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魔女の唄、キミの夢
綺麗だった。
炎に包まれる姿も、苦痛も見せずに口元を歪ませる少女の姿は。
――ありがとう。
生まれつき、この世界の住人でなかったから。
人の持つ欲と同じように、生来<殺人欲>も持ち合わせていたのだと。
それでも、弱い人間に殺されるのは、厭だからと。
生きる資格のなかった少女にとっては、それはたった一つの我侭で抵抗だったのだと。
今際の言葉に、対峙する者は苦笑を漏らすしか手段を知らない。
時折違う世界の人間がこちらの世界に迷い込み、帰ることも出来ずに留まることがある。一言で帰すと言っても、世界は幾重にもリンクしているために少女の世界を特定することは不可能に近かった。
白銀の刃が舞う瞬間、諦めでもなく恍惚したように少女は瞳を閉じた。
蝋人形の生首のように綺麗な切断面を見せるように、少女の首が宙へと飛んだ。
それが少女の、最期だった。
発端は、あまりにも簡単。
少女の<生きている>夢を見ることの出来る少年が、雑貨『Dragonfly』に依頼を持ち込んだことが始まりで、終わり。
「あの子を、殺してください」
少女の生を夢で共有する少年にとっては、少女の苦しみは自らのものと同一であるらしい。このまま苦しむのは、耐えられないものであったらしい。
ディオシス・レストナードは快諾はしなかったものの、少年の依頼を受けた。
そして、望みの通りに殺した。
重い足取りのまま店への帰路を辿り、ディオは扉に手を掛ける。
「お疲れ様です」
雑貨店で待たせていた少年は、恐らく一睡もしていないのだろうか、少し憔悴した顔でそこにいた。
「え、と。あの子は……」
「殺した」
「そう、ですか」
少しだけ寂しそうに、少年は言った。
「原因は何だ?」
ディオは自分用に珈琲を入れて手元に置く。
「どうしてお前に助けを求め、どうしてお前は殺してやると決断したんだ?」
「……生きていることが、幸せだとは限らないんです」
初めて店に訪れたときと同じく、少し言いよどんだ言い方がディオの感に障った。謎を含んだ、意味深な言い方よりもはっきり言ってしまった方が幾分かはすっきりする。とはいえ、これは一種の個人的価値観故に、人に押し付けることは出来ないが。少年は続けた。
「知らない場所に飛ばされて、帰る場所もなくて、そして知っている人もいなくて――」
「お前がいただろ?」
「そうですね。一度会って、話をするのも悪くはなかったかもしれませんけど、僕は少しだけ怖かったんです」
だろうな、とディオは言葉を切る。常時戦闘に身を置いている人間と違って、少年は一般人と呼んでも間違いがない世界に生きている。殺人鬼に会えと言われても、恐らく殆どの人間はノーと答えるだろう。
「唄が、聞こえていたんです」
懐かしそうな少年の声。
「いつも、あの子の唄が聞こえていたんです。言葉は、知らない国の言葉だったけれど。どこか、哀しそうな唄」
「……俺は聞こえなかったんだけどな」
「僕だけみたいです」
「そうらしいな。念のために他の奴らにも聞いてみたんだが、そういう話は他にはなかったからな」
「何ででしょうね?」
「さあね。でも、聞こえたから俺に頼った。結果として、少女は希望通りに死ねた。それ以上の何を望む?」
「誰も死なない方法」
殺しを依頼しておいて、誰も死なない方法を望む。
あまりにも矛盾しすぎた答えに、ディオは何を返せば良いものかと困惑してしまっていた。人殺しは元よりディオも好んでいない。それでも今回彼が少年の依頼を受けたのは、救うためだった。救うために、殺しにいって、結果、それは何をもたらしたのだろう。
「都合の良い考えだな。他人にコロシを頼んでおきながら……」
「それでも、僕は……この選択肢が本当に正しかったかどうか、自信がないんです」
「それなら、一度少女に会うという選択肢は持ち得なかったのか? そして、話し合うという選択肢は? その全てを奪ったのは、紛れもないお前自身だ」
「分かっています」
「だから、自信を持てとは俺は言わない。それが正しいなんて、後世の人間しか判断出来ないんだからな。俺らが<正義>だ<悪>だと言い貫いていることが、歴史の上では間違いだって判断されることは常ってもんだしな。第三者的立場にはなれないんだよ、歴史ってのは。絶対に」
それでも、人は生きていく内で抱く信念は、なくてはならないもの。
殺しを正当化しろとは、決して言わない。
誰か他人の命を奪うことは、何があっても間違ったことだから。
それでも、一つだけ言えることがある。
「――忘れるなよ、少女のこと。それがせめてもの、償いだ」
そう、忘れるな。
記憶で生かしておけ。
それだけが、確かなこと。
少年は僅かばかりの報酬を置いて、深々と頭を下げて帰っていった。
陽が昇り始めてきた時刻になってしまっていることに今更ながら気付き、知れず苦笑を漏らした。徹夜作業に慣れていない訳ではなかったが、どこか胸につかえる部分は取り除けない。
例の通り魔の事件は以後ニュースで報道されることはなくなった。裏でも、少女の殺戮は収まったという報告がされていた。
別の仕事でディオが少女の死んだ場所で訪れたとき、その場所には真新しい花束が置かれていた。殺された被害者のものかもしれないが、或いは少女のものかもしれない。
風に吹かれる花を前に膝を付き、
「…………」
ディオは静かに、手を合わせた。
【END】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3737/ディオシス・レストナード/男性/348歳/雑貨『Dragonfly』店主】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。
少しだけもの哀しいラストになっています。
<動>として少女との戦闘をメインにとも考えたのですが、今回は<静>として敢えて対話をメインにしてみました。
たった一つの我侭として強い人間に殺されることを望んでいた少女ですが、或いは殺されることでその人の記憶に残ることを望んでいたのかもしれません。
それがいつか忘れられる事象でも、僅かの間でも<存在>していた証明になると考えていたのかもしれません。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。
それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。
千秋志庵 拝
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