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<東京怪談・PCゲームノベル>


特攻姫〜特技見せ合いっこパーティ〜

 その日、葛織紫鶴(くずおり・しづる)の持ち物である葛織家別荘の庭はにぎわっていた。
 ――ほとんどは親戚連中の顔である。
「うちの姫の『魔寄せ』能力はすごいので……」
 如月竜矢(きさらぎ・りゅうし)が説明した。
「親戚の退魔能力のある人々を念のため呼んでいるんです」
 もっとも、と竜矢は苦笑した。
「事情を分かっていても、姫を護ろうとパーティに来てる人間はいないんですけどね。単にパーティを楽しみたいだけで」
「ふん」
 蒼雪蛍華 (そうせつ・けいか)は鼻を鳴らした。「金持ちなんてそんなもんじゃろ」
「そうらしいですねえ……なぜか」
「おぬしもこの家の一族なのじゃろう」
「まあ一応」
「ならおぬしにもこういう血が流れておるに決まっておる」
「そうかもしれませんね」
 竜矢はひょうひょうと受け流す。蛍華も、特に気にするわけでもなかった。
 長い銀髪に、銀の瞳。
 身のたけ140cmほど、十歳ほどの身長しかない蛍華は、しかし十歳ではない。もう何百年と生きている存在――そもそも人間ではないのだから、当然の話だ。
 本日、この別荘に閉じ込められるように住んでいるお嬢様・葛織紫鶴のために、竜矢に呼ばれてやってきた。なんでも特技を見せ合いっこしたいとかなんとか。
「芸を見せる仕事か」
 蛍華はあたりの立食パーティにふるまわれている食事を見ながら言った。
「タダで美味しいものが食べられて酒が飲めるならよい」
「どうぞ、いくらでも食べてください」
 竜矢は笑った。

 向こうからひとりの少女が駆けてくる。
 長いなめらかな髪は赤と白が入り混じっている。瞳は右が青、左が緑のフェアリーアイズ――
「――遅いっ!」
 駆けてくるなり怒鳴った相手は、どうやら竜矢らしい。
 竜矢はすまして、
「姫。今日のお客様ですよ」
 と蛍華を紹介した。
「お客様……と、ということは」
 駆けてくるなり元気に怒鳴った少女は、とたんにぎくしゃくおかしな反応をし始めて、
「は、初めまして、私は葛織紫鶴――ええと、ええと、その、剣舞を見せればよいのだったか――」
 と、突然ぽんと両手に剣を生み出す。
 周囲の人間がざわっとざわめいた。一気に緊張が走った、と言っていい。
「姫、落ち着いて」
 竜矢はそんな紫鶴をなだめた。
 姫は親戚以外の人間に滅多に会ったことがないのですよ、と青年は蛍華にそっと説明してから、
「蛍華さん。どちらが先に特技を見せましょうか?」
 と訊いてきた。
「ふん」
 蛍華は紫鶴が両手に生み出した、並ならぬ気配を持つ剣を眺めながら、
「せっかく生み出したならそちらが先にやればよい」
 と言った。
 竜矢は天をたしかめる。
 今日は昼間でも月の見える日だ。眉をしかめてそれをたしかめながら、
「まあ……月も見えるとは言え細いですから、『魔寄せ』も大分力が削られるでしょう」
「ままま舞えばよいのだな、竜矢?」
 紫鶴は彼女の世話役にどもった声で尋ねた。
 たしか十三歳と聞いていたが――と蛍華は思う。何とも世間離れというか、単に世間知らずというか、落ち着きがないだけというか。
「ええ、先に姫が舞って下さい」
 竜矢はあっけらかんと言った。あちらに行きましょう、とパーティからすこしはずれ、人気のない場所に行き、
「蛍華さん。姫の剣舞は魔寄せの舞です。夜のほうが力が強いですが、昼でもたまに現れるので気をつけてください」
「……厄介じゃの。まあよいわ」
 蛍華は用意された白いチェアに座り、泰然とした態度で舞を見る姿勢になる。
 竜矢は紫鶴の腕に、鈴をつけた。

