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+ 探し人=依頼者=? +
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「相方を探して下さい」
部屋に訪れた少女は草間にそう言った。
ソファに腰を掛け、きちんと足を揃えた姿。年齢は十五〜六歳だろうか。まだ幼さを残した表情が可愛らしい。長く伸びた黒い髪の毛を胸の前に垂らし、じっとこちらをその丸い瞳で射抜く。
「それは相方を募集してるのか? それとも相方がいなくなったのか?」
「後者です」
「つまり、依頼は人探しってことか」
「はい、そうなります。お願い出来ますか?」
凛とした声が室内に響く。
草間はふぅーっと息を吐き出し、両手を組んだ。煙草の染み付いた室内でも彼女は嫌な顔をせず、草間を見つめた。
「情報を提示してくれ。相方だけじゃ分からん」
「私です」
「はい?」
間の抜けた声が響く。
少女は自身を指差しながらもう一度はっきりとした声で伝えた。
「『私』を探して下さい」
+++++
依頼人の少女を別室に待たせながら草間はふぅーっと息を吐く。
そして口を開いた。
「と、言うわけで俺は他の事件で調べ物があるからお前らに頼みたいんだ」
「あのな、俺も色々忙しーんだけど」
「それは重々分かってるって。でもあの子あんまり喋ってくれねーんだよ。俺のこと苦手なのか知らないけど、警戒してるっぽくってさ。お前そういうの得意だろ?」
「でも武彦さんに依頼が来たなら、その子は信用しているってことでしょう?」
草間の目の前には男性一人と女性が一人ソファに腰掛けている。
一人は門屋将太郎といい、カウンセラー等を行なう臨床心理士。女性の方はシュライン・エマと言って、この事務所の事務員である。彼らは草間に半ば強制的に呼び出され、今此処にいる。
対して草間は自分の上着を手に取ると出かけると言ってそのまま部屋を退室した。
残されたのは門屋とシュラインはまず別室に移動する。
扉を開くと、依頼人の女の子がゆっくりと振り返った。
「こんにちは、俺は門屋将太郎。臨床心理士をやってる」
「私はシュライン・エマ。今回は私たちが貴方の依頼を担当するわ。宜しくね」
「こんにちは、ご迷惑をお掛けしてしまって申し訳御座いません」
少女の目の前のソファに二人並んで腰掛ける。
彼女は膝の上に手を置いて深々とお辞儀をした。きちんと整えられた脚は細く、どこかか弱そうな印象を与える少女。黒くて長い髪の毛が緩慢な動きと共に揺れた。頭には鈴の付いた飾りが付けられていて、動く度にリンリンっと可愛い音を鳴らす。
「さて早速で悪いのだけど、色々聞かせてくれないかしら」
「こっちから幾つか質問するからそれに素直に答えてくれるだけでいい。ああ、もちろん何か伝えたいことがあったら教えてくれよな」
「はい、分かりました」
こくり。
頷く様子に門屋ら二人は顔を見合わせ、開始の合図をしあう。それからシュラインは手帳を取り出し、筆記の用意をした。
「じゃあ、まず依頼内容何だが……聞いた話じゃ相方は自分自身だとか言ったそうだな。でもな、それだけじゃこっちも探しようがないんだよ。お前自身のことを詳しく話してくれ。相方探しはそれからでもいいだろう」
「そうね、まず姿が貴方と同じと解釈して構わないのかしら?」
「はい、間違い有りません」
「じゃあ、次だな。相手はお前の双子の兄弟とかか? あと性別は?」
「……人によってはそう解釈して頂いても結構ですが、それは正しくありません。性別は同じです」
「じゃあ、貴方から見たその子の性格を教えてくれるかしら?」
「……同じ、なんです」
小さく消え入りそうな声。
それから彼女は真っ直ぐに二人を見詰めながら首を左右に振った。何を否定しているのか分からず、門屋は眉を寄せる。シュラインもまた不思議そうに見つめ返した。
彼女は立ち上がり、全身を見せる。
その瞬間、リーン……っと高く音が鳴った。
「私達は何もかも同じなんです」
手を持ち上げ、そっと下の方になぜるように振り下ろす。
リンリー……ン。
心に同調するように鈴の音は寂しく響く。
「私達は同じであることを望まれて生まれ、そして求められたんです。だから私達は一緒に居なければいけないんです。じゃないと価値がない。価値が……ないんです」
寂しげに瞼を下ろし、再びイスに腰掛ける。
同時に門屋は何を思ったのか、くんっとシュラインの方に肘を当てた。当てられた彼女は小声でどうしたの? と問う。すると彼はこれまた小声で声を掛けた。
