自分からは伝えていない。
だから、今日……。
“わたくしに、どうか勇気を!”
「こ、この世界で今日は特別な日らしいですの」
ミリューフェアの声は、緊張で震えている。
知っている、とエディアスは答えた。
そのまま、二人は沈黙した。
ミリューフェアは高鳴る鼓動を抑えようと、大きく息をついて、思い切って鞄を開けた。
紙袋を取り出して、顔を少し上げて、エディアスを見る。
「女性から、……お、男の人に、チョコレートを差し上げる日ですの」
好きな男の人に、と言おうと思ったのに、好きという言葉が出せなかった。
視線を落として袋の中に手をいれ、可愛く飾られた箱を取り出す。
彼は、自分を見ているだろう。ミリューフェアはぐっとお腹に力を入れる。
痛みに耐えるかのように、歯を食いしばってチョコレートを差し出す。
「わ、たくしは……」
顔を上げて、エディアスを見た。彼の赤い瞳は、真剣だった。
陽気で活発で――。
女の子にとても人気のある、彼。
「わたくしは、エディアスさんが……」
真剣に、真直ぐ見つめ返して、ふと、表情を緩める。
ミリューフェアは、微笑んだ。
押し込められていた綿が、突如開放されて、膨らんでいくかのように。
積もった雪を、すくってふわりと投げた時にように。
穢れのない微笑みを、エディアスに。
「わたくしは、エディアスさんが好きです」
途端、ミリューフェアの視界が真っ暗になった。
体に、とても暖かな感触がある。
「ミリア……」
彼の声は、少し掠れていた。
「少し、心配だった。一緒に来てくれたから、思いは同じだと思っていたけれど……ミリアのホントの気持ちが捉えられなくて。だけど」
ようやく、ミリューフェアは気付く。
自分がエディアスの胸の中にいることに。
彼の胸に強く抱きしめられてしまって、何も見えない。
エディアスの左手は、ミリューフェアの左腕に回されている。
右手は、髪を。
ミリューフェアの長く美しい青色の髪に触れていた。
「だけど、今、ミリアの気持ちが聞けて、なんか……ああ」
言葉にならない感情が、エディアスの心を駆け巡る。
ミリューフェアを強く抱きしめて、彼女の耳に、唇を近づける。
「好きだ」
ミリューフェアの耳に、エディアスの言葉が落ちてきた。
「わたくしも、エディアスさんが好きですわ」
もう一度、今までいえなかった言葉を、ミリューフェアは口にした。
そして。
両手を広げて、エディアスの背に。
頬を彼の男らしい胸に当てて、目を閉じた。
エディアスはミリューフェアを強く抱きしめながら、彼女の髪を撫でていた。
愛おしむように、彼の頬がミリューフェアの頭で揺れ、唇が髪に触れる。
寒いはずなのに、凄く熱い。
心も、抱きしめあっている体も。
「エディアスさん、チョコレートが溶けてしまいますわ」
「それじゃ、このまま溶かしちまおうか。そうしたら、明日もミリアから貰える。チョコレートと……」
愛の言葉と。
互いへの想いと。
そして、幸せな甘い時間。
「エディアスさんてば……」
ミリューフェアは小さく笑った。
これからどうするか、考える必要はなかった。
こうしている今が、本当に幸せで。
二人で過ごしている今という時間が、永遠であることを願ってしまうほどに。
互いの温もりを体中で感じながら、語り合い、笑いあった。
二人。立ち上がった時には、本当にチョコレートは溶けていたかもしれない。
ミリューフェアの青い瞳と可愛らしい顔が、エディアスの心をくすぐって。
エディアスの、端正な顔立ちが、ミリューフェアの頬を赤く染めた。
同時に微笑んで。
手を繋いで、歩き出す。
「どこに行きますの?」
「んー、考えてあったんだけれど、やめにする。ありきたりのデートスポットなんてパスパス」
エディアスはミリューフェアの肩を抱き寄せて、囁いた。
「二人だけで、過ごせる場所に行こう」
ミリューフェアはエディアスの腕に手を絡ませて、こくりと頷いた。
エディアスに連れられて行き着いたのは、高層マンションの屋上であった。
屋上が庭園になっている近代的マンションである。今の時間、人の姿はない。
広い空の庭に、二人だけであった。
風が、強かった。
ミリューフェアの青い髪が舞い上がった。ミリューフェアが冷たい風に縮こまるより早く、エディアスが彼女を引き寄せた。
ミリューフェアは少しためらいながら、エディアスの腰に手を回して……二人、芝生に腰掛けた。
「月が、とても綺麗ですわ」
寄り添いながら、何時しか二人は空を見ていた。
淡く穏やかな光が、二人を照らしている。
エディアスはミリューフェアから受け取った箱を取り出し、包装紙を解く。
「ミリア、食べさせて」
悪戯っぽく言って口を開くと、ミリューフェアはくすりと笑って、トリュフを白い指で摘まんでエディアスの口に入れた。
「美味しい」
そのまま、エディアスはミリューフェアの手を掴んで、彼女の指についたパウダーを軽く舐めた。
「もうっ、エディアスさんってば……」
ミリューフェアは赤くなって手を引っ込め、エディアスを軽く睨んだ。
少し、話をした。
この世界に下りてきてからのことを。
興味深いことばかりで、楽しくて。
二人で過ごせる時間は嬉しくて。
でも、不安もあった……。
二人の目が合った。
途端、エディアスが、ジャケットの前を開いてミリューフェアの細い体を自分の中に取り込む。
「ミリア……」
それ以外、もう言葉が出なかった。
風に揺れる青い髪が美しくて。
不思議そうに自分を見つめる青い瞳がたまらなく可愛らしくて。
彼女の全てが愛おしくて――。
そっと、胸の中に抱きしめて。
目を閉じた。
彼の胸の中、ミリューフェアはチョコレートではなくて、自分自身が溶けてしまいそうだった。
身も心も溶けてしまいそうだった。
「わたくしは、エディアスさんが好きです……」
もう一度呟いた言葉は、彼に届いただろうか。
微笑んで、ぎゅっと彼の体を抱きしめた。
二人の鼓動が響きあう。
同じ、速度で――。
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★ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ★
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【6085 / ミリューフェア・アトランス / 女性 / 18歳 / プリンセス】
【6103 / エディアス・アルファード / 男性 / 18歳 / 魔界のプリンス】
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■ ライター通信 ■
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川岸満里亜です。
特別場所のご指定がありませんでしたので、今回は屋上を選ばせていただきました。^^
この世界でお二人がどのような愛を育んでいくのか、楽しみです。
発注ありがとうございました!
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