 紫鶴は何度も深呼吸をした。そして、

 とん、と片膝を地面につき、刃を下に向けてクロスさせ。

 しゃん

 刃を広げると同時に、手首の鈴が鳴った。

 しゃん しゃら しゃん

 とん、とんと靴音もリズムとなって。

 紫鶴の赤と白の髪がなびき、美しく舞いを飾った。

 昼の美しい庭園の中、それは美しい舞い。

 ――なかなかやるではないか、と蛍華は思ったが、
 一方で――気づいていた。
 少し離れたパーティの場所――
 そこにいる、紫鶴の親戚連中は、嫌そうに紫鶴の舞いをうかがっているということを。
(『魔寄せ』の舞い……そして、万が一のときのために集められた、退魔の力を持つ親戚ども、か……)

 しゃん しゃん しゃん

 手首の鈴が鳴る音。

 さん

 刃がこすれあう音。

 とん とん

 靴底が地を踏む音。

 やがて、短めに舞いをまとめたのか――思ったよりも早く、紫鶴は片膝を地につき、二本の刃を下に向けながらクロスさせる、最初の姿勢に戻った。
 ――パーティが再び、がやがやと騒ぎ始める。
 みな、何もなかったかのように。
 竜矢がひそかにそちらを見て、舌打ちしたのを蛍華は見ていた。

「見事じゃったぞ! 紫鶴」

 パンパンパン!
 蛍華はいっそう大きな音を立てて拍手をした。
「ほ、本当か……?」
 紫鶴がうかがうように、しかし嬉しそうに頬を染めて尋ねてくる。
 蛍華はもう一度拍手をした。そして、
 チェアからゆっくり立ち上がった。
「――今度は、蛍華の番じゃの」

 さて……
「あれでいくか」
 蛍華は独り言を言い、「紫鶴、ちょっと立っておれ」
「え? あ、うん」
 紫鶴はぴしっと気をつけでもするかのような姿勢で立った。
「紫鶴のサイズは……ふむ。そのていどか」
 たしかめるなり、
 蛍華は強烈な冷気を一塊に放った。
 その場所に、大きな氷の塊が生まれた。
「わあ……!」
 ただそれだけで、紫鶴が頬を紅潮させて嬉しそうにそれを見る。
 氷の塊には、紫鶴の姿が屈折しながら映ってきらめいていた。
「これで終わりではないわい」
 蛍華はその氷がちゃんと紫鶴より大きく幅もあることをたしかめてから、
「次は……まあ、そこの男でよいか」
 と竜矢を見た。「今回は特別じゃ、協力せい」
「は?」
 竜矢がきょとんとする。
 蛍華は、
 唐突に娘の姿から、刀の姿へと変化した。
 美しく青く透き通る、氷のような刀へと。
「わっ!」
 紫鶴が驚いて声をあげる。
「なんて綺麗な刀……!」
『蛍華の本体はこちらじゃ。まあそれはどうでもよい』
 刀姿の蛍華は、自分自身を竜矢の手に握らせると、
『行くぞ、変に抵抗するでないぞ』
「は? う、わ!」
 珍しく竜矢が声をあげた。
 竜矢の手が勝手に動き回り、刀蛍華を操る。
 ――正しく言うならば蛍華が竜矢を操り、刀を振らせていた。
 しゅしゃしゃしゃしゃしゃ
 どんな包丁よりも正確で細やかな動きで蛍華は氷を削った。
 紫鶴がその動きに、手を叩いて喜ぶ。
「すごい……! すごい……!」
 ――このていどでも喜ぶか。単純な娘じゃ。
 氷を削りながら蛍華は思う。
 それとも――よほど世間には普通にあることに飢えているのか。
 氷が、どんどんと削られていく。
 それがやがて人の姿になっていく。
 人の姿――紫鶴の姿に。
『ふむ。このていどでよいか』
 蛍華は刀から娘姿へと戻った。
「どうじゃ。よく出来ているであろう?」
 氷は――
 いまや、紫鶴の姿を模した形となっていた。
 それも……舞っている紫鶴の姿に。

