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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


困った弟子入り志願

 緑丘清二(みどりおか・せいじ)は困っていた。
 理由は自分の体質のことだ。
(どうすればいい? もうハタチだというのに、大学にも行けず就職もままならない……! どうすればいい?)
 彼は真剣に悩んでいた。
 と――
 ある噂が飛び込んできた。
 親戚筋からの、たしかな噂――評判だった。
「草間興信所って言ってね。怪奇探偵で有名なのよぉ」
 ――そこだ!
 まるで天からの啓示かのように、清二の中で閃くものがあって。
 彼は「草間興信所」へと飛び込んだ。

     **********

 草間興信所に、またやってきた妙な客……
「この通りです!」
 青年、緑丘清二は土下座をし、額を床にこすりつけていた。
 妹の零が床を掃除しておいてくれてよかった――とか考えている場合じゃない。
「だから、無理なんだよ」
 と草間武彦は言った。何度目か分からない言葉を。
 しかし清二は譲らない。
「お願いします……! 巷で有名な怪奇探偵の弟子にぜひ! お願いします……!」
「いやだから、俺は怪奇探偵じゃないからそもそもな、」
「いいえ! みんなが認める怪奇探偵です! だからこそ俺も弟子入りに来たんです! お願いします……!」
「弟子なんか募集してないって」
「まずは下働きからでも構いません! どうか、どうか……っ!」
 そんなこと言われてもなあ、と草間は煙草をふかしながら思った。
 ――雇ったところで払ってやる給料はないし。
 ――第一自分を『怪奇探偵』と呼んでるところからして腹が立つし。
 草間としては、彼を弟子にする気はさらさらなかった。
 しかし清二は譲らない。
「お願いします……!」
 草間はため息をついて、
(誰かに相談してみるかな)
 と知り合いたちの顔を思い浮かべた。

     **********

「うーん……」
 興信所の事実上事務員をやっているシュライン・エマが、頬に手を当てながら草間の隣で清二を見ていた。
「どうして弟子入りしたいの? そこのところがはっきりしていないわよ」
「はいっ。それが、俺の体質が」
「体質?」
「うまく言えないんですけど、普通の社会向きじゃないんです! 怪奇っぽいんです!」
「ちょ、ちょっと待て待て待て」
 草間が慌てて清二がしゃべりまくるのを制し、「まさか――お前の存在が怪奇ってわけはないな? 幽霊とか言うなよ?」
「いえ、人間です。生きてます。何なら触ってみますか?」
「……いや触るまでして確認はしないが」
「じゃあどんな体質なの?」
 シュラインは再び尋ねる。
「ううう……この体質のおかげで苦節二十年……! 中学校は登校拒否、高校も中退し大学に行けるはずもなく、就職どころかアルバイトもできません……!」
「なん?」
 草間のくわえていた煙草の灰が、ぽろりとこぼれ落ちる。
 傍らにいた零が、すかさず灰皿でキャッチした。
「あ、あんた何か持病でも……?」
 シュラインがおそるおそる訊いた。
「いえっ。体は健康そのものです……!」
「じゃあ、結局どんな体質だって言うんだ……」
「うまく説明できません!」
 清二は胸を張った。「ただ、俺がいればこの興信所は繁盛するんじゃないかとっ!」
 ――ん?
 今すごく嫌な言葉を聞いたような。
「あ、あんたは、結局この興信所に入って何がしたいの」
 シュラインは細かく確認してく。
「はい! この興信所なら俺の体質も役に立ってくれるかもと思いまして!」
 答えになっていない。
「弟子入りしたからって怪奇探偵になれるわけでもないのよ」
 シュラインは壁の貼り紙を示して、「ほら、分かるでしょう?」
 そこには、『怪奇ノ類 禁止!!』の文字。
「名前とそのイメージだけで憧れてくるのは浅はかだと思うわね。この草間武彦さんは、怪奇探偵と呼ばれるのが何よりも嫌いなのよ」
 横で草間本人が、うんうんとうなずいている。
「もしかして何かの勢いで怪奇探偵になるとかって約束して、後にひけなくなったとは言わないでしょうね? だとしたらとても失礼なことよ」
「違います!」
 清二は床に座ったまま体だけ起こしてぶるぶると首を横に振った。
「ここは実際に怪奇の類の仕事を請け負っていると聞いて、ここなら働けるかもしれないと思ってきたんです! その……たしかに勢いで飛び込んできたので、草間さんが嫌がっていらっしゃるとは存じませんでしたが……」
「……たしかに、普通の勢いとは違いそうね」
 先ほどの清二の経歴を聞いたシュラインは、ふうとため息をついた。
「どうする? 武彦さん」
「どうするもなにも、俺は弟子なんかとるつもりはないぞ」
「それは分かっているわよ。他にも何とか知り合いに頼んでみる?」
「……そーだな」
 草間は電話に手を伸ばす。
「私は私であんたの相手をさせてもらうからね。いい?」
 シュラインは手をぽきぽき鳴らしそうな勢いで清二に迫る。
 清二は負けずに、「はい! 鍛えてください!」と少しズレたことを言った。
「いーい度胸だわ……」
 シュラインの目がすわっていく。
 電話をしていた草間が、なぜか背筋におぞけを感じて、ひいっと悲鳴をあげて電話の相手を驚かせた。

