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<東京怪談・PCゲームノベル>


『バレンタインチョコ作り〜呉家にて〜』

 明日は久しぶりのオフだ。
 アリス・ルシファールは帰路を急ぐ。
 学園が休みの日であっても、時空管理維持局特殊執務官である彼女にとっては、日々が勉強及び勤務なのである。
 その日も、一枚の紙が彼女の久しぶりのオフを埋めた。
「ビラです」
 さっと前に出された紙を思わず受け取る。
 配っているのはアリスと同じ金色の髪をした少女だ。自分より少し年上だろうか。
 それにしても、確かにこれはビラだが、ビラをビラですと手渡すものだろうか、普通……。
 訝しげにそのチラシに目を通してみる。
『チョコ作りお手伝い募集』
 そのチラシにはそう書かれていた。
「そっか、もうすぐ『バレンタイン』よね」
 学園の女子達の話題も、最近はその話ばかりだ。
 アリスも知識としては知っていたが、この地でその『バレンタイン』を迎えるのは初めてだった。
 この地区を知るためにはこの地区の慣わしを体験してみることも大事だと、アリスはチラシを握り締めたのだった。

 翌日の昼過ぎ、アリスはチラシの住所と地図を頼りに、呉家を尋ねた。
 いつものように、サーヴァントの『アンジェラ』を連れている。アンジェラのことは無口な姉だと説明をし、共に呉家の敷居を跨ぐのだった。
「えっ? ではあの子は本当にゴーレムなのですか」
「ええ、お姉ちゃんが作ったの」
 ビラ配りをしていた少女……名前は水菜というらしい。彼女は人の手で作られたゴーレムだというのだ。もしやと思ってはいたのだが、それが本当となると、バレンタインよりむしろこちらの方に興味を持ってしまう。
 呉・苑香という、依頼主呉・水香の妹の案内で、厨房へ通される。
 甘い香りが漂っている。今日は朝からチョコレート作りの準備をしているらしい。
 あのビラ配りの水菜も、そこにいた。
 アリスを見ると、両手を前で合わせてお辞儀をする。
「いらっしゃいませ」
 ガラッシャーン!
 途端、持っていたボールとヘラが床に落ちる。
「こらこら、水菜。ご挨拶は最優先だけれど、持っていたものを離しちゃだめでしょ。きちんと置いてから、手をそろえて「いらっしゃいませ」よ。わかる?」
「わかりました」
 水菜は落としたボールとヘラを拾い上げる。
「床に落としたものは、水で一旦洗うのよ」
「わかりました」
 苑香の指示に忠実に従う水菜。
 なるほど、ゴーレムというのは本当らしい。
 人間としての常識を知らなすぎる。
「ええっと、アリスさんだったよね。チョコレート作りは一通り知ってるかな? 基本的には溶かして固まらせて飾るだけでいいんだけど」
「はい。知っています」
「それじゃ、任せていいかな? 単純作業には水菜使っていいから、とにかく“いかにも手作り”ってチョコを大量に作ってほしいの」
「わかりました」
 アリスは苑香に器具や食器類のありか等の説明を受けると、早速作業に取りかかることにする。
 苑香は肩をまわすと、近くのテーブルで宛名書きを始める。こちらも、手書きに拘っているのだろう。宛名シールが山のように積み上がっている。
「さて、こちらも始めましょう!」
「はい」
 アリスの掛け声に、水菜が返事をした。
 まずは、市販の板チョコを溶かすことから始めることにする。先ほどまで水菜が市販のチョコを刻んでいたらしく、チョコレートは程よい大きさになっている

