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犬も喰わぬは…… 〜お手の行方〜
「これこれ、これが食べたかったのよー」
浅海紅珠はおもむろにカバンから先程コンビニで買った新作の菓子パンを取り出した。この頃癖になっているこの下校途中の買い食い……本当はいけないことだとわかっているものの、ただ今育ち盛りの紅珠にとっては止められないものだ。
「それにしてもこの新作……残るのかなぁ」
季節が変わると同時に出てくる新作の菓子パンは、人気がなければすぐ店頭から消えてしまう……例え自分が気に入っていても、他の客から人気がないと……そんな流通の矛盾の頭を傾げてしまう。まだ紅珠は小学生……世の中の仕組みを理解しろというのは難しいだろう。
紅珠が通っている学校から自宅へと向かう途中に小さいながらも静けさを保つ神社がある。ささやかながらも木々に囲まれた空間があり、落ち着く場所だ。そして、何よりかっこうの隠しスポットでもあった。住宅街よりはずれに位置するここは、人通りが少なく、何より学校関係者は立ち入ろうとしない。一時期は変質者がいるので注意とまで言われたほどだ。いつもここを抜け道に使っている紅珠にとってはそんなこと噂に過ぎないことを知っていた。まして、これほど一目につかづ、堂々と買ったパンを食べれる場所などほかに知らない。
「いい穴場なんだよねー」
そして何より、紅珠のお気に入り……
それは……
「さぁて、パン食べたら喉が渇くのよね」
紅珠は奥へと向かう道を進んでいた。道端には小さな看板……
――― 本殿にて休憩所開いてます ―――
紅珠の目的……それは無料で利用できる休憩所にあるようだった。
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「な、なにこれ……」
本殿の方へと向かった紅珠を待ち受けていたもの……それは……
「か、怪獣大決戦…?」
いつも静かなはずの本殿では、映画さながらの光景が繰り広げられていた。
宙を舞う木々……鳴り響く雷……あたりを切り裂く風……
何故だろう、鳥居を一本くぐる前はこうでなかったはずなのに……そう、鳥居をくぐる前はいつもの整然とした光景だった。それが替わったのは、本殿へと続く道にある最後の鳥居をくぐったときだった。
紅珠が想像していたのは、すらっとした物腰の柔らかいお兄さんが、にこっと微笑みながら話を聞いてくれて……そして、お茶を飲みながら買ってきた菓子パンを食べること。
そのいつものお兄さんの姿を思い描いていた。
しかし目の前に広がっているものは……
「う、うそでしょ?何でこんなのが起こってるのぉ!!」
いつもお兄さんのそばで寝ているばかりの……
「だ、だってあれって……犬でしょ?何で犬がこんなことできるのよぉ!!」
自分だって本来なら……そんなことは棚に上げて目の前に繰り広げられている2匹の犬が、巧みに術を使っている光景……その様子を信じがたいとばかりに凝視してしまった。
「あ……」
声のするほうを向くと、いつものお兄さんこと神主の犬塚優が、やややつれた様子で鳥居によしかかっていた。
「えー!!大丈夫ですかぁ!!」
慌てて駆けつける。
「あ、いや僕は大丈夫だよ……それより君……見えるの?」
「へ?」
「あの光景……見えてるの?」
「あの光景……って、怪獣大決戦のことですかぁ?」
「……怪獣大決戦……まぁそうともいえるのか……」
「見えるって言えば見えてるけど……それが?」
「わ、悪いんだけれども……あの子達を……」
「あの子達って……お兄さんの犬ですよねぇ……なんであんなに……」
「……やっぱ駄目だよね……こんな小さな子に頼もうだなんて……」
紅珠の目に光が宿る。
「……ほう、俺がガキだと……ま、確かにガキっていやぁガキだけどさ……」
声は小さく、どちらかというと独り言のように聞こえる。そんな紅珠の様子を覗き込もうと優が身をかがめたとき、いきなり顔が上がった。
「やる前から決め付けるな!!俺ができることならやってやろうじゃないか!!」
「そ、そうだね……」
「何をやっれてんだよ。何をやって欲しいんだ?」
「う、うん……あのね……」
すっかり態度の変わった紅珠に圧倒されて、優は恐る恐る頼みごとを口にした。
それは確かに紅珠のような小学生……に頼むことではないのかもしれない。しかし彼女のように今目の前に起きている光景を見ることが出来るもの……そのような特殊のものにしか頼むことができないことである。そのことが、優の口を開かせることになった。
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「うーん、勢いで引き受けたはいいものの……どうしよっかなぁ……」
紅珠が引き受けた内容は、実に単純なものであった。
目の前で繰り広げられている光景を止めてほしいと……
そう、犬たちを押さえてほしいということである。普通の犬であったならば……確かに簡単にこなせるだろう、だが……