     **********

「とにかく何かの縁! 一日事務所の仕事手伝ってみたら? 一日中床にへばりつかれてるのも邪魔だものね、武彦さん」
「あ、ああ」
 シュラインの座った目つきに、電話を終わらせた草間は冷や汗をかきながらうなずいた。
「書類は個人情報等の方面から無理だけど、洗濯掃除買い物……色々雑用もあるし!」
「任せてください!」
 清二は張り切って立ち上がった。「俺、引きこもりだったんで! 家事は大得意です!」
「……あらそう……」
 シュラインは普段草間家の家事を担当している零に言って、余っている家事はないかと尋ねた。
「あ、はい。洗濯が少し……」
「はいっじゃあ洗濯決まり! 零ちゃんの指導のもとこの事務所の洗濯全部やりなさい」
「はいっ先輩!」
「先輩じゃない!」
 シュラインが怒声を放つ。
「あの、じゃあ洗濯機に案内します」
 奥を示して、零が言う。
 清二は嬉しそうに、零についていった。
 それを見送って、シュラインがため息をついた。
「武彦さん、あの子かなり本気よ……」
「そんなの、最初から分かってるだろう」
「……そうね」
 ――突然、奥からドン! という重い音。
 そして、「きゃー!」と零の悲鳴が聞こえた。
「……っ!?」
 草間とシュラインはばっと立ち上がり、洗濯機の場所へと飛び込んだ。
 そこには腰をぬかした零と、それを支える清二の姿があった。
 零は清二にしがみつき、がたがたと震えている。
「どうした、零!?」
「あんたちょっと、零ちゃんに何かしたんじゃないでしょうね!?」
「ち、違うの兄さん、シュラインさん……!」
 ガタガタ震えながらも、零はふるふると頭を振った。
 草間は清二から零を奪うように抱き寄せると、
「どうした? 何があったんだ?」
「そ、その……洗濯機が……」
「洗濯機がどうした?」
「洗濯機が……しゃべったの……」
 ずる、とシュラインがこけそうになる。
「本当です! 『俺疲れてるんだよ』なんて言うから、『でもこれから洗濯しなきゃ……』って返事したら……突然宙に浮いて!」
 ドン! と床に落ちた、というわけだ。
 清二が困ったように、「またかな……」とつぶやいていた。
 その青年に、シュラインはつかみかかる。
「ちょっとあんた、まさか腹話術でもできるっていうの?」
「じょ、冗談言わないでくださいよ! 第一こんな重い洗濯機、持ち上げられませんよ!」
 清二は慌てて両手と首をまとめて横に振る。
「よ、よく分からないけれど、洗濯は中止したほうがよさそうね」
 シュラインの言葉に、反論は出なかった。