 太陽の光を浴びて、美しい舞姫は今さらに輝いている。
 ――太陽の光を浴びて舞う姫は本当にこのような姿だったと、ひそかに蛍華は思っていた。

「簡単には溶けんから、涼しい場所に置いておけば飾ることもできるぞ」
「ほ――本当か!」
 紫鶴は、「竜矢!」とすぐ近くにいる世話役を大声で呼んだ。
「す、涼しい場所に移動させるんだ! こ、壊しちゃだめだぞ、蛍華殿がせっかく作ってくださったんだ――」
 竜矢は何やら、むうと難しい顔をしていた。
「なんじゃ。文句でもあるか」
「いや……姫にしては、こう……」
 と竜矢は女性のふくよかなふくらみがあるべき場所を指して、「大きすぎるんじゃ……」
 げしっ! と紫鶴の蹴りが竜矢の腰に入った。
「おぬし……なかなか女に失礼な男じゃの」
 蛍華は白い目で竜矢を見た。
 紫鶴は嬉しそうにそろそろと指先を伸ばして、氷の彫像に触れてみたりしている。
「冷たい」
 そうつぶやいて、ますます嬉しそうな顔をした。
 氷の彫像に屈折して映る、舞姫本人の鮮やかな色彩が、乱反射して美しく光った。
「本当は氷を作る時点でそのようにイメージして作れるが、そこはケレン味じゃ」
 蛍華は堂々と胸を張ってそう言った。
 紫鶴がふと蛍華のほうを見る。おそるおそると。
「け、蛍華殿……」
「なんじゃ」
「その、刀の形態の蛍華殿に私も触ってみたい……と」
「だめじゃ」
 即答すると、紫鶴はしょぼんとして、
「お前ばかり、ずるい!」
 と再びげしげし竜矢を蹴り始めた。
「痛いですよ、姫!」
「うるさい! ずるいんだ、お前ばかり……!」
 蛍華殿を手にして舞ってみたかった!
 紫鶴は泣きそうな勢いでそう言った。
 それから、
「なあ、刀形態の蛍華殿の感触はどうだった? やはり冷たいのか?」
 などと尋ね始める。
 蛍華はひそかに笑いながらそのやりとりを見ていたが、やがて、
「いかん。腹の虫が騒ぎ出しおった」
 つぶやいた。
「あ、じゃあぜひ食事を……!」
 竜矢と話すのをやめて、紫鶴が顔をあげる。
「もとよりそのつもり。蛍華は食事と酒じゃ」
 言って、蛍華はパーティ会場へと目を向けた。
「あんな無礼な連中に食わせておくのはもったいない。蛍華が全部食べてやるわ」
「思う存分、目一杯食べてくれ……!」
 紫鶴が声をかけてきた。
 嬉しそうに、色違いの目を輝かせながら、
「蛍華殿、ありがとう……!」
「………」
 紫鶴はそのまま彫像から張り付いて離れない。メイドをたくさん呼びつけ、何とか涼しい場所へ移動させようとしている。
 自分自身までその彫像を抱きかかえ、よっせよっせと移動させるのに必死のようだ。
「あの様子なら、あの彫像を眺めるだけで数日は持ちそうだ」
 竜矢が蛍華をパーティメンバーに混ぜるために付き添いながら、ひそかに自分の主の様子を見て言った。
「代わりに溶けたときに荒れそうですがね」
「………」
 竜矢に付き添われ、パーティ会場に戻りながら、蛍華はちょっとだけ思っていた。
 ――次会うことがあれば、刀形態に少し触らせてやってもいいかもしれない。
 あの少女の言うとおり、自分を手にして舞わせてやるのも悪くないか、と……


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【6036/蒼雪・蛍華/女性/200歳/仙具・何でも屋(怪奇事件系)】

【NPC/葛織紫鶴/女性/13歳/剣舞士】
【NPC/如月竜矢/男性/25歳/紫鶴の世話役】

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■         ライター通信          ■
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蒼雪蛍華様
初めまして、笠城夢斗と申します。このたびはゲームノベルへのご参加、ありがとうございます!
蛍華さんのお造りになった彫像、私自身もぜひこの目で見たかったです;
今回は本当にありがとうございました!また次回もよろしくお願いします。