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店内大掃…除?
◆嵐の幕開け
「……鷹崎さん…。どうしてどうして片付けても片付けてもすぐ散らかしちゃうんですかっ!」
黒い髪をお下げにした少女が角を立てる。
その目の前で、対して堪えたそぶりもなく、鷹崎と呼ばれた暗緑色の着物の男は笑って見せた。
「そうは言ってもねえ…。どんどんモノが増えるから仕方ないじゃないか」
「開き直らないでくださいようっ!?」
「まあまあ。少し落ち着きたまえよ文音君。…小さなお客人が怯えるだろう?」
少女…文音は不思議そうに首を傾げた。……小さなお客様?
「あぅ〜」
そんな文音のすぐ足下。不意に声が聞こえて、彼女は下を向いた。
「あ〜ぅう〜」
「え」
栗色の、柔らかそうな髪に、黒いこぼれそうな瞳。
丸みを帯びた頬はとても可愛らしい。
『彼』は猫の耳を模したフードつきの薄い水色の服を着ていた。
まあるい瞳でじっと文音を見上げる。
「ええええぇええええぇぇえぇっ!?」
「こらこら、小さな子供の前でそんな大声を出すんじゃないよ。さっきからずっと君の傍にいるから、てっきり君が連れてきたもんだとばかり思っていたんだがね」
「あー…?」
『彼』は再び声を上げた。
声だけ聞くなら、鴉や猫の声に近いかもしれない。
………だが、もっとも的確に表現するならば、まさしく赤ん坊の声だ。
「あ、ああ、あ?!え、う、あ…?!な、何で赤ちゃんがこんな所にっ」
「………君が慌ててどうするね、文音君。……さて、どこから来たのかな」
鷹崎は苦笑して、文音の足下で不思議そうにしている赤ん坊に手招きをしてみた。
赤ん坊は嬉しそうな顔をして、鷹崎の元に寄っていく。
店の中の一角、畳の上に正座した彼の膝に小さな小さな両手のひらをたし、と乗せる。
「…おや、あんまり人見知りしないのだね。良い子だ」
「鷹崎さんって、子供好きなんですねえ…」
「こんな愛くるしい生き物、嫌う人間の気がしれないさ」
赤ん坊を抱き上げて、鷹崎が笑う。
赤ん坊はきらきらと笑って、そして鷹崎に向かってこう言ってのけた。
「ぱぁぱ〜〜」
空気が軽く凍り付いた。
「……鷹崎さん…」
「こらこらこらっ、待ちたまえ文音君!」
とりあえず何か言ってあげないと、と声を絞り出した文音に鷹崎がはたはたと手を振る。
「きあね、みあいから来たのー」
…見合い?……未来?
「……えーと、名前を聞いても構わないかな?言える?」
「やーなし、きらー」
存外はっきりとした口調で名乗ってくるのに、鷹崎は頷いた。
ベビー服には確かに赤ん坊が名乗ったとおり、『月見里・煌』の文字が見える。
「ほら、名字からして違うじゃないか!」
「…鷹崎さん、何か必死ですねえ」
「ほっといてくれないか」
煌は、そんな二人の様子に構うことなく、きゃらきゃらと楽しそうに笑っていた…。
◆嵐渦巻く
「あ、ああああ。そっちは駄目ですよ、危ないです〜」
そこから先は軽く戦場だった。
自分以外の二人にも慣れてきた煌は、骨董品店におかれたがらくた達に目を付けたのだ。
見慣れないモノが沢山ある店内は、まさに煌にとっては宝の山だった。
そして……。
がしゃーんっ。
瀬戸物が割れる音がして、はらはらと見ていた文音がすっ飛んでいく。
割れた壺の破片に突っ込もうとする煌をすんでの所で抱き上げた。
急に行きたい方から遠ざけられてむずがって泣き出す煌を、彼女が必死であやしている隙に鷹崎が迅速に破片を片付けていく。濡れたぞうきんで辺りを拭いて、細かい破片も取り除く勢いだ。
普段掃除をする時には見せないスピードと手際の良さである。
「わーーーーーんっ!」
破片が片づいた所で、泣き出して暴れる煌を文音が再び床に下ろす。うっかり落としてしまいそうで怖かったのだ。
