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螺旋の刻
事件から数日後。
今も周囲はゴタゴタしていたが、交渉事に関してはあまりやることがない。
もっとも、ここ最近は東京のどこかで起きている事件に手を貸したりしている頻度が上がったのだから。
忙しいと言えば忙しいのだろう。
この日もIO2の件で古い病院の様子を見て来た所だ。
「たっだいまー、腹減った!」
靴を脱いで居間へと駆け込んだが啓斗の姿はない。
「兄貴?」
どこに行ったのだろうと啓斗の姿を探しかけ、テーブルの上に残されたメモを見て成る程と納得させられた。
「あそこか……」
ここ数日なにやら考え事をしていたようだから、そろそろだろうとは半ば予想していたことである。
「………」
軽く頭をかきつつ、玄関へと向かう。
本当ならまっすぐ向かいたい所だが、この機会にしておきたいことがある。
バイクにまたがり、北斗はIO2本部へと向けて走り出した。
どこかへ出かけていたらしく少しの間待たされはしたが、報告する事があったからすんなりと狩人に会うことが出来た。
電話でも済むようなことだが、これからする話は直接会って話したい。
「待たせたな」
「平気」
待っている間はお茶とケーキが出たのだから、運が良かったとは言わないでおく。
もちろん啓斗には黙っておこうと思ったのも心の中だけの話だ。
それは置いておいて。
「まず病院の方だけどただの噂で何も変なとこはなかったぜ、場所が場所だけに少しはいたけど」
使い捨てカメラを渡し、ここからが本題だ。
「色々手伝ったんだし、こっちの願い事を聞いてもらっても良いよな狩人サン?」
砕けた口調に、ニッと笑みが返される。
「内容は?」
「俺等のかーちゃんの親戚筋探して欲しいんだ」
個人で探すよりも、多くの範囲や特殊な人脈も使って探せるだろう。
「人捜しか」
「そう、親父が忍びだったってのはちょぴっとお偉いさんのあんたなら知ってるだろうし、必要そうな物は後で渡す」
「解った、調査が終わったら連絡しよう」
容易く要望が通ったことにホッとしつつ、それならもう一つ目もと続けて話をしてみる。
こういう事には、勢いが必要なのだ。
「それとIO2に組み込むって言うのは依存はねぇけど、非常勤ぐらいにしてくんねぇ」 初めに仕事として選んだのは兄である啓斗の行動だが、事件に関わる頻度が多くてはそれだけ危険も上がる。
勝手にと言って怒るかも知れないが、それでも構わなかった。
「そう言われたら……まあ、仕方ないな」
「俺も兄貴もまだうら若き高校生だもんよ?」
「解った、覚えておこう」
これはすんなりとは言い難かったが、一応通ったと言うことでいいのだろう。
「とりあえずはこの二件な」
また何か依頼される日もそう遠くない話だろうが、暫くはゆっくり出来そうだ……と思いたい。
「んじゃ」
「じゃあな」
手を振り、狩人の家を後にした。
そして今度こそ目的地。
「おじゃましまーす」
荷物は玄関に置いておき、夜倉木家へとあげてもらう。
「いらっしゃい、啓斗君今来たばかりよ。呼んでくる?」
「いや、今はまだ」
玄関の外を指すと、直ぐに何かを察したようだ。
「あら、ずいぶんと大荷物ね」
「見舞をと思って、植えてきても?」
「有悟の部屋から見える庭は向こうよ、頑張ってね」
持ってきたのが植木である事も、種類も突っ込まれなかったのは流石だと言いたい。
そもそも事情を話して許可をもらうよりも先に、応援されるとは思わなかった。
「止めないんだ?」
「折角でしょう、油断してた有悟の方が悪いのよ。だからどうぞからかってやってくださいな」
止められてもここまで用意した計画が頓挫してしまう所だったのだから、好意として受け取っておく。
「じゃ、ありがたく」
大きな荷物を持って、北斗は庭へと向かった。
一仕事を終え、中から部屋へと向かう。
部屋の前で足を止めたは、中から微かに話し声が聞こえてきたからだ。
「………」
手を止めたのはほんの僅かな間だけ。
勢いよく襖を開き、ニッと笑う。
「よお、俺も見舞に来たぜ」
「………」
露骨に嫌そうな顔をする夜倉木。
「今までどうしてたんだ北斗?」
そっと腕を抜き取る啓斗。
「ちょっとな。ああ、ついでに俺も構わないよな」
「そうですね、ついでにどうぞ」
やたら『ついで』と言う部分を強調されていたのは、気のせいでも何でもない。
むしろ舌打ちしなかったのが意外な程にあからさまな行動だった。
険悪になりかけた雰囲気は感じ取ったのか、啓斗がため息を付く。
「大丈夫ですよ、啓斗。心配してるようなことは何もありませんから」
「だといいが……」
「………」
何かを言い返そうとしたが、さすがに今は怒られるだけだ。
「北斗も、ここは人の家なんだからな」
「解ってるって」
既に庭へ色々細工してしまったが、幸いにして許可は取ってある。
「って、そのケーキ!」
「おいしかったですよ」
「――っ! 食べ終わったみたいだし、片付けてくる」
さっと皿を片付け、啓斗は台所へとかけていく。
「あっ………」
取り残された形になってしまった北斗は、どうにも居心地の悪いとため息を付きたくなってくる。