「次は買い物よ」
 『本日のタイムセール』チラシを清二に何枚も押し付け、手早く書いた買出しメモもしっかりと手渡し、
「さあ、戦場に行ってらっしゃい」
 シュラインは真顔で清二にそう言った。
「せ、戦場ですか……?」
「タイムセール時の主婦たちと戦うのよ。ここで奪いとれなきゃ、この興信所は破滅ですからね」
「そこまで赤貧だったのか……」
 るーと泣くのは、零の肩を抱いたままの草間である。
 清二は首をかしげかしげ、外へと出て行った。
「あの様子じゃ、バーゲンセールのつらさを知らないわね。使えないわ」
 シュラインは冷たく吐き捨てる。
「……いやシュライン。そこまで冷たく言わなくても」
 言われて、はっとシュラインは口に手を当て、それからそっと苦笑した。
「何だか世間を知らない甘ちゃんみたいで少しだけ……ね」
「実際、世間を知らないんじゃないか? さっきの経歴を聞いた分には、小学校以来ろくに外に出ていないんだろう」
「そうだけど……体質って何よ?」
 シュラインは事務机に座り、自分の仕事を始めながらむっつりと言った。
「ただ世間に負けて、引きこもりになっただけだとか言ったらビンタしてやるわよ」
「それだけにも思えないがな……」
 よしよしと零をなだめていた草間の言葉に、シュラインは冷たい目を向けた。
「……武彦さん」
「なんだ?」
「そんなに清二君をかばうと、また『怪奇探偵の勘?』って言われるはめになるわよ」
「違う!」
 慌てて草間は「俺は知らん! 知らんぞお!」とわけの分からない気合いを入れた。

 そして、一時間もしたころ……
「ただいま戻りました!」
 爽やかな好青年的な声を出しながら、清二が事務所に帰ってきた。
「いやあ、買出しって大変ですねえ、荷物が重くて!」
 両手に大量の荷物。
 どさりとそれを床に置いて、
「あ、はいこれおつりです」
 とおつりまでシュラインに渡し、
「さあ、お次はどんなお仕事すればよいでしょうか!?」
 とてもとても爽やかな笑顔でそこにいる面々の顔を見渡す。
 え? とシュラインが目を見張った。タイムセールをすべて制覇してくるのは相当労力を使うはずなのだ。慣れているシュラインでさえ、すべての欲しいものをきっちり手に入れてこられたことは少ない。
 慌てて清二の買ってきたものやレシートを確認すると、たしかに買出しメモで指定したものばかりだった。
「そんな……」
 清二は重い荷物を持った疲れがかなりありそうなものの、早速「さあ、次の仕事ください……!」と言っている。
「な、なに……あなた、体でも鍛えてるの?」
 見た感じ普通の青年そうだが……
「軽くジョギングくらいは日課にするようにしてます。引きこもりでは体力なくなりますので」
「……ジョギング……だけ……?」
 それだけで?
 あの血走った目で襲ってくる主婦たちを押しのけて?
「タイムセールって意外といいものですねえ。誰も人いないし、買いやすくてよかったです!」
「……え?」
 誰もいなかった?
「な、何言ってるの? たくさんおばさん――お姉さんたちがいたでしょう?」
「え? ああ、最初はいたんですけど――みんな何も買わずに帰っていかれましたし」
「はあ?」
 シュラインは、らしくない間のぬけた返事をしてしまった。
 主婦たちとの戦いでへとへとになって帰ってきたところを、その主婦たちへの聞き込みや彼女たち以上に迫力のある交渉等が日常茶飯事よと告げるつもりでいたというのに。
 それで反応をたしかめるつもりでいたのに!
 シュラインは電話に駆け寄った。
 そして、いつもタイムセールで争っている主婦仲間(立場は少し違うが)に電話をかけた。
『もしもし』
「私、シュライン。ねえ、今日のタイムセールどうだった?」
『ああ、あんた来なかったの!? どうもこうもないわよぉ、売り場がなんか静電気起きたみたいにパチパチって弾けて、とてもあの場所にいられなくて! みんな買うの諦めて帰ったのよ』
 他の人間にも電話をした。
 全員がおかしなことを言った。売り場のものが勝手に空中を飛び交い始めた、どこからか気味の悪い声が聞こえてきた、天井から逆さ首が降りてきた、とどんどん怪奇に移っていく。
 あらかた電話し終わり――
「シュ、シュライン?」
 おそるおそる声をかけてくる草間の前で――シュラインは頭を抱えた。