途端、笑顔になって先程破片が散った辺りへと這い寄って、煌は不思議そうに辺りの床をぺたぺた、ぺたぺたと触りだした。
さっきまで有った破片が無くなっているのが何故だか分からない様子だ。
煌の笑顔が、再び曇りだして……。
「……う、わぁああ…」
「き、煌君煌君、これではどうかな?」
再び泣き出しかけた彼に、鷹崎がすかさず声をかけた。その手には、大きな熊のぬいぐるみ。
歓声を上げてそれに抱きつき、とりあえず破片の事を脳裏から消した煌に骨董屋の二人は深く溜息をつく。
「……でも鷹崎さん、熊のぬいぐるみなんてどこから出したんですか」
「…アレも一応、アンティーク物だから結構値が張るんだけどね。…背に腹は代えられない、ということかな…」
「ああ…そですね…」
一息ついた途端、またもや大きな音が聞こえた。
嫌な予感しかしないのは何故だろう。
目をやった鷹崎は苦笑を浮かべた。
先程まで煌の腕の中にいたはずの熊のぬいぐるみは何故だか無惨にも棚に刺さり。
棚の中に詰まっていた物達は哀れ、振動やらで軒並み床に散らばっていた。
その中の一つ、何やら金属の缶を手にとってきゃっきゃ、と無邪気に喜んでいる煌の笑顔が眩しい。
文音はあわてふためき、その横で対称的に鷹崎はどんどん落ち着いていった。
…ま、別に良いか。
壊されすぎて、逆にそんな気になっていたのかもしれない。
そんな彼の頭のすぐ側を、金属の缶が弧を描いて飛んで、壁に当たって飾られていた額が落ちる音がした。
◆嵐は沈黙した
「…急に静かになりましたね」
「静かになったねえ…」
先程まで、がしゃん、ごとんと破壊音が響いていたのだが。
エネルギーがきれたのか、小さな破壊神は、疲れ切った彼らの目の前で、静かに寝息を立てていた。
かりかりと頭を掻いて、鷹崎は壊れた棚板の上に積もったがらくたの山で眠る煌をそっと抱き上げる。
簡単に手足を調べて、彼がどこにも怪我をしていない事を確かめると再び畳のスペースに座り、文音に静かな笑顔を向けた。
「さて、何だか見通しが良くなった事だし、店じまいでもしようかな、文音君」
「……ですね、一週間も有れば、片づくかもしれませんしね…」
鷹崎はそうだねえ、と笑って、自分がいつも座っている座椅子の上に座布団を重ねた。
そこにそっと煌を寝かせて、文音と店を閉める準備を始める。
表を軽く箒で掃いて、扉に「準備中」の札を下げ、それから鍵をしめて店内に戻ったところで…。
「…おや?」
座椅子の上ですやすやと寝息を立てていた煌の姿が消えていた。
「…え、あれれれっ?」
文音が慌てて店内を探し出した。
もしかしたら、瓦礫やゴミなんかに埋まってしまっているのかもしれない。
ひとしきり探して、それでも影も形も見えない赤ん坊に、鷹崎は苦笑した。
「…未来から、ね。あながち、本当だったんですかねえ…」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【4528/月見里・煌/男性/1歳/赤ん坊】
【NPC/鷹崎律岐/男性/24歳/骨董屋店主】
【NPC/藤本文音/女性/17歳/高校生】
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■ ライター通信 ■
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月見里・煌様
はじめまして。新米ライターの日生 寒河です。
この度は骨董屋にご来訪頂き、誠にありがとうございました。
まさかこんなに若い(笑)方にお越し頂けるとは思っていませんでした。
少しでも気に入って頂けると有り難いです。
口調等、不備が無いと良いのですが…。
ともあれ、またのご来店、住人一同楽しみにお待ちしておりますね。
日生 寒河
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