「お前、何か気がつかないか?」
「何?」
「あの子、目が全く動いてないんだよ。正しくは瞬きを一回もしてねえ。やったのは『瞼を下ろす』という行動だけだ」
「ぁ……言われてみればそうね。と言う事は、元々人間じゃないってわけだから依頼のために人間のふりをしている、…ってことかしら」
「ああ、そうだ。人間には瞬きは絶対に必要だからな。しかもあの子の言葉を聞いていると人に話し慣れていない。しかも行動から人見知りとは違うことが分かる」
「そこら辺はそっちの管轄ね」
「まあな」
少女を同時に見遣る。
伏せられていた顔は持ち上げられじっと見つめてくる黒くて丸い瞳。しばらく観察していた二人はこくんっと頷きあう。
――――やはり彼女の目は動いていなかった。
「話をもっと深くするが、良いか?」
「はい」
「率直に聞くわ。貴方は『何』なのかしら?」
二人の言葉に息を飲む気配。
いや、それすらも模造の行動だと門屋は判断する。シュラインはペンをかつっと紙にあて、素早く文字を書き込む。それから少女が言葉を発するのをじっと待った。
そして唇が動く。
まるでそれすらもコマ送りされているかのように綺麗に。
「私たちは、貴方達で言う『箸』にあたります」
リーン……。
リーン……リーン。
少女自身が音に呼応するかのように瞬きをした。ゆっくりゆっくりと……何か学んだかのようなその緩慢な動きに門屋がはぁーと息を吐き出しながらソファに体重を掛ける。なぞなぞが解けて胸がすっとしたのか、シュラインからも自然笑みが零れた。
「あー……なーるほどな」
「それで同じじゃないと駄目ってことなのね」
「……すみません。先にお話しすること、だったんですね」
「まあな。俺が見立てたところ人の真似をするのに精一杯ってな感じだったし」
「はい。瞬きも、忘れてました」
「もう寛いでも良いのよ。大丈夫、私達はそういうのは平気だから」
瞬きという言葉が出てきたので「聞こえていたのか」と苦笑しつつ、門屋は重い腰を上げる。それから少女の傍まで歩み寄った。
自然、少女もまた視線を上へと移動させる。門屋はにっと唇を引くと、一度自分の胸を叩いた。
「よし、外に行くぞ。大体の情報は分かったから今度は相方を探さなきゃな」
「そうね。貴方も心配で仕方がないでしょうし。それとも行方不明になった場所とか相手が行きそうなところを教えてくれる? それだったら此処で待ってても構わないのだけれど」
「……いえ、行きます。消えた場所まで案内、します」
膝の上に乗せていた手をぐっと握り締め、そのまま立ち上がる。
シュラインもまた腰をあげ、順番に草間事務所を退室していく。ぱたんっと扉を閉めれば、奥の方に居たらしい零が小さく「いってらっしゃい」と言ってる声が聞こえた。
+++++
移動した先は長閑な住宅地。
マンションよりも一戸建て住宅の多いその場所に三人はやってきた。依頼人の女の子はある十字路にたつと、くっと顔を持ち上げた。
「此処で、攫われたんです」
「攫われた?」
「誘拐されたって言わなかったじゃねーか」
「……言ってませんでした?」
相変わらず動きのない瞳で門屋を見る。
頭痛がしてきたらしい彼は額に手を当てて、あー……と意味のない声を出した。シュラインもまたふぅっと長い息を吐き出して、軽く目を伏せた。
すると、少女は指を持ち上げる。
それから今まであまり感情の浮かんでいなかった顔に今度は思いっきり焦燥を浮かべた。
「あいつ!」
「え?」
「誰?」
「あいつですっ! あいつが『私』を攫ったんですっ!!」
荒げられる声。
伸ばされた手先。
しっかりと伸ばされた指が指し示す先に居たのは――――。
「鴉、だよな」
「鴉よね」
「お願い、お願い、助けて下さいっ……!!」
「わ、ちょ、ちょっと待って」
「そう興奮しないで。落ち着いて、ね?」
門屋にしがみ付いて声を荒げる少女を引き剥がしながらシュラインは空を見上げる。
其処には一羽の鴉が羽を大きく広げて悠々と飛んでいた。それから軽く旋回するとどんどん遠くへ移動していく。シュラインは駆け出し、その鴉の後を追いかける。同時に門屋もまた慌てて走り出した。
何故走り出したのか分からない少女は後を取り残される。だが、はっと意識を戻すと二人の後を追いかけた。
どれくらい走っただろうか。
シュラインと門屋が息を切らしながら止まった。対して追いついた少女は息を荒げることはしない。真似をしようかと迷っているが、意味はないと判断したのか実行には移されなかった。