     **********

「シュラインに任せたときは、タイムセールの買出し先でポルターガイストだの霊だのが出た、と……」
 草間興信所で、草間が全員の顔を見渡して言った。
 シュラインが疲れたようにこくりとうなずく。
「門屋に任せたときは、怪奇現象スポットにつれていったら怪奇現象に平気で対処した、と……」
 将太郎が参りましたとばかりに手をあげた。
「でもって今、浮気調査に行ったらターゲットが霊にとり憑かれたと……」
 由梨が深刻な顔でうなずく。
 清二がきょろきょろと全員の顔を見ていた。なぜこんなにどんよりとした空気なのか、彼本人だけが分かっていないらしい。
「要するにだ。お前の体質ってのは……」
 草間は煙草で清二を指した。
「……怪奇現象寄せ、ってやつなんだな?」
「あ、そうです、それです!」
 清二はようやく似合った言葉が見つかった! とでも言いたげにぽんと手を叩いた。
「他にもどんな経験があるのか、参考までに聞いてもいいか」
「ええと……趣味がジョギングですけど、ジョギングの最中に傍を通った樹がしゃべったり、突然折れたりするので、なるべく樹とか電柱とかには近づかないようにしてます。でもアスファルトも突然ぼこっと穴が開いたり、アスファルトから幽霊さんが出てきたり何かちょっと珍しいことがいっぱい……学校に行くと、俺の傍ではしょっちゅう霊にとり憑かれる子がいたりポルターガイストが起こるので、学校に来ないでくれと先生に泣いて頼まれたり」
 はあああ、とその場にいた清二以外の全員がため息をついた。
「お前、それでよく生活できるな……」
「うちにはたくさんお札とか貼っておいてあるんで。とにかくそんな俺なんで!」
 怪奇現象を寄せるのには自信があります――! と清二は胸を張った。
「こちらのお仕事を増やせるんじゃないかと! あるいは自分でも仕事ができるようになるんじゃないかと……! そんなわけで、弟子入りさせてください……!」
「理屈がよく分からん……というかだな」
 草間はくわえ煙草で怒鳴った。「お前なんぞをこの家に通わせてたら、仕事が来て繁盛する前にこの家が壊滅するわ!」
 ……すでに洗濯機は壊れていた。洗濯機がしゃべって、空中に浮いたり突然動いたりあれこれしているうちにぶっ壊れてしまった。
「そ、そうだわ」
 シュラインが声をあげた。「押しも強いし、粘りもあるし、アトラス編集部で働いたら? 怪奇現象寄せなんて碇さんも喜ぶでしょう」
 月刊アトラス。それは怪奇現象のみを取り扱ったオカルト雑誌である。
「アトラス編集部にお札を貼りまくっておけ、とでも忠告しなきゃならんぞ?」
 草間が言う。それくらいいいじゃない、とシュラインは軽く応えた。
「私が碇さんに話をつけてあげるわ。ね、緑丘君。そっちに行きなさい?」
「俺を受け入れてくれるなら、いいですけど……」
 清二は残念そうだった。よほど草間の弟子になりたかったらしい。
「浮気調査とか、そういうのでも……迷惑にならなければぜひコツコツやりたかったんですけど……」
「ならアトラスでコツコツ怪奇現象の取材をしなさい。ね?」
「はあ……」
 けっきょく、シュラインの押しで清二はアトラスに紹介され、そちらに行くことになった。
 後ろを振り向き振り向き、寂しそうに猫のような動作をしながら――

     **********

「で、緑丘君のその後なんだけどね」
 シュラインがコーヒーを草間に出しながら言い出した。
「ああ、あの怪奇小僧か……アトラスで無事にやってるか?」
「アトラス編集部がお札だらけだけれどね。何だか最初に顔を出すなりすぐ三下君が霊にとり憑かれて、碇さん大喜び」
「……想像つくな」
「ただし、他の事件の取材行かせると、聞き込み相手に怪奇現象が起こったりして話にならないものだから、今は彼自身を心霊スポットに放り込んで、心霊写真や心霊現象を起こさせるようにしてるらしいわよ」
「……なんかアトラスの方向性が違ってきている気もするが……」
 まあいいか、と草間がコーヒーカップを手に取りながらつぶやいた。
「あっちで給料入ったら洗濯機弁償しろと言わなきゃならんな……」
 洗濯機は壊れたまま――買い換える金はなし。
 洗濯物がたまってきて、コインランドリーで洗濯する日々。
「ああ、虚しい……」
 草間の手の中で暖かいコーヒーの煙が寂しく揺れる。
 そして今日も、怪奇な相談をしてくる依頼人がやってくる――


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1522/門屋・将太郎/男/28歳/臨床心理士】
【5705/源・由梨/女/16歳/神聖都学園の高校生】

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■         ライター通信          ■
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シュライン・エマ様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回は少し情報が足りなかったせいでプレイングが書きづらかったかと思いますが、このように落ち着きました。いかがだったでしょうか。オチをつけてくださり感謝しています!
またお会いできる日を願って……