「怪獣大決戦だもんなぁ。さすがに力では……無理だよなぁ」
そう屈み込んであれこれ悩んでいる最中も目の前には雷が走っていた。
なにやら大きな木々も、飛んでいるような……
「んー、とりあえずは犬だし……何とかなるかな」
紅珠はそういうとカバンの中をあさりだした。
「よしっと。とりあえずはこの作戦でいってみますか」
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「ほれほれ、こっちおいでー」
紅珠は恐る恐る犬たちのそばにやってきた……そして、手の中には先程食べかけていた菓子パンをチラつかせている。
「ほーら、これあげるからさ。こっち見てー」
あたりはいまだ雷鳴に切り裂くような強さを持った風が取り巻いている。少々体に刺すような痛みを感じながらも、紅珠は少しづつ犬たちに近づこうと試みていた。
「おいしいよー。これあげるからこっち見てよー」
犬たちは一向に紅珠のほうを向こうともしなかった……
「駄目だこりゃ……」
早々にこの作戦は諦めざるえなかった。紅珠は少々渋い顔をしながらも仕方なさそうにため息をついた。
「できればこれは使いたくなかったんだけどなぁ」
そういうと、ゆっくりと深呼吸をし、息を整える。
軽く喉をさすり、小さく発声を始めた。
「どれぐらいがちょうどいいかなぁ……」
体を揺すって、軽くほぐした後、足を肩幅へと広げた。
「さぁて、覚悟してよね。俺のパンを無視したからこういう目に逢うんだから……」
そういうと思いっきり息を吸った。
次の瞬間響きわったったのは人の耳には聞こえない音だった。
超音波の部類に入るのだろうかそれは、確実に犬たちの行動を急停止させていた。
大きく開けた口から発せられる人ならぬ声……
それは人魚の特技、セイレーンの囁きをも想像とさせる兵器であった。
その声は、犬をも震え上がらせ……
そして嵐はやんだ。
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「おすわり!!」
あたりに響き渡った紅珠の声により繰り広げられていた怪獣大決戦さながらの模様は決着を付けていた。あの声によって犬たちは身を震わせ、呆然と従うだけであった。
動物界の掟……強いものには逆らうな。
まさしくそれが適用されたのであった。
「やぁ、紅珠ちゃんに頼んで正解だったよ。ありがとう」
お盆に冷たいジュースを運んできた優は、先程とは違って爽やかな表情を見せていた。そして、持ってきたジュースを紅珠へと渡す。
「ううん。俺もできるとは思ってなかったんだけどさ。でも、所詮こいつらも犬でしょ?」
「あはは、確かに犬ではあるねぇ」
そう指を指されたのは先程の原因たち。後から聞いた話だと、どうもこの犬たちは狛犬の化身であって普通の犬ではないらしい。
「ま、俺にかかれば普通の犬だけどな」
そういって紅珠が彼らを見ると、身を震わせ、慌てて姿勢を正していた。
「そうだ紅珠ちゃん、これ食べるかい?」
そういって目の前に出されたのは冷たいわらび餅であった。
「食べる食べるー!!わーい、さっきの菓子パンよりおいしそう!」
ふと寄り道をした先……
穴場穴場と思っていたスポットがいつも以上に穴場であると感じていた。
喉越しのよさに舌鼓を打つ紅珠は明日は何が出るだろうと……あらぬ期待に胸を膨らませていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
4958 / 浅海・紅珠 (あさなみ・こうじゅ)/ 女 / 12歳 / 小学生/海の魔女見習
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■ ライター通信 ■
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はじめまして。この度は「犬をも喰わぬ」に参加、ありがとうございました。
そして、申し訳なかったですぅ!!納品がこんなに遅れることになりましたこと、心からお詫び申し上げます。自分の遅筆に頭を悩ませるしだいです。
せっかく依頼していただいたのにもかかわらず、お手元に届くのが遅くなりましたこと、本当にごめんなさい。
さて、果たしてプレイをきちんと反映することができたのか、また気に入ってもらえる作品にできたのかわかりませんが、気に入ってもらえることを祈りつつ……
今回「おすわり」させることができるかと思いとのことでしたが、わたしの力量では、「おすわり」以上の効果が出てしまいました……なんかむしろ震え上がっております。
そんなヘタレの狛犬たちをめでていただければ幸いかと思い、ここで挨拶の終わりとさせていただきます。
……こんな遅筆者ですが、これからもお付き合いしていただければ嬉しいかと……
本日はどうもありがとうございました!!
written by 雨龍 一
2006.3.3
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