さらに腹が立つのは、夜倉木はそれを全く気にしていないと言うことだ。
先に話しかけたらまけなきもしたが、戻ってくるまでここで棒立ちというのも気にくわない。
一瞬啓斗の後を追いかけようかとも思ったが、言っておきたいことがあったのだと思い出した。
「なあ?」
襖の方から布団へと視線を戻すが、夜倉木の姿はそこにはない。
「……あれ?」
顔を上げれば、庭へと続く障子に手をかけている所だった。
まずい、色々とまずい。
いや、それ以前に……。
「あんた具合悪いんじゃねぇのか?」
「別に」
開きかけた手を寸前で止め振り返る。
やったと思った反面、返された言葉に驚かされた。
「はあ!?」
「怪我でも病気でもありませんよ」
「じゃあなんで!?」
「魂が体に定着しきってないだけです、回復も手伝ってもらったし、今は落ち着いてますが」
なら余計に寝ている必要なんかどこにも無いのではないだろうか。
そんな思考を読み取ったように、ニッと笑う。
「それ程、仕事人間じゃないんですよ」
「さぼりかよ!」
よりによってこの忙しい時期に一体何をしているのだ。
「別にさぼりじゃないですよ、何かしら衝撃を受ければ幽体離脱するような状況では出来ることも少ないですから」
あっさりと返され、納得できるような出来ないような。
確かに大変なのも知れないが、それ程でもないのではとも思ってしまう。
実際に見たわけではないのだから、所詮は他人事だからだろうか。
「……まあ、いいけどよ。それよかさ」
この話はあっさりと流しておく。
今見られたら、言いたい事も言えなくなってしまう。
「俺は何もしらねぇよ?」
唐突な言葉のその意味を、夜倉木は容易く察したようだった。
「あんたが兄貴とどんな話したのかも」
布団を回り込むように、夜倉木の方へと向かって歩き出す。
「どんな契約したかも」
それ程広くはない部屋だ。
北斗が横に立つと、僅かに嫌そうな顔をされる。
「知っていようがいまいが……俺にはどっちでも良いことだ」
振り返りながら夜倉木が障子を開き、布団の方へと向かう。
「俺だってそうだ。俺には俺の知ってる兄貴。それで十分だからな」
外を一別して、庭が背になるように振り返る。
「わざわざそれを言いに……―――?」
会話が途中で途切れたのは、さすがに外の異変に気付いたからに違いない。
多少は見えないような立ち位置を選んだつもりだが、香りまでは隠せない。
庭一面に埋められた沢山の白い菊。
「誰の……っ!」
再び立ち上がった夜倉木の動きとは対照的に、そっと襖の方へと向かう北斗。
半分まで来た所で夜倉木が振り返る。
「日本の国花だ、ありがたく受け取ってくれよ」
「はっ、まるで子供だな」
じりじりと距離を取りつつ、何時でも応戦できるように身構えていた北斗に夜倉木が笑う。
「まだ高校生だしな」
「高かったんじゃないですか? 」
「そりゃあ……」
当然と答えた瞬間、襖が開き啓斗が戻ってくる。
「なんだか親戚の人たちが……北斗?」
「あっ」
「親戚……」
三者三様の呟きを発し、そのまま数秒。
それぞれ個人で何かしらの結論を出す為に、ほんの僅かな間だけ沈黙が落ちる。
「あれは一体どういう事だ!」
「えっ……ええと、拾った」
状況を察したらしい啓斗に詰め寄られるその横で。
「もう来たのか、あの暇人どもめ!」
「夜倉木? どこに……?」
「どこでも良い、ここにいたらろくな事にならない。啓斗とも早く!」
上着を羽織り、車の鍵を掴んで縁側へと走り出した夜倉木の足下に銃弾が撃ち込まれた。
「しまっ!」
「なっ!?」
「はあ!?」
バランスを崩しかけたが寸での所で体制を立て直し、部屋の中へと転がるように戻って来る。
壁に残った銃痕が目の錯覚でも何でもないと物語っていた。
「……いまの、は?」
「親戚の一人の仕業です」
啓斗の問いに、当然のように返される答え。
「なんで?」
「人が弱ってる所を見てからかいに来たんですよ」
北斗の問いにも苦々しく答えが返された。
「逃げられないのか?」
「もう囲まれてます、逃げるのは無理ですね、色々諦めて巻き込まれてください」
「……はあ」
その後道場の方にて始まった見舞という名の宴会は、ほぼ全員が潰れる明け方頃まで続いたのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0554/守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)】
【0568/守崎・北斗/男性/17歳/高校生(忍)】
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■ ライター通信 ■
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突発シナリオでしたが、発注ありがとうございました。
どこで繋がってるようなそうでないような進行具合となりました。
楽しんでいただけたら幸いです。
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