 チョコを溶かして……とそのまま頼んでも水菜は理解できないだろう。コンロを使って溶かしてといえば、そのまま火で焙りそうだ。
「チョコは、こうして湯銭で溶かすんです」
 アリスは丁寧に水菜にチョコ作りを教えていく。どうやら、水菜には単純作業しか教えていないようだ。アリスの説明に素直に頷きながら言われたことを実行していく水菜。
「きれいにとかさないとムラになり台無しになってしまうんですよ」
 アリスは溶けたチョコレートをよくかき混ぜてみせる。水菜は人間の10倍の力を持っているということで、大きめのボールに大きめのヘラを使用している。
 型への流し入れ方や、トッピングなども一通り教えれば、水菜はその通りこなすのだった。言われた通り忠実にこなす様はとても手際が良く、アリスは甚く感心するのだった。
 ただ、出来上がった品はアリスの作ったチョコの方が数倍綺麗だ。
「機械ロボットとは違うということですね」
 言われた通りにやりはするけれど、手が震えて型からこぼしてしまったり、型を抜くタイミングを間違えたり、苦戦をしている様子は、普通の女の子のようで可愛らしかった。同じ年頃の友人のような感覚を受ける。
「んー。包装紙も袋も沢山用意してあるのですね。水菜さんはどれがいいと思います?」
 つい、友人感覚で訊ねてしまう。
「包装紙って何ですか? 袋は半透明の袋が指定袋です」
「東京都の指定ゴミ袋ね、それ」
 水菜のおかしな返答につい笑みがこぼれる。
「包装紙は、品物を包む紙のことです。この大きな紙が包装紙なんです。ほら、いろいろ種類があるでしょ?」
 操るのではなく、教える。
 それはアリスにとってとても新鮮だった。
「水菜さんは、この中でどの包装紙が一番いいと思います?」
 そう聞くと、水菜は困ったような顔を見せた。
 包装紙を代わる代わる見つめ、迷うような表情。
 自分で考えることのできる能力。
 殆ど人間なのですね、このゴーレムは……。
 微笑みながら、アリスは一枚の包装紙を選ぶ。
「数がありますし、特別な人にというわけではないようですから、このシンプルな包装紙にしましょう」
「はい」
 頷く水菜にラッピングを教えていく。
 ラッピングはチョコレート作りよりも教えるのが難しかった。どうにも上手く折れないらしく、何枚も包装紙を無駄にしてしまった。
 しかし、数十枚折った頃にはコツをつかみ、その単純作業を楽しそうに水菜は黙々と続けるのであった。
 リボンを合わせてみて、一番似合う色のリボンを選び、一つ一つに結んでゆく。
「メッセージカードは、これがいいかしら」
 メッセージ……は苑香の仕事を増やしてしまいそうなので、アリスが手がけられる程度のほんの一言だけ言葉を添えることにした。水菜はまだ上手く字が書けないらしい。
「うわっ、もうこんな時間!」
 声と共に、宛名書きを続けていた苑香が突然立ち上がった。
 甘い香りに包まれていたため空腹を忘れていたが、そういえば既に外は真っ暗だ。
「アリスさん、そろそろ帰らないとお母さん心配するわよね」
 苑香が中学生のアリスを心配するのは当然だろう。
「あともう少しですから、姉もいますし」
 アリスは水菜から最後のチョコレートを受け取って、リボンを結んだ。
 全て終了すると、アンジェラと水菜を交互に見て微笑んた。
「全部で150個、完成です!」
「完成です!」
 アリスの言葉に続いた水菜も、微笑みの表情を表していた。

 帰宅時、アリスはお礼として数個のチョコレートを受け取った。板チョコが結構高価なものだったこともあり、これだけでも5000円くらいの価値はあるだろう。ほとんど自分で作ったものだが、働いた分現物で支払われたようなものだ。
「それではまたお会いしましょう、水菜さん」
「はい、アリスさん。ありがとうございました。またです」
 水菜に手を差し出すと、どういう意味だか解らないといったように、水菜は不思議そうな顔をした。
「握手です。友情の証……かな」
 水菜の手をとって、軽く握手をすると、水菜がきゅっと握り返してきた。
「アリスさん、と……ええと、アリスさんのお姉さん、本当にありがとー。助かったわ。あとでお姉ちゃんにもお礼させるから!」
「いえ、いいんです。チョコレートいただきましたから」
 苑香の申し出を辞退して、アリスは帰路に着くことにする。
 貰ったチョコレートは、日ごろの感謝を込めて待機中の同僚に配るつもりだ。
 冷たい風が、ほのかに甘かった。何故か心が弾んだ。
 恋人にあげるわけではないのに……これが、バレンタインというものなのでしょうか。
 アリスはくすりと笑うのだった。

 一月と数日後――。
 アリスの元に宅急便が届く。
 ダンボールの中には呉家がホワイトデーにもらったと思われる、数々のお菓子が詰められていた。
 同封されていた苑香からの手紙には、チョコレート作りの感謝と、今年のチョコレートは大層評判がよかったらしく、お返しも豪華だったと書かれている。
 そして、もう1通。
 あの日、アリスが選んだメッセージカードが入っていた。
 カードには、子供のような拙い字で
「メッセージカードです」
 と書かれていた。
 1月前、水菜からビラを貰った時のことを思い出し、アリスは明るい笑い声を発したのだった。 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6047/アリス・ルシファール/女性/13歳/時空管理維持局特殊執務官/魔操の奏者】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、川岸満里亜です。
チョコ作りにご参加いただき、ありがとうございます。
水菜はサーヴァントではありませんが、アリスさんに惹かれるものがあるようです。魔操の奏者としての魅力でしょうね。
発注ありがとうございました!