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すれ違いはラブラブの素
「おはようございます」
ミリューフェア・アトランスは、あくびをかみ殺しながら起きてきた婚約者、エディアス・アルファードにとびきりの笑顔を向けた。
「おはよう」
目尻の涙をふきながら、良い色に焼き上がっているウィンナーを口に放り込む。
「あ」
ミリューフェアがたしなめるような顔をするが、エディアスはその耳に軽く唇を寄せる。
「今日もおいしい」
囁くように言われ、ミリューフェアは困ったような顔で、それでもどこか嬉しそうに食卓にお皿を並べる。
「……なにこれ?」
「あ、それは今朝郵便受けの中に入っていたんですわ」
テーブルの上に置いてあった白い封筒。表書きには『ミリューフェア様』とだけ書いてあり、差出人の名前はない。
エディアスは苦虫を噛みつぶしたような顔をしつつ、手紙の封を切る。
ミリューフェア、エディアスともに身分は学生。見目のよい二人はもてる方で。ミリューフェアに近づこうとする学校の男子はエディアスが牽制しているものの、他のところまでは及ばない。
そしてエディアスの経験からすると、これは俗にいう『ラブレター』というものに他ならなかった。
「どうしたんですの?」
険しい顔のエディアスを見て、ミリューフェアは小首をかしげる。
そして無造作に手紙をゴミ箱に突っ込んだエディアスに、ミリューフェアは驚いて手紙を拾い上げた。
「何で拾うんだよ」
「これは…わたくし宛のお手紙ですわ。…どうして捨ててしまうんですの…」
寂しそうに瞳を伏せる。
憮然とした顔のエディアス。乱暴にトーストを口に入れ、手紙をにらむようにみる。
「……」
ミリューフェアには何故エディアスが怒っているのかわからない。それは手紙を読んでもわからなかった。
内容は『いつも通学途中で見かけるあなたを好きになってしまいました。もしよかったら×○日15時□▲公園で待っています』というようなものだった。
「……いくのか?」
「ええ」
「……ふーん」
怒ったような顔のまま出て行ったエディアスに、ミリューフェアは声をかけることが出来ず、そして何故怒っているのかわからないままだった。
ミリューフェアにすれば、貰った手紙の内容に対する返事をしにいくだけなのだが、エディアスはなにを思ったのだろうか。
その答えをききたくとも、エディアスはミリューフェアと顔をあわせようとはしなかった。
「エディアスさ……」
学校の廊下ですれ違う時、声をかけようとしたミリューフェアの口がとまる。
確かにミリューフェアに気がついたはずのエディアスが、ついとミリューフェアを避けるようにいってしまったからだ。
「どうしたの? 珍しい、喧嘩でもしたの?」
同級生に問われて、ミリューフェアは返答のしようがなかった。
喧嘩をした覚えはない。
いつまでも動かないミリューフェアに、同級生はぽりぽりと頬をかいた。
何も語らないエディアスの背中。
ミリューフェアは声をかける事もできずに、ただその後ろ姿を見ているだけ。
どうしてエディアスが怒っているのかわからない。
ただ悲しみだけがミリューフェアの心の中を覆っていた。
そして息のつまるような毎日が続き、手紙の約束の日を迎えた。
「行くの?」
玄関でブーツを履いていたミリューフェアの背中に、エディアスが問いかける。
「…はい」
「……そっか」
それだけいうと、エディアスは再び部屋の中に戻ってしまった。
いつものエディアスなら、言いたいことがあるならきちんといってくれるはずなのに、どうして今回に限ってなにもいってくれないのだろう。
ミリューフェアは泣きそうな顔になりながら家を後にした。
約束の時間10分前にたどり着くと、すでにそこには一人の男の子が立っていた。
そしてミリューフェアを見ると直立不動になり、気をつけの格好のままミリューフェアの方へと歩いてくる。
「ミ、ミミミミ……ミリューフェアさんですよね」
「…はい」
「て、てててて手紙読んでいただけましたか?」
「…はい」
「そ、それでですねっ。ぼ、ぼぼぼぼぼぼぼ…ボクとお付き合いをしていただけないかと!!」
「…お付き合い、ですか?」
「こ、ここここここ恋人になって貰いたい! です…」
「…あ、あの……わたくし、婚約者がいるんですけれど……」
「ええ!?」
「そういう事だから、諦めて」
「えええええええええ!?」
突然割って入った声に男の子は驚いて飛び退く。
見ればミリューフェアを後ろから抱きしめるように立っているエディアスの姿が。
「エ、エディアスさん!」
「ミリアってば、断りに来たんだ」
「え、あの、その……」
困ったような顔のミリューフェアに、エディアスは上機嫌な笑みを浮かべる。
「いいんだ。ミリアがはっきり言ってくれたから」
「ミリアは俺のだから、誰にも譲れない。俺の全てをなくしても、ミリアだけはなくせないから」
「エディアスさん……」
本来なら恋に落ちることが許されない間柄。
もし見つかれば引き裂かれてしまうかも知れない。勿論命の限り抵抗はするつもりだが、いつどうなるのかわからない。
エディアスはミリューフェアが人間を大好きなのを知っている。故に自分ではなく人間の男を選んだのか、と誤解していたのだ。
いくな、と言ってしまえば楽になるかもしれない。
しかしそれではミリューフェアの心を縛ることになる。
ここ数日その葛藤でエディアスはミリューフェアの顔をまともに見ることができなかった。
だがミリューフェアは自分には婚約者がいる、とはっきり言ってくれた。それだけで、その言葉だけで、エディアスの心の靄は綺麗に晴れてしまっていた。
「エ、エディアスさん…苦しいです…」
「ああ、ごめん」
うれしさのあまり、ぎゅっと後ろから抱きしめていた。
「あ、いえ……嬉しいんですけど……あ、でも人前ですし……」
小声でもごもごとミリューフェアは呟く。
「俺は気にしないんだけどな。誰が見てても全然平気」
今度は正面を向いてミリューフェアの事を抱きしめる。
「……」
すでに二人だけの空間を作り上げてしまったのをみて、手紙の主は肩をがっくりを落として去っていった。
勿論そんなこと手紙があったことすら忘れてしまっているかのような二人は、仲良く夕飯の献立の話をしつつ公園を後にした。
真っ赤な夕日が二人を照らし、長い影を地面に落とした。
その影がゆっくり近づき、手を握る。
一瞬影の動きがとまり、再び歩き出した。
ゆっくりと、寄り添うように……。
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