彼らの目の前には一本の木。
人の家に生やされた其れは結構な高さがある。ぐっと顔をあげれば其処にはさっきの鴉がいた。
「あそこ、ね」
「……どうしたんですか?」
「鴉の巣にお前の片割れがいるだろうってことだな。鴉には習癖癖があるからなー……」
「と言うわけで、頑張ってね」
ぽん。
シュラインがにっこりと微笑みながら門屋の肩を叩いた。
「何!? もしかして俺にあそこまで登って来いと!?」
「他に適任者いないもの。ほら、此処の方には上手く行っておいてあげるから行ってらっしゃい」
「お願いします」
深々とお辞儀をする少女の姿に門屋がう、っと言葉を詰らせる。
それから汚さないように羽織ってきた上着を脱いで少女に持たせた。高さは十メートルあるかないか。
とほほ……と心の中で涙を流しながら門屋は木に足を引っ掛けた。
+++++
其れを見つけて降りてくると、其処には少女はいなかった。
木屑が身体中にくっ付いてしまったのでばたばたと払っていると、シュラインがそっと手を出した。
「此れが彼女よ」
「ああ」
「きっと片割れが見つかって安心しちゃったのね。元のお箸に戻っちゃったわ」
「で、こっちが見つけた『私』、ってなわけだな」
リーン……。
鈴の音がする。
頭に飾られていた鈴の付いた髪飾りは箸に取り付けられた飾り鈴。
鴉が光物を好むという話は通説。だから『彼女』は攫われたのだろう。やっと一対の箸になった其れを持ちながら二人は談義する。
「でもどうしてあんな場所で攫われたのかしら」
「そーだよな。普通箸はあんなところにいねーよな」
シュラインが疑問を口に出す。
門屋も腕を組み合わせ、同じ様にんむーと考え出した。すると玄関の開く音がしてそちらを見遣る。出てきたのは老父。腰が折れ曲がったその様子が痛々しいが、年には勝てないので致し方ない。
彼は二人にぺこりとお辞儀をする。それからゆっくりと歩み寄ってきた。
「探し物は見つかりましたかな?」
「あ、はい。そちらはどこかにおでかけに?」
「実は先日大事な箸を落としてしもうてですね……それを探しに行こうかと思いまして」
「……箸?」
「はい、死んだ婆さんの大事にしとった箸で、鈴の付いた可愛らしい箸ですわ。でもこの間孫が遊びに来た時に勝手に持っていかれた挙句、無くした言われてしもうたんですわ。でも……形見なんであれは無くしたくないんでな」
「あの失礼かもしれませんが、もしかしてそのお箸って……これでしょうか?」
シュラインが揃った一対の箸を差し出す。
リンリン。
鈴が自身を主張するように鳴いた。
「おお、これです! この子達です! でも此れを何処で見かけられたんで?」
「あ、実は俺が探してたものと一緒に鴉が攫ってたみたいで……で、綺麗だったんで持ってきたんですけど」
流石に本人が依頼に来ました、とは言えず濁した答えを返す。
シュラインも頷く。老人は木を見上げてはぁー……とため息を零した。
「鴉の悪戯とは気付かんでしたわー。でもよう戻ってきてくれたな」
手にした箸に綻んだ表情を見せる。
深々とお辞儀をしてから老父はお茶でも、と誘う。折角だしと二人もまた誘いを受けることにした。先を行く老人を見ながらもう一度振り返し、木を見やる。
かぁーかぁーと鳴く鴉を睨み、門屋はべーっと舌を出した。
「きっとお孫さんが無くしたのがあの十字路だったのね」
「違いない。落ちてた箸を拾ったのがあの鴉、ってなわけか」
リーンリーン。
鈴の音が鳴る。
ただいま、おじいさん。
ただいま、おばあさん。
―――― 少女二人が嬉しそうに帰宅の挨拶をする声が聞こえた気がした。
「んじゃま、これにて一件落着ってな」
……Fin
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1522 / 門屋・将太郎 (かどや・しょうたろう) / 男 / 28歳 / 臨床心理士】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは&初めまして、蒼木裕と申しますっ。
今回は依頼を受けてくださり有難う御座いました! シュライン様からの予想とは異なりますが、彼女の正体は『箸』でした。
それでも頂いた予想は素敵で、プレイング妄想(笑)の結果、結果このようになりましたっ。ではではこの話が少しでも気に入っていただける事を祈ります!
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